「えーっと、まずは、前期中間試験、お疲れ様でした。テスト返却はまだですが、皆さん試験勉強を精一杯やったことと思います」
「いや先生か!」
尾白が真っ先にツッコむ。硬い雰囲気を纏う桃井はハッとなって、今度は違う切り口からスピーチを始める。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。監督から許可をいただき、皆さんには体育館ではなくここ、視聴覚室に集まってもらいました」
「取材? 取材始まった?」
またもや尾白が小さく笑いながら言った。桃井の様子が普段と違うことに気づいて、励まそうとした笑い方だった。俺は味方だよ、と伝えている。
だってメディア用の声色ですらすら言葉が流れてきたのだ。ついこの間、桃井は月バリの取材でもそんな感じだったのを思い出す。
異変に気づいたのは尾白だけでなく、他の男子バレー部員たちも、ひょっとして桃井は緊張しているのか? と理解し始めた。そして同時に、どうして? と思う。
わからないことだらけで、隣の席のやつと「何やろ」「さあ」と言い合っている。
桃井はぎゅっと胸元を握り締め、覚悟を決めた顔で話を続けた。
「ここに集まってもらった目的は、スカウティングです。IH予選に向けて……ただし今までとは趣向を変えます」
「?」
「今までは相手チームを中心に分析してきましたが、今日はウチのチームを中心にやります」
男たちは「へー」と小さくつぶやいた。今日はそういう感じか、という軽いテンションだ。
春休みに、選手一人ひとりの能力を完璧に見透かした資料を渡されたことがあった。その頃はまだ新入生がいなかったけど、入学後に彼ら向けの資料も改めて配られていた。この場にいる全員がそんな経験を一度はしている。だから、今回は「いつもとやり方違うんだな」と軽く受け止めるだけだった。
GW合宿を終えて自己分析みたいなことをやったときも、個人へのFBが中心だった。そこで今日初めて全体で共有されるんだろう、と部員たちは思った。
正直今更というか、前やったやつをもっかいやるんだ、という気持ち。油断していたのである。
手元に資料が一枚もないのは初めてだが、この後配られるのかな? とリラックスして背もたれに背中をくっつけている。
「自分自身を客観的に理解することは大事ですが、チームメイトのことを理解することも重要です。そこで、こんなのを用意しました」
桃井が室内の電気を消す。元々遮光カーテンが閉めてあったので、室内はフッと暗くなった。さらにカチカチ操作をすると、スクリーンが降りてくる。
パッと画面が映し出された。
「あっ?」
「おっ?」
双子が思わずといったふうに声を上げた。
そこに映っていたのは、野狐中学時代の双子だったのだ。両方黒髪で、今より顔立ちも体つきも幼い。
一体何が始まるんだろう……と男たちは少しだけ前のめりになって、そこから天国と地獄が始まった。
「あーーー! ア、もっ、あーーー!」
「マジ、無理無理、ホンマ無理、堪忍してッ」
双子は絶叫した。その時の視聴覚室は、双子だけがうるさかった。周りの男たちは呆気にとられていて、彼らの耳には二人の叫び声と、桃井の止まることのない解説がねじ込まれる。
「このように、侑先輩と治先輩は幼少期より好奇心が強く、どんな場面でも果敢に新しいことに挑戦してきました。その弛まぬ向上心が、この前の練習試合での双子速攻のような進化に繋がったんですね」
「桃井ストップ! プリーズストップ!!」
「お願いやから止まってッ、もうわかったから!」
「両選手とも、セッター&スパイカーとして技術が相当高い。今でもセッターのファーストタッチを狙われた時、治先輩がフォローに入り、そのまま攻撃を決めたり、はたまたトスを上げることがありますね。それと双子速攻を合わせれば、すごく面白い必殺技になると思うんです!」
