転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 彼の背中は大きい。

 彼との距離は遠い。

 それでも、私はあなたの隣に立ちたい。

 ――彼の事がどうしようもなく好きだから。


第八話

 あれからさらに十五年の時が経過した。それに伴い、僕の周りの環境もガラリと変わった。

 

 先ずは僕、蓮沼卯月は五番隊四席へと昇進した。始解を習得したことによる霊力の上昇で総合的に実力が伸びたことが評価されたのだろう。

 

 次に僕の同僚もこの数年でその地位を上げて行った。修兵は九番隊五席、青鹿君は十一番隊八席、そしてほたるは五番隊七席へとそれぞれ昇進した。

 

 そして、ここ数年で一番目まぐるしく変化したのは僕の部下達だろう。

 

 まず阿散井恋次君。彼は三人の中で一番最初に変化があった。元々近距離戦が得意だった彼は今は十一番隊六席としてその腕を振るっている。

 

 その次に変化が訪れたのは吉良イヅル君だ。彼は阿散井君が十一番隊に異動してから五年後に四番隊に異動し、今では五席だ。

 

 最後は雛森さん。彼女は異動することはなく、そのまま五番隊に止まり続け、今は六席として僕や蟹沢さんとペアを組んで仕事をすることが多い。

 

 こうまでに順調に成長してくれるのは、本当に上司冥利に尽きると言うものだ。最初こそは将来の超優良株を育てることに不安を覚えたものの、どうやらしっかりと彼らを導けたようで安心した。

 

 そして、そんな僕の環境に更なる変化が訪れようとしていた。

 

 ――遂にこの時が来た。

 

***

 

 

 現在、僕は五番隊の隊首室に呼び出されており、僕の隣の席には藍染隊長。そして僕の目の前の席には――砕蜂隊長が座っていた。

 

 そして、意を決したかのように砕蜂隊長が口を開く。

 

「先日、二番隊副隊長兼隠密機動第二分隊“警邏(けいら)隊”の隊長である大前田希ノ進の引退が宣言された。その後は彼の息子である大前田希千代が継ぐ事が決まっているのだが、それにより彼の現在の席次が空く。よって、そこに居る蓮沼卯月を二番隊三席兼隠密機動第三分隊“檻理(かんり)隊”の隊長とし迎え入れたい」

「……え?」

 

 突然のことに当然僕は戸惑った。そして、彼女の言葉を反芻し、その意味を理解すると、僕は歓喜にうち振るえ、思わずその喜びを声に出してしまいそうになった。

 それもそうだろう。何せ護廷十三隊に入隊する当初から掲げていた目標が遂に果たされる時が来たのだ。これが嬉しくない訳がない。

 ここまで来るのに二十年もかかった。人間の何倍もの時を生きる死神にとっては二十年など大した年数ではないのかも知れないけど、元は普通の日本人の僕からしたら気が遠くなる程の時間だ。

 

「どうだ蓮沼?」

「…………はっ、申し訳ありません。余りにも唐突で少しボーッとしてしまいました。僕と致しましては是非とも引き受けさせて頂きたいと思います」

 

 勿論僕に断る理由なんてない。唯一懸念があるとすれば、藍染隊長率いる五番隊にほたると桃が取り残されることだけど、こればっかりは僕が居ても居なくてもあまり変わらないことだ。割り切るしかないだろう。

 それなら二番隊に行って来たる日に備えて力を蓄える方がよっぽどいい。

 

「そうか。藍染はどうだ?」

「ふむ……」

 

 意見を訊かれた藍染隊長は考え込む。この話の決定権は基本的に本人である僕にあるんだけど、今後の隊同士の付き合いも考えると、砕蜂隊長や僕は藍染隊長の意見を蔑ろにし過ぎるのは余りいただけないことなのだ。

 

 ――頼むから変な方向に転がってくれるなよ。

 

 僕はそう心の中で願いながら思考を巡らせている藍染を見守った。

 

 そして、藍染隊長は徐に口を開いた。

 

「先ずはおめでとう蓮沼君。二番隊の三席と隠密機動の部隊長なんて凄いじゃないか。君の上官として誇りに思うよ」

「……はいっ、ありがとうございます!」

「次に砕蜂隊長、蓮沼君をよろしく頼むよ。これでも僕は彼の事を可愛がって来たつもりだからね」

 

 ……可愛がられる度にビクビクしていた僕からすれば、(相撲部屋的な)とついていた方がまだ優しいように思えるよ。

 

「無論だ」

「砕蜂隊長、よろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 僕は来年からお世話になるであろう、砕蜂隊長と挨拶を交わした。

