東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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第88駅 疑惑と疑念と目的

 

 

 

 時系列は下ること数日後。

 

 

 場所は博麗神社。

 

 

 

「……」

 

 自宅の縁側に座る霊夢は手にしている湯呑に口を付けてお茶を飲む。

 

 彼女の傍には座布団の上にてスヤスヤと静かに寝息を立てて昼寝をしている針妙丸と、博麗神社に遊びに来たはいいものも、酒を飲んでそのまま寝てしまった萃香の姿があり、る~こと は竹箒を手にして境内の落ちている落ち葉を集めている。

 

 一部を除いて普段の博麗神社の光景がそこにあった。

 

「……」

 

 霊夢は手にしている湯呑を傍に置き、一息吐く。

 

「そろそろ出てきたらどうなの、紫」

 

「あら、気付いていたのね」

 

 彼女が声を掛けると、どこからともなく声がして突然宙に端がリボンで結ばれた裂け目が現れ、そこからスキマ妖怪の八雲紫が現れる。

 いつもの白いドレスに導師風の前掛けの服装ではなく、被っているナイトキャップは同じだが、白いフリルの付いた紫のドレスを身に纏っており、愛用の日傘を差している。

 

「これは紫様。こんにちはです」

 

「ごきげんよう、る~こと ちゃん。相変わらず真面目に仕事をしているのね」

 

「それが私の与えられた使命ですので」

 

 る~こと が挨拶をして、紫が挨拶を返す。

 

「いつも思うのだけど、そんな気配を出しておいて気づかないとでも思っているの?」

 

「あらそうかしら? 案外気付かれないものよ」

 

 意味深な笑みを浮かべる紫に霊夢は呆れた様子でため息を付く。

 

 まぁスキマに潜む八雲紫の気配を察するのは困難を極めるのが普通である。霊夢の勘が鋭すぎるのだ。

 

「あら? 萃香も居るのね」

 

「まぁね。ご覧の通りだけど」

 

 紫は縁側で寝ている萃香の姿に気付き、霊夢が呆れた様子で見る。

 

「全く。うちを何だと思っているのよ」

 

「それだけ萃香は貴方の事を気に入っているのよ」

 

「鬼に気に入られても、色んな意味でかえって迷惑なんだけど」

 

 霊夢はムスッとした表情を浮かべて愚痴を零す。

 

「まぁでも、寝ているとは言えど久しぶりに萃香に会ったけど、いつも通りで安心したわ」

 

「それはそれでどうなのよ」

 

「変わらない方が良いじゃない。これで素面で居ると異変か何かと思うわよ」

 

「それもそうか」と霊夢は納得する。どうやら萃香は長らく酔っ払った状態で居るらしい。

 

「それで、今日私を呼んだのは何かしら?」

 

「あんたに頼みたい事があるからよ」

 

「……ふーん」

 

 と、紫は目を細めて霊夢を見る。

 

「あなたが私に頼み事なんて珍しいわね」

 

「出来るなら自分の力で何とかしているわよ。でも、少なくとも今回ばかりはあんたの能力が不可欠なのよ」

 

「……」

 

 紫は霊夢をしばらく見つめるも、ため息を付く。

 

「まぁ良いわ。霊夢が珍しく頼っているのだから、応えてあげるわ」

 

 と、どことなく上から目線な物言いだが、彼女は内心は喜んでいる。

 

 その喜びっぷりは反抗期の娘がすっげい久々に自分を素直に頼ってくれた父親の心境そのものである。

 

 

 閑話休題(それはともかく)……

 

 

「……で、頼みって言うのは――」

 

 

 

 少女説明中……

 

 

 

「地底にある蒸気機関車を幻想機関区に、ねぇ」

 

 霊夢から協力内容を聞いて、日傘を軽く回しながら紫は呟く。

 

 彼女が紫の頼んだのは、地底で発見された二輌の蒸気機関車を地上へと出して幻想機関区へと運ぶ為である。

 

 紫の持つ『境界線を操る程度の能力』によるスキマで蒸気機関車を地上へと移送するのだ。

 

「あれは複雑に組み立てられた物だから、分解して運び出せないの?」

 