桃井はテンションが上がってきたのか、やけくそになっているのか、ともかく普段なら使わない"必殺技"なんてワードチョイスで、握り拳を振り回して熱く語った。双子の選手としての素晴らしさを。
中学の頃の映像を引っ張り出して、時にはどこで手に入れてきたのか、ジュニア時代の画像までスクリーンに映して、力説したのである。
双子には地獄のような時間だった。褒め言葉100%で褒め殺しされて、今にも死にそうだった。
そりゃ可愛い後輩にたくさん褒められるのは、単純に嬉しい。普段から桃井に褒められる時だって、ニコニコして言葉を待っている。でもそれは過不足なくちょうどいい賞賛なのだ。
過剰な賛美は毒になることを、彼らは初めて知った。
「恥ずい、マジで恥ずい」
「死ぬ死ぬ死ぬ」
見たこともないくらい顔を真っ赤にして、双子はイヤー! と叫んだ。過去の画像がみんなの前にデカデカと見せられているのが恥ずかしかった。
桃井の賞賛を最もおねだりしている双子でさえ、聞いたことがない直球の褒め言葉がポンポン出てくるのが、かえって恐ろしかった。彼らには知る由もないが、北は内容に心当たりがある。北の実家で干していた、桃井の手描きの資料だろう。
あれには桃井の本心が詰まっているのだ。それを洪水のように浴びて、双子はパニックになっている。
それに嬉しすぎて嬉しすぎて、この喜びをどう抑えればいいかわからなくて、ただただ叫ぶことしかできない。
よって双子は、尋常ではない様子で取り乱しているのである。
突然始まった"桃井の双子褒め殺し"に、他の男たちは驚いて言葉を失った。
「……コレいけるか?」
北が眉間にシワを寄せて言う。白けていないか? このままいけるのか? 助太刀するとしたらどのタイミングか、慎重に計っている。
部員たちは戸惑っているのだ。急に双子が公開処刑されたので、勢いについていけていない。
「オッホホ」
ただ一人だけ、角名が気分よく笑う。双子が何か大変な目に遭っているのを見るのが、角名は大好きなのだ。めちゃくちゃ面白くて、マジウケるから。スマホで撮ればよかった。
いきなり始まったから全然準備できていなかった……とポケットに入れていたスマホをしれっと取り出す。
「次は角名先輩です」
「はっ?」
突然指名されて、角名はビクッとした。双子は喚くのをピタッと止めて二人同じ顔で角名を見る。
「あ」
「おおっ」
そして桃井は中学時代の角名をスクリーンに出した。今より小さいのに、チベットスナギツネのような独特な目つきは変わっていない。
稲荷崎の選手は、兵庫を中心とする関西出身がほとんどである。だから中学での対戦相手が高校になって同じチームに、なんてのはザラだった。
しかし角名は愛知出身だ。それだけ彼の中学時代というのは他の部員にとってレアで、スクリーンに視線が集まる。
「角名、中学ん時こんな感じやったんや」
「この頃は体幹弱々やんけ」
「あ、指を顔の前で組む癖変わってへんのな」
「うるさい、うるさいうるさい」
みんな笑いながら揶揄ってくるので、角名はイーッと歯を見せて嫌がった。しかしそこから桃井の怒涛の褒め殺しが始まり、拒否する暇なく角名もやられてしまう。
双子のことを笑っていたら、自分がターゲットにされたのだ。構えていなかったからダメージも大きい。
表情の変化に乏しい角名の珍リアクションに、男たちのテンションもじりじり高まっていった。
「角名の顔色変わらないの何なん」
「いや後ろから見てみ、首の後ろ真っ赤やぞ」
「見ないでください……!」
角名の後ろの席に座る先輩が指摘して、周りはどれどれと見ようとしてガヤガヤ座席を動き始めた。いつの間にか空気感が教室の休み時間のようだった。