 

「蓮沼君」

「はい?」

 

 これでお開きかと思われた時、藍染隊長が口を開いた。

 

「確かにこれで君の異動は決まったけど、来期まではまだ五番隊の隊士だ。昇進の話が来たばっかりで酷なようだけど、それまではこれまで以上に精進してもらうよ」

「はい、それは重々承知してますが……」

 

 ここで浮かれているようでは部下達に示しがつかないし、今の僕を追い抜かそうと頑張っている修兵や青鹿君や恋次にも失礼だからね。

 

「それに――」

「?」

 

 何を当たり前の事を、などと思っていると藍染隊長はさらに言葉を続ける。

 

「例え他隊に行ったとしても君は同じ護廷十三隊の仲間であり、五番隊の一員だ。いつでも僕達は君を歓迎するよ」

「っ、はい!」

 

 本当に何なんだこの人は? 外面だけとは言え、いい人過ぎて本当にこの人が謀叛を起こすのかと疑いたくなって来る。

 恐らく、これが藍染惣右介という人物のカリスマ性なのだろう。これが他の人だとそうは行かない。藍染惣右介だからこそできることなのだ。

 

 こうして、僕は最後の最後までラスボスの凄さに戦慄しながら五番隊としての職務を全うすることを心に決めた。

 

 

***

 

 

「それで、どんな用件だったの?」

 

 執務室に戻った僕にほたるが話しかけてくる。隊長に呼ばれるとなると、大体は重要な任務か昇進の話が来る時なので彼女も気になるのだろう。

 因みに、僕とほたると桃は同じ部屋で業務に当たっている。これも突然できた部下にどう接したらいいか分からなかった僕に藍染隊長が気を利かせてくれたお陰である。……あの人、本当にラスボスなんだよな?

 

「うん、来年から二番隊三席と隠密機動第三分隊隊長への昇進が決まったよ」

「え……?」

「「えええぇぇっ!?」」

 

 僕の昇進に驚いたようでつい先程まで真面目に仕事に取り組んでいた桃も声を荒げた。

 

「あっ、お、おめでとうございます!!」

「うん、ありがとう」

 

 取り乱したことに慌てた様子の桃がお祝いの言葉をくれる。

 

「おめでとう蓮沼君。……でもそっか、二番隊か。少し寂しくなるわね」

「あっ…………」

 

 ほたるの言葉に釣られて桃もシュンとした雰囲気になる。

 

 ――な、なんでこんな辛気臭い空気になってるの?

 

 これではまるで僕が帰らぬ人となったみたいじゃないか。

 

 確かに、五番隊での生活は藍染隊長の部下ということ以外ではとても恵まれていたように思う。

 ほたるは毎朝忙しい中朝ご飯を作りに来てくれたし、恋次にイヅルに桃といった部下にも恵まれた。そこを離れるのだから寂しくないと言ったら嘘になる。

 

「何をそんなに落ち込んでるの? 別に会おうと思えばいつでも会えるじゃん」

 

 だけど、今生の別れというわけではないんだ。いくら何でも落ち込み過ぎだと思うんだけど……。

 

「そ、そうよね。ごめん蓮沼君。せっかくの昇進なのに変なこと言っちゃって」

「いや、別に僕はいいんだけど……」

 

 明らかに無理をしている。まあ、さっきまで落ち込んでいたんだし、いきなり治せというのも酷か。

 

「それじゃあ、今度皆で卯月さんのお祝いしませんか?」

「そうね。どうせなら送別会も兼ねて派手にやっちゃいましょう!」

 

 桃の案により、一度は暗くなった場の雰囲気が持ち直し、誰を呼ぼうか、お店はどこにしようかなどと言って話を膨らましている。

 

 僕はと言えば、二人の話に時々相槌を打ちながら、仕事に取りかかった。二人のあの様子だとあまり仕事が捗らないだろうと思ったからだ。

 

 そして、数日後僕の昇進祝い兼送別会は盛大に行われた。場所は上位席官になってから宛がわれた僕の家で行うことになったんだけど、それぞれが持ち寄ってくれた食べ物は美味しかったし、なんとプレゼントまで用意してくれたのだ。

 皆それぞれ個性に溢れたプレゼントだったので印象に残った物を紹介しようと思う。

 

 先ずは修兵。彼はなんとギターをくれた。何でも共通の趣味を持った人がいないらしく、これを機に興味をもって欲しいというなんとも自分本位な発想である。

 

