転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
声の正体は一人の男だった。髪は金髪でオカッパ、それにベレー帽を被っている。
また、彼の手には何故か斬魄刀が握られており、それが彼が何者なのかを更に分からなくしていた。
そして、その場に居たのは男だけではなかった。
赤いジャージを着た、ツインテールの少女。
どことなく吉良と雰囲気が似ている金髪の男性。
星形のアフロという独特な髪型に、サングラスをかけた中年の男性。
眼鏡をかけ、セーラー服を着た、どことなく凛とした雰囲気を放つ女性。
筋肉質で、タンクトップを着た短髪の男性。
全身真っ白のライダースーツを着た女性。
そして、縦横共に大柄な男性。
計八人がそこに立っていた。
「
一度は彼らの登場に驚いた元柳斎だったが、現世に彼らが居ること自体は予想していたようで、合点がいったようだ。
「何だ、あいつらは……?」
「あれは……!」
「っ!?」
そして、他の護廷十三隊の面々も、彼らの登場に反応を示す。
新参者の冬獅郎は誰とも知らない人物達の登場に戸惑い、逆に彼らを既に知っている砕蜂も、予想外の人物達の登場に戸惑った。
そして、修兵はかつての自身の恩人と酷似している人物の登場に驚愕していた。
――平子真子……?
そんな中、卯月は聞き覚えのある名を元柳斎が口にしたことで、自分の頭の中の原作知識を掘り返していた。
(聞いたことがある。僕の記憶が正しければ、彼らは僕が護廷十三隊に入隊する時よりもずっと前に、藍染隊長の実験の犠牲になった人達だ)
今から遡ること百年前、彼ら仮面の軍勢は藍染の虚化の実験の犠牲になっており、その際に彼らを救おうと尽力した浦原と夜一と鉄斎が、尸魂界を追放されたという経緯を持っている。
その後は浦原協力のもと、虚化の力をものにし、現在に至っている。
護廷十三隊の面々は彼らの登場に驚いていたが、彼らからしてみれば、藍染を大義名分のもと殺すことのできるこの場で登場しない理由はなかったのだ。
「久し振りのご対面や。十三隊ん中に挨拶しときたい相手がおる奴いてるか?」
平子が仮面の軍勢の仲間にそう問いかける。
「いてへん!」
「うるさいなぁ、ひよ里。お前には訊いてへんねん」
「ウチには訊いてないてどういう事やねん! 皆に訊いてんねやろ、皆に!」
否と力強く答えた赤いジャージを着たツインテールの少女――
「オレは別にいいぜ」
「ボクもいいよ」
「ワタシハ……十三隊にハいまセン」
「俺もいねぇ」
「ベリたんいないね? なんで~?」
上から星形のアフロという独特な髪型にサングラスをかけた中年の男性――
五人の中で唯一、久南白は一護と会話をしようとしたのだが、残念ながら彼は現在虚圏で戦っているので現世にはいない。
そして、何故彼女が一護を知っているのかと言えば、それは彼ら仮面の軍勢が一護と同じ境遇にあるからだ。仮面の軍勢は皆、藍染の虚化の犠牲者で、現在は全員が虚化をする事ができる。一方、つい数ヶ月前まで一護は自身の内なる虚によって魂を脅かされていた。そんな一護にとって、仮面の軍勢は打ってつけの指導者だったのだ。結果として、一護は最初は反発していた仮面の軍勢に教えを乞い、現在は新たに手にした虚化の力を得て虚圏で戦っている。
これで平子の問いに答えたのはひよ里も合わせて六人。残りの一人は何も言わずにじっと宙に佇んでいた。
「あ! どこ行くねん、リサ!」
と、思いきやそのセーラー服を着た女性――
リサにはかつて尸魂界に居たときの直属の上司だった京楽の存在が脳裏をよぎった。他の仮面の軍勢と違って、彼女には過去に世話になった人物が未だに最前線で戦っているのだ。
「……ほな、俺も総隊長サンとこ挨拶してくるわ」
「ああ! 待てコラ真子!!」
リサがどこに行ったのか、あたりをつけていた平子はそれに便乗する形で元柳斎の元へと向かう。そして、ここでもひよ里の言葉に返答が来ることはなかった。
