転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 この話を合わせてあと三話で破面篇完結です。本当はキリがいい四十話で終わらせたかったのですが、どう頑張っても収まらなさそうなので……。


第三十九話

 ――どれくらい経った……?

 

 あれから延々と藍染の攻撃を受け続けている卯月の脳内には、そのような考えが過っていた。碌に抵抗することもできずに身体を斬られ続けている所為で、ボロボロになった死覇装は、本来は黒色をしているのにも関わらず、今は赤黒く染まっており、アスファルトには卯月の血が滴っていた。

 本来なら霊子で構成されている死覇装も、ある程度までなら卯月の瞬閧で修復することが可能なのだが、血が滴る衣服の不快感など気にならない程、今の卯月は余裕がなかった。

 

「耐えるな。……正直驚いた。どうやら私は君のことを見誤っていたようだ」

 

 しかし、藍染が発したのは彼を称賛する言葉だった。何故藍染が先程から一切攻撃していない卯月を称賛するのか。それは卯月が未だに生きているからに他ならなかった。

 そもそもこの状況で、卯月が未だに生きていることがおかしいのだ。確かに卯月は瞬閧の属性と斬魄刀の能力で、理論上は永遠に戦うことが可能だが、それはまだ敵が卯月の手に負える範囲であった時の話だ。だが、藍染は違う。今の藍染は崩玉と融合し、卯月達死神とは一線を画す存在。加えて藍染は卯月を本気で殺しにかかっている。到底卯月の手に負える存在ではなく、現に卯月は一度、反応することすらままならずに藍染に意識を刈り取られている。

 

「――どうやら、君は私に一方的に嬲られるこの状況すら想定していたようだね」

 

 当然卯月がここまで生き残っているのにはカラクリがあった。カラクリは二つだ。

 一つ目は目の強化だ。今の卯月は元柳斎に施したモノとは別の付加術を自身の目に施していた。それは単純な動体視力の強化だ。他人に新たな視界を付与するという規格外の鬼道を生み出し、長時間元柳斎の視界を保ち続けていた卯月にとって、単純な眼力の強化を自分に施すことは造作もないことだった。

 これにより、卯月は先程までは反応できなかった藍染の攻撃にギリギリで反応して、急所を外すことくらいはできるようになっていた。

 しかし、攻撃を受け続けている以上痛みは発生する。そして卯月には痛みを軽減する術はない。痛みとは苦痛だ。苦痛は精神をすり減らし、そしてすり減らされた精神は判断を鈍らせる。そこで二つ目のカラクリだ。

 二つ目に卯月が施したのは、自身の身体全体に張り巡らされた薄い結界だ。これにより卯月は多少反応が遅れても、藍染の攻撃が結界に衝突する僅かな間を利用して、回避に移ることができる。そして、致命傷さえ避けることができたのなら、卯月は瞬閧で回復することができる。普通に戦っていれば、霊力の大量消費の原因になりかねない目の強化と結界も、攻撃する気がなく、回避にのみ集中しているこの状況ならば、デメリットにならない。

 

「前言を撤回しよう。やはり君は臆病で、用心深い性格だ。それに加えて、君はその臆病さを見事に戦いに活かしている。でなければ、君がこの状況で生き残れている筈がない」

「……それはどうも」

 

 この術の一つ一つを絶妙に噛み合わせた卯月の立ち回りを見て、藍染は彼に対する評価を改めた。

 しかしだ、それだけならば、卯月がこの状況を想定していたという証拠にはならない。何故なら、卯月は先程から一度も攻撃をしていない。それは卯月が藍染に傷を与える術を有していないからなのだが、それを踏まえた時、一つの疑問が出てくる。

 

 何故、藍染は律儀にも卯月の相手をしているのかと。

 

 傷を負うことがないのならば、碌に攻撃もできない卯月など放っておいて、さっさと王鍵の生成に取り掛かればいい。にも関わらず、藍染は先程から卯月への攻撃を続けている。その理由は卯月自身にあった。

