転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

45 / 82
 


第四十五話

「蓮沼隊長! こちらの荷物はどちらに?」

「ああ、それは机の上に置いといて。残りの片付けは僕がやるから、わざわざ運んでくれてありがとう」

「いえいえ、とんでもないです! では、失礼します」

 

 模擬戦を終えた翌日、五番隊は僕を隊長とした新体制を迎えるべく、早くも動き出していた。

 というか、九番隊は元々修兵が九番隊副隊長であったことに加えて、僕みたいに模擬戦などもしていないので、順調に作業を進めているし、そう考えると五番隊はかなり遅れている。

 

「どうやらあなたの思い通りになったみたいね」

 

 退出して行く隊士と入れ違いに、隊首室に入って来たほたるがそう呟いた。

 

「そうでもないよ。所詮僕がやったのは力で抑えつけただけ、このまま何もしなければ直ぐに破綻してしまう」

 

 人にはそれぞれの価値観というものがある。もしかしたら、今回の模擬戦で僕のことを認めてくれた人も居たかもしれない、でも大半の隊士がまだ大なり小なり僕に何かしらの不満を持っているだろう。

 もし、ここが十一番隊ならば、隊士の全員が戦闘狂で構成されているという関係上、先程の手段でも十分に僕を認めさせることが可能だったかもしれないけれど、ここは十一番隊ではない。

 

「だから、ここから何かしらの手を打つ必要があるんだけど……来たかな?」

「?」

 

 隊首室へと近づいてくる霊圧を感じて、僕は視線を入り口に視線を向け、ほたるもそちらに視線を向ける。

 

「おーう、お前のことだから『急に余所の隊からやってきた僕に、隊の皆がついて来てくれるか不安で……』とか言いそうなもんだと思ってたんだがな、立派にやってんじゃねぇか、蓮沼」

「それは僕が努力して見返してやればいいって、二番隊に入った時も言ったじゃないですか、楠木さん」

 

 護挺十三隊に入った当初の僕が言いそうなことを冗談にしながら入室して来たのは、僕の白打の師匠であり、以前は二番隊四席兼隠密機動檻理隊の副隊長として僕の補佐をしてくれていた楠木さんだ。

 

 ただ、ほたるは僕との会話を介してでしか楠木さんの存在を知らなかったので、どこか気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「紹介するよ、こちら楠木湊さん。この度五番隊の三席に来てくれることになった。そしてこちらが蟹沢ほたる五番隊の副隊長です」

 

 初対面となる二人に僕はそれぞれに紹介をしていく。

 

「卯月君から、頼りになる人だと話は聞いています。私としてもあなたのような人が隊に加わってくれるのはありがたいです。よろしくお願いします」

「お、奇遇だな。俺も蓮沼からお前のことはよく聞いてるんだ。掛け替えのない存在だってな。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 僕が紹介を終えると、二人は順番に挨拶をして言ったんだけど、二人してそんなに僕のこと言わなくてもいいじゃん。恥ずかしいし……。

 そしてほたるに至っては、楠木さんの言葉を聞いて嬉しそうに頬を染めている。

 

「あれ……? でも、檻理隊の隊長と副隊長が一度に異動して大丈夫なの?」

 

 少しして、平静を取り戻したほたるが一つの疑問を僕と楠木さんにぶつけて来た。確かに、隠密機動の下部組織とは言え、檻理隊は隊長や副隊長を据えた一つの部隊だ。そこから隊長と副隊長が一度に抜けるのは、二番隊並びに隠密機動に取っても痛手だろう。

 

「ああ、そのことなんだけどね。……これから檻理隊は五番隊の傘下に加わることになる」

「……へ?」

 

 僕の突然の暴露に、ほたるは目を点にした。

 

「これが二番隊から異動してくる隊士の名簿だよ。以前から檻理隊に就いていた隊士の内何人かが、五番隊に加わって貰うことになっている」

 

 それに畳みかけるように、僕は自分の机の上に置いていた書類をほたるに渡した。その書類には異動する人員の他に僕と砕蜂隊長の実印が押されている。

 

「最近ドタバタしてたし、昨日もあんな感じだったから、伝えるタイミングがなかったんだ。ごめん」

「えええええええええ!!」

 

 書類という証拠まで見せられると、流石に現実を認めざるを得なくなり、ほたるは大声を出しながら驚愕を露わにした。

 

 どうしてこのようなことになったのか、それは一週間前までに遡る。

 

 

***

 

 

「それで砕蜂隊長、一つお願いがあるんですが……」

「ほう、お前が頼み事とはな……。何だ言ってみろ、お前はこの三十年間、二番隊で多くの功績を残して来た。私に可能な範囲なら何だって頼まれてやろう」

「ありがとうございます」

 