「大きさ的に地上へと運び出せる物じゃないし、かといって大きな穴を掘れば以前の異変の時の様に怨霊が地上へと出てくる可能性もあるわ」

 

「そうね。無闇に穴を掘られても困るだけだわ」

 

 その時の異変を思い出してか、ため息を付く。

 

「それに、異変に関わっているかもしれない物を目の届く範囲に一箇所に集めておけば、紫も面倒が無くていいでしょ」

 

「……まぁ、一理あるわね」

 

 顎に手を当てて紫は呟くと、霊夢を見る。

 

「……良いわ。冬眠に入る前に、やってあげるわ」

 

 紫は一考するも、理に適っているとあって、了承する。

 

「なるべく急いでくれるかしら。地底の連中が余計な事をする前に」

 

「……」

 

「……何よ?」

 

 と、紫は霊夢を黙って見ていたので、彼女は声を掛ける。

 

「いいえ。やけに彼に対して協力的ねぇ、って思っただけよ」

 

「……一応異変を解決する為に協力してもらっているんだから、それに応えているだけよ」

 

「ふーん……それだけ?」

 

「どういう意味よ?」

 

 意味深な事を口にする紫に霊夢は鋭い視線を送る。

 

「本当にそれだけの理由で、彼に協力しているのかなぁって、思っただけよ」

 

「……」

 

「別に、変な事は考えていないわ」

 

 と、紫はいつの間にか左手に持っている扇子を広げて口元を隠す。

 

「ただ、仮に貴方にその気(・・・)があったのなら、話が変わっただけよ」

 

 紫は意味深な事を口にするが、霊夢は特に気にする様子は無かった。

 

「……博麗の巫女は平等でなければならないわ。知っているでしょ」

 

「そうかしら? 知り合いには大分甘いように見えるけれど」

 

「……」

 

「まぁ、そうじゃないのなら、関係の無い話よ」

 

 紫は扇子を閉じて、スキマを広げる。

 

「近い内に蒸気機関車を回収しておくわ。彼にちゃんと伝えておくのよ」

 

「分かっているわよ」

 

 霊夢の返事を聞いてから、紫は微笑を浮かべてスキマへと入り、入り口が閉じる。

 

 

 

「……」

 

 紫が去った後、霊夢はため息を付いて縁側の床に両手を付けて空を見上げる。

 

(紫のヤツ。変な事言っちゃって)

 

 内心呟き、目を細める。

 

「大分甘い、か」

 

 そう呟くと、再度深くため息を付く。

 

(あながち、間違いでも無いかもしれないわね……)

 

 心当たりがあるのか、彼女は納得いかないような表情を浮かべる。

 

 腐れ縁の魔理沙を筆頭に多くの者と関わりがある霊夢。その中には北斗も含まれている。

 

 とはいっても、彼女は別に北斗に対して特別な感情を抱いているわけではない。確かに鉄道が開通したことで悩みであった参拝客の数が劇的に増えた事で、彼女の収入が増え、北斗が高額の賽銭を入れてくれたことには感謝しているが、だからといって彼に特別な感情を抱くほど霊夢はラノベのヒロインみたいに甘くないし、軽くない。そして何よりチョロくない。

 むしろ異変に関わっている可能性が残っている以上北斗は警戒対象である。

 

 だが、彼には何かしらの興味を惹く要因がある事は事実である。でなければ個人に対してここまで関わることはない。

 

「……」

 

 ふと、北斗の救出へと向かう道中で、自分が言った言葉を思い出す。

 

「『異質な力を封じる程度の能力』……か」

 

 彼女はそう呟くと、険しい表情を浮かべる。

 

 まだ確定的になっていないとは言えど、これまで北斗の周りで起きている不可解な現象を考えると、彼がその程度の能力に目覚めている可能性がある。

 

(今はまだ彼の付近でしか効果が発揮されていない感じはあるけど、そもそもそんな能力があるとも言い切れない)

 

 もしも本当に幻想郷へと来た時にその程度の能力に目覚めていたのなら、自身にも何かしらの影響が出ているはずだ。しかし今のところ何も違和感は無い。

 

(まだ可能性の段階と言っても、もしも北斗さんがその能力に目覚めて……更に本格的に覚醒でもしたら……)

