桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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いつも誤字修正ありがとうございます。本当に助かってます。


神様

「本っっっ当に……ありがとうございました!!」

 

 広い玄関土間の真ん中で、桃井は勢いよく頭を下げる。その拍子にビュンッと風を切る音がした。凄まじい速度だったのだ。

 

「お風呂に服に資料にご飯に……色々と、大変お世話になりました」

「ええねん。わたしも嬉しかったわぁ」

「ばあちゃん、桃井をバス停まで送ってくるから」

 

 今の桃井は、自分が爆睡している間におばあちゃんが乾かしてくれた制服に着替えている。すっかり見慣れた姿の後輩が自宅の玄関にいるので、北は変な気持ちになって、ごまかすように屈んでサンダルを履いた。

 

「あの。今度またお邪魔してもいいですか? お土産を……お詫びの品をお持ちします」

「そんなんいらんわぁ。お腹空かせて手ぶらでおいでな、またおいしいモン食べさしたるから」

「いえいえそんな! ご飯をまたご用意していただくには……!」

「ええよ、桃井。また来るとええ。ばあちゃんも喜ぶわ」

 

 言いながら、立ち上がった北は桃井に手を差し伸べる。桃井は「?」という顔をした。

 

「なんですか?」

「鞄。持ったるわ」

「い、いえ! 自分の鞄ですから!」

「俺手ぶらやし」

「自分で持ちます! 持たせてくださいッ」

 

 桃井は必死の形相で鞄を抱えた。何がなんでも離さないという強い意志を感じる。

 先輩に鞄を持たせて自分は手ぶらだなんて、そんな状況は許されないという心境だった。

 

「信ちゃん」

 

 しかし、祖母を助けてくれた少女の荷物を持つ為である、というおばあちゃんの目を気にしてのことだと桃井は気づいて、恐る恐る鞄を預ける。

 とはいえ北にそんなつもりはなくて、ただ後輩だけが荷物を持って自分だけ手ぶらで歩くのが居心地悪いと感じただけだった。

 あと女の子が相手だし。そのくらいの気遣いはできる男だった。

 

「お、お願いします」

「うん。ほな、いってくるわ」

「おばあちゃん、またね」

「はい。気をつけていってらっしゃい」

 

 そして二人はおばあちゃんに見送られて、家を出た。

 ちなみに先んじて「飴ちゃんあげる」と言われたので、桃井のポケットはおばあちゃんの飴玉でパンパンだった。

 雨上がりの独特の匂いが漂う道を並んで歩く。もうすっかり夕暮れで、雨に濡れた稲の苗がキラキラと橙色に煌めいていた。

 おばあちゃんに教えてもらったので、今度は見逃さないようにと、桃井は田んぼをずっと見ていた。今は五月だから、夏になれば一面緑色になって、秋を迎えれば黄金色に染まるのだろう。とても壮観だろうな、とイメージを描く。

 地元でもそういう景色を見ていたから、親近感が湧いた。

 

「桃井」

「はい」

 

 あ、来る。桃井はグッと全身に力を込めた。

 

「知らん人についてったらアカンやろ」

 

 北の正論パンチが始まったのだ。内容は小さい子どもに対する教えだが、相手は16歳の高校生である。しかもついていった人物は北の祖母で、辿り着いたのは北の実家である。

 何がどうしてそうなったのか、北にはまるでわからなかった。だが必要なことだと丁寧に叱った。

 

「なんで知らん家に上がってんねん。相手が変な人やったら、桃井は今頃この世におらんで。いくらなんでも軽率過ぎるわ」

「はい……すみません」

「女の子なんやから余計気ィつけな」

 

 北の言うことが100%正しいので、桃井も反省して謝った。

 いくら先輩の実家とわかっていても、油断していたのは事実で、本来ならば充分に気をつけなければならないシーンだった。

 

「あと先輩の家やって知ってても、本人がおらん間に上がんなや。ばあちゃんがどれだけ優しくても関係ないわ。風呂も着替えも飯もって……図々しいやろ。何やっとんねん」

 

 そして先輩と後輩の線引きをした。桃井は後輩ながら先輩を指導する立場にあるので難しい部分ではあったが、今の桃井は"バレー部のアナリスト"ではなく"部活の後輩"である。ならばきちんと正さなければ。