「流れが変わった」
その様子を北は感心して見ている。困惑ムード一色だったのが、お祭りモードに塗り変わっていったのだ。
桃井が席移動を咎めないので「あ、近くに行っていいんだ」と思った男たちが、こぞってスクリーンの前に集まった。机を動かしてスペースを作ると、体操座りをする。
映画館で前の座席に座ってしまった時のように、首を伸ばして背中は後ろに傾けた。流れを掴み始めたのだ。
「おい邪魔や」
「俺より背ェ低いからやろ」
「胴だけ長くて足短い奴が何言うとんねん」
「桃井ー、オカシ食ってええ?」
「後で掃除するならOKです」
「よっしゃ、誰か炭酸ッ、コーラ買って来て!」
「嫌や! それで他の奴の分を見逃したら一生後悔する」
「お、俺買ってきましょうか?」
「理石ぃ! お前いい奴やなぁ!!」
結局理石と一年生数名が、上級生のパシリに使われた。本人たちは望んでやっているのでいいのだろう。
みんな良い場所で映像を見たくて仕方がなかった。見やすい場所は特に人気で、人が多いのでごちゃついている。前の奴にもたれかかったり、後ろに倒れて支えてもらったり、誰かのかもしらないエナメルバッグを肘置きにしたりしている。男子校のような雰囲気だった。
良い意味でだらっとしている。この時間を楽しもうとする気持ちが伝わってきて、桃井の語り口もますます熱が入った。
「次は、銀島先輩!」
「俺かぁ!」
「おーーーーっ?」
男たちは応援の時のように、語尾をワントーン上げていき、声を揃えた。
誰かの名前が呼ばれるということは、そいつの過去の映像が流れ出して、桃井の褒め殺しが始まるということである。
周りはニヤニヤし、手を叩き、時に指笛を吹いて、次の生贄を囃し立てる。桃井の褒め言葉でデレデレしている奴を見るのは面白いし、賞賛は的確で頷く部分ばかりだ。
「うーん、わかるわぁ」
「銀の熱に引っ張られることあったもんなぁ」
「たまーに周りが見えなくなることあるけどな」
「うっす! 気をつけるっス!」
銀島は茹で上がった顔でフンフン頷いた。
桃井が次々に部員の名前を呼ぶ。次はあいつだ、その次はコイツだと、男たちは続々とやられていった。指ピストルで撃たれて倒れるような茶番である。半分ノリで、半分本気だった。
そのくらい苛烈で、夢のような時間だった。ドキドキが止まらなくて叫びたい衝動にずっと駆られる。
「ヤバ! ヤッバ!」
「笑い過ぎて腹痛い」
まだ被害を受けていない部員たちは、横に座る友達の背中を叩いて、頭を叩いて、自分の頬の内側に舌をくっつけるようにしてめちゃくちゃニヤけるのを我慢した。
それでも声は笑っているし、ワクワクしてしょうがない。
だって仲間が後輩に公開処刑されているのだ。視聴覚室は笑いに包まれている。
「もうやめろ、やめてください」
「許してッ」
「終わりません。まだまだあります。まだ足りないです」
「いやーッ」
死屍累々である。桃井は全てを撫で切りにしていった。彼女はとっくに緊張状態から抜け出して、滑らかに回る口が止まることはない。
たまに彼女の個人的な呟きが聞こえてくると面白くて、男たちは爆笑する隙間に耳を澄ませる。
「皆さんこんなに小さかったのに……おがったなぁ」
「オガッタ?」
「オガッタ……」
おがる───大きくなる、つまり成長したねぇという東北の方言を知らない関西の男たちは、「オガッタオガッタ!」と事あるごとにワードを連呼する。新鮮で語感が愉快だったのだ。
そういう合いの手が増えてくるから、桃井もすっかり楽しくなっていた。楽しくて仕方がなくて……はしゃいだ声で、次の人を呼ぶ。
「では、信ちゃん先輩!」
「!!!??」