 

 霊夢は息を呑み、真剣な表情を浮かべる。

 

 幻想郷は外の世界で否定された異質な概念によって生まれた世界。その異質な概念を否定するような能力は幻想郷の存続に関わる。

 

 その為、もしも北斗がふとしたきっかけでその程度の能力を本格的に覚醒させて、それによって幻想郷に悪影響を与え始めれば……その時は―――

 

(そうならない事を祈るばかりね……)

 

 霊夢は内心呟くと、傍に置いている湯呑を手にしてお茶を飲む。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって地底 地霊殿……

 

 

「……」

 

 執務室で机に両肘を付いて両手を組み、その上に鼻を乗せるような、某指令を彷彿とさせる体勢のさとりはジッとして考え事に没頭している。

 

「それにしても、こいし様が戻って来られて良かったですね」

 

 と、傍でティーカップに紅茶を注ぐ火焔猫燐ことお燐は笑みを浮かべてさとりに声を掛ける。

 

「えぇ、そうね。ずっと帰って来てなかったですもの」

 

「それに、とても明るくなられましたよね。あの人間のお陰ですかね?」

 

 そう言いながら紅茶を淹れたティーカップをソーサーごとさとりの前に置く。

 

「それが大きいでしょうね。こいしが初めて自分の意志で連れて来た人間だもの」

 

「ですよね」

 

 さとりはティーカップを手にして、紅茶を飲む。

 

「それにしても、良かったのですか? あんな約束をしたりして?」

 

「構わないわ。こちらとしてもどう処分するか悩んでいたところだし、それに暇な者に仕事を与えられるわ」

 

「それはそうですが……」

 

「……信用出来るんですか、か。まぁ地上の人間をすぐに信用なんて出来ないわよね」

 

 と、さとりはサードアイでお燐の心を読んで概ね同意しつつ紅茶を飲み、ティーカップをソーサーに置く。

 

「別に、私は地上の者に協力する義理は無いわ」

 

「だったら……」

 

「ただ、彼をこいしが気に入った相手であり、それに私は外来人に協力しているだけよ」

 

「そういうのを屁理屈って言うんですよ」

 

「えぇ。屁理屈ですもの」

 

「えぇ……」

 

 微笑を浮かべるさとりにお燐は半ば呆れた様子で声を漏らす。

 

「兎に角、今後とも霧島北斗とは友好的に付き合いましょう」

 

「は、はぁ……そこまで仰るのなら、反対する理由はありませんけど……」

 

「それに、あらゆるものを拒絶していたみとりが、初めて自分の意思で興味を持った人間よ。今後が楽しみとは思わない?」

 

「……まぁ、無いとは言えないですね」

 

 頬を軽く掻きながらお燐は答える。

 

「それに、この機会に色々と変えてみるのも一興よ」

 

「……」

 

 さとりは何やら意味深な事を口にして、お燐は息を呑む。

 

 

 

 

「……」

 

 その後お燐が執務室を出た後、さとりは再び某司令みたいなポーズを取り、再び考え込む。

 

「……霧島北斗」

 

 彼女の脳裏には、彼と対面した際にサードアイで見たもの全てである。

 

 それは彼が意識していない、深層部にあるものも含まれる。

 

(人間はやはり醜く、身勝手なものね。自分より弱い輩には強気に出て、その者が不可思議な現象を引き起こせば今度は疫病神扱い。それ故に彼は周りから忌み嫌われた……)

 

 その光景を見ていく内に、彼女の感情は冷え込んでいく。

 

(まるで、私達を地底へと追いやった人間と妖怪達ね)

 

「時代は変わったも同じものは同じか」と呟く。

 

(ここまで外の世界から拒絶されても、彼は心を保ち続けられた。でも、彼は自覚していないけど多くの憎しみを抱いている)

 

 さとりは北斗の心奥底に眠る憎しみを見て、一つの疑問が出る。

 

(本当に彼は、保てるだけの心(・・・)があったからなのかしら) 

 

 意味深な事を考えていると、ふと気掛かりな事があった。

 

(でも、なぜ彼の記憶には『空白の期間』があるのかしら)

 

 彼女がサードアイで見た北斗の記憶の中に、不自然なぐらいにポッカリと空いた空白の期間が存在する。

 

(彼が外の世界で過ごした最後の記憶と、幻想郷に初めて見た時の記憶の間に空いたこの空白……)

 

 さとりは様々な憶測を立てる。

 

(まるで誰かに抜き取られた(・・・・・)かのような不自然さがあるけど、それともその間だけ彼は眠りについていた?)