 しかし、双子と喧嘩をして傷ついた桃井が、どれだけ何かに縋りたかったことか……優しくされて心を許してしまったか、想像に容易い。

 だからこそ、弱みに漬け込まれて事件が起きないように、厳しい声で言った。

 

「次はないからな」

「はい」

「来るなら俺も居る時にしてな。知らん内にばあちゃんに俺の昔話をされたら敵わん」

「あ、ふふ、はい」

「されたんか……。もうええわ。ばあちゃんを助けてくれて、ありがとう」

「ふふ、はい」

 

 しかし同じくらい、祖母を助けてくれて楽しませてくれたことに、北は感謝していた。最後に小さく笑って、説教をしまいにする。

 北はどうして桃井がこの辺りを彷徨いていたかを聞かなかった。桃井にはそれがありがたかった。理由なんてほとんどないから、説明しようがないし。

 また桃井は、北と大耳が双子を叱ったことも知らない。だから北がその件についてまるで触れなかったのは、当然だと思っている。

 

「…………」

 

 鋭い横顔を夕陽に染めて、北は静かに考えている。

 

「俺は、桃井に謝ることがある」

「……どうしてですか? 私、北先輩に何もされてません」

 

 北の言葉は常に正しく無駄がない。だから今の説教も、今までの討論も、桃井は利のあるものとして受け入れている。それの何が問題なのだ、と桃井は不思議そうにしていた。

 しかし北にとっては、それが問題なのだ。北は桃井に何もしていない。

 あれだけ桃井に全身全霊で支えられて、彼女の努力をきちんと見ることもできなかった。

 

「ずっと尊敬する先輩です。おばあちゃんにも色々話してしまいました」

「ん? ン……そうやな」

「あ……聞いたんですね。ちょっと恥ずかしいです」

 

 北は知らなかったフリはできなかった。桃井が寝ている間に、祖母から自分の話を山ほど聞かされたのだ。

 彼女は部活中も選手を褒めるから珍しいとは思わなかったけど……。

 少し沈黙してから、先に口を開いたのは桃井だった。

 

「私、早く北先輩に会いたかったんです」

「? ああ、今日のことか」

「いいえ。去年の夏休み明け……進学先を稲荷崎に決めて、チームについて調べていた時、すごく気になった選手でしたから」

「………」

 

 去年の秋、となると北が二年生だった頃だ。当然主将に選ばれていないし、ユニフォームはもらってない。試合出場経験なんてもってのほかだった。

 そんな何もない自分のどこが気になったというのだろう。

 

「学校も部活も、笛根九中時代から変わらず無遅刻無欠席。成績は常に上位で、練習で手を抜いたことは一度もない。行動は無駄がなく、部員への言葉は的確。プレーも丁寧で落ち着きがある。味方も相手もちゃんと見ているから、分析は正確で外れない。北先輩について調べた第一印象は、機械のような人、でした。……あ、怒らないでください」

「怒らんわ。そんで、続きは」

「……でも、機械のように回る北先輩の言動は、習慣によるものでした。毎日の体調管理、そうじに片付け、あいさつ、バレーボール……床磨きやボール磨きも、全部。心地がいいからちゃんとやる。北先輩を構築するのは、積み重ねた毎日の行動なんですね。だから……そう」

 

 北はちらっと横目で桃井を見た。彼女の瞳はまっすぐ前に向けられて、視線が交わることはない。光を目一杯湛えた飴玉が、夕陽に柔く溶ける。あ、と北が思った瞬間には、まばたきをして煌きを散らす。

 自覚することができないまま、北は彼女に見惚れていた。

 桃井が足を止める。北もつられて立ち止まった。白い美貌が橙色に照らされて、温かみを帯びる。長い髪が風にさらわれて、息を呑むほどに美しかった。

 

「なんだか、神様みたい、って思って」

 

 桃井には、北が浮世離れして見えた。どんな人だって休みたい時は休むし、疲れた時は疲れて動けなくなる。それが生き物で、人間だ。加えて相手は男子高校生。波があって当然と認識していた。

