東方鉄道録‐幻想の地に汽笛は鳴り響く‐   作:日本武尊

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最近の大鐡不幸な事が多い気がするこの頃……

そして最後に不穏な動きが……



第91駅 今後と動き

 

 

 その日の夜

 

 

 幻想機関区には相変わらず光が灯されており、扇形機関庫では夜遅くまで妖精達によって機関車の整備が行われている。それ以外には罐の火が消えないように妖精が交代で見張っている。

 

 そんな中、宿舎にも光が灯っている所があった。

 

 

 

「……」

 

 執務室で北斗は蒸気機関車の神霊の少女達からの報告書を読んでいた。

 

「まだ寝ないの?」

 

 と、執務室にあるソファーに座る寝巻き姿のエリスが人里で買った饅頭を食べながら北斗に問い掛ける。

 

「えぇ。昨日できなかった仕事分もありますし、何より気になる報告がありましたので、これを読み終えてから寝ます」

 

「ふーん」

 

 エリスはそう呟くと、食べかけの饅頭の残りを口に放り込む。

 

「それにしても、昨日は大変だったわね」

 

「えぇ。でも、ある意味では貴重な体験でもありました」

 

「あれを貴重な体験で済ませられるって、神経が図太いのか、無神経なのか……」

 

 北斗のどこかずれた感覚にエリスは呆れた様子でため息をつく。

 

「そういえば、エリスさん」

 

「なに?」

 

「今日幻月さんと夢月さんを見ていませんが、休みですか?」

 

「まぁ、そうだけど、区長さん聞いてないの?」

 

「えっ?」

 

 北斗は思わず首を傾げると、何かを察してかエリスは頭を抱える。

 

「何にも伝えてないのか、あの鬼巫女め」

 

 頭を抱えたエリスは静かに唸る。

 

「何かあったんですか?」

 

「昨日区長さんが攫われた時、あの姉妹も区長さんの救出の為に向かっていたのよ」

 

「幻月さんと夢月さんが?」

 

「そっ。んで、地底でちょっとあったわけよ」

 

「……」

 

「そう心配しなくても、別に戦ったわけじゃないわ。ある意味平和的な勝負だったみたいだし」

 

 不安な表情を浮かべる北斗に、エリスはそこまで心配するものじゃないと伝える。

 

「平和的、ですか?」

 

「そうそう。でも、相手が悪くてね。鬼と酒の飲み比べの勝負だったのよ」

 

「鬼……」

 

 と、北斗の脳裏に、地霊殿へ向かう途中で出会った星熊勇儀の姿が過ぎる。

 

「その鬼が酒に滅法強かったらしくて、二人とも飲み負けたのよ。お陰で二人は酔っ払った状態で昨日の夜帰ってきて、朝は二日酔いでまともに動けず、寝込んでいたのよ」

 

「なるほど……」

 

 夢幻姉妹が休んだ理由を理解して、彼は納得する。

 

「……」

 

「区長さんが気に病む必要は無いわ。あの二人はあくまでも今の仮住まいを失いたくない理由で動いていたのだから」

 

「……そう、ですか」

 

 北斗はどことなく納得いかないような雰囲気であったが、これ以上は言わなかった。

 

 

 

 その後エリスは寝室へと戻り、執務室に一人残った北斗は椅子の背もたれにもたれかかり、息を吐く。

 

(新たに発見された線路、か)

 

 報告書の中には、七瀬(79602)達が魔法の森で見つけた新たな線路に関する事が書かれていた。

 

(妖怪の山の天狗の領域にある線路以外は一通り調査したはずなんだが……)

 

 北斗は静かに唸る。

 

 幻想郷に現れた線路の調査は妖怪の山の天狗の領域以外は調査済みであり、魔法の森は隅々まで調べていたはずだった。

 

 しかし七瀬(79602)達はC58 283号機と18633号機を見つけると共に新たに線路を発見した。

 

(見逃しがあったのか、それとも新しく現れたのか)

 

 前者なら調査不足と片付けられるが、後者の場合は厄介な話である。

 

 この異変の首謀者が再び動き出しているとなると、面倒ごとが増えるからだ。

 

(霊夢さんの協力が必要になりそうだな)

 