 

 その記憶の空白はまるで本から1ページ抜き取ったような不自然さがあるものも、彼女は別の推測を立てる。

 

 その記憶の空白の間だけ、北斗が眠っていただけか。

 

(それに……あれは一体)

 

 そして最も彼女が疑問に思っているのは、サードアイで彼の深層部を覗いた時だ。

 

(明らかに北斗さんのものではない、別の記憶。そして―――

 

 

 

 

 

 ―――北斗さんと違う、別の存在)

 

 

 さとりが北斗の深層部で見たのは、北斗のものではない記憶と、明らかに北斗とは違う別の存在……

 

 いくら考察を立てても、いくら憶測を立てても、それが何なのかは分からない。

 

(北斗さん。あなたは一体、何者なんですか……)

 

 叩けば叩くほど出てくる謎に、さとりは言い知れない恐怖を覚えるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わってここは実質的に幻想居の裏側に位置する魔界。その魔界を創造したとされる神綺の住む城。

 

 

 

 城の地下にある研究室。

 

 

 そこには大きな試験管みたいな物に何らかの生物が収められていたり、魔法の呪文の様な文字が書かれている図面があったりと、いかにもファンタジックな代物があれば、明らかに近代的な部品や代物があっちこっちに広がっている。

 

 

 そんな研究所の奥に、それは鎮座している。

 

 

 

「……」

 

 それを見つめる飛鳥は目を細める。隣には神綺が静かにその様子を見守っている。

 

(もうそろそろ、か)

 

 彼女は内心呟きつつ、それを見つめると、その後ろに鎮座している物を見る。

 

「完成したんだな」

 

「えぇ。何とかね」

 

 神綺はため息を付き、それを見上げる。

 

 漆黒のボディーを持つそれはとても大きく、彼女が見上げるほどの大きさだ。その巨大なボディーを支える物は大きな動輪であり、その大きさは神綺よりも大きい。

 

「言っておくけど、もう外見以外は全くの別物と言ってもいいわ。あなたの言う能力を再現する為に、色々と調整に技術を詰め込んだのだから」

 

「苦労を掛けたな」

 

「まぁ、創造神の私に掛かれば、何てことも無いけどね」

 

 と、神綺は「ふふーん!」と胸を張る。

 

「でも、大胆な事を考えるわね。この機関車を最大限生かす為にあなたの『どこまでも線路を続かせる程度の能力』と彼の能力を必要とするなんて」

 

「……」

 

「どうしても必要になるのかしら?」

 

「あぁ。必要になる」

 

 彼女は頷いて肯定する。

 

「……まぁ、貴方が必要としているのなら、それ以上聞かないわ」

 

 神綺はこれ以上聞いても満足いく答えは返って来ないと思ってか、それ以上は聞かなかった。

 

「ところで、あなたの計画はどこまで進んでいるのかしら?」

 

「……そろそろ第二段階に入る。これで幻想郷の主要箇所には線路が通る事になる」

 

「……」

 

「これで、蒸気機関車の活躍の場は更に増える。蒸気機関車は、ずっと走らせられるんだ」

 

「……」

 

 神綺は真剣な表情を浮かべながらも、彼女のことを心配していた。

 

「飛鳥。最終的に、一体なにをするつもりなの?」

 

「……」

 

 彼女はしばらく黙り込んでいたが、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……全ては、蒸気機関車が未来へと生き残るためだ」

 

「……」

 

「それだけだ」

 

 飛鳥はそう言うと、踵を返して神綺の元を去っていく。

 

「……未来、か」

 

 神綺はそう呟くと、前にある巨大な代物……『C62 48』と書かれたナンバープレートを持つC62形蒸気機関車と、その傍にある大きな試験管の様な設備を見る。

 

 

 




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