東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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最近の蒸気機関車界隈は良くない事ばかりな気がする……


第87駅 大切な人

 

 

 

 北斗は神奈子、諏訪子、早苗と共に夕食を楽しみ、前回と違って早苗の監視もあって北斗は二柱より酒を飲まされることは無かった。まぁ前回二柱は北斗自身の事を聞き出す為に無理矢理酒を飲ませていただけなので、その必要が無い今回は酒を控えることにしたそうな。

 

 

 まぁ何はともあれ、開業祝い兼夕食は何事も無く、無事に終わる。

 

 

 

 夕食を取った後、北斗は二柱のご厚意で風呂を貸してもらって入浴した。

 

「……」

 

 入浴後借りた寝巻きに着替えて北斗は寝る前に縁側に座り、夜空を眺めていた。

 

 外の世界と違い、汚染物質によって空気が汚れていない幻想郷の空は透き通っており、満月が輝く夜空を鮮明に見せている。

 

(今日は本当に、色々とあったなぁ……)

 

 北斗は今日一日あった事を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

 河童達によって幻想郷で新造された蒸気機関車を引き取り、テンダー型蒸気機関車の製造経験を得る為にC57形蒸気機関車の設計図を渡し、にとり達と交渉して幻の蒸気機関車『C63形蒸気機関車』の製造契約を交わし、こいしに攫われて地底へと向かい、そこで様々な出会いを経験し、地底で発掘されている石炭の取引を行った。

 更にC50 58号機とC54 17号機と二輌の蒸気機関車を発見した。

 

 これだけ聞くと、相当濃い一日であったのは誰が聞いても納得するだろう。

 

(でも、貴重な一日でもあったな)

 

 北斗は夜空を眺めながら、内心呟く。

 

 危険は伴ったが、基本関わる事は無い地底に行くことが出来て、そこで様々な事を知り、経験した。

 

 

「……人一人に出来る事、か」

 

 北斗は自分の手を見て、神奈子が言っていた言葉が脳裏を過ぎる。

 

(それは分かっているけど、でも、俺にも何かが出来るだけの力があったら……)

 

 北斗は無意識に手を握り締める。

 

 

 もしも力があれば……誰にも迷惑を掛けることは無い

 

 

 この幻想郷に住む者の多くが持つ『程度の能力』があれば、簡単に誘拐されることも……

 

 

(力があれば、誰にも迷惑は掛からない……)

 

 

 彼は無意識の内に、力を求める。

 

 

 

「北斗さん」

 

 と、後ろから声を掛けられて北斗は我に帰って後ろを振り返ると、寝る前なのかパジャマ姿の早苗の姿があった。

 

 いつもと違って蛙の髪飾りや髪を束ねている蛇の髪飾りをしていないストレートな髪型に、いつもの巫女服では無いパジャマ姿とあって新鮮さがあり、いつもと雰囲気が違って見えた。

 そんな早苗の姿に北斗は内心ドキッとするも、悟られないように平常を装う。

 

「早苗さん。どうしましたか?」

 

「そういう北斗さんも。寝る前に星空を見にですか?」

 

「えぇ。早苗さんもですか?」

 

「はい」

 

 早苗は頷くと、北斗の隣を見る。

 

「隣、良いですか?」

 

「えぇ。良いですよ」

 

 北斗から許可を取って、早苗は彼の隣に座る。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし座ったはいいものの、両者ともすぐに気まずさが出てきてしばらく沈黙が続く。

 

 

「あ、あの、早苗さん」

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 そんな沈黙を破ったのは北斗で、声を掛けられた早苗は少し慌てた様子で返事をする。

 

「その、今日は本当に迷惑を掛けてしまって、申し訳ありません」

 

「……北斗さん」

 

 そう切り出して頭を下げる北斗の姿に、早苗は声を漏らす。

 

「北斗さんが謝る事なんてありません……むしろ謝るのは、私の方です」

 

「……」

 

「あの時、北斗さんの傍を離れるべきじゃなかったんです」

 

 早苗は膝に置いている両手を握り締める。

 

「いくら迎えがすぐに来れるからといって、河童の皆様の領域内で、近くに知り合いが居たとしても、妖怪の山の中である事に変わりはありません」

 

「……」

 

「それなのに、私が慢心したばかりに、北斗さんに怖い思いをさせてしまいました」

 

「……」

 

「北斗さんが謝る必要はありません。謝るべきなのは、私なんです」

 

「早苗さん……」

 

「本当に、ごめんなさい……」

 

 頭を下げる彼女の姿に、北斗は名前を呟いてその姿を見るしか出来なかった。

 

「……」

 

 ふと、彼の脳裏に神奈子と話した会話が過ぎる。

 

 

『早苗にとって、お前は自分の事を理解してくれる、苦労を分かってくれる理解者であり、最初に出来た本当の友達であるんだ。それらが重なって、早苗にとっては精神的な支えになっているとも言えるな』

 

 

「……」

 

 神奈子との会話が脳裏に過ぎる中、しばらく頭を下げていた早苗が顔を上げる。 

 

「あ、あの、北斗さん」

 

「は、はい?」

 

「その、とても聞きづらいんですが」

 

