あなたの秘書艦   作:天寝子

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お待たせしました……


いつかきっと②

 人通りの少ない鎮守府裏。その木の影にもたれ掛かり、手帳を取り出す。

 

「それ、読まなくてもいいわよ。別に」

 

 後ろからかけられた声に驚く。誰にもつけられていなかった、ここには誰もいなかったはずだ。だと言うのに、人に――本人につけられていたなど……

 俺が何かを言う前に霞がぽつぽつと話し出す。

 

「あんたが帰ってこなかったとき、忘れられたんだって思ったの」

 

「そんなわけ、ないじゃないか」

 

 霞の方へは顔を向けることが出来ない。俺は木の影に隠れるように声を出す。

 霞の表情を見ることは出来ないが、声でわかることもある……はずなのだが、それもわからない。何もこもっていない無機質な、機械とも思えるような……そんなはずはないと言うのにそう思えてしまった。

 

「あんたのいない生活なんて初めてだったから、わかんなかった」

 

 きっとこれは霞が俺に対して初めて語ってくれる本心なのだろう。

 

「だから、こんな感情……私知らなかった」

 

 霞はゆっくりだが、その胸の内に眠っていたものを言葉にする。

 

「知りたく……なかった。いえ――」

 

 手に持っていた手帳を開くことはかなわず、俺は木にもたれかかりその言葉の続きを待つだけ。

 今俺が霞に何かできることがあるのだろうか、なんて無責任なことはしない。これは俺が招いた結果だ。きっとその責任をとらないとならないのだろう。

 

「――自覚したく……なかった。自覚してしまえば、いつ失うのかが怖くなる。消えてしまうのが恐ろしくなる。私は弱いから、あなたを失う恐怖には絶対に勝てないから。だから、目を逸らし、自分の気持ちを騙して、あなたを突き放すことで自分自身を守ろうとした。でも……でも……」

 

 これが真実。

 霞、という小さな一人の女の子が抱え込んでいた大きな感情(モノ)

 自分を騙し、周りに嘘をつき、誰にも悟られることのなかった本心。

 

「そんなことは無理だったの。私はあなたが必要だって気づいてしまったから。私が私であるためにはあなたがいなければならないって、あなたが消えれば私は壊れてしまうって……気づいてしまったから……」

 

 覚悟を決め、俺は霞と向き合う。

 陰から一歩踏み出すだけが、嫌に重く感じた。霞の表情(カオ)を見るのが怖かった。

 けれど、俺には責任があるから。霞の気持ちに気づけなかった、こうなるまで放置してしまった責任が。

 

 

 その瞳は酷く濁っていた。光と呼べるものはどこにも見当たらなかった。グルグルと渦巻く海のように深く、その目は俺を捕らえて離そうとしなかった。

 無機質だった、空っぽだった表情はゆっくりと笑みへ変わった。

 そこには何も無い。ただ空虚な笑みだった。

 

「あはっ……私、なんで気づかなかったんだろう。こんなにも、こんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにも――――あなたが、好きだったのに」

 

「霞……」

 

「私はあなたがいないとダメなの。自分を保っていられない。自分の弱さを隠せない。どうして、どうしてあなたは私の前から消えたの……そうじゃなければ私はあのままでいられた。何も知らず、気づかず、ただあなたに罵声を浴びせるだけのままでいられた……!あなたが、あなたが私を一人にさせるから!」

 

 そう、これは俺の責任。

 艦娘たちとのコミュニケーションを最も大切としていたというのに、霞とはそれをしなかった。

 ――いや、『いつかきっと』を願って、それを後回しにしていた。結局のところ、霞をこうさせたのは――壊したのは俺だ。

 

 いつかきっと仲良くなれる。

 いつかきっと他のみんなと同じように霞とも笑い合える。

 いつかきっと家族のように、笑って過ごせる日が来る。

 

 なんて、ただの幻想に過ぎない妄想に期待し、俺は彼女を一人にした。

 これはそれのツケなのだろう。

 

「もう許せない。無責任に愛情を振り撒き、独りよがりな幸福に浸ったあなたも!その愛情に甘え、自分の気持ちを隠し続けた私のことも!だから、だからだからだからだからだからだからだから!!……責任、とってよね」

 

 笑っていた。

 彼女は――霞は俺に初めて見せるとびっきりの、少女らしい可愛い笑顔を見せていた。

 ただ、その彼女は破綻していて、きっと言葉は届かない。

 

「……ああ、わかってるよ。霞」

 

「あはははっ……わかった?私はあなたがいないとダメ。あなたも私がいないとダメなの。だからこれからは私があなたの世話をしてあげるわ。朝起きてから夜眠るまで。永遠に、これか先ずっと私たちは離れることは無いの。よろしくね、『司令官』」

 

 いつか、彼女が目を覚ますときがあるのだろうか。

 正気に戻り、いつもみたいに罵声を浴びせることがあるのだろうか。

 仕事が遅い、なんて言って俺を睨むことは。

 昼寝をしていた霞の寝顔を見て、本気で怒られることは。

 仕事中に遊んで蹴られることは。

 

 俺はまた、『いつかきっと』を願って、意味の無い妄想に逃げるのだろうか。

 

「それじゃあ、司令官。仕事に戻るわよっ」

 

 右手にしがみついた霞は空虚で愛らしい笑顔を浮かべるだけだった。

 

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