「恨みを晴らしに来おったか?」
自分の目の前に立った平子に対して、元柳斎はそのような事を口にした。
「藍染になぁ。アンタのことは別にや」
しかし、平子達が恨んでいるのは護廷十三隊ではなく、自分達を陥れた藍染達だ。
「恨んどるとしたら、あんたらがここにメッチャ強い結界張って戦ってたことやな! 外で見張っとったコイツ見つけられへんかったら、永久にこの周りグルグル回り続けとったとこや」
そう言いながら平子が後ろ指を差した先には、結界の防衛の任を任されていた雀部がいた。
「申し訳ございません……! 通していいものか逡巡したのですが、内部の戦況を見て――」
「よい」
雀部は片膝をついて謝罪をするのだが、元柳斎はそれを断じた。
ワンダーワイスと謎の巨大虚によって、戦況が変わろうとしていたのは事実。それに彼ら仮面の軍勢は、尸魂界に居た頃は、全員が護廷十三隊や鬼道衆の副官以上で腕を振るっていた猛者達だ。そんな彼らがこの戦場に加わるのだから、心強いことこの上ないだろう。
「平子真子、今はお主らを味方と考えて良いのかの?」
「そんなもん決まってるやろ。――あかんわ。俺らはあんたらの味方ちゃう」
予想外な平子の返答だったが、元柳斎に動揺は見られなかった。確かに、平子は護廷十三隊に対する恨みは持っていない。しかしだからと言って、何も思うところが無いわけではないのだ。
平子にはあまりその傾向は見られないのだが、例えば、ひよ里などは百年前の出来事から死神を毛嫌いするようになった。その気持ちを汲み取っての、今の平子の返答だったのだ。
「俺らは藍染の敵、ほんでもって一護の味方や」
だが、護廷十三隊に敵対するという訳でもないので、それだけはここで明示しておき、平子は元柳斎の下を去った。
「黒崎……一護か……」
その背中を見て一護の名を口にした元柳斎の顔は、どこか感慨に浸っているようだった。
千年も総隊長をやっている彼にとって、僅か数ヶ月でこんなにもの大勢の人と出会い、力をつけて来た一護は何か思うところがあるのだろう。
「やっと戻ってきたね」
「話、終わったのか?」
「終わってへんけど、もう無理やろ」
元柳斎が何かを話そうとしていたのは聞こえていた平子だったが、あのまま呑気に話している訳にもいかなかった。
「敵さんもそろそろしびれ切らす頃や」
平子が横目で見た先には、いつの間にか巨大な虚の下に戻っていたワンダーワイスが、大きく息を吸い込んでいた。
一角と弓親も思い通りにはさせまいと、二手に分かれようとしたのだが、スタークによってその動きは止められてしまう。
「ウーアー、ウアアアアーーーーー!!」
そして、再度ワンダーワイスの声が戦場に響き渡る。
――味方の回復に続いて、まだ何かあるのか!?
そんな思いが護廷十三隊に駆け巡った。
すると、ワンダーワイスの声に応えるように、城郭炎上を吹き払ってから微動だにしていなかった巨大な虚がその大口を開いた。
「なっ!?」
次の瞬間、誰とも分からない声が発せられた。しかし、驚いたのは護廷十三隊全員が同じだった。
――なんと、巨大な虚の口から何十体もの下級大虚が一度に吐き出されたのだ。それはまるで嘔吐のようで、嫌悪感を抱くには十分だったのだが、あまりに驚愕の出来事に、そんな気持ちを抱いている余裕はなかった。
「――いくで」
そんな中、一瞬も怯むことなく動き出した者達がいた。
――仮面の軍勢達だ。
彼らは自身の顔を撫でることで己の顔に虚の仮面をつけ、平子の指示に従って、一目散に下級大虚に向かって動き出した。
斬魄刀を振り下ろしながら、虚閃を放つ。
一秒に何十発もの拳を放ち、強引に仮面を砕く。
蹴りだけで一度に何体もの敵を圧倒する。
結界で強制的に断絶する。
剣技で一瞬にして粉々に変える。
糸を括り付け、傀儡のように操る。
腕力だけで、真っ二つにする。
