翌朝。
幻想郷に一つの列車が走っていた。
先頭をC57 135号機に一輌の12系客車、その後ろに
無縁塚に着いても転車台が無いので、帰りを容易にするようにこのような形で列車を構成している。
客車には北斗と早苗、霊夢、魔理沙の他に、
予定では夢幻姉妹も同行する予定だったが、機関区に何かあった場合に備えて残ってもらっている。
「……」
客車内で北斗は窓から外を眺めていた。
「それにしても、初めて列車に乗ったが、こりゃいいな」
「……」
「それに暖かいし、快適だぜ」
「そうね。少なくともそれには同意だわ」
座席に座る魔理沙は頭の後ろで両手を組んで背もたれにもたれかかり、気を良くした様子でそう言う。
霊夢も静かに窓から外の景色を眺めている。何気に彼女も初めて列車に乗っているのだ。
そして二人は暖房の効いた車内の快適さに心地よさをを感じていた。
北斗の隣に座る早苗もそんな二人の様子を静かに眺めている。
―――――――――――――――――――――――――――――
しばらく列車が走り、魔法の森を抜けて無縁塚を目指す。
「……」
北斗は客車の窓を上へと上げて開けて、頭を出して前を見る。
(何だろう。急に雰囲気が変わった)
さっきまでの穏やかな雰囲気と違う張り詰めた雰囲気を感じ取って、北斗は息を呑む。
「この景色、そろそろ無縁塚ね」
と、北斗の隣から顔を出した霊夢がそう告げる。
「……」
この辺りのただならぬ雰囲気に、北斗は息を呑む。
北斗は
それからしばらく森の中に敷かれた線路を進んで行き、森が開ける。
「……」
森を出ると、そこは異様な雰囲気のある場所が広がっていた。
列車はゆっくりと速度を落として停止し、客車から北斗達が降りてくる。
「ここが無縁塚ですか……」
初めて来た無縁塚を見て、早苗は声を漏らす。
「相変わらず薄気味悪い雰囲気だぜ」
客車から降りて箒を肩に担ぎ、周囲を見渡しながら魔理沙が愚痴をこぼす。
彼女の言うとおり、無縁塚に漂う雰囲気は不気味この上ない。
霊夢は何ともない様子だが、早苗はその雰囲気と不気味な気配に少し呼吸が乱れている。
早苗の隣に立つ北斗もまた自身の霊感によって無縁塚の雰囲気を感じ取り、冷や汗を掻いている。
「線路はまだ先に続いていますね」
北斗は列車が止まっている先でも線路が続いているのを確認して呟く。
「面倒なことになる前に、さっさと調べるわよ」
霊夢はお祓い棒を肩に担ぎながらそう言うと、北斗達は頷く。
北斗達は線路に沿って周囲を警戒しつつ無縁塚を進む。
「……」
北斗は歩きながら無縁塚を見回している。
彼の視線の先には、いくつもの石を積み上げたものがあちこちにあり、それが簡易的な墓地であると理解する。
よく見ればあちこちに色んな廃棄物らしきものが落ちている。
(何だろう。この胸を締め付けるような感覚は……)
妙な息苦しさを感じ、鳥肌が立っている。そんな感覚に苛まれて北斗は少し気持ち悪さを感じている。
それに加えて、誰かから見られているような気がする。
「……?」
ふと、彼の視界にあるものが入る。
それは他にある石を積み上げただけの簡易的な墓地なのだが、他と違い木の棒二本を十字状に組み上げた物が突き刺されている。
更によく見ると、その木の棒に何かが下げられている。
「……」
北斗は立ち止まり、目を細めて見ると、鎖に繋がれた懐中時計と思われる物が下がっている。
長い間雨風に曝されているのか、錆が酷い。
「……」
特に何かあるわけではないが、なぜか北斗はその墓が気になってしまう。
それに、なんだか妙な懐かしさを覚えていた……
「どうしましたか、北斗さん?」
と、立ち止まった北斗に早苗が怪訝な表情を浮かべて声を掛ける。
「いえ、なんでもありません」
北斗は返事をしつつ再び歩き出す。
「……」
しかし北斗は何度もその墓を振り向いて見ていた。
少しして曲線まで進み、木々によって遮られている向こう側へと出る。
「っ!? あれは!」
そしてその先にある物が見つかり、北斗は目を見開いて驚く。
「まさか、ここにも!?」
早苗も驚きのあまり声を上げる。
「おいおい。ここにもあるのかよ」
「……」
「いよいよ、怪しくなってきたな」
「……」
魔理沙がそう言うと、霊夢は目を細める。
二人が駆け寄った先に、二輌の蒸気機関車が並んで線路の上に鎮座していた。
「これは……」
北斗が横からその二輌を見て、声を漏らす。
「先頭は9600形ですね。後ろはD51形でしょうか?」
北斗に追いついた早苗がその二輌を見て、彼に声を掛ける。
彼女の言うとおり、先頭にある蒸気機関車は幻想機関区に居る
後ろに居る蒸気機関車もパッと見はD51形に見える。
「いえ。後ろにあるのは『D61形』ですね」
「D61形?」
あまり聞き覚えの無い機関車の形式に早苗は首を傾げる。
よく見ればD51形のように見えた蒸気機関車のナンバープレートは『D61 4』と表記されている。
