「おはよう、司令官。よく眠れた?」
朝、俺の顔を覗き込むのは小さな少女だ。
年相応の愛らしい笑みを浮かべ、起きたばかりの俺の体を揺する。
起きたばかりでいつもの様に髪を結んでおらず、珍しいな。なんて思っていたのが懐かしい。
俺は霞と同じ部屋で生活している。これは霞の要望だ、聞かないわけにいかない。
支度を済ませ、執務室へと向かう。私室から距離は離れていない。が、霞はそんな短い距離でも俺と離れるのが怖いらしく、決して手を離すことは無い。
「司令官の手って大きわよね」
「そりゃあ大人だからな」
自分の頬に擦り付ける様子を見て、犬と重ねる。前までの冷たい野良猫のような雰囲気はどこにも無い。稀に見せる冷たい一面がそれなのかもしれないが。
霞と繋いでいる方とは別の手で執務室の扉を開く。仕事のために俺は椅子に座る。霞は直ぐに机の上に置かれていた書類へと目を通す。
この辺の切り替えの早さは凄まじい。先程までの様子は一切感じられなかった。俺も霞を見習って仕事に励むことにしよう。
昼になり、休憩をしようと提案をしたときだった。
霞はおもむろに口を開き、こう言った。
「そう言えばあの日、曙と満潮姉さんを抱きしめてたわよね」
笑いながら問い詰める様はまさに浮気を疑う妻のソレと同じ。
顔だけは笑っているもののその目は全く笑ってなど無く、怒りも感じられない。
「……いや、あのときはああするしかなかったというか、勢いで、というか……」
誰が聞いても言い訳にしか聞こえない。俺でさえもそう思っているのだから。
なんとも情けない答えに霞は「ふーん」と言いながらも納得してくれたみたいだった。
このままでは空気が悪くなることを察し、俺は霞を連れて食堂に行くことにした。あのまま執務室にいてはいらぬ墓穴を掘りそうだったからだ。
食堂は艦娘達全員が入れるように新艦の子たちのために増設されたため、信じられないくらい広い。敷地面積とかどうなってるんだ、なんて俺が考えることではない。全ては妖精さんの言う通りなのだ。
食堂には昼時ともあって多くの艦娘達が集まっていた。子供たちは集まってみんな仲良く食べている。一部軽巡たちが保護者代わりに見守っているのは見ていて中々微笑ましい。まるで保育園だ。
「こんにちは、提督。今からお昼ですか?」
入口で立ち止まっていると背後から加賀が声をかけてきた。隣には赤城がおり、彼女らもちょうど今から昼食のようだ。
「まあな。仕事も一区切りついたし、サボ……息抜きにな」
サボり、と口走りそうになったものの、霞の鋭い睨みでなんとかそれは回避された。危うく俺がサボり魔であることが皆にバレるところだった。……今更だが。
「お二人共、今から昼食なら一緒に食べませんか?折角の機会ですし……ね?」
赤城がそう提案する。俺に、と言うよりは俺の横に立つ霞に対してだろう。赤城は何かと察しのいいやつだ。霞のちょっとした変化を見逃さなかったのだろう。
「いいのか?」
「お互い様ですよ」
ウィンクした赤城に一瞬ドキッとしていると、霞は思いっきり俺の足を踵で踏んずけた。
「そう言えば提督」
「なんだ?」
俺が毎日頼んでいる間宮特製日替わりランチを楽しんでいるときだった。特盛のカレーライスを頼んだ赤城が唐突に話を切り出した。
横では猫舌の霞がラーメンをふーふーしながら食べていた。心の中は可愛いで満たされていた。
「聞いてます?……話、進めますね。カウンセリング、した方がいいと思いますよ」
「どうした急に?」
「いや……ですね。最近、不安を感じてたり、不安定だったりする子が多いんですよ。ぶっちゃけ言いますけど提督が帰ってくるのが遅かったせいなんですけどね。それで、このままだと任務にも支障をきたす恐れがありまして……」
赤城の言いたいことはわかった。
どうやら現在、鎮守府内では夜眠れなかったり、昼間でもぼーっとしてたり、部屋に引きこもってたり、と艦娘達に問題が起きているそうだ。
なるほどな、工廠で見た睡眠薬はそういうことだったのだ。てっきり料理とかに混ぜて大事件……なんてのを想像してた俺からしてみればまだ正しい用途で使ってくれている分いい方だった。……が、放置してもいい問題でもないだろう。早急に手を打たねばならない。
赤城が情報をくれて助かった。このままでは鎮守府が崩壊してしまうかもしれない。
「カウンセリングを業務に組み込むのはいいかもしれないな……」
まあ、面倒な書類仕事をしたくないっていうのもあるけど。
「仕事したくないだけでしょ」
そんなことはバレバレだったようだ。
食事を食べ終え、俺たちは各々持ち場に帰ることにした。
赤城はよく喋っていたが、加賀はあまり――というか全く――話さなかった。のだが……
「提督、あなたに忠告を…………身近な人ほど気をつけて。特に、正常に見える人は、ね」
そんな言葉を残し、加賀は去っていった。最後に見せた加賀の表情は笑っているように見えた。あんな表情の加賀は初めて見るような気がした。