桃井さつき(別人)
白磁のように透き通った肌はきめ細かく、小ぶりな鼻と桜色の唇、まん丸な瞳が完璧なバランスで配置されている。将来の美貌を約束された顔立ちだけでも見覚えがあった。何より瞳と同色の鮮やかな桃色の髪。知っている。私は知っているぞ。
「嘘でしょ……」
やや舌ったらずな声が口からこぼれた。鏡に映る可憐な幼女がきょとんとこちらを見ている。内心の愕然が出てこないあたり、表情筋が仕事放棄してやがるな。動けーと頬っぺたをぐにぐにする。すごくむにむにしてた。
まてまて、一回落ち着こう。私の名前は桃井さつき。幼馴染がいるごく普通の小学二年生! 髪色が目立つけどなんでか周囲に溶け込んでいるのが不思議で仕方がないかな!
「はあああああぁぁぁ!!?」
知ってるもなにも某バスケ漫画の女子マネージャーじゃん! 磨き抜かれた観察眼と情報収集能力、女の勘を駆使して選手をサポートしてたボンキュッボンじゃん! つーかマジで顔かわいいな!?
おおお落ち着け。慌てるな。今世の記憶は? ……ある。さっき確認したばっかだし。前世の記憶は? あるんですよねぇこれが。明瞭ではないけれど、精神年齢がぐんと跳ね上がるぐらいにはありますねぇ。だから桃井さつきだってわかったんだし。
出かける前にチェックしようと鏡を見た途端、ブワワッと記憶が流れ込んできたというか……。ええ、きっかけなんてわかりませんよ。わかったら苦労しないよ。
よし、家にこもろう。出かける元気失くしたし。玄関に置かれた姿見から視線を外し、リビングに戻ろうとした時にインターホンが鳴った。……まさか。
玄関のドアに嵌め込まれたすりガラス越しに、小さな人影がぴょんぴょんしているのが見える。たぶんインターホンに届かなかったからジャンプしたんだろう。頭部が二つあるような不思議な人影は、私が出ない限りずっとああしていると経験則からわかっていたので、早いとこ諦めてドアを開ける。
「バレーするぞ!」
「………はぁ」
きらんと闇色に輝いたサラサラな髪。ツリ目気味の目と突き出た唇は相変わらず仕事をしていやがる。お疲れ様でーす。
私の幼馴染である影山飛雄がバレーボールを頭に乗せて立っていた。
「おまえ、きょうはおとなしいな」
ひらがなだけでくちにされたことばをきいてわたしはかおをあげる。だめ、わかりにくい。今更小二の真似できないから普通にいこう。
「いつもはいっしょにボールであそぶのに」
「今日はなんか疲れてるの。考え事したいから一人でやっててもらえる?」
しまった、いつもの調子と全然違う。だが飛雄ちゃんは首を傾げたあとにわかったと言って、ボールを上げては打つ練習を始めた。
といっても滅多に当たらないし、手のひらが当たったとしてもペチッなんて効果音がつくぐらい弱々しいだけ。まぁ一人にしてもらいたいし丁度いいかな。
そう、私の幼馴染なんだよ飛雄ちゃん。某ガングロじゃないからこの世界何状態でお手上げ。飛雄ちゃんとは家が隣、幼稚園小学校ともに同じ。両親も親しいときて私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
この幼馴染とは進級して小学二年生になっても同じクラスで、最近バレーボールにどハマり中である。
記憶が戻るまでは私もやりたいと言って、二人でボールを追いかけっこしてたっけなぁ……。今は興味なくして傍観中だけどね。
さて、桃井さつきの幼馴染が影山飛雄な時点で原作が一体何なのかわからない。つーかバレーって! バスケじゃないんかい! 飛雄ちゃんも普通の少年のようだし、『桃井さつきが存在する普通の世界』ということでファイナルアンサーか?