「D61形はD51形蒸気機関車の車軸配置を変えた機関車です。自分のD62形と同じ1D2のパークシャーです」
「北斗さんのD62形と同じ足回りですか……」
早苗はそう呟きながら後ろにあるD61形と呼ばれた蒸気機関車を見つめる。
確かにパッと見はD51形に見えるが、よく見れば従輪が二軸になっている。D51形は先輪一軸 動輪四軸 従輪一軸の1D1のミカド形だが、D61形は先輪一軸 動輪四軸 従輪二軸の1D2のパークシャーである。
D61形蒸気機関車は戦後無煙化によって余剰となってきたD51形蒸気機関車を低規格の路線に入線出来るように車軸配置を変えて軸重を軽くした蒸気機関車である。
この機関車が作られることになったのは、丙線区にて9600形やC58形が活躍していたが、大正時代に製造された9600形は老朽化が著しく、C58形では牽引力不足に悩まされており、この二形式の代替車が望まれていた。その一方で乙線規格で運用されていた貨物用蒸気機関車は戦時中の大量製造に加え、戦後の電化の進行によって余剰車輌が出ていた。
そこで乙線で余剰となっていたD50形やD51形がこの丙線区に入れるように改造を受けるようになった。
D61形は従輪を一軸から二軸へ改造した以外は特に改良点は無いが、軸重が軽くなったことでD51形では入線できなかった区間で走れるようになった。
しかし種車となるD51形に余剰が無かったとあって、たったの六輌しか作られなかった。その上D61形の評価はあまり良くない。
というのも、D51形は軸重のバランスに問題を抱えている機関車であったのに、軸重を軽くする改造が施されればどうなるか。結果空転しやすくなり、特に空転を起こしやすい冬場では乗員達から敬遠されていた。
D61形の数少ない良かった点は従輪が増えたことで
その後無煙化が進み、D61形が配備されていた区間でD51形にも余剰が発生したので、神経を使うD61形をわざわざ使う理由も無いとあって、検査切れの機関車から次々と用途廃止されることになった。
そしてこのD61 4号機を最後に、D61形は形式消滅した。
その後D61形の3号機が保存されることとなり、現在も北海道留萌市に静態保存されている。
目の前にあるD61 4号機は主灯の横に副灯が取り付けられているが、なぜか
「それで、この9600形の運転室にある桜のマークって何でしょうか?」
と、早苗は先頭に在る9600形蒸気機関車を見る。
9600形は
「これは……」
その特徴を見て、北斗はこの機関車のことを思い出す。
「北斗さん。知っているんですか? この蒸気機関車を?」
「えぇ。知っています」
北斗は桜にEが描かれたマークを見る。
「この9677号機は、自衛隊最初にして最後の部隊に配属された、唯一の蒸気機関車なんです」
「……」
早苗は驚いた様子で、『9677号機』を見る。
9677号機は9600形蒸気機関車の78番目に作られた機関車で、現役時代は特に何か変わったことは無い平凡な日々を送り、廃車となった機関車である。
その後9677号機は陸上自衛隊が発足して、最初にして最後に編成された鉄道部隊『第101建設隊』によって購入され、部隊の主力車輌として活躍した。この時9677号機には特に大きな改造は施されていないが、概観の変化としては
この時鉄道の主力はディーゼル機関車や電気機関車、電車といった車輌が主力で、わざわざ時代に逆行するかのように蒸気機関車を使用したのかというと、万が一架線が破壊された時、電気機関車や電車は電力を受け取れなくなって走る事が出来なくなるので、外部に頼らない独自の動力を持つ蒸気機関車とディーゼル機関車が主戦力となった。
新編当時は道路網が未発達で、鉄道の路線が全国津々浦々に展開していたとあってこれを生かしていたが、急速に進むモータリゼーションに伴う高速道路網の整備により、本隊の存在意義が薄くなり、更に9677号機の維持費が高く付いたことで会計検査院から『防衛費の無駄遣い』と指摘され、そして編成からたった6年で解隊となってしまった。
9677号機は当初保存する話が持ち上がっていたが、輸送費が馬鹿にならない位に高く付いた為、保存されず解体されてしまった。
そんな歴史的存在が、彼らの目の前にある。
「……」
北斗はゆっくりと9677号機に近づき、
「っ!」
すると彼の脳裏に鋭い痛みが走り、一瞬立ちくらみを起こしてふらつくも、何とか体勢を保つ。
そして二輌の蒸気機関車の前に光が集まり出す。
「これは……」
「例のあれね」
魔理沙と霊夢はそれぞれ魔法の森や博麗神社の前で起こった時の事を思い出す。
『……』
その様子を北斗達が静かに見守っていると、集まった光が人の形を作り、やがて散り散りに光が弾けると、二輌の蒸気機関車の前に二人の少女が姿を現す。