 次はイヅル。彼がくれたものは少し値が張った筆だった。僕は昔からあまり道具に拘らないタイプなんだけど、三席ともあろうものが安物ばかり使うのはどうかと思い、選んでくれたそうだ。

 真面目な彼らしいチョイスだけど、決して安い買い物ではなかったと思う。大事に使うことと今度イヅルが昇進する際には奮発することを心に決めた。

 

 そして最後はほたると桃だ。くれたものは簪で、どうやら少々値が張るものだったらしく、二人でお金を出し合って買ってくれたらしい。

 因みに僕はいつも肩にかかるぐらいの長さの髪を一つ括りにしている。流石に修行や戦闘の時には使えないけど、それ以外の時にはなるべく使わせてもらおうと思った。

 

 他にも青鹿君からは愛用のワックス、恋次からは眼鏡を貰った。

 

 例えどんなものでも、皆僕のことを想って考え、買ってくれたんだと思うと、感謝と嬉しさで胸がいっぱいになった。

 

 藍染隊長の言葉を使うのは何か釈然としないけど、例え所属している隊が違っても、僕達は仲間なんだということを再認識できた夜だった。

 

 

***

 

 

「突然呼び出してごめんね。もう遅いのに」

「別にいいよこれくらい。ほたるには毎朝早くからご飯を作ってもらってるからね」

 

 二番隊への異動をもう間近に迎えていたある日の夜、僕はほたるに彼女の家の庭へと呼び出されていた。

 

「とりあえず座ってゆっくりしてて。お茶でも淹れてくるわ」

「うん」

 

 それだけ言うとほたるは部屋の中へと入って行った。

 それを見届けた僕は縁側へと腰をかけ、庭を眺める。流石は女の子と言うべきか庭の手入れは行き届いており、彼女の趣味なのか様々な種類の花が咲き誇っていた。

 

 赤、青、黄、桃、紫、白。僕の精神世界よりも沢山の色で彩られた庭はいつまで見ていても僕を飽きさせなかった。

 

「はい」

「ありがとう」

 

 ボーッと眺めている内にある程度時間が経ったようで、ほたるがお茶とお茶請けを持って戻って来た。

 

「……綺麗だね」

 

 一口お茶に口をつけながら僕は喋った。

 

「…………えっ!?」

「庭。手入れが行き届いてる。僕は植物に大して興味がないからね。最低限の手入れだけ庭師さんに任せて大半は修行場と化してるよ」

「……はぁ」

「どうしたの?」

 

 何故か凄く呆れられたんだけど。そんなに庭の手入れをしない事ってほたるにとっては嫌なことなのかな。

 

「ううん。蓮沼君らしいと思って」

「僕らしい?」

 

 僕ってそんなに修行一辺倒の人間に見えるかな? 寧ろ事務仕事とかも他の隊士以上に頑張ってると思うんだけどな……。

 

「花、好きなの?」

 

 自分の話をされることに何となく居心地を悪く思った僕は露骨に話を変えた。

 

「うん、好き。ちゃんと手入れを怠らずに育てれば綺麗な花を咲かせる。その時の花の姿や達成感が好きなんだ」

「その気持ち、分かる気がするな」

「え?」

「努力を怠らなければ必ず成果はでる。そして、その時に得られる達成感。要は修行と一緒でしょ?」

 

 そこまで言って僕はお茶請けとして出された饅頭にかぶりついた。うん、美味しい。やっぱりあんこは粒餡だよね。

 

「この脳筋っ!」

「いたっ!? 何すんのさ?」

 

 僕の例えが気に入らなかったのか、ほたるは僕の背中をバシッと叩いた。いいこと言ったと思ったんだけどな……。

 

「修行なんて汗臭いものと一緒にしないでよ。花にはもっと風情というものがあるのよ」

「分かってるよそれ位。あくまで例えだよ例え。脳筋だなんて人を十一番隊みたいに言わないでよ」

 

 僕は別に戦いが好きという訳ではないし、座学だって得意だ。にもかかわらず脳筋は酷いと思う。

 

「……今度青鹿君に言っておこうかしら?」

「止めてっ! そんなこと言ったら今度会った時に殺されちゃうよ」

 

 とは言ってもただのじゃれ合いだけど、霊力を使わない分単純な膂力で秀でている青鹿君を怒らせたら怖いのだ。

 

「ふふっ、冗談よ。ねぇ、蓮沼君」

「はぁ、よかった……。で、何?」

「好き」

「ぶふっ!? げほっ! げほっ!」

 

 余りに急すぎてお茶を吹き出してしまった。でも、咳込んでいる暇はない。勇気を出して告白してくれたんだ。誠意を持って返事をするべきだ。

 