一人一人方法は違えど、虚化したことにより強化された基本能力を生かし、下級大虚を圧倒していく。
「す、すげぇ! めちゃくちゃ強ぇ……!!」
「一体何なんだ、こいつらは……!!」
地上で雛森達の護衛をしていた大前田が、上空でハリベルと向き合っていた冬獅郎が、仮面の軍勢のあまりの強さに舌を巻いた。
そして、最後に平子が動き出す。向かったのは当然、彼らにとっての敵である藍染の前だ。
「どや藍染、随分虚化を使いこなすようになったモンやろ?」
そう平子は得意げに語った。嘗て藍染が罠に嵌めたことによる虚化が、今こうして戦況を変えているのだから、皮肉なものだ。
「終いにしようや」
仮面を取った平子の斬魄刀が藍染に振り下ろされる。虚化していた方が剣速も攻撃力も上なのだが、敢えて平子は虚化を解くことを選んだ。
それは平子真子が藍染を殺すことに意味があるからだ。藍染が関与した虚化で殺してしまっては意味がないのだ。
そして平子の斬魄刀が藍染の身体を切り裂かんとした瞬間、一本の斬魄刀が平子の視界に入り込んだ。
これには平子も攻撃を断念し、身体を後ろに反らして回避した後、即座に距離を取った。
「外したか……」
東仙は今の一撃を平子に避けられた事を残念がり、僅かに歯を軋ませた。
「アホ言え、当たっとるわ」
しかし、平子の額の左側には確かな切り傷がついていた。
「左目から上を斬り落とすつもりだった。その程度は当たっていると判断しない」
東仙は攻撃を外したのではなく、狙いを外して残念がっていたのだ。
「言うやないか、三下」
平子達が護廷十三隊にいた百年前の頃、東仙はまだ上位席官程度の力しか有していなかった。故に平子の目には、東仙は未だに当時と同じ青い若者にしか映っていないのだ。
「さぞ気分悪いだろうな。その三下に斬られて死ぬのは」
売り言葉に買い言葉で、東仙は強気に平子に言い返しながら接近し、刺突を放った。
だが、その攻撃は突如として二人の間に割り込んだ者によって止められてしまう。
「狛村……!」
その者の霊力を感じた東仙は瞠目する。この男はまだ友のことを諦めていなかった。
「助太刀するぞ! 仮面の客人」
狛村は背中越しに平子に話しかけた。
「ええんかい? 俺らみたいな得体の知れん連中助けても。まあ、見たとこアンタも十分得体が知れんけどな」
「貴公らは真っ先にあの大虚の群れに立ち向かっていった。その姿だけで、味方と断ずるに余りある! 儂は貴公らと共に戦うと決めた! 異論は聞かんぞ、仮面の客人!」
護廷十三隊にとっても藍染は敵。そして、敵の敵は味方だ。平子達は否と言ったが、どう認識するかなど、当人の自由。
利害が一致している。その事実があるだけで十分だった。
「……なんや暑苦しいやっちゃなー。俺こんなん苦手や」
冗談混じりの返答も、生真面目な狛村には通用せず、それにより平子は声を漏らした。
そしてここ以外の場所でも、続々と仮面の軍勢は護廷十三隊の援軍に駆けつけた。
スタークと対峙していた一角と弓親の下には
ハリベルと対峙していた冬獅郎の下にはひよ里とリサが。
巨大虚とワンダーワイスの下には拳正と白が。
そして、
「逆だな、あの時とは……」
かつて剣八の攻撃から東仙を守ったことを思い出しながら、狛村は語った。
「よもや貴公の剣から、何者かを守る時が来るなどとは思いもしなかった……」
「私は知っていたよ。私とお前はいずれ必ず刃を交え、いずれ必ずどちらかが死すことになるだろうと」
それぞれが自分が正しきと思う道を歩む者だからこそ東仙は感じていた。いずれその道が交わることを。
「行くぞ」
そして、東仙が動こうとした時、何かが彼の斬魄刀を絡め取った。
その正体は黒い鎖で、その先には特徴的な形をした鎌が取り付けられていた。
――そしてこんな奇形の斬魄刀を持つ者は、護廷十三隊には一人しかいない。
「すみません狛村隊長。この戦い、俺も立ち会わせて下さい!」