 王鍵とは言わば霊王宮への入場券だ。そして霊王宮は、そう易々と足を踏み入れられるような場所ではなく、それ故王鍵の生成にはそれ相応に高難易度な術式が必要となってくる。勿論、今の藍染ならばそう苦労せずに王鍵を生成することが可能だろう。――何も邪魔が入らなければだが……。

 そうこの場には居るのだ。戦闘能力では藍染の足元にも及ばないが、こと縛道の技術に関しては護廷十三隊随一の実力を持ち、藍染にも匹敵する人物。

 

 ――卯月の存在が。

 

 王鍵の生成に関しての知識には乏しい卯月だが、術を妨害するだけならば彼にも十分に可能だった。そして、そんな卯月の存在こそが、藍染をこの場に釘付けにする要因となっていたのだ。

 そんなあまりにも出来すぎた状況を鑑みて、藍染は気が付いたのだ。この状況は全て卯月の想定の内だと。

 

「――しかし、それももう限界のようだね」

 

 一方的に嬲られ続けるという誰もが想像したくない状況を想定し、それに対策すら立てた卯月がどうしてここまで黒崎一護という男に執着するのか、言葉を交わした今でも理解できなかった藍染だったが、それももうどうでもいい話だ。

 そう言った藍染の目に映ったのは、傷を全快させているのにも関わらず、脚を生まれたての小鹿のように震わせる顔面蒼白の卯月の姿だった。

 確かに、回道の属性を持つ瞬閧と霊力の回復が可能な睡蓮の能力を掛け合わせれば、理論上は永久的に戦い続けることが可能だ。しかし、実際はそんな単純な話ではなかった。あくまで上記のカラクリは痛みを誤魔化しながら戦うための手段。根本的な解決にはなっていないのだ。

 そして、痛みとは生物が自分の身を守る為に発する最後の危険信号だ。生物の反射の中に強い刺激を皮膚に感じると、瞬時にそこから遠ざかろうとするものがある。それは熱せられた鉄板に触れた時の熱さだったり、氷に長時間触れている時の冷たさだったりと、その条件は様々だが、痛みもその条件に該当する。つまり卯月は現在、危険信号を無視し続けている状態で、そんな状態が長く続けば、身体に異常をきたしてもおかしくはない状況だったのだ。

 そして、その限界が訪れた。先ほどから自身の身体に鞭を打ち、藍染の攻撃を一身に受け続けた卯月の身体は、彼の思いとは裏腹に、とうとう彼が戦うことを拒絶した。

 

「ここまで生き残ったことに対するせめてもの慈悲だ。これ以上痛みなど感じないよう、鬼道で跡形もなく葬り去ってやろう」

 

 王鍵の生成を邪魔される可能性がある以上、気絶させるだけに留めた先程とは違い、卯月を生かす理由は藍染にはなかった。

 そして、鬼道を放つべく藍染が霊力を手に集束させようとしたその時だった。

 

 ――何者かが放った霊力の塊が藍染の顔に炸裂した。

 

「お困りの様だね、ボーイ。そういう時はヒーロを呼ぶものだ」

 

 その人物は卯月を藍染から護るように立ちはだかり、言葉を発した。そして自分を助けてくれた人物を見るべく、卯月が顔を上げた時、彼は絶句した。

 

「スピリッツ・アー・オールウェイズ・ウィズ・ユー!!」

 

 見ているこっちが恥ずかしくなるような、奇抜な服に身を包んだその男は、お世辞にも格好いいとは言えないポーズを取りながら、恐らく決め台詞なのであろう台詞を勢い良く言い放つ。

 そして卯月が絶句した理由はそれだけではない。

 

 ――目の前の男からは微弱な霊力しか感じられなかったのだ。

 