 隊長になる事を決意した翌日、僕は決意が変わらない内に砕蜂隊長に報告を済ませたんだけど、それには続きがあった。

 

 僕は隊長になるにあたって、修兵の他にも、砕蜂隊長に一つお願い事をしていたのだ。

 

「……実は、僕が新たに隊長となる隊の傘下に檻理隊を入れたいと思っていまして」

「……何?」

 

 そして、そのお願い事こそが、檻理隊を五番隊の傘下にすることだった。

 僕の願いを聞いた砕蜂隊長は眉をひそめたんだけど、それ以上何もすることがなかった。長年の経験で僕はそれを「続けろ」という意味だと受け取る。

 

「砕蜂隊長の言うとおり、僕はこの三十年間二番隊として働いて来ました。その中で気づいたんです、僕には檻理隊が性に合ってるって。今後、僕は隊長として働いて行く上で幾つもの壁にぶつかると思います。そして、その内の一つが『殺生』です。隊長の仕事は隊士を護り、導く事、それを実行する上で僕のこの甘さは確実に僕の足を引っ張るでしょう」

「その通りだ。私もお前を隊長にする上でそれだけが気がかりだった。だから敢えて言うぞ。お前の願い結論から言えば、それを叶えることは可能だ。私は隠密機動の総司令官であり、これから隊長になるお前は檻理隊隊長。その実績を鑑みても反論する死神は少ないだろう。だが、それとお前の甘さの克服がどう繋がる? 寧ろそれは現状に対する甘えではないのか?」

 

 砕蜂隊長は僕に率直な意見をぶつけて来る。そして、その意見は正しい。砕蜂隊長の指摘は僕の図星を突いて来た。

 そう、僕がしようとしていることは砕蜂隊長の言う通り現状に対する甘えだ。僕は殺しをしたくない。だから、檻理隊の隊長を居続けることでそれを正当化しようとしているのだ。

 

 既に僕はそれを認めている、認めた上で僕はこのことを話しているのだ。

 

「確かに僕がしようとしていることは現状に対する甘えです。だけど、それって本当に悪いことなんですか?」

 

 僕にとって、殺しとはある種の境界線だ。この危険蔓延るこの世界に於いて、僕が唯一守り抜いている倫理観と言ってもいいだろう。

 その証拠に虚に対する討伐魂浄化と理解しているのにも関わらず、人型のゾマリやポウを斬魄刀で斬り裂いた時の感触は、今も鮮明に手のひらに残っている。

 

 砕蜂隊長や他の人が何て言おうが、『殺しは悪』。その考えは僕の中では揺るがなかった。僕にとっては甘えよりも、殺しの方がよっぽど駄目なものに映ってしまうのだ。

 

「護挺十三隊にはそれぞれの隊によって特色があり、その特色によって、隊士の能力や価値観も大きく変わってきます」

 

 例えば十一番隊なら、単純な強さがそのまま昇進に関わって来る。だけど、十二番なら、研究成果などから現れる賢さが重要視されてる。

 

「僕には圧倒的な力も、賢さも、高潔さも、カリスマ性も何もありません。だから、僕はこの甘さで隊士達を導きたいんです」

 

 人の命を尊重する心を持ち、その上で人を導く事ができる正しさを持つ。それが僕の目指す隊の理想像だ。

 

 これまで、僕が戦ってきた相手は主に虚や破面で、死神相手に戦う時は修行か、殺す気がなかった市丸隊長か、そもそも勝ち目がない藍染だけだった。

 死神が虚を斬ることは魂の浄化だと真央霊術院の時に割り切れていたし、市丸隊長や藍染と戦う時は殺すという選択肢がなかった。

 

 だけど、これからはそうもいかない。次なる敵は、現世組の一人である石田雨竜君と同族である滅却師。そして、滅却師とは修行の末霊力を手にした人間の一族だ。いよいよ覚悟を決めなければいけない時がもうそこまで来ているのだ。

 しかし、藍染の乱で僕ははっきりと認識した。僕がこの甘さを克服する事は不可能だということに。人型の破面を斬っただけで、ここまで心にその爪痕が残っているのだ。人を殺した時にどうなってしまうのか、僕自身にも分からない。

 

 ――だから、僕はもう取り繕うことを止めようと思う。

 

「しかし、それは言わば屁理屈。現状に対する逃げです。だから、僕は檻理隊の隊長になるにあたって自分にあるルールを設けようと思います。その内容は主に二つです。一つ目はできる限り敵や任務対象を生かす手を模索し、努力すること。そして二つ目はその努力を以てしても捕らえられない敵は容赦なく殺すことです」

