転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第十八話

「げほっげほっ! 何だってんだ一体?」

 

 咳き込みながら阿散井恋次は現在の状況に難癖をつけた。

 

 彼は一護からルキアを託され、瀞霊廷を駆け回っていたのだが、突如として現れた東仙に謎の布状の物体を巻き付けられたのだ。

 

「なっ!? 双極の丘だと!?」

 

 視界が開けた恋次は状況を確認しようと目を凝らしたのだが、何故か自分が先ほど離れたはずの双極の丘に居ることに気が付いた。何かの間違いだと思って一度目を瞑ってみても、それは変わらなかった。

 

「ようこそ、阿散井君。朽木ルキアを置いて下がり給え」

「あ、藍染隊長!? なんで生きて……いや、それよりも今、何て……?」

 死んでいたはずの藍染が生きていたことに目に見えて動揺する恋次だったが、何やら聞き捨てならないことを藍染が言った気がして、藍染が発した言葉を理解するよりも先に訊き返していた。

 

「妙だな、聞こえていないはずはないだろう? 仕様のない子だ。二度は訊き返すなよ……」

 

 当然、藍染には恋次が訊き返してきた理由など手に取るように分かっていたが、至極面倒そうに話した。

 

「――朽木ルキアを置いて退れと言ったんだ、阿散井君」

「なっ!?」

 

 まるで業務連絡でもするかのように淡々と藍染は言い放った。

 

 あまりに予想外なその要求に、思わずもう一度訊き返しそうになった恋次だったが、それはある人物によって妨げられる。

 

『――護廷十三隊各隊長並びに副隊長、副隊長代理、そして旅禍の皆さん。僕は二番隊三席の蓮沼卯月です。緊急につきご清聴願います。予め申し上げますが、これから僕がお話する事は全て真実です』

 

「……卯月さん?」

「……蓮沼三席?」

 

 そう、卯月である。

 

 そして、藍染の悪事について語られた声は瞬く間に瀞霊廷中に駆け巡った。

 

「蓮沼君……? ああ成程、天挺空羅か」

 

 それを聞いた藍染はここに居ないはずの卯月の名を聞いただけで、今彼が何をしているかを言い当てた。

 

「卯月さんの話が本当なら、ルキアをあんたに渡すわけにはいかねぇ」

「何……?」

「断る、と言ったんです」

 

 訊き返してきた藍染に恋次は簡潔に自分の意見を述べる。

 

「成程」

 

 そう言った藍染の横で市丸が刀を抜こうとするが、藍染はすっと手を出し制止させた。

 

「君は強情だからね、阿散井君。朽木ルキアを置いて退がるのが嫌だと言うのも仕方ない。だから此方も君の気持ちを汲もう」

 

 そして自身の斬魄刀を抜きながら藍染は言う。

 

「朽木ルキアは抱えたままでいい。――腕ごと置いて退がりたまえ」

 

 瞬間、藍染の霊圧が上昇した。それは藍染からしたら大したことではなかったのだが、恋次には自分と藍染の間に格という名の壁がそびえ立った気がした。

 

 ――俺はあの人に勝てるのかっ!?

 

 実力差があるのにも関わらず、自分はルキアを抱えていて動ける範囲がいつもより限られている。これを足枷だなんて死んでも思わないだろうが、勝ち気な性格の恋次にさえ、そんな消極的な思考が過った。

 

 そして次の瞬間、藍染は恋次の視界から消え去った。

 

 だがこの時、恋次は今の藍染の動きにある既視感のようなものを感じた。

 抜刀し、突然視界から消える。まるで自身の上司の朽木白哉のようではないか。

 

「っ!?」

 

 しかし、それに気がついた時は既に遅かった。藍染の実力は朽木白哉よりも上だ。

 故に、瞬歩に剣速どちらも藍染の方が速かった。

 

 避けるのは不可能だし、斬魄刀を藍染の斬撃の軌跡に挟み込む余裕もない。せめて致命傷だけでも防ぐために身体を捻ったその時、二本の斬魄刀が藍染の斬魄刀の行く手を阻んだ。

 