 ――例え、それがほたるを悲しませようとも。

 

 だけど、何時まで経っても僕の口は開かなかった。

 

「ほ、ほたる……」

「いいよ、別に無理して返事しなくても。分かってるから。蓮沼君が私を恋愛対象として見てないっていうことも」

 

 何とか言葉を紡ぎ出した時、ほたるから返ってきたのは否定の言葉だった。

 

「で、でも……」

「別に返事が欲しい訳じゃないのよ。ただ、蓮沼君に知って欲しかったのよ。私の決意を」

「……決意?」

 

 ええ、と言いながらほたるは僕の真正面に立ち上がった。その姿には今までに感じたことがないほどの厳格な雰囲気を感じた。

 

「蓮沼君が率いる隊で私が蓮沼君の補佐をする。それが今の私の目標よ」

 

 つまりは僕が隊長でほたるが副隊長か。まったく、どうして僕の周りの女性は睡蓮然りほたる然り、こうも大きく出るんだろうか?

 

「……でも、僕がほたるの期待通りに隊長になれるとは限らないよ」

「分かってるわよそんなこと。でも、蓮沼君はいつか必ず隊長になるわ。そんな気がするの。だから私はその時蓮沼君を支えてあげられるような人になりたい」

「そんな無責任な……」

 

 過大評価にも程がある。僕はそんなに凄い人じゃない。修行だって、死ぬことが怖いから必死にやっているだけだし、僕なんてただの臆病者だ。

 

 隊長とは言わば大きな矛であり、大きな盾だ。矛の如く真っ直ぐ突き進んで隊士を導き、盾の如く隊士を守らないといけない。少なくとも今の僕には到底無理だ。

 

 だけど、それとこれとは話が別なのだろう。

 

 ――親友がこうまでして言ってくれたんだ。なら、その親友の為に努力を積むのが今の僕にできる最大限の誠意じゃないだろうか?

 

「僕は止まらないよ」

「……?」

「僕はこれからもほたるの前を歩み続ける。だから、ほたるは走って僕に追いつかないといけない。僕は立ち止まらないし、手も貸さない。それでもいい?」

 

 僕の発言にポカンと口を開けたほたるだったけど、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべて声を発した。

 

「ええ、望むところよ。度肝を抜いてあげるから覚悟しておいてよね」

「うん」

 

 そして、彼女が僕の副隊長になった暁にはちゃんと告白の返事をしよう。

 そう僕が決意を固めた時、ほたるは再度口を開いた。

 

「それに……」

「……?」

「――こうして告白しておいたら意識させることができるし、唾もつけておくこともできるでしょ?」

「なんだそれ?」

 

 口ではこう言っている僕だけど、心の中ではかなりどきどきしていた。

 

「ふふっ、これからもよろしくね。()()()?」

「っ!? うん。よろしく、ほたる」

 

 そう言ってクスリと笑ったほたるの顔は何故だか今まで見てきた彼女のどんな表情よりも魅力的に思えた。

 

 

***

 

 

「それで、心の準備はもうよろしいのですか?」

「うん。あれだけほたるに上から目線でモノを言っておいて、僕が何も努力しない訳には行かないからね」

 

 あれから少しほたると喋った後、部屋に帰った僕は精神世界へと訪れていた。

 

「始解を習得してからもうかれこれ二十年以上は経っている。大分制御も板についてきたし、そろそろ頃合いでしょ?」

「確かにそれはそうですが、この修行は今までのものとは比べ物にならない程過酷ですよ」

「そんなの百も承知だよ。ていうかいつも早く修行しろって言ってたのは君の方じゃないか。なんでそんなに消極的なの?」

「……一応確認の為に言っただけなのですがね。いいでしょう卯月。あなたにはこれから私の持てる全て――卍解をお教えしましょう」

 

 卍解、それは斬魄刀を屈服させることでできるようになる言わば死神の最終奥義だ。

 その力は始解の約五倍から十倍と言われており、例外はあるけど、隊長に必要な条件を訊いた時に挙がるものの一つだろう。

 

 ほたるの目標は僕の率いる隊で僕を補佐する事。なら、僕が卍解を習得していないようでは話は始まらない。

 

 ――僕にも気を抜いている暇はないのだ。

 

「よろしく、睡蓮」

「はい、かしこまりました」

 

 そうして、あっという間に一年は過ぎ去った。

 

 




 ※大前田希ノ進が引退した時期が分からなかったので、都合の良い時に引退させていただきました。

  また、今回の最後で蟹沢さんが主人公の事を卯月君と呼んだのはミスじゃないです。

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