 

 このルールの内の一つ目は、今までして来た斬魄刀をより上手く使いこなす為の修行や、新たな縛道の開発など、そう大差はないと思う。

 このルールの肝は二つ目だ。僕は自分を取り繕うことを止めた。それ故に「結局人を殺すのか」と文句や疑問を持つ人もいるかもしれない。だけど、これは至極当然の帰結なのだ。仲間の命と敵の命、どちらが大切かなんて、そんなの天秤にかけるまでもない。この優先順位を間違えないことこそが、僕が自分自身に課した課題だ。

 

「砕蜂隊長、僕思うんです。幾ら正しいことを言っていても、その人自身が心からその志を正しいと思っていないと、周囲の人間には響かないと」

 

 例えば、僕が隊長になってから、突然悲しそうな表情を浮かべながら、嫌々殺生をするようになったとして、一体誰が僕の部下として働きたいと思うだろうか?

 慰めてくれる人はいるかもしれない。だけど誰だって、嫌々働いている人よりも明るく溌剌とした上司の部下で働きたいと思うだろう。

 

 そう言う意味では藍染は上手くやっていたと思う。甘いマスクに優しさ、強さ、知識。あの人は完璧を完璧に演じていた。

 あの人は嘘を吐くことが少なかった。尸魂界を裏切ったという大きな嘘は隠していたけど、日常生活の随所に見られる彼の発言は、恐らく彼の本音だった。だからこそ、彼の言葉は彼と接してきた多くの人の心を撃ったのだ。

 嘘を吐かずに嘘を隠す。それが藍染惣右介のやり方だった。

 

「だから僕は自分の道を行きます。きっとその方が自分も、周りも納得がいくと思うから」

 

 なら僕、蓮沼卯月も自分を取り繕うことなく、ありのままの自分で隊士と接していこうと思う。恐らく、それが最善だから。

 

「……その二つの約束、必ず守れると誓えるか?」

 

 熟考の末、砕蜂隊長は一つの問いを僕に投げかけてきた。

 

「はい、必ず」

 

 そして、僕はそれに力強く答えた。

 ここまで来たら、もう後戻りはできない。自分で決めたことだ。もし守れなかったら、砕蜂隊長はきっと僕を隊長から降ろそうと動くだろう。

 だけど、それならそれで構わなかった。それは僕が隊長になる為に必要な器量がなかったという事だから。

 

 つい最近までは僕が隊長になって、ほたるを副隊長に起用し、そして僕が彼女に対する想いを伝えればそれで終わりだと思っていた。

 

 だけど、それは違っていた。

 

 隊長になることがゴールじゃないのだ。隊長になり、そこから立派に隊士を護り、導いてこそ真の護挺十三隊隊長なのだ。

 

 だから僕はこれからも努力をすることを止めない。元々ここで停滞する気は毛頭なかったけど、今回の昇進は自分の未熟さを認識すると共に、新たな目標を立てることができた良い機会となった。

 

 その後、僕と砕蜂隊長は楠木さんを始めとする檻理隊隊士の異動について話し合った。

 

 

***

 

 

「これから五番隊はこれまでに無いような変革を迎える。勝手の分からない組織でいきなり副官を務めるんだ。辛いこともあるかもしれないけど、僕の副官はほたるしか居ないと思ってる。……ついてきてくれるかな?」

 

 全ての事情を話し終えた僕は恐る恐るほたるに問いかけた。

 

「もう卯月君のそういう突拍子のない行動にはもう慣れたわ。それに、私はあなたの隣に立つ為に努力して来たんですもの。これくらいで音を上げると思わない事ね」

「ほたる……ありがとう」

「別にお礼を言われるような事じゃないわ」

 

 その頼もしい返答に、僕は心からの安堵と感謝の情を抱く。彼女の返答は僕にも大体の検討はついていたんだけど、やっぱり実際に言われるのとでは感じるモノが段違いだ。

 

「ひゅー、お二人さんお熱いね。俺は蚊帳の外か?」

「「茶化さないで下さいっ!」」

 

 会話の雰囲気である程度の事を察したのか、楠木さんはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、僕とほたるの事をからかって来た。

 ちらりと横を見てみれば、ほたるは顔を赤らめており、恐らく僕も同じようなことになっているのではないかと思う。

 

「こほん……でも、本当にそれで大丈夫なの? 折角模擬戦のお陰で慕ってくれる人も出てきたのに」

 