「雛森! 乱菊さん!?」

 

 そこにいたのは松本乱菊と、自身と同じ日に牢に入れられたはずの雛森桃だった。

 

「【面を上げろ“侘助”】!」

「吉良っ!?」

 

 二人の登場に恋次が驚いて間もなく、新たに現れた吉良イヅルが始解した斬魄刀で藍染の斬魄刀を跳ね上げた。

 

「皆、どうしてここに……?」

「隊長と蓮沼の指示よ。もし自分達がギン……市丸を取り逃がした時、今の旅禍の討伐に追われている護廷十三隊に対処できる人は居ないだろうから、牢から雛森と吉良を連れて何時でも向かえるようにしてけって」

 

 一日前、卯月は冬獅郎と中央四十六室に行くことを決めた後、乱菊にもしもの時の為に別動隊として動くことを提案していた。原作知識からルキアの元に藍染が動くことは分かっていた卯月だったのだが、一護に救出された後どこにルキアが向かうのか全く分かっていなかったので曖昧な指示になってしまった。

 しかし、こうしてギリギリとは言え間に合っているので一安心といったところだろう。

 

「でもまさか藍染隊長まで相手にしないといけなくなるとは思わなかったけどね。……大丈夫かい、雛森君?」

「……うん、大丈夫。吉良君や乱菊さんだって辛いのは一緒だもん。私だけ我儘は言ってられないよ」

 

 護廷十三隊の中でも、五番隊は隊長と副隊長の結束が最も強いことで有名だった。

 故に吉良は雛森に気を使ったのだが、雛森も辛いのは自分だけではないと言い聞かせて刀を構えた。

 

「成程、また蓮沼君か。どうやら少し急いだ方が良さそうだね」

 

 先程の戦闘で言われた能力から鑑みて、藍染は卯月は既に回復してこちらに向かっていると考えた。

 別に戦闘面に関して言えば、先ほども圧倒出来ていたし問題ないのだが、卯月が最後に見せた縛道――魄導。あれだけは別だ。自分に向けられるのならいい、だがそれがルキアに向けられた途端、状況は著しく苦しくなる。

 

 ――卯月の実力と中央四十六室からここまでの距離を逆算して、恐らく三分が限度だろう。

 

「……卯月さんの通信を聞いた時は私も耳を疑いました。嘘だ、藍染隊長がそんなことするわけがないと思いました。……これまでのこと全部嘘だったんですか、藍染隊長!!」

「嘘をついていたつもりはないさ。ただ、君達が誰一人理解していなかっただけだ。僕の本当の姿をね。これを機に一つ覚えておくといい雛森君。――憧れは理解から最も遠い感情だよ」

「っ!?」

 

 雛森が藍染に向けていた憧憬を全て理解して藍染はそう言い放った。 

 

「……そうですか。なら、私は今まであなたに教わった全てを以て、あなたの目を覚まします、藍染隊長!! ――【弾け“飛梅”】!!」

 

 解号と同時に、雛森は七支刀型の斬魄刀から球状の炎を撃ち放った。その火球は藍染に命中し、辺りはその余波で土煙が舞う。

 

「そんなっ!?」

 

 だが土煙が晴れた時、藍染はまるで何もなかったかのようにそこに悠然と立っていた。雛森の攻撃は何一つとして藍染に傷を与えることができなかったのだ。

 

「話を聞いていなかったのかい、雛森君? その考えこそが、僕を理解できていない何よりの証拠だよ」

 

 まるで何もなかったかのように藍染は淡々と告げた。そして、その言葉には一切の感情も込められていなかった。

 

「【唸れ“灰猫(はいねこ)”】」

「【咆えろ“蛇尾丸”】!!」

 

 呼吸を合わせた乱菊と恋次がそれぞれの斬魄刀で遠距攻撃を行う。刀身を極限まで分解し、まるで灰のようになった乱菊の斬魄刀――灰猫と恋次の伸縮自在の鋸型の斬魄刀が藍染に襲い掛かる。

 