 異変となると博麗の巫女である彼女の協力が必要になるだろう。

 

「まぁ、どっちにしたってやるべきことをやるだけだ」

 

 北斗はそう呟くと、椅子を回して後ろを向き、窓から外の景色を眺める。

 

(12系と14系、50系の整備は進んでいる。近いうちに試運転を行って、列車運行が出来るようにしないとな)

 

 機関区の車両留置場には多くの客車や貨車が置かれており、客車にはオハ系の所謂旧型客車が多いが、中には近代的な『12系客車』や『14系客車』『50系客車』が少数存在する。

 蒸気機関車には旧型客車が似合う、という北斗の考えもあって12系客車と14系客車、50系客車はあまり運用に用いられていなかった。しかし今後のことを考えて北斗は両客車の整備を進めさせていた。

 

 整備が終わり次第、試運転を行って列車運用に使えるようにする予定である。

 

 車両の留置場にて整備が進んでいる客車のことを思い出しつつ、整備工場で復元工事中の罐の状態の報告書の内容を思い出す。

 

(比羅夫号と4500形の復元は終了間近か。特に比羅夫号は近日中に火入れが可能か)

 

 整備工場で復元工事を請けている比羅夫号こと7100形蒸気機関車とマレー式タンク型蒸気機関車の4500形蒸気機関車の復元状況は終了間近であり、特に比羅夫号は優先的に復元していたとあってもう車入れが終わっている状況だ。

 あとは微調整しつつ炭水車(テンダー)を連結するだけである。

 

 今機関区の一角には妖精と河童達の手によって新しく線路の敷設と共に機関庫が建設中であり、そこに河童製造のC11形とC12形を含めた四輌が格納される。

 

「ふわぁぁぁ……もう寝るか」 

 

 北斗は大きなあくびをしながら背伸びをして、椅子から立ち上がって執務室の電灯を消して、ベッドへと上がって横になる。

 

(まだまだ、やることは多いな……)

 

 彼は内心呟きつつ、眠りに付いた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所代わり、幻想郷とは異なる場所。

 

 

『地獄』と呼ばれるその場所は閻魔によって裁かれた死者の魂達が、生前に犯した罪を償うために様々な罰が行われる場所である。

 

 

 しかし地獄は罪を償う為の場所だけではなく、多くの邪な魂が閉じ込められている場所でもあるのだ。

 

 

 

 そんな地獄の、とある一角。

 

 

「……」

 

 一人の女性が静かに立ち、ゆっくりと息を吐く。

 

 黒い髪を赤いリボンで根元を纏めた髪型をしており、額には一本の赤い角が生えている女性で、白い服に赤い袴を穿いた格好をしており、左手には赤く染まった刀身の刀が握られている。

 

 女性が立つ場所の周辺には、彼女によって斬られたであろう者達が地面に倒れて蹲っている。

 

 彼らは斬られてはいるが、ここは地獄。何をされても死ぬことは無い。

 

「つまらんな。新しく地獄送りにされた罪人達が入ってきたと聞いたが、この程度とはな」

 

 心底つまらなさそうな様子で地面に倒れている者達を見つめつつ呟き、刀を振るって血振りをする。刀身に付着した血が払われるが、刀は血で赤くなっていたわけではなく、元から赤いようだ。

 

 女性は刀を腰に提げている鞘に収め、踵を返す。

 

 

 

「……それで、いつまで隠れているつもりだ?」

 

「あら、気づいていたのねん?」

 

 と、女性が誰も居ないはずなのに声を掛けると、独特な語尾の声が返ってくる。

 

「……」

 

 女性は右手を鞘に添えて振り返ると、一人の女性が宙に腰掛けるように浮かんでいた。

 

 セミロングの赤い髪をした女性で、瞳の色は髪と同色。黒いロシア帽の様な帽子を被り、鎖が付いた首輪をして、肩が露出したオフショルダーの黒いTシャツを着ており、緑、赤、青のチェック柄のミニスカートを穿き、茶色のブーツを履いている。

 ちなみにTシャツには『Welcome Hell』と英文が書かれている。

 

 格好は中々あれだが、最も特徴的なのは彼女の首輪の鎖に繋がれた三つの球体で、一つは地球、一つは月、一つは紫の球体であり、紫の球体は彼女が被っている帽子に載せられている。

