桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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北さんの実家は小説版も参考にしています。


規格外の問題児

「すみません、お風呂いただきました、ありがとうございました」

「お湯の加減どうやった?」

「ポカポカでした」

「ポカポカやんな」

 

 嘘である。アチアチだった。洗面器ですくうと熱湯が指にかかって悲鳴を上げそうになったし、最初は火傷になるかと思うくらい熱かったが、ものすごく我慢して湯船に浸かった。

 冷水を追加して温度を下げる案も考えたが、せっかくおばあちゃんが自分の為にわざわざお湯を張ってくれたから、その親切心を無下にしたくなくて、とても頑張った。

 おかげで顔を真っ赤にして、ビーズカーテンをジャラジャラさせて茶の間に入ってきた桃井に、おばあちゃんはニコニコしている。どうやら北家では通常の温度らしい。桃井は信じられなかった。

 

「今度の服は合っとるよ」

「すみません、借りた上に替えてもらっちゃって……」

 

 今桃井が着ているのは、ゆるっとしたTシャツとゆるっとしたズボンである。部活の時に着るようなラフな格好だ。襟周りや肩周りはかなりルーズだが、先ほどと比べると圧倒的にゆるく着れて楽だった。

 実はこれ、おばあちゃんに持ってきてもらった着替えを一度変更した結果である。

 おばあちゃんが最初に持ってきたのはレディースのTシャツだった。クマさんが胸元にプリントされてる可愛いデザイン。これ北先輩のお姉さんが着ていたものかな……と思いながら桃井は袖を通し、ウッと息苦しさに眩暈がした。

 胸部が圧迫されて死ぬかと思ったのである。というかクマさんが引っ張られて悲惨な死を遂げていた。胸のサイズが絶望的に合わない。窮屈さを我慢すれば何とか着れそうだが……。

 

『さつきちゃん、どう?』

『……あの、申し訳ないのですが、もう少し大きなサイズって貸していただけますか……?』

『ほんなら、持ってくるわぁ』

 

 ということで今の服を貸してもらった。圧迫感がなくなってすっきり。ちなみにこれは北の私服だが、桃井はまだ知らなかった。メンズチックだなとぼんやり思うだけである。

 

「制服も洗ってもらっちゃって……本当にすみません」

「もぉ、さつきちゃん。さっきから謝ってばかりやわ。そのくらいええねん」

 

 割烹着姿のおばあちゃんが、桃井をちゃぶ台まで案内する。畳の上を歩く感触は彼女には新鮮だった。

 ずっと知らない人の家の匂いではなく、おばあちゃん家の匂いがしていた。

 茶の間と台所を繋ぐ仕切りは障子で、その上に臙脂色の暖簾がかかっている。柱の下の方を見ると、身長を測る小さな擦り切れ傷や落書きの痕跡が集まっていて微笑ましい。桃井の目線近くになると、カレンダーや名言集が画鋲で留められていた。

 さらに上に視線をやると、いくつかの賞状を額縁に納めて飾ってある。照明も、壁に設置されたスイッチをカチッと押すタイプではなく、照明に吊り下がった紐を引っ張るタイプだった。

 ザ・日本家屋という感じである。

 

「これ、おざぶ当てて」

「は、はい」

「お茶入れてくるわ」

「あ、手伝います」

「ええねん、ええねん」

「いえいえ、これ以上何かしていただくのは申し訳ないです」

「ホンマにええねん。あ、そうやわ。鞄の中身見た? 靴は制服と一緒に乾かしとるんやけど」

「……あっ、あ! いけない、資料が……! 確認します」

 

 お邪魔した時は、借りてきた猫のように桃井は大人しかった。しかしおばあちゃんの親しげな感じと、もうお風呂まで借りちゃったから何も怖くないという気持ちが、彼女をある程度普段通りにした。

 だからおばあちゃんに「お風呂どうぞ」と言われればお風呂に入ったし、「これ着替えな。なんかあったら遠慮せんで何でも言うてね」と言われれば、替えを求めることができたのだ。

 

「わっ……」

 

 廊下を早歩きするとギシギシ鳴るので、ハッとして桃井は慎重に歩く。

 大体が襖で閉じられている中、襖が開いて中の様子が見える部屋もあった。そこには床の間があって、掛け軸と生花が飾られている。思わず「おお……」と言ってしまうほど荘厳な雰囲気だった。

