転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第十九話

「狛村隊長、藍染隊長の斬魄刀の能力は強力ですが、僕はそれを無効化することができます」

「何、それは真か?」

「ええ、なので狛村隊長には止めを刺す役をお願いしたいんです。方向は僕が指示しますので、狛村隊長はそこに全力の一撃を叩き込んでください。それまでは僕が藍染隊長を引き付けます」

「分かった」

 

 鏡花水月の術中に嵌っている狛村は卯月に目となってもらい、火力面で他に劣る卯月は狛村に腕となってもらう。即席とはいえ、互いの弱点を補いあう良い作戦と言えるだろう。

 

「それでは行きます! ――【睡蓮・珠砲(しゅほう)】」

 

 睡蓮の刀身に開けられた三つの穴から発せられている煙が球状の結界に覆われる。それは瞬く間に数を増やし、卯月の周りには十個の球状の物体が浮遊していた。

 

「掃射」

 

 卯月の掛け声に合わせて、球状の結界が一斉に藍染に向かって放たれた。

 

「成程、これは少々厄介だね」

 

 勿論、藍染はそれを難なく躱したのだが、問題はその後だった。

 

 ――球状の結界は地面に着弾するやいなや、まるでガラスが割れるかのようにパリンと音を立てて割れ、そこから睡蓮の煙が炸裂したのだ。

 

 “睡蓮・珠砲”は風や衝撃波に弱いという睡蓮の弱点を克服するために、卯月が開発した縛道との複合技だ。予め睡蓮の煙を圧縮して結界の中に閉じ込めることにより、風や衝撃波の影響を受けにくくし、着弾した時には一度に多くの煙が放たれるのだ。

 

 そして、この技は単発ではない。

 

 十個全てを藍染が回避したかと思えば、その時にはまた卯月の周りに十個の珠が浮かんでいた。

 

「掃射」

 

 一撃目の煙を鬼道で薙ぎ払いつつ確実に攻撃を躱していく藍染だが、同じ攻防を五回も繰り返すころには、辺りには一度の鬼道では払いきれないほどの煙が充満していた。

 

 “睡蓮・珠砲”は戦況が長引けば長引くほど相手が不利になっていく。卯月は藍染が攻撃を避けている間に、それまでに薙ぎ払われていた煙を再度藍染の周りに集めていたのだ。

 

 こうして完全な包囲網が完成した時、さらなる異変が藍染を襲った。

 

「なにっ!?」

 

 ――珠が着弾する前に、藍染の顔前で割れたのだ。

 

「かかりましたね」

 

 なんとこれまでの五発、全てがこの一撃の為の布石だったのだ。“睡蓮・珠砲”において煙を包み込む結界は、全て卯月の支配下にある、つまり結界を解くも掛けるも全て卯月の自由なのだ。

 それをあたかも着弾しないと割れないという特性があるかのように見せかけ、藍染がすれすれで珠を避ける瞬間を待っていたのだ。

 

 そして、煙は完全に藍染を包み込んだ。

 

「十時の方向です、狛村隊長!!」

 

 ――だが、卯月はそれで終わりだとは微塵も思えなかった。藍染なら結界なり何なりで、睡蓮の術中から逃れていると思ったのだ。

 

「【卍解“黒縄天譴明王(こくじょうてんけんみょうおう)”】!!」

 

 卯月の指示を聞いた狛村は卍解で勝負を決めにかかった。卍解することで狛村の背後には鎧を着た巨人が出現し、狛村の動きに合わせて巨人も剣を振り下ろした。

 

 ――全く見当違いな方向に、だ。

 

 巨人の攻撃は地面を裂き、睡蓮の煙を一瞬にして四散させる。

 

「……ほう、これは驚いた」

 

 だが、見当違いの方向に振るったのにもかかわらず、そこには狛村の一撃を斬魄刀で受け止める藍染の姿があった。

 

「なにっ!?」

「これでも傷一つ負わせられませんか……」

 

 狛村は驚き、卯月は冷や汗をかきながら呆れるように呟いた。

 禁術は効かないし、斬魄刀は防がれるし、同じ隊長の一撃すら涼しい顔で受け止めて見せる。最早卯月には、藍染にできないことは存在しないかのように感じられていた。

 

「先ほどの蓮沼君の声はブラフで、本命は鬼道による通信かな?」

 