 だが、二人がかりの攻撃でも藍染を傷つけることはできなかった。灰猫は刀を一振りすることで四散し、蛇尾丸は素手で受け止められたのだ。

 

「なっ!? 素手で!!」

「飛梅!!」

「【破道の五十八“闐嵐”】!」

 

 驚く恋次を余所に次なる攻撃が行われる。雛森の斬魄刀から発せられる高火力かつ高威力の火球と吉良の風の鬼道が融合することで、蒼く変色した炎が藍染を包み込んだ。

 

「【縛道の六十七“天縫輪盾”】」

 

 だが、それでも藍染を傷つけるには至らなかった。

 

「まだだ!」

「待つんだ! 阿散井君!!」

 

 今の一連のやり取りで冷静さを欠いた恋次は藍染に向かって蛇尾丸を伸ばした。しかし案の定と言うべきか、先ほどと同じようにその攻撃は素手で受け止められた。そして、次の瞬間には蛇尾丸は木端微塵に破壊されていた。

 

「くっ!」

「やはり雛森君と吉良君との三人の中で君が一番危険だよ、阿散井君」

「ああ!?」

「少し、昔話をしようか」

 

 急な話に恋次は声を荒げるが、藍染はそれを意にも介さず話を続ける。

 

「君達に初めて会ったあの夜、僕は君たちを見て使えると確信した。だから君達が護廷十三隊に入った時、すぐに三人共五番隊に入隊させた。そしてより役立ちそうな二人を僕とギンの部下にした。一番厄介そうな君はすぐに余所の隊に飛ばした」

「余所に飛ばす……ということは卯月さんも!?」

「勘がいいね、雛森君。ああ、そうだ。僕があの夜最も使えそうだと思ったのは君達の中の誰でもない。蓮沼君だ。それと共に一番危険だと思ったのも彼だよ。だが、彼の場合なまじ実力があったために異動も少し遅れてしまったんだけどね。そして僕の勘は正しかった。実際先ほども彼に何度も意表を突かれたからね。そして、彼は現在もこちらに向かっている。――だから、そろそろ終わりにさせてもらうよ」

 

 次の瞬間、再度藍染の姿が掻き消えた。先ほどよりも上昇した瞬歩と剣速は、恋次に身体を捻る余裕すら与えなかった。

 一直線に恋次の腕を切断しようとした斬撃に――今度は黒が割り込んだ。

 

「どうしたよ立ち止まって? 随分ルキアが重そうじゃねぇか」

 

 一本の刀に力の殆どを注ぐことにより超速戦闘を可能としたその卍解の持ち主は、藍染の斬撃を難なく受け止めてそう言った。

 

「手伝いに来てやったぜ、恋次!」

 

 

***

 

 

「あいつが藍染か……」

「ああ」

 

 一頻りルキアや恋次と会話を済ませた一護は、一度距離を取った藍染に向き直る。

 

「まだ逃げる体力が残っているか、恋次?」

「残っているが逃げねぇぞ」

「お前なっ!――」

「この折れた蛇尾丸で、やれることはまだあるんだよ」 

 

 融通の利かない恋次に思わず一護は振り返ったが、そうじゃなかった。

 確かに、今の恋次はお世辞にも戦えるような状態には見えないだろうし、意地を張っているだけに見えたかも知れない。

 

「戦うぜ、俺は。オメーだって分かってんだろ? 逃げても無駄だってことぐらいよ」

「っ!?」

「だったら倒すまでとは言わねぇが、あいつら何とか動けねぇようにして、堂々とここを降りようぜ」

 

 しかし、少なくとも言っていることの筋は通っていた。

 実際一護も、先ほどの一合や霊圧探知で自分たちがどれだけ不利だということをひしひしと感じ取っていた。

 

 ――だが、それで怖気づく一護ではない。

 

「はっ、しょうがねぇな。そんじゃいっちょ共同戦線と行くか!!」

 

 そう言って一護は不敵に笑って見せた。

 

「――ちょっと、なに勝手に私達を除け者にしてくれてんのよ」

「あんたらはっ!?」

 

 乱菊に吉良に雛森の三人が颯爽と瞬歩で一護の傍に現れるが、見知らぬ人物の言葉に一護は困惑を隠せなかった。

 