 こういう家に行くことはほとんどない。だから桃井は胸をドキドキさせて、ずぶ濡れの鞄を渡された布巾で拭いて、中身を確認し……目を閉じた。

 

「ビショビショに濡れてる……」

 

 試験勉強に必要だった教科書やプリント類は、内側に入れていたからなんとか無事だった。表紙を拭けばそれで済む感じ。

 しかし鞄の外側に入れていた、部室のロッカーから回収した資料が悲惨だった。

 誰かに提出するものはない。自分用がほとんどだ。部員の迷惑になるような内容ではなく、それだけが不幸中の幸いだった。

 とにかく乾かさなければ。

 

「縁側に干そか。手拭持ってくるわ」

 

 おばあちゃんは桃井を縁側に連れて行き、資料を干すのを手伝ってくれた。

 雨の勢いはだんだん弱まっているようで、縁側は雨戸で少し閉めただけだった。残りはガラス戸でぴっちり閉じられていて、風に揺れてカタカタ鳴いている。

 そこから、生垣にぐるりと囲まれた広い庭が見えた。庭にはたくさんの植物と、一つの池があった。誰かの趣味なのか、鉢やプランター、盆栽まで設置されている。

 

「鯉が泳いどるん」

「えっ、そうなんですか」

「立派な錦鯉が、二匹」

「へぇ……見てみたいです」

「よぉ晴れとる日に、またおいで」

 

 二人は背中を丸めて作業をした。桃井は最初「自分でやります」とおばあちゃんの手伝いを断ったが、押し切られてしまった。お茶の用意といい、譲らない部分がしっかりある人だった。

 

「うちは畑と田んぼを持っとるから。ちょうどこの間、田植えをしたんよ」

「もしかして、お家に着くまでにあった田んぼって」

「うちん家の。別のところに畑があんねん」

 

 しまった、全然見てなかった。おばあちゃんを雨から庇うので精一杯だったので、桃井は周りを見る余裕はなかった。

 もったいないことをしたなと思う。帰りに雨が止んでいたら、ちゃんと見ておきたい。

 

「あのね、おばあちゃん。私、実は男子バレー部のマネージャーなの」

「! あら、あらまぁ。そうなんや」

「だから北先輩にはものすごくお世話になってるし、おばあちゃんが北先輩の祖母だって気がついたから、お風呂借りたの……」

「そうやったんや」

「さっきは言いそびれてごめんなさい」

「ええねん、気にせんといて」

 

 穏やかな時間だった。だから桃井は自然と素性を話して、謝ることができた。やはりおばあちゃんは、ニコニコして桃井の後ろめたさを包み込んでくれる。

 二人の手元には濡れた資料がずらりと並んでいる。縁側に一枚一枚を干す作業は神経を使うが、のんびり話をするおかげで苦痛ではない。

 

「北先輩、すごいですよ。後輩の私が言うのは失礼かもしれませんが……」

「失礼やないよ、聞きたいわ」

「うちのチーム、魑魅魍魎というか……とにかくクセの強い人たちばかりだから。彼らをまとめ上げるカシラは、北先輩しかいないです」

「そうなん。確か、前にウチに来とった男の子の名前は何やったかな、外国人みたいなカッコイイお名前で」

「尾白アラン先輩ですか?」

「そお、そおや。背が高うて、おばあちゃんビックリしたわ」

 

 そんなことをつらつら話していれば、作業は終わった。桃井は最後の一枚を干して、グッと体を伸ばす。ずっと蹲るような体勢が苦しかった。

 一人じゃこんなに早く終わらなかった。お礼を言おうとおばあちゃんに体を向ける。

 

「おばあちゃん、手伝ってくれてありがとう」

「はぁい。どういたしまして」

 

 おばあちゃんは疲れを感じさせない動作でよっこらせと立ち、桃井に近づいた。

 さっきからおばあちゃんの中の桃井の好感度が、とんでもないことになっていた。

 雨から庇ってくれたこと、孫と同じ部活で頑張っていること、孫を褒めてくれたこと……それらに加えて、礼儀正しく適度に砕けた態度で、自分の話を真剣に聞いてくれる、かわいらしい少女。