 先程の攻防で、卯月は狛村への指示を鬼道で行っていた。それは、狛村が鏡花水月の術中に嵌っており、藍染が自分の指示を鏡花水月によって錯覚させる可能性を予見していたからだ。

 

「意表を突くために敢えてあなたに聞こえるように打ち合わせしたんですけどね……。完全に裏目に出てましたか」

 

 鏡花水月の能力が完全催眠であると判明している時点で、声が偽られることは当然考慮すべきことだ。つまり、わざわざ藍染に聞こえるように打ち合わせをした、先ほどの卯月の立ち回りはあからさま過ぎたのである。

 

「確かに、あれでは別の手段で意思伝達ができると教えているようなものだね。君はそうすることで僕の油断を誘えると思ったようだけど、運が悪かったね。尤も、僕の場合は意表を突かれていたとしても無傷だったろうけどね」

「……万策尽きたか」

「寧ろよくここまで戦ったね。流石の僕も君の引き出しの多さに驚かされたよ。もし、僕と君が同格だったのなら、まだまだ手はあったんだろうね」

「ええ、それはそうですね。僕は火力が無い分どうしても手数が必要なので。――だから、これで最後です!!」

 

 中央四十六室、双極の丘とあの手この手で藍染を打倒しようと戦った卯月だったが、ついぞそれらの攻撃が藍染に通用することはなかった。

 故に、最後は正真正銘全力だ。小手先が通用しないのなら自身の持つ最強の手札で戦うのみ。

 

 卯月の霊圧がこれまでにないほどに上昇していく。その霊圧は先ほど卍解を使用していた狛村のものと拮抗する程のものだった。

 

「【卍っ!?」

 

 刹那、卍解をしようとしていた卯月に何かが迫った。咄嗟の判断で卯月は後退する。その攻撃を視線で辿ると、ある人物の所で目が止まった。

 

「……市丸隊長」

 

 卯月が卍解する瞬間、市丸が斬魄刀を解放することでそれを防いだのだ。

 

「悪いが、今僕は君に構っている場合ではないんだ。万が一にでも君が朽木ルキアをどこかに転移させてしまうと拙いからね」

「ごめんなぁ、卯月。ここから先はボクが相手や。その間やったら愚痴聞いたってもええよ」

「くっ!」

 

 よく見れば隣では狛村が東仙と対峙していた。一護を始めとした他の死神達も、先程の藍染との攻防で倒れてしまっているので、応援は絶望的だった。

 

「じゃあ、行くで」

 

 刹那、市丸の斬魄刀が伸びた。卯月はそれを瞬歩で躱すのだが、神鎗の攻撃はそれだけではない。

 市丸は伸びた状態の神鎗を横薙ぎに払う事で、広範囲に渡って攻撃を仕掛けた。

 

「【縛道の八十一“断空”】」

 

 だが、これも卯月は強度の高い障壁を生成する事で冷静に対処する。

 

「【波状弾(はじょうだん)】」

 

 次に、市丸が神鎗を収縮させるまでの間にできる僅かな隙を狙って、卯月は大量の波弾を放つ。

 

「【縛道の八十一“断空”】」

 

 しかし、今度は市丸の縛道によってそれは防がれた。

 

「これはっ!?」

 

 ――だが、それは卯月の想定の範囲内だった。

 

 大量の波弾を防ぎきった市丸の障壁にある物体が衝突し、煙を撒き散らした。煙は一瞬にして市丸の視界を遮った。

 

 ――そう、卯月は睡蓮・珠砲を、今度は目くらましとして利用したのだ。

 

 すぐさま市丸に接近しようとした卯月だったが、それはある人物の急激な霊圧の上昇によって妨げられることとなる。

 

「【卍解“清虫終式・閻魔蟋蟀(すずむしついしき・えんまこおろぎ)】」

 

 結界内に入れた者の視覚・聴覚・嗅覚・霊圧探知能力などの敵感知能力を完全に奪う東仙の卍解が、卯月と狛村の二人を一遍に覆った。

 

 狛村と戦っていた東仙が市丸の窮地を察し、自身の卍解で卯月もろとも片付けに来たのだ。

 

 ――だが、それは直ぐに間違いだったと思い知らされる事となる。

 

「何っ!?」

 

 なんと、一切の敵感知能力を奪われているのにも関わらず、卯月はまるで初めから東仙の卍解など効いていなかったかのように東仙の斬撃を回避したのだ。

 あの更木剣八ですら攻略までにある程度の苦戦が強いられた東仙の卍解だ。それを鑑みれば、如何に卯月が規格外なことをしているかが分かるだろう。

 