「悪いけど自己紹介は後にしてくれない? ――それよりも今はやるべきことがあるでしょ、旅禍の少年」

「ここから先は」

「私たちも一緒に戦います」

 

 乱菊、吉良、雛森の順で一護に語り掛ける。

 

「ああ、頼む!!」

 

 今ここに、旅禍と護廷十三隊の垣根を越えた共同戦線が繰り広げられようとしていた。

 

「皆、聞いてくれ。今から俺が使う技は一回きりだが、こいつを食らえば藍染隊長と言えど、必ず隙ができる。できる隙は一瞬かもしれねぇが、なんとかその隙をついてくれ」

 

 恋次の提案に各々返事し、斬魄刀を構える。

 

 そして、恋次は折れた蛇尾丸を地面に突き立てた。

 

「行くぜ、蛇尾丸。――【狒牙絶咬(ひがぜっこう)】」

 

 瞬間、木端微塵に切り裂かれたはずの蛇尾丸の刃が浮き上がり、全方向から一斉に藍染に襲い掛かった。

 

「灰猫っ!」

 

 それに合わせて乱菊も灰猫で蛇尾丸の上から藍染を覆い、逃げ場を無くした。

 

「飛梅!!」

 

 最後に雛森の火球が炸裂して、藍染の視界を完全に阻害した。

 

 それを確認した一護と吉良が一息に藍染に接近し、斬りかかる。

 

「なん……だと……!?」

 

 しかし、その刃が藍染に届くことはなかった。

 

 あろうことか、藍染は一護の斬撃を指一本で受け止めていたのだ。いくら朽木白哉との戦闘で消耗しているとは言え、卍解による斬撃だ。先ほど、始解状態で斬魄刀一万本分の強度を持つ双極の磔架を破壊していたことから考えても、その威力が凄まじいものであることは想像に難くないだろう。

 

 だが、藍染は涼しい顔でそれを受け止めていた。

 

 続いて吉良も一護に遅れて斬りかかるが、藍染はそれをも一護の斬魄刀を持つ指を持ち替えることで、指で受け止めた。

 次の瞬間、二人は纏めて腹から切り裂かれていた。

 

「おや、腰から下を切り落としたつもりだったが、浅かったか」

「バカ……な……!?」

 

 そして息を吐く間もなく乱菊、雛森、恋次と次々と切り捨てられていく。

 

 ルキアは一護たちが倒れても、戦闘を終えた藍染が自分に近づいても、動くどころか言葉を発することもできなかった。戦闘によって起きた霊圧に当てられているのだ。 

 

「さあ、立つんだ。朽木ルキア」

 

 しかし、藍染はそんなことは関係ないと言わんばかりに強引にルキアを持ち上げた。これから、自身の目的を果たすために。

 

 そして、行動に移ろうとしたところで、金属音が聞こえた。――一護が斬魄刀を握りなおす音だ。

 

「ハア……ハア……」

 

 満足に呼吸することすら難しい状態なのにもかかわらず、彼はルキアを護るという意志だけで尚も立ち上がろうとしていた。

 

「可哀そうに、まだ意識があるのか。実力にそぐわぬ生命力が仇となったね。まあいい、それならそれでこれから起こる惨状を目に焼き付けておくがいい。君にはその資格がある」

「はあ……どういう……ことだよ!!」

「……何だその顔は? 君たちは浦原喜助の命令で朽木ルキアを奪還に来たんじゃないのか?」

「なっ!? どういう――」

「――そこまでだ!!」

 

 突拍子もない藍染の発言に一護が困惑していたその時だった。一人の大柄な死神が空から舞い降りた。

 

「藍染!!」

 

 その死神は声を張り上げながら斬魄刀を振り下ろした。

 

「……随分と久しぶりだね、その素顔を見るのは。どういう心境の変化かな狛村君?」

 

 七番隊隊長、狛村左陣(こまむらさじん)。護廷十三隊で唯一人狼族の彼は、普段はその容貌を隠すために鉄製の笠と鎧で身体を覆っているのだが、現在は剣八との戦闘で破損したために露わにしていた。