 そんな子にしてあげられることは、まだまだある。やるぞと決めた時のおばあちゃんの体力は無尽蔵なのだ。

 

「お腹空いてへん? 最近な、旬のものをな、収穫したばっかりなんよ」

「へっ」

 

 ここから、おばあちゃんの本当のもてなしが始まったのである。

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえり信ちゃん」

 

 試験勉強を終えた北は、帰宅した途端いつになく上機嫌な祖母に驚いた。

 

「雨で濡れんかった?」

「いや。急に降ったらしいから、止むまで図書室おってん」

「それでええわ。あんな、今な、お客さん来てはるの」

「お客さん」

「信ちゃんびっくりすると思うで」

「俺が?」

「うん」

 

 おばあちゃんが「静かにな」と音を立てずに……といっても普段から足音ひとつ立たない人ではあるのだけど、ともかく静かに茶の間に向かうので、北も「何やろ」と不思議に思って後に続いた。

 そして、今日双子とケンカして部室を飛び出したという後輩が、自分の家で無防備に寝っ転がっている光景に、思わず鞄を手から滑り落とした。

 

「あらまぁ、お腹出して。さつきちゃん風邪引いてまうわ」

 

 桃井はちょっとだけポッコリしたお腹を出して仰向けになり、大の字で畳の上で爆睡していた。スヤスヤ健やかな寝顔である。ちゃぶ台の下に足を伸ばして、食事を終えてそのまま横になったような位置だった。

 

「おいしいおいしい言うてね。食べてくれはったん、お米と漬物」

 

 おばあちゃんは爆睡する桃井のお腹に薄い毛布をかけた。

 さてどういうことかと言えば、桃井はおばあちゃんのもてなしにやられてしまったのだ。

 「お腹空いてへん?」と聞かれ、桃井は正直に「空いてます」と答えた。そして次々に持ってこられるおばあちゃん特製ごはんに舌鼓を打ち、満腹になって寝てしまったのである。

 

「アランくんみたいやねぇ」

 

 これは初めてのことではない。前に北が尾白を連れて帰宅すると、同じようにおばあちゃんがもてなしてくれたのだ。尾白は体格に見合った大食いだが、それでもおばあちゃんには敵わなかった。

 食べ盛りとみなした相手への妥協のなさは、目を見張るものがあった。

 そしてやられた人間は揃って大の字になって眠ってしまうのである。満腹になった幸福感、うたた寝するにはちょうど良い温度、畳の上の独特な匂い、テレビから流れてくる安っぽいMC、「好きなだけ寝たらええ」と言うおばあちゃんの声を聞いたら最後、こてんと赤子のように眠りに落ちる。

 昔は北もそうだったし、最近は尾白も寝ていた。みんな一緒なのである。

 

「ほんで、散歩中に偶然会った桃井に傘に入れてもらった、と」

 

 手を洗い着替えを済ませた北は、何故桃井が家にいるかを教えてもらった。

 恐らく部室を飛び出した後にバスに乗って、理由はわからないがここまで来てしまったのだろう。そして祖母と出会い、助けた。その時に濡れてしまったから、お風呂を借りて、ご飯まで食べて……。

 

「危機感ないんか?」

 

 北は桃井の危機感のなさに呆れる。知らない人の家に上がるなんて、何を考えているのだろう。

 いや、もしかしたら北の祖母の顔を知っていたのかもしれない。だからって、ご飯を食べてグウスカ寝るなんてバカのすることだ。

 服だって貸してもらってるし。今桃井が着ているTシャツは北のものだし。

 起きたら説教やな、と北は桃井の近くに胡座をかいて座った。

 

「さつきちゃん、遠いとこから一人でこっち来たんやろ?」

「そう聞いとる」

「寂しいって言ってたから、ちゃんと信ちゃんが見てやらなアカンよ」

「、本人が言ったんか」

「あとな、信ちゃんのこと、よぉ褒めとったわ」

 

 おばあちゃんはちゃぶ台を布巾で拭いて、台所に戻っていった。晩御飯の支度をしてくれるのだ。

 北は驚いて、桃井の寝顔を見ている。合宿中は悪い気がしたから見ないようにしたが、ここまで彼女が無防備ではそんな気遣いは不要に思えた。

 