 しかし、北はメトロノームのような人間だった。常に規則正しく乱れない。清流の如き滑らかさ・一本筋の通った美しさ、それがずっと揺らがない。

 数多の選手を調べ尽くしてきた桃井ですら、初めて出会う未知のタイプ。

 この人が次の主将だろうな、と当時の桃井は考えた。この人に導かれたらどんなに心地がいいだろうかと思った。

 分析をしながら、一体どんな人なんだろうと想像した。早く会って話がしたいとワクワクした。

 桃井はまだ会ってもいない北の性質をとても好ましく思っていたし、自分に合うと感じていた。

 

「今思えば、高校で出会う前から、北先輩のこと、かなり好きだったなぁ」

 

 そう言って、桃井が恥ずかしそうに笑った。火照った頬は夕陽に紛れてしまっている。相手の顔が見れなくなって、「行きますよ」と桃井は歩みを進めた。

 北は、すぐにはついてこなかった。太鼓を打ち鳴らしたように心臓が跳ねて、地面に足がくっついてしまい中々動けなかった。耳がカッと熱くなり、思わず触ってしまいたくなるのを、懸命に我慢する。

 それでも抑えきれなかった囁きが、風に溶けた。

 

「………ずるいわ、ホンマ」

 

 つまり桃井は、北が彼女の存在を知る前から、北のことを見てくれていたのだ。彼の習慣を肯定し、愛おしみ、焦がれていたのである。

 誰かが見とるよ、どころではない。

 こんなに愛情深い声を、北は他に聞いたことがない。

 目の前がクラクラするくらい、劇薬に等しい発言だった。

 はやる鼓動にせがまれて、震える足を動かし桃井の隣に並ぶ。

 

「……すまん。桃井」

「え、……あ。ぁ、あの、告白じゃないです今の」

「ホンマ空気読めへんねんな」

「す、すみません……」

 

 ありえない速度でロマンチックな空気が霧散した。

 桃井は自分の「人として好き」発言を、北が「男として好き」告白と受け取って、フってきたと思ったので真面目に訂正した。勘違いされてたら困るな……と自分のことしか考えていない思考回路だった。人でなしの女である。

 しかし北は、桃井をフろうと思って謝ったのではない。ついでに言えば、こんなことを言う桃井が自分に恋愛感情を毛ほども抱いていないことに驚いた。

 北は勘違いをしなかったが、普通なら「自分に気がある……?」と思い込むパターンだ。一体何人が犠牲になってきたのだろう。恐ろしい女である。

 

「桃井を最初から優秀なんやと思い込んどった。けど……桃井も毎日積み重ねてきたんやな。正しくても正しくなくても、俺らやったら大事にするようなナニカを蔑ろにしても、やらずには居れんかったんやな」

「………」

「そうやって、ずぅっと突っ走って来よったんやな。こんな遠いところまで……」

 

 宮城で生まれ育った少女は、バレーボールに魅入られて、遠い兵庫まで一人でやって来た。寂しさを抱えて、けれどおくびにも出さずに、強く在ろうとした。

 それはとても尊いものに思えた。気高く、美しく、ひたむきな愛だと思った。

 だから北は、ある決意をする。彼女を守りたいと願ったから。

 

「せやから、これからは俺もちゃんと見る。桃井が頑張っとること、尽くしてくれとること。見えないからって、なかったことにはせん」

「北先輩……」

「無理してへんかも見るからな」

「それは人一倍気をつけてるので大丈夫です!」

 

 桃井はピシャッと背筋を伸ばして答えた。

 この人、私が睡眠時間大幅に削ったり徹夜とかしたの即座に気づきそうだな……と思いながら。分析パフォーマンスの低下にもすぐ勘づきそうだ。ますます気を引き締めねば。

 思い出すのは、約三年前。全国大会に向けて、桃井が初めて自分の能力を活かして分析や資料作りに励んでいた頃。

 

『桃ちゃんさぁ、選手には体調管理が基本ですとか言うのに、自分は放っておくんだね』

『お前がやってたことはチームにとって欠かせないものだっただろ。で、さつきスゲェ楽しそうだったからな。じゃあいいだろ』

 

 及川は、無理をしないようにと注意した。

 影山は、好きにすればいいと放置した。

 そして北は、ただ見ていると言った。本人の裁量に委ね、任せると。新たな信頼の形を示したのである。

 桃井にはこれが嬉しかった。喜びを全身に行き渡らせるように、大きく深呼吸をする。そして長く息を吐き切ると、思考を切り替えた。

 

