転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
そんな訳で次の更新は二月上旬になると思います。申し訳ありません。
「砕蜂隊長、今日から修行にこれを使いましょう!」
「……なんだ、それは?」
今から一年半ほど前、いつもの如く砕蜂と卯月は、修行の為に二番隊隊舎裏の森の中へと赴いていた。二人の修行は朝の始業の前に行われるので、時間を無駄にしない為にも即座に素振りを始めるのだが、その日に限ってそれは違った。
修行場所に来るや否や、卯月は運んできた箱の中から、見たこともないような珍妙な機械を取り出したのだ。
――そう言えば、先日こいつは現世に訪れていたな。
卯月はこの頃、謹慎や隊長となったことで、あまり休みを取ることができていなかった。故に、この休暇を取った時は、やっと現世にいる織姫に謝罪しにいけると修行を休む報告も兼ねて砕蜂に話しており、砕蜂も嬉しそうに話す卯月の姿を覚えていた。
なので、この機械も恐らくはその休暇の日に、そのついでで取り寄せたものなのだろうと砕蜂はあたりをつけるのだが、そこまで考えた時にある考えが過った。
「――まさか、この機械。製作者は浦原喜助か?」
「そうですけど……? あ……」
卯月が現世に行って、その次の日に見知らぬ機械を修行の場に持って来た。となれば、製作者の候補として最も始めに挙がるのはこの男だろう。
そして、砕蜂のその推測は的を射ており卯月もそれに頷くのだが、直ぐに自分の失言に気がついた。
「おのれ浦原喜助……。夜一様のみでは飽き足らず、蓮沼までもその魔の手にかけようと言うのか……!」
「でも砕蜂隊長、この機械凄いんですよ。昨日試しに使って見たんですけど、想像以上の性能でした」
「駄目だ、そのような鉄屑を使用することは我々の沽券に関わる。それがわかったら、即刻それを捨ててこい」
砕蜂は喜助のことを嫌っている。それは夜一と仲が良いことに対する嫉妬や、平時の喜助のだらしない態度が原因であり、過去に喜助が夜一から隊長への推薦を受けた際に、どうにかそれを阻止しようと動いていたことから、それも筋金入りだろう。
「まあまあ。砕蜂隊長も一度使ってみて下さいよ。捨てるのはそれからでも遅くありません」
「修行の時間を無駄にする訳にはいかん」
「じゃあ、無駄にはならないと僕が保証しますよ。もし、無駄になったなら僕が責任を持ってこれを捨ててきます。それに砕蜂隊長だって、本当は認めてるんじゃないんですか? 浦原さんのこと」
「なっ!?」
浦原喜助は自他共に認める天才だ。その証拠に、彼は藍染の乱では空座町を尸魂界へと転移させる天界結柱を予定よりも大幅に早く終え、戦闘面でも開発した鬼道を駆使して大きく貢献した。
そして、そんな彼を認めない程砕蜂も節穴ではない。今もなお彼女が喜助を嫌い続けるのは、どちらかと言えば意地による側面が強かった。
「……捨てるだけでは足りないな」
「はい?」
「もし、この鉄屑が不良品だったら、お前は即刻現世に赴き、縛道で一ヵ月間浦原喜助を縛り付けると誓え」
「えぇ……」
ひかえめ言ってドン引きだった。それほどまでに、砕蜂の喜助に対する気持ちは歪んでいたのだ。一体喜助は昔、砕蜂に何をしたんだ? そう思わずには居られない卯月だった。
「何だ? 何か文句でもあるのか?」
「いえ、その条件で結構です」