 死神である自分や市丸、そして藍染が見えていることからそれなりの霊力を持っているのだろうが、並の隊長格を凌駕するこの戦いに介入してくるにはあまりにも不相応だった。

 

「お待たせしました視聴者の皆さん、あなたのドン・観音寺、私のドン・観音寺、皆のドン・観音寺が帰ってきました! 帰 っ て き ま し た よー!!」

 

 しかし、その男――ドン・観音寺はそんな卯月の心境はいざ知らず。次々と口上を述べていく。

 

「何者だ、君は?」

 

 あまりにも場違いな言葉を発したドン・観音寺の登場により、凍っていた場の空気を藍染が溶かす。

 

「むぅ!? この私を知らぬとは無知なボーイだ! TVはあまり見ないのかね? ならばいいだろう! 名乗ってみせようじゃないか! この私こそ世に蔓延る悪霊から人々を救うべく生まれたカリスマ霊媒師――ドン・観音寺だ!!」

 

 この場にいる誰もが抱いた疑問も、観音寺からすれば心外だったようで、観音寺は一言文句を述べたその後に、力強く名乗りを上げた。

 

「観音寺さん……でしたっけ? 危ないですから下がっていてください」

「NO! 危険なのはユーも同じではないのかね? ここは私に任せてそういうユーこそ下がっ――ぐっ!?」

 

 少し霊力があるだけの人間を藍染の前に立たせるわけにはいかないと、卯月は痙攣が止まらない自分の身体に鞭を打ち、観音寺の前に立とうとしたのだが、強情にも観音寺は卯月の前に立ち続ける。しかし、そんな観音寺の身体にも限界が訪れた。

 突然、謎の重圧に当てられた観音寺はその重みに耐えきれず、うめき声を上げた。

 

「そろそろ、私の霊圧に耐え切れなくなって来た頃か。いや、寧ろよくここまで耐えたと言うべきか」

 

 その重圧の正体は藍染の霊圧だ。ただの人間ならば近づいただけで押し潰せてしまうのが今の藍染の霊圧だ。多少の霊力があるだけの人間など、すぐにその霊圧に当てられてしまうことは想像に難くなかった。

 

「早く逃げて下さい! じゃないと本当に死にますよ!」

 

 藍染が動き始めるであろうことを察した卯月は、観音寺に逃げるように促したのだが、それと同時に、もはやそれすら難しいほどに観音寺が霊圧に当てられているのを感じ取っていた。しかしそれでも叫ばずにはいられなかった。自分を助けてくれようとした人物に死んでほしくなどなかったからだ。

 

「逃げる? それはこのヒーローに向かって言っているのかね? ……だとすれば無知なボーイだ。教えておこう。戦いから逃げるヒーローを、子供たちはヒーローとは呼ばんのだよ」

 

 だが、観音寺は退くどころか、持っていたステッキを藍染に向かって構えた。型も何もあったものじゃないその構えは、ヒーローと呼ぶにはあまりにも情けなかった。でも、そんなことは観音寺には関係なかった。自分に夢を見てくれている子供たちが居る、今自分の後ろには護るべき存在が居る。その事実があるだけで、ドン・観音寺という男は戦える(ヒーローになれる)

 

「止すんだ、人間ごときが私に触れれば存在を失うぞ」

 

 そして藍染が放った制止の言葉も、観音寺には聞こえていなかった。霊圧に当てられているはずの観音寺はあろうことか、構えていたステッキをそのままに藍染に突っ込んだ。

 

「なっ!?」

 

 そのあまりにも予想外な行動に卯月は言葉を失う。しかし、このままでは観音寺が跡形もなく消え去ってしまうのは自明の理。それ故卯月は観音寺に手を伸ばしたのだが、未だに痙攣が止まらない彼の腕が伸びる速度はあまりにも遅く、ただの人間の動きにすらついて行けずに空を切った。

 

「観音寺さん!」

 