 咳払いをする事で、気持ちを入れ替えたほたるが一つの懸念を話して来た。

 確かに彼女の言うことにも一理ある。模擬戦をして、僕の実力が隊長として相応しいことは、僕の自惚れじゃなければ、多くの隊士に分かって貰えたように思う。

 だけど、五番隊の在り方を根本から変えかねない今回の僕の決断は、きっと多くの隊士の反感を買うだろう。そして、それは今回の模擬戦を僕自ら無駄な物にする事に他ならない。ほたるが言いたかったのはそういうことだろう。

 

 だけど、変わる事を恐れていては何時まで経っても五番隊は変われない。藍染を失ってから、五番隊は桃とほたるを筆頭に何とか活動していたんだけど、それでも以前のような活力は失っていた。

 そして時は流れ、五番隊は今僕を中心とした新体制を迎えようとしている。だけど、僕には藍染のような力にも、知性にも、カリスマ性にも恵まれていない。藍染が護挺十三隊に居たときに残した功績はあまりにも大きく、僕が何かをした所で、その大抵は藍染の二番煎じか下位互換になってしまうだろう。

 また、それは必ず隊士達の不満を募らせ、最終的に僕の首を絞めることになる。

 

 故に僕には必要だった――藍染には無くて、僕にはある何かが。そして、それを隊士にアピールする為の機会が。

 

「藍染の面影が残る今のままじゃ駄目なんだ。それから五番隊隊士が切り替える為には、何か大きなきっかけが必要なんだよ」

 

 僕が藍染と唯一匹敵しているもの、それは縛道の技術だ。素で人を見下すあの人自身が認めていたので、恐らくそれは間違いないと思う。

 そして僕は昔から縛道を戦闘時での拘束の他に、檻理隊隊長としての仕事の質の向上の為にも使用して来た。なら、それを五番隊でも続ける事こそが、最もインパクトを与える事ではないのかと僕は考えた。

 

「そう……」

 

 そう声を発したほたるは、少し考えるように顔を俯かせた。彼女は僕が来る前から、ずっと五番隊の三席として働いていたので、僕が今言ったことにも心当たりがあるのだろう。

 

「分かったわ。卯月君の為にも、五番隊の為にもその話、受けるわ」

 

 今回僕がほたるに話した事は大きく二つ。一つ目は僕の成長に関すること、もう一つは五番隊の変革に関することだ。

 その二つの事を話す僕の言い分を、しっかりと頭の中で反芻させた上で、ほたるは僕の意見に首肯してくれた。

 

「よし! そうと決まれば、さっさと業務に移るか。上三人が何時までも喋ってると、隊の奴らもよく思わねぇだろうからな」

 

 先程から、僕とほたるのやり取りを聞くことに徹していた楠木さんがそう言って仕切りだした。

 一応この三人の中で一番位が低いはずなんだけど、そんな事を気にする事もなく振る舞うその姿は楠木さんらしかった。そして僕は、そんな遠慮のない楠木さんに、檻理隊の隊長であった時から随分と助けられていた気がする。

 五番隊隊長となった今でも、彼の手を借りることができるのは、はっきり言って頼もしかった。

 

 ――だけど、それに頼ってばかりじゃ駄目なのだ。

 

 少なくとも、ここで楠木さんに仕切られているようじゃ僕は隊長としてまだまだだろう。

 

 だから、僕は部屋を出ようとする楠木さんの前に一歩踏み出し、丁度二人が僕の後ろに来たタイミングで後ろを振り向いた。

 

「では、行きましょうか」

 

 そう言って部屋から出ようとした時、後ろからクスッと笑うような声と生暖かい視線を感じたのは気のせいではないだろう。

 




 前回の反動で今回は短めです。
 それでもこの作品の序盤と同じくらいの文字数はあるんですけどね。どんどん一話ごとの文字数が長くなっていく。
 最初は六千後半から、七千前半だった一話あたりの平均文字数が今では八千字前後になっています。これは感覚が麻痺してますね。
 でも、その分更新ペースは落ちてるので、実質ノーカンか……。

 毎日更新とかやってる人、一体どうやってるのか教えて欲しいです。

 あと、気付けばこの小説も書き始めてから一年を経過していました。二日前で丁度一周年でした。この一年この作品を書いていて思ったことは、以前より格段に三人称の描写が上手くなったことですかね。それまでは一人称しか書けなかったんですが、戦闘描写を書くのにそれではいけないなと感じて挑戦してみました。結果としてはなんとか形にすることができたような気がします。なんなら破面篇の最後の方は一人称の書き方を忘れてしまっていた位ですし(笑)。
 ただ、それと同時にまだまだ未熟だなと思う描写があるのも事実です。実際、未だに納得のいっていない描写も沢山ありました。なので、今後ものんびりですが、実力を上げていけるよう頑張りますので、今後とも拙作をよろしくお願いします。

 次回の更新は10月25日です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。