あまり気が進まないと言いたげな卯月の態度に、砕蜂は軽く圧をかけるのだが、喜助がそのような不良品を寄こすとはとても思えなかった卯月は、砕蜂が出した条件を飲むことに決めた。
――でも、僕が浦原さんを一ヵ月も縛れるとは、思えないけどね。
浦原喜助という男は、科学において紛れもない天才だが、戦闘面においても過去に十二番隊の隊長を務めていたこともあり、高い水準にある。また、藍染の乱で見せた九十番台の鬼道などを見るに、その実力は並みの隊長格を凌駕しているということは想像に難くなかった。
良くて一日が限界だろう。卯月はそう思った。
「では、早速機械を起動させますね」
時間を無駄にしたくないとという気持ちは、卯月とて砕蜂と同じ気持ちだ。修行を新たなステージに移す為に、卯月は手早く機械のボタンを押していく。
「これでよしと」
「……やはり何も変わって居らぬではないか。やはり不良品――」
「――まあまあ、ここからが本番ですから」
機械を起動させて数十秒経過しても、特に周囲に変化が訪れないのを見て、不良品と断じるのだが、卯月がそれを宥めた。そして、卯月の言い分に間違いはなく、この機械はここからが本領発揮なのだ。
――何故なら、この機械は自ら何かを生み出すようなものではないのだから。
機械に両手を翳しながら、卯月は口を開く。
「【縛道の九十“黒獄”】」
「なにをっ――!?」
何をしているのだ、そう言おうとしたのだが、言葉の途中で砕蜂は言葉を詰まらせた。否、詰まらされたのだ。他でもない卯月と、先程彼女が鉄屑と表現していた霊圧増幅器によって。
「どうです、いつもより重力がかかった環境は? とりあえず最初は低倍率に調節しましたけど、結構辛くないですか?」
「……成程な、この重力下で動き回る事こそが新たな修行というわけか」
砕蜂の言葉に卯月は頷いた。
そう、このいつもより身体に負荷がかかる状態で修行に取り組むことこそが、卯月が提案した修行方法だった。縛道の九十“黒獄”の効果は、術者が定めた対象を超重力の結界の中に閉じ込めるというものだ。そして、かねてより卯月はこの縛道を修行に使うことはできないかと考えを巡らせていたのだ。
しかし、それにはかなりの準備が必要だった。修行をしている間、九十番台の縛道を展開し続けられる程の霊力もそうだが、その重力下でも満足に動き回れるくらいの力をつける必要があったのだ。そして現在、卯月は隊長になる程の力を身に着け、霊力の問題も喜助に依頼した霊圧増幅器によって解決した。縛道の鬼才と呼ばれながらも、それに驕ることなく自らを鍛え続けた彼だからこそ行える修行法である。
「これでもまだ、僕が現世に赴く必要があると思いますか?」
「いや…… その必要はない。思えば、あの程度の男に貴重な時間を割くことこそが、無意味そのものだ」
ひねくれた返答だが、どうやら提案自体は受け入れてくれたようで、卯月は胸を撫で下ろした。
「説明が必要だったとしても、随分と時間を費やしてしまったな。早急に修行を始めるぞ、減少した時間は、質で取り返す」
「そうですね、始めましょうか」
――全く、素直じゃないなぁ……。
素振りをする為の距離を取るべく、動き出した砕蜂の背中を見つめながら卯月はそう思った。一体彼女の意地はどこまで続くのだろうか。
「あ、あとで浦原さんに感謝のメールを送っておかないとですね。僕が送っておきます」
「……何故それを私に言う? 勝手にすればいいだろう」
――でも、多少は改善しているのかな?