 桃井は薄く口を開けて、ちょっとした物音では起きないくらい深い眠りについている。バレーを見ている時の、きらりと光る鮮やかな瞳は今は閉じられていて、びっしり生えた長いまつ毛が代わりに少しだけ震えた。

 上半身が呼吸に合わせてなだらかに上下する。無造作に白い脚は投げ出されていて、北は姉のことを思い出した。

 姉も家に帰ってきた時、「昼寝するわ。物音立てたら殺す」と言ってこんな感じになるのである。

 姉がいるから、年頃の女性のこういう姿に北は免疫があった。あったけど、それが身内と後輩とではまるきり違って見えるのだな、と北は目線を逸らす。

 

「……桃井の資料」

 

 縁側には、濡れてしまった資料が綺麗に並べて干されていた。指先で触れてみると乾いた感触で、これなら片付けてええかと一枚一枚を几帳面に集めていく。

 

「………、」

 

 北はその内容を知らなかった。いや、正確には機械的に完成されたものしか知らず、桃井の個人的な意見がどっかりのったものは、見たことがなかったのである。

 それは手描きの、部員たちの成長のパラメーターだった。スピード、パワー、バネ、スタミナ、頭脳、テクニックが五段階で評価されている。あとは所属クラスとか、身長体重とか、誕生日や好物、最近の悩みまで記録されている。多分桃井との面談で話した内容からピックアップしたんだろうなと思う。

 それと目を引くのは、びっしりぎっちり書かれたプレーへの称賛と分析。

 桃井が言葉で伝えてくれるもの以上の、素直な感想だった。

 

「……これはつまり、叩き台か」

 

 そこに客観的なデータは存在しなかった。彼女が扱うソフトでそういった情報は出すのだろう。

 だから手書きの書類には、桃井の直感的な意見だけが散りばめられている。それをもとにブラッシュアップして、ようやく部員たちの手に渡されるという流れだ。

 

 その資料は、一度書いた走り書きを二重線で消して上書きしたり、誤字を消しゴムで消さずにごちゃごちゃ塗りつぶして、違うことを書いていたりする。

 一体どんな向きで、どんな状態で書いたのか。文字の大きさは書き込みごとに違ったり、突然パーセンテージが書かれていたり、ペンの種類も色もまばらだった。

 一日で仕上げたのではなく、暇がある時に走り書きした集合体みたいだ。パッと見たら落書きのようでもある。

 けれど、一人に対してこの量なら、部員全体でどれほどだろう。縁側に並べた数では到底足りないはずだ。

 

「ッ、」

 

 北は、気づいたら背中に冷たい汗をかいていた。

 縁側の端っこには、資料を乾かすために出された扇風機がカラカラ回っている。

 そのぬるい風が頬を撫でて、北は煩わしそうに手の甲で拭った。

 

『桃井の分析を当たり前と思わないことだ』

 

 今この瞬間、北はGW合宿最後に牛島が残した言葉の真意を理解した。

 彼女は途方もない時間をかけて分析をしていて、無理をしているのではないかと、漠然とした気持ちではなく、きちんと心配になったのである。

 

 北は、稲荷崎の部員たちは、桃井のデータが一から十までどうやって作成されているかを知らない。

 気がついたら出来上がっていて、「ココこうして欲しいわ」と修正をお願いしたら「わかりました! 他には何かありませんか?」と聞かれ、次の日には完璧なものを渡される。それが常だった。

 桃井にスカウティングを叩き込まれているマネージャーの部員たちならわかるかもしれないが、彼らが何かをこぼす場面に、北はいなかった。

 

 だから、ぼんやりと仕事がめちゃくちゃ速いなぁと思って終わりだった。完成された資料ばかり見てきたから、その裏に隠された血の滲むような努力があるなんて、まるで考えなかった。

 最初から100点のものをずっと出されてきたから、それが彼女の初期値だと思ってしまっていた。

 故に、桃井さつきを最初から天才であると無意識のうちに認識していた。

 

『お前は今回の試合に向けて100点満点のものを出してきよった。今のアイツらに寸分違わずフィットする作戦をな。けど、ただ求められるまま正解を出したって、自分の能力を100%発揮するだけで終わったらアカンねん』

 