「【衝破閃】! 【波状弾】!」

「ぐっ!」

 

 そして、卯月の攻撃が東仙に突き刺さる。

 技自体の威力はさほど強くはないのだが、成長した卯月の白打から発せられた二つの技は、確実に東仙にダメージを与えていた。

 

「何故、私の卍解によって敵感知能力の一切を奪われたはずの貴様に私が見えている……?」

「あれ、もしかして東仙隊長、藍染隊長から聞いてなかったんですか? 僕の斬魄刀、睡蓮のもう一つの能力を」

「……もう一つの能力だと?」

「ええ、睡蓮の能力は煙を吸った対象を眠らせ、能力を停止させることですが、対象が自分の時だけ、その効果が怪我や病気以外の全ての状態異常の回復に変わります。つまり、あなたの卍解は僕に通用しません」

 

 てっきり、卯月は藍染から教えられていると思っていたので、拍子抜けしていた。

 これなら寧ろ、先程の延長で市丸と戦っていた方が辛かったと思えたほどだ。

 

「それと、狛村隊長も結界で守っているので、そちらに向かおうと思っても無駄ですよ」

 

 一見、敵から見つからずに攻撃し続けられるという東仙の卍解は、隙のない強力な卍解に思えるが、一つだけ弱点があった。

 

 ――それは、火力面での強化が乏しいということだ。

 

 それを抜きにしても東仙の卍解は優秀なのだが、現在の状況ではそれが彼を苦しめていた。

 何せ、今狛村を覆っているのは藍染の八十番台の鬼道をも耐えたものと同じ強度を持つ結界だ。

 

 故に、東仙では卯月の結界を破るのは難しいし、卯月も始解の状態で十分に東仙と渡り合うことが可能だった。

 

「なら、貴様を先に倒すまでだ!」

 

 瞬間、東仙の姿が掻き消え、卯月の胴を切り裂いた。

 

「何っ!?」

 

 ――だが次の瞬間、卯月の姿が一枚の手拭いへと変わっていた。

 

 ――【隠密歩法四楓の参“空蝉(うつせみ)”】

 

 自身の霊力を一つの物体を目印として固め、囮とする事で、術者は敵の背後に回り、ほぼ確実に隙を突くことのできる高等歩法だ。

 

 とは言え、東仙は盲目で隊長の座に就けるほどの霊圧知覚の持ち主で、その精度は護廷十三隊でも随一のものだ。もし、このまま卯月が普通に背後から攻撃したのなら、一蹴されるだろう。

 

 故に、今回卯月は東仙から撤退することに重きを置いた。背後に移動した卯月は東仙には目もくれず、そのまま藍染の元へと向かったのだ。

 

「そんなっ!?」

 

 ――だが、東仙の卍解の結界を破った時、卯月の目に映ったのは穴が開いたルキアの胸から球状の物体を取り出す藍染の姿だった。

 

 

***

 

 

「驚いたな、こんな小さなものなのか」

 

 ルキアから球状の物質を取り出した藍染は、用済みと言わんばかりにルキアを手放し、呟いた。

 

「これが――“崩玉(ほうぎょく)”」

 

 それが卯月がトンデモ物質と呼んでいた物の正体だった。現在は尸魂界を追放されている浦原喜助が創り出し、その危険性から封印することを決断せざるを得なかったその物質は、死神の虚化を可能とする程の次元を超える程の力を有している。

 そしてこの瞬間、その物質は藍染惣右介という一人の死神の手に渡っていた。

 

「……ほう、魂魄自体は無傷か。素晴らしい技術力だ」

 

 開いたはずのルキアの胸が完全に塞がる様を見て、藍染はそう言った。

 藍染がルキアから崩玉を取り出すのには、過去に浦原が考案した内の一つの技術が用いられたのだが、その技術は博学な藍染からしても到達することが非常に難しい技術だったのだ。

 

「だが残念だな、君はもう用済みだ。――殺せ、ギン」

「しゃあないなぁ……。――神鎗」

 

 藍染が市丸に向けて掲げたルキアに神鎗が迫る。

 そして、その神速の突きは鮮血をまき散らした。

 

「兄……様……?」

 

 ――ルキアの義兄、朽木白哉のものをだ。

 