「檜佐木……!!」
友の為、師の為、己の正義の為、様々な思いが剣を介して交錯しようとしていた。
***
「修兵……」
東仙の下に向かった修兵を見て、僕はそう一人声を漏らした。
それと同時に、僕は藍染達が尸魂界を去った後の修兵の様子を思い出す。
あの頃の修兵は、東仙のことを考えないようにしようと必死で仕事に取り組んでいた。僕が九番隊の仕事を手伝いに行ってからは、東仙隊長を取り戻すべく気持ちを切り替えて、来たる戦いの為に己を磨いていた。
そして、今その時が来た。
「……僕も行かないと」
その姿を見て、僕も触発される。
今回の戦いで、僕には藍染隊長を止める以外に一つの目的がある。
――それは市丸隊長を生かすことだ。
市丸隊長は原作で藍染を裏切った際に、彼の卍解である“
だけど、僕はそのままでいいとは思わない。市丸隊長は松本副隊長の為に、自分の人生を全て藍染隊長への復讐に捧げた。そんな人がこんなところで死んでしまっていいとは思えないのだ。
確かに、松本副隊長の為とは言え、市丸隊長が犯した罪は情状酌量にするにはあまりに大きい。だけど、僕はしっかりとその罪を償った上で、もう一度松本副隊長に会って欲しい。
これは僕の自分勝手な考えだ。僕程度の力しか持たない人間が、人一人の命を救いたいだなんて、烏滸がましいにも程がある。藍染隊長を相手に誰かを守れる自信なんてないし、今も怖くて身体が震えそうだ。
だけど、それでもよかった。僕は元々原作には居ない存在だ。だから僕がここに存在しているというだけで、原作とは分岐した話が紡がれる。
それだけで、挑戦する価値はある。僕が動くことで変わることがあるのなら、全力でそれに取り組む。この戦いにくる前に決めたことだ。でないと、僕の背中を押してくれたほたると砕蜂隊長や、今も虚圏で戦っている恋次と朽木さんに顔向けできない。
そして、僕の視線の先には、市丸隊長とそれに対峙する平子さんの姿が映っていた。本当なら、藍染と戦おうとしていた平子さんだったけど、藍染の指示によって前に出てきた市丸隊長によって、足留めを喰らっているようだ。
「【射殺せ“神鎗”】」
すると、解放された市丸隊長の斬魄刀が瞬く間に伸び、平子さんへと直進していく。
しかし、流石は元隊長というべきか、平子さんは難なく今の高速の刺突を躱して見せた。
――ここだ!
タイミングを見計らっていた僕は、瞬歩で市丸隊長に急接近した。
「っ!?」
気づいたようだけれど、もう遅い。僕は拳を振りかぶり、そのまま空中に突き出した。
「【波状弾】」
無数の霊力の弾幕は市丸隊長を包み込み、遂にその姿すらも見えなくなった。
「お前は……」
突如として加わった増援に驚いた平子さんは、目を剥きながら僕の方を見た。
「藍染を倒しに来たんですよね? なら、ここは僕に任せて行ってください」
市丸隊長をこの戦いで生き残らせる方法の中で、最も簡単なのは、この場で彼を戦闘不能にして、この先の戦いに参加させないようにする事だ。
その間藍染は平子さんに任せることになるだろうけど、そこはあまり心配していなかった。何故なら、彼ら仮面の軍勢は藍染に復讐するために、百年もの間研鑽を積んできた人達だからだ。
最悪、平子さんが藍染を倒せないにしても、ある程度は拮抗した戦いをしてくれるだろう。
「ここは僕が相手をします」
「……誰か知らんけど、おおきにな!」
少し考えた後、平子さんは藍染の下へと向かう為に瞬歩を使用した。
「……行かせると思う?」
しかし、それを黙って見ている市丸隊長ではなかった。彼は弾幕によって生まれた煙の中から神鎗を伸ばし、平子さんの背中を穿たんとした。
「思いませんよ」
しかし、その攻撃は僕が展開した結界によって止められる。
「お久しぶりです、市丸隊長。悪いですけど、あなたにはここで止まって貰います」
「卯月……!」
僕の言葉を聞いた市丸隊長は、彼らしい不気味な笑みを浮かべた。