きまりが悪そうに顔を背ける砕蜂を見て、そんな結論に至った卯月だった。
***
そして時は現在、過酷な修行を無事乗り越えた卯月と砕蜂の基礎能力は格段に上昇していた。星十字騎士団も、護廷十三隊が情報にあったそれぞれの能力を上回って戦場に立っていることは想定したことだったが、この二人だけはその想定の遥か上をいっていた。そして、この二人は例え卍解を奪えたとしても決して侮ってはならない死神だった。
――何故なら、この二人は卍解が無くとも戦えるだけの手段を持っている死神なのだから。
「さっき言ってたよね? 卍解の後に出した瞬閧は妥協策だから、それを使っているようじゃ、僕は勝てないって……」
瞬閧の打撃によって、建物に叩きつけられたペペに向かって卯月は語りだす。
「確かに、前までの僕ならそうだったのかもしれない。あの時の僕の瞬閧は、夜一さんや砕蜂隊長と違って、まだまだ未熟だったからね」
瞬閧には術者によってその属性が異なり、練度が上がることによってそれが色濃く現れるようになる。夜一なら雷、砕蜂なら風。そして、卯月の瞬閧には回道の属性が付与されていた。
しかし、瞬閧はそこで終わりではない。瞬閧は極めることができれば、卍解にも匹敵する程の技だ。属性が現れた時点では、また始解程度の力しか出すことはできない。卍解と同程度の力を発揮するには、そこから更に練度を上げ、発展させていく必要があるのだ。それが夜一でいう一撃の威力を高めた雷神戦型、砕蜂でいう持続性を引き上げた無窮瞬閧だ。
そして、以前までの卯月は、まだこの段階に至っていなかった。――そう、以前まではだ。
「だけど、いつまで経っても未熟のままでいい筈がないからね。この二年、僕は他のどんな修行よりも、瞬閧の発展の為の修行に取り組んで来たよ。そして、それが砕蜂隊長が僕に与えた最後の課題でもあり、僕はそれを達成した」
――よくやった、蓮沼。これで私がお前に教えられることは、もう何もない。
完成させた際の、誇らしげであり、どこか寂しげな砕蜂の顔を卯月は二度と忘れることはないだろう。そして弟子を卒業した今、卯月と砕蜂の関係は共に研鑽しあう好敵手だ。
故に卯月は弟子としても、好敵手としても、護廷十三隊の隊長としても、この戦いに負ける訳にはいかないのだ。そして、その思いは彼にとって強い原動力となる。
「だから、これは決して妥協策なんかじゃない。寧ろ、卍解が使えないあなた達との戦闘において、これは何よりも強力な最善策だ!」
――【瞬閧・
刹那、卯月の背中と肩口から噴き出していた薄緑色の霊力が、彼の精密な霊力操作の元、全身を循環し、張り巡らされていく。そして、完全に霊力が行き渡った瞬間、それまでの瞬閧特有の激しさは完全に鳴りを潜め、まるで揺れのない水面のように、穏やかなものとなった。
「それはなんだ? 今キミが纏っているものはミーの知ってる瞬閧とはまるで違う。気味が悪いナ~」
「訊かれて僕が答えるとでも? そんな訳ないでしょ。少しは自分で考えなよ。――何せ、これから観察できる時間はあるんだからさ。まあ、それがどれだけの長さになるかはあなた次第だけど、ねっ!」
会話を打ち切ると卯月はペペの元に急接近する。先程は卯月の動きが想定の範囲外だったこともあり、まともに一撃を喰らってしまったが、彼とて星十字騎士団の一人。今の卯月のような単調な動きならば、躱すことは造作もなかった。――それが本当に単調な動きであったのならばだが。
飛び上がることで攻撃を躱したペペは次の行動に移るべく、卯月の居る下へと目の焦点を合わす。
「なにっ!?」
だが、そこに卯月の姿はなかった。
「残念ここだよ」
「っ!?」
すると背後から声が聞こえて来た。ペペは慌てて身体を翻すのだが、そこにも卯月の姿はなかった。では、どこへ……? そう思った時、突然背後から衝撃。ペペはまたしても建物へと打ち付けられた。
――何が起こった……?