 

 彼女の名前は『ヘカーティア・ラピスラズリ』 この地獄の女神にして、月、地球、異界を司る神様と、聞いただけでもやばいと分かる肩書きを持つ女神である。

 

「やっぱり『コンガラ』ちゃんは勘が鋭いわねん。今回は器用に隠したつもりなんだけど」

 

「……」

 

「もうせっかちねん。そんなに皺を寄せているとせっかくの美人が台無しよん」

 

 目を細めるコンガラと呼ばれた女性は背後に炎のようなオーラが出て、威圧感が増す。しかしヘカーティアは全く臆することは無く、むしろ冗談を口にしていた。

 

「まぁそれはともかくとして、他でもないコンガラちゃんに頼みがあるの」

 

「貴様の頼みだと? だとすると碌な事は無いな」

 

「酷いわね。言う前に決め付けるなんて」

 

「事実だろう。今まで貴様が頼んで来たことは碌な事が無かったからな」

 

「はぁ、やれやれ」

 

 ヘカーティアはため息をつく。

 

「で、頼みは何だ?」

 

「私の友人の手伝いをする為に、協力して欲しいのよん」

 

「貴様の友人? 地獄の女神にも友人は居たのだな」

 

「さっきからちょっと酷くないかしらん?」

 

 毒舌を吐きまくるコンガラにヘカーティアは、げんなりとした様子で声を漏らす。

 

 恐らくどこを探しても、地獄の女神とこのようなやり取りが出来るのは、コンガラぐらいであろう。

 

「まぁ、その友人と利害が一致したから、その手伝いをする為に、コンガラちゃんの力を貸して欲しいのよん」

 

「私の力を、か。余程の場所を攻めるようだな」

 

「さすがコンガラちゃん。察しが早くて助かるわぁ」

 

「……」

 

「で、その場所はね―――」

 

 と、ヘカーティアはにやりと口角を上げる。

 

「月の都よん」

 

「……随分大きな所と来たな」

 

 コンガラは驚いた様子も無く、呟く。

 

「だからこそ、コンガラちゃん()の力を借りようとね」

 

「……達?」

 

 コンガラは怪訝な表情を浮かべる。

 

 

 

「やぁ久しいね、我が友よ」

 

 と、この場の誰のものでもない声がして、コンガラは顔を上げる。

 

 すると一人の女性がゆっくりと上から降りてきてヘカーティアの横に着地する。

 

 腰まで伸びた銀髪に赤い瞳を持つ女性で、白いドレスに修道院のシスターの着る服装のようなデザインの青い前掛けを身に纏っている。背中には白い羽で覆われた六枚の翼が生えている。

 

「『サリエル』か。貴様がここに居るということは」

 

「私も彼女に誘われたのでね」

 

 サリエルを呼ばれた女性は笑みを浮かべる。

 

「まぁ、私は久々の里帰りを兼ねて彼女の友人に協力するのでね」

 

「……」

 

「それと、私が月を去った後に住み着いた者達の様子を見に行きたいのでね」

 

 サリエルはそう言うと、浅く息を吐く。

 

「まぁ、死を恐れて、生命の定められた時から逸脱し、月に逃れた愚者達は、今もその愚かさは変わらないだろうがね」

 

 彼女は、心底呆れたような様子で声を漏らす。

 

「だろうな」とコンガラは肯定する。

 

「それで、答えを聞こうかしら、コンガラちゃん?」

 

「……」

 

 コンガラは右手を添えていた鞘から手を離し、浅く息を吐く。

 

「良いだろう。その頼みを請け負おう。久々に強者と渡り合えそうだからな」

 

「さっすがコンガラちゃん♪」

 

 コンガラが了承して、ヘカーティアは笑みを浮かべて喜ぶ。

 

「安心して。月の都にはコンガラちゃんが楽しめる相手が居るから、期待しててもいいわよん」

 

「ほぅ。それは楽しみだ」

 

 コンガラは笑みを浮かべる。

 

 

 

 新たな異変が、起ころうとしていた。

 

 

 そしてこの異変は、果たして幻想郷にどのような影響を齎すのか。

 

 

 

 全ては、神のみぞ知る。

 

 

 

 




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