9677号機の前に現れた少女は黒髪のボブカットに、アルビノともいえる白い肌をしており、どこがとは言わないがでかい。紺色のナッパ服を身に纏い、左胸辺りに『9677』と表記されたナンバープレート風のバッジが付けられている。
D61 4号機の前に現れた少女は背中まで伸びた黒髪を根元で束ねたポニーテールにしており、凛とした雰囲気を持っている。紺色のナッパ服を身に纏い、左胸辺りに『D61 4』と表記されたナンバープレート風のバッジが付けられている。
(この二人が、この二輌の神霊か)
北斗が内心呟いていると、『9677』のバッジを付けた少女が目を開け、北斗の姿を見るなり姿勢を正して敬礼する。
「初めまして、区長殿!! 自分は9600形蒸気機関車 9677号機であります!」
「私はD61形蒸気機関車 その4号機です」
『9677』のバッジを付けた少女に遅れて『D61 4』のバッジを付けた少女が続いて自己紹介をしつつ敬礼をする。
「あ、あぁ。よろしく頼む」
少し違和感を覚えるも、北斗は敬礼をしつつ二人を見る。
「……」
その様子を霊夢は静かに見守りつつ、目を細める。
(前から思っていたけど、蒸気機関車の神霊達はなぜ初対面のはずの北斗さんを主人として認識しているのかしら)
霊夢は新たに現れた蒸気機関車の神霊の少女達と話をしている北斗を見ながら内心呟く。
(……まるで最初から彼が区長であると認識を刷り込まれているような)
彼女の中で様々な憶測が飛び交い、一つの答えが出る。
(やはり、誰かが彼女達を生み出して北斗さんの元へとやっている。でも、何の為に……)
『なら、霧島北斗を見張ればいいさ。異変の首謀者は必ず彼の元に現れる』
ふと、あの時の魅魔の言葉が脳裏を過ぎる。
(……あながち、間違いでもない、か)
霊夢は確信に近いものを感じ取り、御払い棒を肩に担ぐ。
「……」
そして彼女はこちらに向けられる視線に気づきつつ、周囲の警戒を強める。
その後北斗は止めてた列車を二輌の蒸気機関車の元へと呼び寄せ、ゆっくりとC57 135号機と9677号機を連結させ、そのままD61 4号機も連結させる。
次に12系客車とC57 135号機の
その間に
(今のところ作業は順調に進んでるみたいだな)
北斗はその各々の作業の様子を見ながら、無縁塚を歩いている。
彼の手には万が一の護身用として、スコップが握られている。
(でも、この辺りの調査が終わっても、この路線の利用価値ってあるんだろうか?)
内心呟きつつ、周囲を見渡す。
調査を終えてここまで通行が可能になっても、無縁塚の在り方を考えると、幻想郷の住人がここに来る理由は殆ど無いだろう。その上貨物輸送にしても、ここまで資材を運ぶ理由も今のところ無いだろうし、正直なところこの辺りの路線の利用価値は現時点では無いに等しい。
(一体なぜこんな所にまで線路が――――)
ゆっくりと歩きながら考えていると、足に何かが当たる。
「……?」
北斗は思わず首を傾げて、足元を見る。
そこには黒いボールらしき物が落ちていた。
「何だこれ?」
北斗は屈んでスコップを手にしていない左手で拾い上げる。
(これ、黒い水晶か?)
手にしている黒いボール状の物を雲の隙間から少し顔を出している太陽に翳して見る。
よく見ればそれは半透明の黒い水晶であり、太陽の光に照らされて少し透けている。
(あんまり汚れていないところを見ると、割と最近のものみたいだな)
北斗は黒水晶に汚れが少ないことから、最近この辺りに落ちたものだと推測する。
拾ったはいいが、それをどうするか悩んだものも、彼は黒水晶を上着の左ポケットに入れる。
「北斗さん」
と、彼の元に険しい表情を浮かべている霊夢がやって来て声を掛ける。
「霊夢さん? どうしましたか?」
北斗は霊夢の表情を見て、ただならぬ予感して彼女に問い掛ける。
「何があっても、私達の傍から離れないようにしていなさい」
「? なぜですか?」
「面倒な連中が来たからだぜ」
と、怪訝な表情を浮かべている北斗に、霊夢と一緒に来た魔理沙が三角帽の位置を整えながら説明をする。
「……」
早苗は北斗の前に立ち、手にしている御幣を前に出して身構える。
すると林の奥から明らかな敵意を醸し出す妖怪が何体も出てきた。
「あれは……」
「この辺りに居座っている人喰い妖怪共よ」
霊夢はそう言うと、左手を右の袖の内側に入れてそこから札を取り出す。
「あいつら話が通じないからな。本気で襲い掛かってくるぜ」
魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、妖怪たちを睨むように見る。
「北斗さん。私達から離れないでくださいね!」
早苗は北斗にそう言いながら、力を溜める。
「……」
北斗は息を呑みつつ、スコップを両手で持って身構える。
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