 卯月がそう叫んでいる内にも観音寺は藍染との距離を詰める。そして、ある一定のところまで接近した途端、観音寺のステッキが一瞬にして塵へと変わっていった。動きを止めようにも、全力疾走していた観音寺にそんな急に動きを止めるような手段があるわけがなく、彼のステッキはみるみる消滅していった。

 そして、消滅がステッキから観音寺の手に移ろうとしたその時だった。

 

 何者かが観音寺の前に現れ、彼の突進を受け止めた。

 

「……ほう」

 

 予測できていなかったその人物の登場に、藍染は感嘆の声を漏らす。

 

「間に合ったわ……。藍染……ギン」

「松本副隊長っ!?」

 

 そして卯月も藍染の黒棺を受け、戦闘不能に陥っていた乱菊の登場に驚きを隠せないでいた。しかし、よく見てみれば、ここに来ただけで乱菊の息は切れており、額から滲み出ている汗からは彼女がかなり無理をしているであろうことが察せられた。

 

「なんだねガールは!? ここは危険だ、ガールの様なガールが来る場所じゃない! 一般人は下がっているのだ!!」

 

 卯月達からすれば、観音寺の方が一般人なのだが、そんなことは関係ないとばかりに観音寺は卯月と同じように乱菊を下がらせようと試みた。

 

「あの二人はあたしが食い止めるから、あんたはさっさと逃げなさい」

「助けに来てくれてありがとうございました、観音寺さん。だけどここから先は僕たちに任せてください」

「何言ってんのよ。蓮沼、あんたも逃げるのよ」

「え……?」

 

 観音寺を下がらせようとする卯月もなんとか乱菊の隣に立ち、彼女が発した言葉に同調するのだが、それは他でもない乱菊に拒絶された。

 

「何そんな驚いてるのよ。今のあんたが居たって、はっきり言って足手纏いよ」

「でもそういう松本副隊長だって、満身創痍じゃないですか!」

「そ、そうだぞガール! ここはこのカリスマ霊媒師であるドン・観音寺に任せてボーイと共に逃げっ――」

「――うるっさいわね! ごちゃごちゃ言ってないで、とっととそいつ担いで、逃げなさいよ! ヒゲもいで、帽子焼いて、その変なグラサン顔にめり込ませて誰だかわかんなくされたいの!?」

 

 しかし、卯月も黙っている筈がなく、今度はそれに観音寺が同調したのだが、それに対して乱菊は観音寺の顔面を引っ掴み、言っている自分も訳がわからなくなるような脅しをかけていく。

 

「ひ、ひいぃ!? ア、アンダスタン! アブソリュートリィアンダスタンッ! 了解した、ここはガールに任せよう。そうと決まれば行くぞボーイ!」

「え、ちょ!っ?」

 

 藍染から発せられていた重圧にはひるまなかった観音寺だが、何故か乱菊の脅しには恐れをなし、彼女の指示に従ってそそくさと卯月を肩に担ぎ上げた。

 未だに碌に動くことのできない卯月は観音寺にされるがままで、そのまま観音寺に運ばれていく。

 

「だが、危なくなったらヒーローを呼ぶのだぞ! 『助けて! ドン・か』がっ――」

 

 まだ懲りていないのか、卯月を持ち上げ、走り出した観音寺は乱菊の方に振り返り、捨て台詞を吐くのだが、流石にしつこく感じた乱菊はもはや言葉すら使わずに、その辺に落ちていた空き缶を投げつけて、無理やり観音寺を黙らせた。

 

「OUCH! いや、痛くなどないっ! さらば!」

「松本副隊長っ!!」

 

 そして最後に観音寺は見え透いた強がりを見せ、その場を去った。動けない卯月はただ叫ぶことしかできなかった。

 

 それを見送った藍染は乱菊に対して声をかける。

 