 市丸の一閃がルキアに突き刺さろうとした瞬間、白哉はギリギリのところで自身の背中を捻じ込んだのだ。

 

「兄様!? 何故私を……?」

 

 だが、白哉は既に限界を迎えていた。

 一護に敗れた白哉は既に気絶してもおかしくない程の傷を負っていたのだ。しかし、そんな体に鞭を打ち、ルキアを救ったのである。

 

 改心した兄が妹を救った。確かに感動的な話ではあるが、まだ戦いは終わりじゃない。

 

 藍染が己の斬魄刀に手を掛けたのだ。

 それを確認したルキアは怯えながらも、なんとか兄だけは守ろうと白哉を強く抱きしめた。

 

「【縛道の九十九“禁”】」

 

 ――しかし、それは無用の物となった。

 

 黒い帯が藍染に巻き付き、地面に倒れたところを杭が固定した。

 

「ふう……、ギリギリセーフ」

 

 ルキアにトドメを刺そうとするのを止めたのは卯月だった。

 

 卯月は藍染が市丸にルキアのトドメを刺させようとしたその瞬間から、縛道に必要な霊力を練り上げていたのだ。

 実を言うと、卯月はやろうと思えば先程の市丸の斬撃を防げていたのだが、敢えてそれをしなかった。

 

 市丸の斬撃を防いだ所で、藍染が動いたら終わる。

 

 そう思った卯月は接近していた白哉にルキアを任せ、自分は次の一手を打っておいたのだ。碌に霊力も練らずに発動した縛道では、藍染を捕らえられないと卯月には分かっていたからだ。

 

 そして、この程度では終わらない。中央四十六室の戦いで既にこの縛道は破られている。故にここからさらに縛道をかける必要があるのだ。

 

 ――【縛道の七十五“五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)”】

 

 空中から突如出現した五つの柱が藍染を囲い込み、四肢の動きを封じる。

 

 ――【縛道の六十二“百歩欄干”】

 

 紫色に発光する鬼道でできた円筒状の物体が何十本と藍染の身体へと降り注いだ。

 

 ――【縛道の七十九“九曜縛(くようしばり)”】

 

 藍染の身体の周囲に八つ、胸の中心に一つの黒い物体が出現し、更に藍染の動きを封じる。

 

「必死だね。だけど、そんなに僕ばっかりに意識を向けていていいのかい?」

 

 普通ならば息をすることすらも難しいほどの拘束の中、藍染はそれが普通であるかのように自然に言葉を紡いだ。

 

 その時、双極の丘の周辺に三人の巨人がたどり着いた。

 

 青流門門番、嵬蜿(かいわん)

 黒陵門門番、斷蔵丸(だんぞうまる)

 朱洼門門番、比鉅入道(ひごにゅうどう)

 

 瀞霊廷の東西南北の門を守護する四人のうちの、半数以上を藍染は味方につけていたのだ。

 

「ああ、あれなら多分大丈夫じゃないですかね?」

 

 ふと、卯月は空を見上げた。

 すると、それにつられた藍染の視界に黒い点が映った。しかも、その黒い点はみるみると巨大なものとなっていくではないか。

 

 そして、その黒い物体が三人の門番に匹敵するほどの巨体の持ち主だと分かった時、再度卯月は口を開く。

 

「仮に彼らが駄目でも、僕が眠らせれば問題ないですからね」 

 

 そう卯月が呟いた時、一人の女性の詠唱と共に門番の一人に雷光が迸り、その女性を肩に乗せた最後に出現した巨人――白道門門番、兕丹坊(じだんぼう)がもう二人の門番の意識を刈り取った。

 

「それはそうと、あなた方こそ大丈夫ですか? ――いつの間にかもう後が無くなっていますよ」

 

 瞬間、何者かが市丸の首筋に斬魄刀をおいた。

 

「……乱菊?」

「動かないで」

 

 そう、松本乱菊である。

 

 それだけではない。よく見てみれば、先ほど藍染が倒した筈の一護達が全員復活していた。

 

「別に縛道だけが僕の準備じゃありませんよ」

 

 白哉がルキアを庇ったあの瞬間、卯月は縛道に必要な霊力を練るだけではなく、倒れた一護達に回道を施して回っていたのだ。

 縛道に多くのキャパシティーを割いた影響で、時間は掛かったし、まだ全回復には程遠いが、それでも十分だった。

 