 藍染が彼の心境の変化を問うたのはそのためだ。

 そして人狼族の特徴なのか、狛村は他の死神に比べてかなり大柄である。そのため膂力は護廷十三隊でも随一で、そんな彼の一撃は余波だけで突風を巻き起こし、地面を大きく抉るだけの威力があった。

 

 だが、藍染はその一撃すらも何事もなかったかのように片手で受け止めていた。

 

「何故、そうして笑っていられるのだ……藍染!!」

 

 続いて狛村は斬魄刀を持っていない左の拳を放つが、これも藍染は軽やかに躱し、そのまま控えていた東仙の隣に移動した。

 

「貴公もだ、東仙!! ……何か弁明があるのなら言ってみろ!」

 

 狛村は自身の最も付き合いの長い死神である東仙にも語り掛けた。

 

「……無いのか、何も……」

 

 しかし、東仙はなにも答えなかった。

 

「残念だ……東仙……!」

 

 狛村は何も答えない友の態度に表情を悲愴に染め、嘆いた。

 

 すると次の瞬間――狛村の霊圧が上昇した。

 

「【卍解――!」

 

 だが、狛村が卍解することはなかった。それどころか突如として自身の懐に現れた藍染に瞠目した。

 

「鏡花水月の能力は完全無欠だ。例えかかっていると分かっていても逃れる術などありはしないよ」

 

 先程の攻防で、藍染は鏡花水月の能力で自身が東仙の隣に移動している幻覚を狛村に見せることで、いとも簡単に彼の懐に潜り込んで見せたのだ。

 

「【破道の九十“黒棺”】」

 

 そして、九十番台の鬼道で勝負を決めに来た。

 黒色の鬼道は一瞬にして狛村に襲い掛かる。

 

「【縛道の九十“黒獄”】!」

 

 ――だが、その鬼道が狛村を攻撃することはなかった。

 

 何者かの鬼道が藍染の鬼道を覆いつくし、相殺したのだ。

 

「済まない蓮沼、助かった」

「いえ、ご無事でなによりです。狛村隊長」

 

 一言交わしたところで二人は藍染に向き直る。

 

「予想していたよりも早い到着だね――蓮沼君」

 

 当初は到着までは三分程度かかるだろうと予想していた藍染だが、卯月はそれを大きく上回り、その半分の時間で双極の丘に到着していた。

 

「ええ、一応切り札の一つを切ったので……」

 

 そう言った卯月の身体には、切り札と呼ばれた技の残滓であろう黄緑色の発光が僅かに纏わりついていた。

 

「だが、無傷では済まなかったようだね」

 

 そう言った藍染の目には、鬼道を発動した卯月の大きく損傷した左腕が映っていた。

 同じ番号の、同じ詠唱破棄の鬼道とは言え、藍染と卯月の実力には大きな差がある。故に、卯月の鬼道では藍染の鬼道を相殺しきれなかったのだ。

 

「どこを見ているんですか? 傷なんてもうありませんよ」

 

 そう言った卯月の左腕の傷は既に消え失せていた。

 

「それは回道かい? それにしては随分と早い回復だが……」

「まあここ数十年間、ほぼ毎日自分の傷を治して来ましたからね。それだけなら四番隊の人にも負けませんよ」

 

 毎朝始業のギリギリまで修行に励んでいた卯月と砕蜂は、修行後に汗を流す程度の休憩しか確保できず、四番隊に通う時間がなかったのだ。白打の実力で勝っている砕蜂は殆ど傷を負わないからまだいいのだが、格上相手と修行している卯月はそうではなかった。毎朝ボロボロになるまで傷を負ってしまう卯月は、自身の回道で回復するほかなかったのである。

 そうして知らず知らずの内に、高い自己修復能力を有していたのだ。

 

「今度は逃がしませんよ、藍染隊長」

 

 そう言って卯月は斬魄刀を藍染に向けた。

 

 ここに尸魂界篇において、藍染を捕らえうる最後のチャンスが卯月に訪れていた。

 


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