「間に合った、というのは蓮沼君と人間を逃がすことに対してか? それとも空座町を消して王鍵を創ることかな? まあ、どちらにしても誤りだが」

 

 そもそも、消耗した状態の乱菊が今の藍染を相手取れるはずがなかった。痙攣から回復すれば王鍵の生成の障害になり得る卯月は、観音寺に担がれて移動している為、乱菊を倒してから追っても十分に追いつけるし、そもそも妨害される側の藍染が自ら卯月を追う必要はないのだ。

 王鍵を生成する際に卯月が回復してこの場に戻ってきたのならば、倒せばいいし、回復できずに戻って来ないのならば、そのまま王鍵の生成に取り掛かればいい。依然として藍染に有利な状況は揺るがなかった。

 

「……」

「どうした、私と話すのは苦手かい?」

 

 そのことを理解していた乱菊は言葉に詰まったのだが、それに対して藍染は圧を掛けていく。

 

「藍染隊長」

 

 しかし、そんな二人のやり取りを市丸が遮った。しかし、藍染の実験の犠牲となった乱菊の復讐を目的としていた市丸にとって、ここで自分が動くのは当然のことだった。

 

「昔の知り合いがすいません、ボクあっちへ連れていきますわ」

「構わないよ、時間があるんだ。そこでゆっくり話すといい」

 

 自分の知り合いが起こした落とし前は自分がつけるという口実で、市丸はなんとか乱菊を藍染から遠ざけようとするのだが、特に乱菊を障害と思っていない彼にとって乱菊の生死はどうでもいいこと。市丸が乱菊と離れた場所で会話し、処理をすれば、合流する際に余計な手間がかかるというのが藍染の考えだった。

 

「お邪魔でしょう」

「そんなことはない」

 

 そのような考えを持って、藍染は市丸にこの場で乱菊で始末する許可をだしたのだが、乱菊を殺すわけにいかない市丸は、これ以上藍染にどんな口実を話そうと無駄と感じたのか、藍染の言葉を無視し、瞬歩にて強引に乱菊を連れ去った。

 

「やれやれ、相変わらず面白い子だ」

 

 実を言うと、藍染は市丸が自分に対する復讐を目論んでいることは、とうの昔に気付いていた。それにも関わらず藍染が市丸を自分の部下として採用していたのは、市丸の高い死神としての才能を買っていたというのも大きいが、一番の目的は、自分に復讐心を抱いている市丸がどのようにして自分に復讐してくるのか、気になっていたからだ。

 しかし崩玉と融合し、その存在を昇華させた今になっても、市丸が何かを仕掛けてくる様子はなかった。今の自分は時間が経てば経つほどに力が増して行くので、早いうちに仕掛けた方がいいことは明確なのだが、そんな状況で今市丸が行った行動は乱菊をこの場から遠ざけること。藍染の言葉を無視してまで行ったその行動はあまりにも不自然だった。

 

 故に藍染は言ったのだ。ここまできてそんな行動をとる市丸を見て――面白い、と。

 

「……さて、では私も向かうとしよう」

 

 果たして彼はどんな風に仕掛けてくるのだろうか。そんな近い未来に起こるであろうことに思いを馳せながら、藍染は彼が戻ってくるまでの暇つぶしに赴いた。

 

 

***

 

 

「離してください! お願いですから離して!!」

「ぬぅ、落ち着くのだボーイ!」

 

 一方、乱菊によって逃がされた卯月と観音寺だったが、観音寺に担がれて連れ去られてから、卯月はずっと自分を離すように要求しており、ついには観音寺の肩の上で暴れまわるようになっていた。

 ただ騒がれるだけならば、スルーすることもできたし、実際に黙々と卯月を運んでいた観音寺だったが、肩の上という不安定な場所で暴れられては、転倒の恐れもあった為、そうもいかなくなっていた。

 

「はぁ……、仕方ないか。後で文句言わないで下さいね」

「何を言ってぬおぉっ!――」

 