確かに瞬閧状態の卯月の速力はかなりのものだ。ついていくのは至難の業だが、見失うほどのものでもないというのも、また事実だ。
しかし、実際にぺぺは卯月の姿を見失った。何故そのような事が起こったのか、それを見極める為にぺぺは先程の攻防を思い返す。すると、あることに気がついた。
――先程の攻防で見えこそはしなかったものの、卯月がどう動いたのかを明確に思い返せるという事に。
卯月の先程の動きは極めて単純だった。瞬閧を発動したことによる快速でペペに向かって直進し、ペペが上空に避けるのを見るや、その動きに合わせて跳躍し、そのまま蹴りを入れただけだ。複雑な動きは何一つなかった。では、何故ペペは翻弄され、目視していないのにも関わらず、卯月の動きを認識できているのか、当然それにはカラクリがある。
「っ、分かったぞ。曲光だナ~?」
「正解」
そして、ペペはその答えにたどり着いた。縛道の二十六“曲光”。その効果は霊圧で覆った対象を視認できなくするという隠密行動に適した縛道なのだが、戦闘中は霊力の解放が必要になる為、その恩恵を受けづらいという欠点を抱えている。それが霊力の感知、操作に優れた滅却師が相手ともなれば尚更だろう。
実際、ペペは目視できずとも霊覚では卯月を認識することができていた。しかし、そんな中ペペは卯月の動きに反応することができなかった。それがカラクリの正体だ。
瞬閧・回天傀儡。その能力は、以前から卯月の使用する瞬閧にあった術者の傷の回復と身体能力の強化に加え、全身に張り巡らされた霊力により、術者の発動する鬼道の発動を格段に速くするというものだ。コンマ数秒を争う世界において、一瞬でも敵を見失うというのは、大きなディスアドバンテージだ。それが霊力の動きなどによって察知できるのなら話は別だが、卯月の瞬閧はそのような暇を与えない。一瞬でも敵の目から逃れられれば後は簡単だ。現在自分がいる逆の方向から敵に霊圧で話しかけ、そちらに気がそれた所を叩けばいい。それが先程の攻防の全貌だった。
卯月の瞬閧は夜一や砕蜂のそれとは毛色が異なる。後者二人は雷や風と攻撃的な属性が与えられたのに対して、卯月には回道という防御方面の属性が与えられた。故に卯月の瞬閧には、夜一や砕蜂ほどの爆発力はない。しかしその代わりに、回道に由来する繊細さが彼の瞬閧には備わっていた。その繊細さがあるからこそ、死覇装を突き破る程の勢いがある瞬閧の霊圧を完全に制御し、全身に纏うなんて芸当が可能なのである。
他の誰のものでもない、卯月だけの瞬閧がそこにはあった。
「折角正解を言ってくれたところ悪いんだけど、一々説明している暇はないんだ。皆待ってるからね」
こうしている内にも、卍解を発動できないというハンデにより、苦戦を強いられている隊長達は大勢いる。故に卯月はできるだけ早くマユリが解析にあたれるように、迅速にぺぺを処理する必要があった。
そして、再び卯月の背中から、霊力が噴き出す。
「【瞬閧・
発せられる霊圧は今まで卯月が発動して来た瞬閧とは比べものにならない程強大。そして、先程まで卯月が発動していた瞬閧が嘘のように荒々しかった。
しかし、これは制御をやめたことによって起こったのではない。回天傀儡で行っていた制御を、安定して長時間戦う為に発する霊力を最小限に留めるものだとするのなら、この破天傀儡は敵を仕留めるべく、一瞬の霊圧を最大限まで高める制御だ。
破天傀儡には、瞬時に縛道を発動するような繊細さはない。その代わり、単純な身体能力は先程までの比にならないまでに底上げされている。
「【衝破絶空拳】!」
そして、卯月の拳がぺぺの顔面を捉えた。
「へへ~ん、全然効かないもんネ~」
しかし、身体能力を底上げした卯月の攻撃を食らってもなお、ぺぺは健在だった。流石に全然というのは強がりだが、それでも傷は卯月の想定よりも抑えられていた。
「硬いな……」
自身の最大火力でも仕留めきれなかったことに驚いた卯月はそう口を開いた。
もし、このぺぺの防御力が最初から備わっているものだったのなら、卯月がここまで驚くことはなかっただろう。しかし、この場では違った。