「私も、ちゃんと向き合わないとですね」

「何に?」

「バレー部の皆さんに。気持ちを抑えなきゃって思って、ずっと彼らを欺いてきた……」

 

 欺いた、なんて大袈裟な言葉選びに、北は違和感を覚えた。

 桃井のそれは欺くなんて大層なものではないのだ。ちょっとした我慢をしているだけの、本当にかわいらしい背伸びでしかないのに。

 しかし桃井は侑に『この偽善ブタ』と吐き捨てられたので、深刻に捉えていた。ブタ呼ばわりされたのは人生初だったので、根に持っているようだ。

 

「最近の部の雰囲気は、それが原因でしょうから。私が原因なら、一刻も早く解決しないと」

「! ……」

 

 北はドキッとした。桃井の過去をむやみに詮索しないように、という指示をどうやって部全体に届かせるか考え中だったからだ。

 部活動で問題が起こった時、普段なら解決の為にこんなに悩まないし、正論パンチで収束するのが常である。

 しかし、ここに来て当の本人が動くと宣言したからには、北は主体とならずに援護に回るべきだと判断した。

 

「それに、どんな私でも皆さんは受け入れてくれると思います。見下したり、ナメる人もいない」

『私自身がナメられたら終わりなんです。見下す相手にどんな指示を出されたってどうだっていいでしょう? だからナメられないように、厳しくしようって……』

 

 春休みの、新生稲荷崎男子バレー部vsOBチームとの試合を終えてから、桃井はそう言っていた。

 それから桃井の認識は大きく変わって、何があろうと結ばれた信頼関係が揺らぐことはないと、断ずることができるようになったのだ。

 それが北を誇らしい気分にさせる。彼のチームメイトは、バレーボールに真剣な人間をナメたりしないのだ。

 

「そうやな。全部曝け出せばええ」

「はい!」

 

 元気良い返事を耳にして、北はあることに気づいた。

 桃井が彼らと向き合うということは、今まで自分や監督たちだけが知っていた、桃井の素が知れ渡るということだ。

 それはつまり、かわいい理由がバレるということで。

 桃井にとって部員の中ではただ一人、という特別な立場も無くなるということだ。

 

「………」

 

 このことに北は、自分が信じられないくらい焦りを感じていることに気づいた。しかし、どうして焦っているのか、まるでわからない。

 部員たちの誤解が解けて、チームワークはグッと深まる。桃井も息苦しい思いをせずに済む。素晴らしいことではないか、と。

 今までの人生で焦ったことがほとんどない北は、小さなパニックを起こした。桃井から見れば、北の表情は何一つ変化していなかったが、彼の心の中は大きく波立っていた。

 

「桃井、」

「? はい」

「さつき、って呼んでええか」

 

 だから、気づけばそんなことを言っている自分にも、北はとんでもなく焦った。

 桃井は、まさかそんな提案をされるとは考えてもいなかった。思考する時間を挟むように、ゆっくり何度もまばたきをして、ニッと悪戯っぽく笑う。年相応の、素の顔だった。

 

「じゃあ、私も信ちゃん先輩って呼んでもいいですか?」

「!」

「おばあちゃんがそう呼んでるの、かわいいなって」

「………」

「冗談ですよ。私のゴロ寝を見たお返しです」

「……さつきは気づいてへんかったけど、さっきまで着とったTシャツ、俺のやからな」

「え!!」

 

 北に見事にやり返されて、桃井はめちゃくちゃ動揺した。今度は夕陽の中でもわかるくらい顔を真っ赤にしている。焦りがなくなった北は口を開けて笑った。

 後輩のこんな素敵な一面を独り占めしていたら、バチが当たるかもしれないから、いっそみんなにバレてしまえばいい。

 それでも桃井に一番信頼されているのは自分であるという自信が、変わらず彼に満ちていた。




幼馴染である影山を除き、実家にお邪魔して家族への挨拶を済ませたのは北さんが初めてかなと思います。
それではここで北さんのプロフィールを見てみましょう。
最近の悩みに「バァちゃんが今から俺の結婚式を楽しみにしている事」とあります。意味が変わってきましたね。

書くのが楽し過ぎて更新速度が大変なことになってます。
こういう青春を無限に書きたいです。これからも更新頑張ります。応援よろしくお願いします。

次回、桃井が暴れます
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