 要領を得ない卯月の言葉に戸惑う観音寺だったが、それを知る間もなく彼はバランスを崩し、転倒しまう。

 

「何をするのだね、ボーイ! ……なっ!?」

 

 何が起こったのかは良く分かっていなかったが、自分がこけるに至った原因は分かっていたので、その人物が居るであろう場所に視線を向けた観音寺は目を剥いた。

 

「よっと」

 

 そこにあったのは、やっとのことで痙攣から解放され、軽やかな身のこなしで着地をする卯月の姿だった。いや、実際には藍染の元から去って少しした頃には、もう自分で走れる位には回復していたのだが、如何せん観音寺が聞く耳を持とうとしなかった為、卯月は彼の肩の上で完全回復を待つはめになったのだ。

 霊圧知覚によって、市丸と乱菊が場所を変えていることは感じ取れていたので、藍染が王鍵生成の儀に移らない限り、先程の場所に戻る必要は無くなっていた。原作知識によって卯月は市丸が乱菊に危害を与えないことは分かっていたからである。また、もし仮に市丸と乱菊に藍染がついて行っているのならば、その圧倒的な存在感から霊圧知覚に何らかの影響を与えていたであろうことが考えられた。

 

「ボ、ボーイもう身体は良いのかね?」

「ええ、おかげさまで」

 

 先程まで碌に卯月が動けていなかったことを観音寺は知っているので、彼を心配する声をかけたのだが、元々藍染と戦ったことによってできた傷は瞬閧によって回復できていたので、痙攣がなくなった今の卯月の身体は快調そのものだった。

 そして卯月は観音寺に礼を告げると、来た道を見て立ち止まった。

 

「どうしたのかね、ボーイ? 回復したのなら――」

「――すみません」

「ぬああ!!」

 

 それを見た観音寺は出来るだけ藍染と距離を取るべく卯月に声をかけたのだが、その言葉を最後まで聞くことなく卯月が返したのはなぜか謝罪の意。そして次の瞬間、観音寺の目には移り行く街の残像が映っていた。

 

 観音寺に運ばれていた間、卯月は何もしていなかった訳ではない。彼はこの短い間に、今の自分が藍染に対して如何にして時間を稼ぐのか考えていた。先程は突然の観音寺の登場や油断しきっている藍染の立ち回りによって未然に防げていたが、致命傷だけはなんとしても避けなければならない卯月に広範囲かつ高威力な鬼道を放たれれば、一溜まりもなかった。

 故に卯月が時間を稼ぐには、藍染の鬼道の対策を立てる必要があったのだが、彼に思い付いたのは隠密行動だった。自分が攻撃をする必要のないこの状況ならば、縛道と掛け合わせることで、完璧な隠密行動をすることができる。しかし、それをするには自分が隠密行動をする際に藍染に狙われかねない観音寺という存在はどうしてもネックになってくる。

 自分を助けに来てくれた人物にこんなことを思うのは卯月とて心苦しかったのだが、時間を稼ぐためにも、観音寺の安全の為にも、彼を逃がすというのが最善策だったのだ。

 

 そして、言葉で説得しようにも、観音寺がそれに反発することはこの短い時間で卯月は十分に理解していたので、瞬歩で運ぶという強硬手段に出るしかなかったのだ。

 

「助けに来てくれて本当にありがとうございました。お陰でもう少し時間が稼げそうです」

 

 再度お礼を告げた卯月は瞬歩で観音寺の前から姿を消し、藍染と対峙する為の準備に取り掛かった。

 そして、彼にとって二度目の地獄が始まる。




 個人的に観音寺はBLEACHの中でも好きな方のキャラなので、無駄に描写に気合いが入ってしまいました。普段ならあまり使わないルビの使い方しましたし。

 彼の存在こそが破面篇が四十話に収まりきらない理由の一つです。
 あとは単純に私の構成力のなさ。

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