初撃と二撃目は何の違和感も感じることはなかった。だが、先程の一瞬に限って、ぺぺの防御力が格段に上昇したのだ。それはぺぺが自身の防御力を上げる何らかの術を持っていることに他ならなかった。
そして、卯月のその推測は見事的中していた。滅却師は死神、虚などの他の種族に比べると、霊力の扱いに最も優れた種族だ。霊力の扱いに長けているということは、それだけ応用力があり、多くの戦術を抱えているということだ。ぺぺの急な防御力の上昇もこれにあたっていた。
先にもあるように、滅却師は霊力の扱いに長けている。それは
ぺぺが卯月の衝波絶空拳を受けたあの瞬間、ペペは血液を通じて体内に霊力を張り巡らすことで、自身の防御力を底上げしていたのだ。その術の名を
それだけ聞くと、なにも欠点がないかのように思えてくるかもしれないが、そんな事はない。もし血装に何も欠点がないのだとしたら、ペペが卯月の攻撃をまともに喰らうはずがないのだから。血装にも明確な欠点は確かに存在する。
血装の欠点は主に二つ。
一つ目は動血装と静血装の同時使用はできないということ。
そして二つ目は血装はあくまで能動的に発動するということだ。故に先程、卯月の姿が突然消えたことに動揺したペペは静血装を発動することができずに、卯月の攻撃を喰らってしまったのである。
しかし、卯月がどのように攻撃を行うかは、既にペペに筒抜けである。現在彼が発動している瞬閧・破天傀儡は見るからに霊力の消費が激しい技だ。確かに、一瞬の出力こそは目を見張るものがあるが、長く続かないことは明白だった。故にペペは常に静血装を発動することで、卯月のガス欠を待つ立ち回りへと移行しようとするのだが、この時ペペは理解できていなかった。彼が卯月の動きについて行けない、その時点で勝負は決していたのだ。
すると、卯月は徐に斬魄刀を引き抜いた。兕丹坊を眠らした時から解放状態だったそれは、刀身に三つの穴が空き、そこから煙が漂っている。
それを見た時、ぺぺは言いようのない悪寒に襲われた。そして、ぺぺは気がついた。
――自分の顔につけられた、小さな切り傷の存在に。
しかし、それにぺぺが気づいた時、既に手遅れだった。
「【誘え“睡蓮”】」
間違いなく、瞬閧は卯月の中での最大火力であり、この戦いにおける最善策だ。だが、決して最善だけが全てではない。現にペペはその最善策を防いで来たのだから。だから卯月はその次の手を打っていた。より確実に勝利を収める為に。
「大怪我を負わないから、例え僕の攻撃を喰らっても大丈夫って思ってた? それで僕の霊力が尽きたところを叩けばOKとでも? 甘いよ。僕の弱点なんて他でもない僕が一番理解してるよ。でないと弱点の克服なんて夢のまた夢だからね」
確かに、ペペが静血装を発動した時点で、卯月が純粋な力でペペを倒すには、それ相応の時間を要したのかもしれない。ペペの立ち回り次第では、卯月のガス欠まで持ちこたえることも可能だっただろう。だが、敵に傷を与えて倒すことだけが戦いではないのだ。
卯月の敵を眠らせる方法は少々特殊だが、それを省いたにしても、毒殺や拘束、精神攻撃など様々な戦術が考えられる。そしてそれは、対象を魅了するという能力を持ったペペも十分に理解していた。だが、急成長を遂げた卯月の瞬閧を目の当たりにした瞬間、そんな考えは吹き飛んでしまった。次の瞬間には、卯月の瞬閧をどうやり過ごすかという事しか考えていなかったのだ。
結果として、視野が急激に狭まってしまったペペは、卯月の斬魄刀による斬撃を反応する事すらできずに喰らってしまったのだ。
「く、クソぅ……!」
強烈な眠気が襲い掛かる中、そのことを認識したペペは悔しさを露わにした。
「おやすみ、滅却師さん。だけどその前に、睡蓮は返して貰うよ」
そう言うと卯月は、ペペが地面に倒れる前に、素早い動きでメダリオンを奪い取った。
――お帰り、睡蓮。
まだ、斬魄刀の中には戻っていない。だが、確かな温もりを卯月は感じ取った。
「涅隊長、お願いします……あれ?」
そう言って卯月は後ろを振り向くのだが、そこにマユリは居なかった。それどころかネムすらも居らず、最後に残ったほたるが卯月に視線で語りかける。