 早苗はオドオドとした様子で彼に問い掛ける。

 

「北斗さんは、私の事をどう思っていますか?」

 

「……どう、とは?」

 

 彼女の口から出た内容に北斗は思わず首を傾げる。

 

「あっ、いえ。決して変な事を聞こうってわけじゃないんです!」

 

「……」

 

「ただ、疑問に思っただけで、別に答えなくてもいいんです」

 

「……」

 

 北斗はどことなく既視感を覚えつつ一考し、口を開く。 

 

 

「……早苗さんは、俺にとって……とても大切な人と思っています」

 

「えっ?」

 

 北斗の口から出た言葉に早苗は思わず声を漏らす。

 

「俺にとって、早苗さんは初めて出来た友達でありますから」

 

「……」

 

「それが理由では、足りないでしょうか?」

 

「い、いえっ! そんな事、ありません……けど……」

 

 すると早苗は最後勢いを失って俯く。

 

「早苗さん?」

 

「……」 

 

 俯く早苗の脳裏には、こいしとの会話が過ぎる。

 

 

『お姉さんにとって、お兄さんはどういう意味で大切なの?』

 

 

(どういう意味で、大切なのか……)

 

 こいしの言葉が脳裏に過ぎり、彼女の気持ちが沈む。

 

(北斗さんは、私の事を大切だと言ってくれたのに、私は……私は……)

 

 気持ちが落ち込むにつれて、彼女は目の前が暗くなるような錯覚に見舞われる。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 あまりに異様な様子の早苗に北斗は戸惑いながらも声を掛ける。

 

「……北斗さん」

 

「な、何でしょうか?

 

「北斗さんは、私のことを大切だと言いましたが、それはどういう意味なんですか?」

 

「それって、どういう?」

 

 急な質問に北斗は戸惑いを見せる。

 

「……」

 

 北斗は少しの間一考して、口を開く。

 

「……かけがえのない、この世で誰よりも、大切に思っています」

 

「……ほ、本当ですか?」

 

「はい」

 

「誓って、嘘を言ってませんよね?」

 

「は、はい……」

 

 妙に威圧感のある早苗に北斗は戸惑うも、当の彼女は夜空を見上げて星を見つめる。

 

「私も、北斗さんの事は、とても大切に思っています」

 

「早苗さん……」

 

「……でも、こいしさんにこう言われました 『どういう意味で大切なのか』と」

 

「どういう意味、ですか……」

 

 北斗は思わず声を漏らす。

 

「私は……貴方への想いがあるのに、答えられる自信があったのに、こいしさんの問いにすぐに答えられませんでした」

 

「……」

 

「正直な事を言うと、今もまだ自分の気持ちを把握し切れていないところがあります」

 

 早苗は顔を下ろして自分の手を見つめる。

 

「……」

 

「でも、貴方の事が何よりも大切であるというのは、誰がなんと言おうと変わりません」

 

 早苗は身体の正面を北斗に向けて、顔を上げて彼を見る。

 

「私も……北斗さんと同じで……」

 

 頬を赤く染めながら、彼女は続ける。

 

「貴方の事が、この世の誰よりも大切な、かけがえのない人だと想っています」

 

「早苗さん……」

 

「……」

 

 二人は頬を赤く染め、互いに見つめ合う。

 

 すると、二人は無意識の内に手を近付けて、指と指が触れ合う。

 

「……」

 

「……」

 

 しばらくそのままの状態見つめ合っていると、二人はぎこちない動きで手と手を繋げる。

 

 手を繋いだまま、二人は夜空を見上げて綺麗な満月で輝く月を見つめる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「あーもう。そこまで行ったのならそのままいっちゃいなよ!」

 

「お前は何に期待しているんだ」

 

 そんな二人の様子を気配を消して後ろから神奈子と諏訪子の二柱が見ていた。諏訪子はもどかしそうに言うと、神奈子は呆れた様子でつっこむ。

 

「だって、あそこまで進んだのなら、次の段階に進んでもいいんじゃない」

 

「全く。お前ってやつは……」

 

 あっけからん様子で衝撃的な事を口にする諏訪子に、神奈子はため息を付く。

 

「最初の頃は北斗をあーだこーだと言っていたくせに」

 

「そりゃ、あの時は何処の馬の骨か分からない子だったから、そんな子に早苗を任せてなんか居られないよ」

 

 諏訪子の言葉に同意してか、神奈子は何も言わなかった。

 

「でも今は違うよ」

 

 と、微笑みを浮かべる諏訪子は、手を繋いだまま月を見つめて、たまにお互いの顔を見合う二人の姿を見る。その時の早苗の表情はとても穏やかである。

 

「見てよ、神奈子。あんなに幸せそうな早苗をさ」

 

「あぁ。あの時以来だな」

 

 滅多に見ることが無かった早苗の姿に、神奈子も微笑みを浮かべる。

 

「……ねぇ、神奈子」

 

「ん?」

 

「早苗には、色々と尽くしてもらったよね」

 

「そうだな。早苗には、色々と助けられたな」

 

「なら、神としてそれに応えてあげないといけないよね」

 

「……あぁ」

 

 神奈子は静かに頷き、二人を見つめる。

 

 

 

 

 




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