 桃井は稲荷崎に来た当初、完璧な対策と資料を提示した。しかしそれでは足りないと監督は言った。それに彼女は何と答えたか……そう、とても嬉しそうに、レベルを上げるとまくし立てた。あれが素の桃井を初めて知った時だった。

 それから、部員たちへの指示は無茶なものも増えた。それでも資料の完璧さと正確さは失われなかった。

 しかし、いきなりレベルを上げるとなった時、桃井は「となると時間がかかってしまい提出が遅れてしまうのですが、一週間程時間、を……」と言っていた。

 どうやっても家での作業に時間はかかるのだ。普通に考えたらわかることに、北はようやく気づいた。

 

「そうや、合宿ん時……」

 

 思えば、桃井はGW合宿中、ずっと稼働していた。彼女の姿を見かける時は、必ず仕事中か、次の仕事に向けて早足で移動しているかの二択だった。

 あとはたまに休憩目的で北の隣まで来て、PCをカタカタ操作しているくらい。単純作業は疲れないとか、そんなことを言っていた気がする。だから帰りのバスの中の寝落ちが珍しかったのだ。

 日頃の部活動でもそうだ。じゃあ部活を切り離した学校生活の中ではどうかと言えば、やはり、桃井はバレー部のために常に作業をしていた記憶がある。

 昼休みは大体自分の教室にいなくて、忙しい時は授業の合間の休み時間を返上して、部のために駆けずり回ってくれていた。

 

「なんで気づかなかったんやろ……」

 

 桃井は最初からそんな感じだったので、誰も何も気づかなかった。桃井は全ての時間を捧げて、バレー部を支えてくれている。

 改めてその事実に気づいて、指先が冷たくなる。危うく集めた資料にシワをつけるところだった。

 しかし、これは北や稲荷崎の面々が悪いのではない。桃井が気づかれないように振る舞っていたせいなので、気に病む必要のないことだった。

 合宿中に侑が「疲れへんの?」と聞いた時、

 

『まさか。やりたくてやらせて頂いているんです。挑戦の機会を与えてくださる監督たちに感謝しています』

 

 と桃井は疲れを知らない顔で言った。その発言で勝手に安心したのはこちらだ。

 これは、手強い、本当に手強い問題児だなと思う。

 双子とかは、放っておいたら五分で問題を起こすから、注意しようと意識が働く。けど彼女がここまで問題児だなんて、思いもしなかった。てっきり問題児を諌める優等生だとばかり……。

 桃井ってバレーボールに熱中し過ぎていつか死んでしまうんじゃないかと、北は大真面目に思った。

 ごく稀に侑にだけに思う感情を、北は桃井に抱いた。

 

「ん、」

「! ……っ、」

 

 突然、桃井が寝返りを打ったので、北は心臓が飛び出るくらい驚いた。北が半端に立ち上がった姿勢で見れば、こちらの心情なんかお構いなしに後輩は呑気に寝ている。

 一応先輩の家なのに、爆睡をかましていてめちゃくちゃ図太かった。あと既にめちゃくちゃご飯食べてるし。お風呂まで入ってるし。

 精神が丈夫にできているのかもしれない、と北は少しだけ安心した。

 

 集めきった資料をちゃぶ台でトントンしてまとめてから、文鎮で風に飛ばされないように重しにする。

 台所で祖母が食材を切る音がして、横からお腹を出して寝る少女の寝息も聞こえてくる。変な感じだった。普段の景色に混じる異変。けれど嫌ではない。

 

『誰かが見とるよ、信ちゃん。神さんはそこらじゅうに居るからな』

 

 祖母がいつもそう言っていた。北は、見られていても、見られていなくても、どっちでもいいと思っている。

 反復・継続・丁寧は心地がいいからやるのだ。打算とか抜きに"やるから"やるのみである。そこに他人の視線は関係ない。北はまっすぐに、そう思っている。

 

 桃井は部活中、体力の限界まで練習に励む部員たちをよく褒めている。自主練で身につけた成果とかも、見抜いて絶対に言及する。必ずだ。

 じゃあ、桃井の命を削るような努力は、誰が見てくれるのだろう。

 見られなくていいものだと、安易に切り捨ててしまっていいものだろうか。

 

「ちゃうな。俺が、見とくべきや」

 

 俺やったらいいな、と思って、北は桃井の頭をなぞるように撫でた。

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