ほたるの言わんとすることを感じ取った卯月は、もう一度振り返り、地面に倒れているぺぺを見やる。すると、そこにはいつの間にかぺぺの所に移動し、既に注射を打ち込んでいるマユリとそれを補助するネムの姿があった。どうやら卯月がメダリオンに意識を向けている間に移動していたようだ。
卯月の視線に気づいたマユリが口を開く。
「ご苦労だったネ、蓮沼隊長。お陰で良い被験体が手に入ったヨ。お礼として直ぐにでも卍解を戻してやりたいところだが、今こいつが暴れないよう、麻酔を打っているところだ。少し待ちたまえ」
「あ、はい……」
抜け目がない。そう思った卯月だった。
「さて、では早速それの解析に移るとしようかネ」
「お願いします」
マユリは卯月から受け取ったメダリオンを、ネムが十二番隊隊舎からもってきていた機械に乗せ、解析を始める。
「【縛道の七十七“
キーボードを叩く音を聞き取った卯月は、マユリとネムを護るように結界を展開。四角錐を逆さまにしたような形状のその結界は、形を形成するや否や、辺りの景色に溶け込んだ。
自分の目から結界が見えなくなったことを確認した卯月はさらに結界を重ね、守りをより強固なものにした。それが終わると、今度は自分の隣に来ていたほたるに指示を出す。
「もう一度天挺空羅をお願い」
「もう済ませたわ」
「流石」
自分と砕蜂、そして元々斬魄刀の解放ができない剣八はこの状況でもかなり戦えていたが、それ以外の隊長が苦戦していることを卯月は霊圧を通じて感じ取っていた。故に、自分が敵を倒し、もう少しで卍解を使えるようになるという情報を流せば、かなり士気も上がるだろう。そう考えた卯月だったが、ほたるは既に行動に移していた。
「じゃあ、これから僕達は涅隊長達の護衛だね。結界の位置がバレないように、ある程度距離を置きながらの護衛になるから、場合によっては片方が他隊の加勢に向かうこともあるかもしれない。臨機応変に対処していこう」
「そうね」
倒山晶によってマユリとネムの姿は見えなくなっているので、結界の近くをうろつくことは、敵に結界の位置を教えるようなものだ。そこで卯月は適当な距離を取りつつ護衛を行うことを提案した。幸い、速力に優れた卯月なら、この場所に戻って来るのにそう時間はかからない。
移動を始めた卯月は味方の霊力が漲っていくのを感じ取った。もう少しで卍解を使える、その希望は護廷十三隊にとって大きな力となったのだ。
そして、吉報はこれだけでは終わらない。ほたるによる報告が終わって僅か数分後、十二番隊から通信が発せられた。
『瀞霊廷内全隊長、副隊長、並びに隊士各位にお伝えします! 死神代行黒崎一護一行が現在尸魂界へ向かっています! 彼の卍解は滅却師には奪えません! これは技術開発局が先程確認した確定情報です!』
一護が来る。その事実は護挺十三隊に更なる活力を産み出した。
少しずつではある。だが確実に戦況は傾こうとしていた。
補足(それなりに重要)
一、前回砕蜂が大前田の発言で機嫌を悪くしていた理由は修行方法に喜助が関わっていたからです。分りづらい描写で申し訳ないです。
二、卯月の行動によって、一護達の行動が原作と少し変わって来ています。ざっと纏めると……
ネルのSOSで原作通り虚圏へ。
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虚圏にてジェイルと遭遇、そのままアパッチ達perfumeと共に戦闘へ。
↓
原作ならここで阿近さんから連絡が来るところですが、卯月が卍解を奪われる被害を最小限に抑えたことで、一護は余裕を持ってキルゲを倒します(ここから分岐)
↓
無事キルゲを倒した一護達は尸魂界へ向かおうとするのですが、ここで戦いを嗅ぎつけたグリムジョーと遭遇。ひと悶着ありましたが、利害の一致で一時共闘することに。グリムジョー「黒崎を倒すのは俺だ」
↓
結果一護、チャド、お姫ちん、喜助、ネルにグリムジョーが加わって皆仲良く尸魂界に直行。なお、perfumeは負傷したハリベル様の付き添いでお留守番です(織姫の治療で傷は回復した模様)。
こんな感じですね。わざわざ一護サイドの描写を入れるのはめん……ゲフンゲフン、話の進行スピードに支障が出るので、省きました。