 そして次の瞬間――この双極の丘に護廷十三隊の隊長格ほぼ全員が集結した。修兵が東仙に付き、それ以外の全員で藍染を包囲する。

 もう完全に藍染達三人の退路は断たれていた。

 

 だが、そんな状況でも卯月の不安は拭えなかった。

 

「何で……笑ってるんですか?」

 

 こんな状況でも、藍染は涼しげに笑っていたのだ。より一層気を引き締めて縛道を強めてもそれは変わらなかった。

 

 ――絶対に何かがある。

 

 卯月がそう思ったその時だった。

 

「っ!? 離れて修兵! 松本副隊長!!」

 

 得体のしれない不気味な何かを感じて、咄嗟に卯月が東仙と市丸に付いていた二人に指示を飛ばす。

 

 すると、藍染と市丸と東仙の三人に光が降り注ぎ、三人を包み込んだではないか。その光を辿って視線を上げてみれば、そこには虚の異界へと赴く時の通り道である黒腔(ガルガンタ)が開かれており、そこには大量の大虚(メノス・グランデ)、そしてその奥にも虚であろう何かが居た。

 

「これはっ!?」

 

 自身の鬼道が徐々に解かれていくのを感じた卯月は声を漏らした。

 

「悪いね蓮沼君、どうやら時間が来たようだ」

 

 その声に呼応するかのように、光は藍染達三人を浮遊させていく。

 

「逃げる気かいこのっ――!?」

「やめい!」

 

 藍染達を追おうと光に突撃しようとした七番隊副隊長――射場鉄左衛門(いばてつざえもん)を元柳斎が止めた。

 

「あれは“反膜(ネガシオン)”というての。大虚が同族を助けるときに使うものじゃ。あの光に包まれたが最後、光の内と外は完全に隔絶された世界となる。大虚と戦うたことのある者ならみな知っておる。――あの光が降った瞬間から、中の者には最早触れることすら出来んとな」

 

 今も目の前には確かに藍染達三人は存在している。だが、本来なら触れられる距離にいたとしても、それをすることすら許されないのだ。

 

「東仙!! 降りてこい東仙! 解せぬ! 貴公は何故死神になった!? 亡き友の為ではないのか!? 正義を貫くためではないのか!? 貴公の正義は何処に消え失せた!?」

 

 東仙に狛村は語り掛ける。

 

 狛村には分からなかった。何故、友の為に死神になるという決断をする優しさを持ち、あれ程までに執拗に正義に拘ってきた東仙が隊長となり、ある程度の発言権を持った今になって反旗を翻したのか。

 

 だが、その答えは思いのほか簡単だった。

 

「言ったろう狛村、私のこの目に映るのは、最も血に染まらぬ道だけだ。正義は常にそこにある。――私の歩む道こそが正義だ」

 

 それは価値観の相違だ。狛村と東仙では思い浮かべていた正義の形は全くと言っていいほど異なっていたのだ。

 

 そして、違う場所では僅かでも情報を引き出そうと、浮竹が藍染に話しかけていた。

 

「大虚とまで手を組んだのか……何のためだ?」

「高みを求めて」

「……地に堕ちたか」

「驕りが過ぎるぞ、浮竹。最初から誰も天に立ってなどいない。君も、僕も、神すらもね」

 

 己の野望を果たすために悪事に手を染める。それを聞いた殆どの人々がそれを浮竹と同じように『堕ちた』、またはそれと似たような言葉を口にしていただろう。

 

 しかし、藍染はそんな言葉は意にも介さず、堂々とした口ぶりで言い放つ。

 

「だが、その耐えがたい天の座の空白も終わる」

 

 天、という曖昧な表現を用いているのにも関わらず、その場にいた全員に藍染の確固たる意志のようなものがしかと伝わった。

 

「これからは――私が天に立つ」

 

 狙いすましたかのように、反膜によって空に開かれた黒腔の傍まで昇ったタイミングで藍染は言い放った。

 

 同時に砕いた眼鏡や、髪を掻き上げ、オールバックへと変えた髪型はまるで過去の自分や護廷十三隊との決別を表現しているかのようだった。

 

「さようなら、死神の諸君、そしてさようなら、旅禍の少年。人間にしては君は実に面白かった」

 

 身体を背け、存分に見下しながら藍染は別れを告げた。

 

 そして次の瞬間には黒腔は完全に閉ざされた。

 

 


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