……まあどっちでもいっか。私は私が生きているってだけで十分。幸運(?)にも二度目の人生を手に入れたと解釈するしかない。問題は……
「いたっ」
顔面でボールを受けた飛雄ちゃんは鼻頭を抑えて俯いた。よほど痛かったのかなと思っていると、フラフラと頼りない足取りで日陰に座る私のもとへ。
「はなぢでた」
「うわっ、とりあえず座って座って」
ティッシュを握らせて鼻血を止める。だいぶ止まったところで鼻にティッシュ詰めた。こんなもんでしょ。よく知らんけど。
「よくティッシュもってたな」
「エチケットでしょ。飛雄ちゃんも持つべきだよ」
「えちけっと」
「ハンカチとか手を拭くときに使うよね? もし濡れた手でアレコレ触ったら他の人に迷惑だから。そういうこと」
「……?」
よくわからないという顔をした飛雄ちゃんに、とりあえずハンカチとティッシュ常備しといてと言った。
鼻血が止まった途端に駆け出そうとするバカを制止して、バレーボールを拾った。ずっしりした重みがあって、こりゃ打つ……なんだっけ、スパイク? にも一苦労だろう。いくら小学生用といっても小柄な子どもには大きい。
「よっと」
ふんぬっとボールを天に放り、いい高さまで落ちてきたところで打つ。いい音が響いて飛んでった。手ェ痛い……思いっきり打ったから腕も痛い……。
慣れないことはするもんじゃない。転がったボールを拾い上げて飛雄ちゃんのところに戻ると、目をかっ開いて私を凝視していてびっくりする。
「な、なに……」
「すげえ!」
「は?」
「すげえ! バチンッてなった! ボールびゅーんってとんだ! すげえ」
おお、すごい回数のすごいを言ってすごいと思ったまる。ともかく爛々と目を輝かせて見てくるから、若干引いた私はなんとか理解しようと試みた。
「おれあんなふうにボールとばねぇ! どうやったらああなるんだよ!」
「いや、普通にボール見て普通に打っただけだけど……」
「ふつうってどうやるんだ!?」
ええと、つまりはバレーを教えてほしいということだろうか。いやいや、普通だし。いずれ君も打てるようになるから。
「うーん、ちゃんとボールを見ることから始めたら? さっきもちゃんと見てなくてボールを受け損ねたんでしょ。だから……」
もう一度、今度はゆっくり意識してスパイクを打つ。ボールを上げて、ちゃんと待って、手に当てる。それだけだ。
「ほら、やってみて」
「おう!」
飛雄ちゃんは唇を引き結んでボールをオデコにくっつける。まるで祈っているようだと思っているうちに、バチンッという音とともにボールがてんてんと転がっていった。
「お、できたじゃん。おめでと」
「………!!」
赤くなった手のひらを見つめて感動に身を震わせた飛雄ちゃんは、はっとしたように私に体を向けた。
「てがあたった!」
「うん」
「とんでった!」
「そうだね」
「すげえ!!」
「すごかったよ!」
最後はやけっぱちになって叫ぶと、拳を握った飛雄ちゃんは上気した頰に口角を上げて、にかっと笑った。
「おれにバレーボールをおしえてくれ!」
「いやだけど」
「なんだと!?」
「教えてもらいたいんならクラブチーム入ればいいじゃん」
「クラブチームにはいつかはいる!」
「私別にバレー上手くないし。やり方がわかるだけだよ」
「おれにやりかたわかんねぇ!」
「おバカ!」
「んだとボケ!」
ぐぬぬ、と睨み合いに発展する。が、数秒して折れた。だって大人気ないし情けないし。にしても飛雄ちゃん眉間のシワすごいな! 小二でこれって、将来が恐ろしい……。
「わかったわかった、教えるよ……」
「ほんとか!」
「でも、クラブチームに入るまでだから。本職に敵わないもん」
びしっと指差して宣言すると、飛雄ちゃんは不服そうな顔をするも頷いた。
かくして、私と飛雄ちゃんの特訓の日々が始まったのである。
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