男たちの間に今日一番のどよめきが走った。耳を疑うような衝撃だった。周りの連中全員がどういうこと!? と声には出さず視線で意思疎通を図るので、桃井が北をとんでもない呼び方で呼んだのが事実とわかった。
桃井って身の程知らずか?? と心の中で震える。一・二年にとって主将はとても怖い存在なのだ。今に北の正論パンチが来る、と下級生は身構えた。しかし。
「なんや、さつき。俺はもう褒め言葉もろたで」
「あれじゃ足りないです。……あ、間違えました。すみません、北先輩」
「どっちでもええよ」
「あ、信介……」
「北さん……」
「やべ……」
北は"信ちゃん先輩"呼びに何の反応も示さず、しかも桃井のことを"さつき"と呼んだのだ。俺たちの知らない間に何が!? とみんなで騒ぎたいのに、北がスクリーンの近くに寄ってきたので、彼らは居住いを正した。
気まずそうな感じで姿勢を戻す。いっそ立った方がいいか? いや机戻してちゃんと着席するべきか……と立ち上がりかける。
「? そのまんまでええよ」
「うおおおおおおッ」
北は周りと同じように床に胡座をかいた。主将直々に続行を許可されたので、もはや男たちを止める者はいない。
この辺りになると大体みんな公開処刑を終えたので、羞恥がキャパオーバーし、正気などあってないようなものだった。あとは結束感が高まっていて、怖いもの知らず状態でもある。
なので北の中学時代の画像がスクリーンに映し出され、桃井の褒め殺しが始まっても、彼らの勢いは増し続けた。主将相手だろうと構わず、ヒューヒュー囃し立てる。平等なのだ。
そして既に褒め殺しを受けていた北は、堂々とした貫禄で言った。
「みんなの前で言われるのは、恥ずいなぁ」
つまるところ桃井は、稲荷崎の選手がどれだけ好きかを一生懸命語った。稲荷崎に進学を決めてチームについて調べていた時、どれだけ心が踊ったか、どれだけの夢を見たか、洗いざらい吐いたのである。
「すみません。今まで私は、皆さんにずっと隠していたことがありました」
桃井は頭を下げる。顔を上げると、すっきり晴れ渡った笑顔だった。余韻でまだまだ頬は熱い。でも視界いっぱいに広がる部員たちのほっぺも、似たようなものだった。
「皆さんがかっこよくて、プレーを見る度に胸が震えて、ドキドキして、自分が抑えられなくなるから。そんな自分が恥ずかしくて、隠したくて……」
だから距離を感じる人がいたかもしれません、と告げた。
かっこいいから。ドキドキするから。恥ずかしいから。そんな幼い理由で本心を紛れさせていたと言われて、なんて殺し文句を言うのだろう、と男たちは思った。
しかし説得力が凄まじい。普段からそれなりの褒め言葉をくれていたのに、それは氷山の一角に過ぎなかったのだとわからされたからだ。
「それに最初は、空気を引き締める役割も果たさなければと、厳しくしようと思ってました」
言われて思い出すのは、春休みに桃井が初めて稲荷崎に来た時のこと。初対面の彼女はやたらとピリピリして、冷たい印象を持ったのだ。だんだんそんな印象は溶けていったけど。
そしてトドメの今日の公開処刑だ。桃井は選手一人一人を取り上げて、この試合での活躍が素晴らしかった、部活動におけるひたむきな努力が眩しかった、と言葉を尽くしてくれている。
顔を真っ赤にして、力が入ったせいで声は震えていた。それでも勇気を振り絞り、積み上げた"厳しく壁を作る桃井"を自ら粉々に壊したのである。
「これからはありのままでいます! もしかしたら、皆さんは慣れないかもしれませんが……」
「いやいや知っとるわ! うちの得点が決まると、はしゃいだりジャンプしたりしてるの見とったからなー!」
「そうやそうや!」
「無理して大人ぶって大丈夫かなって心配しとったから、むしろ安心したわ!」
マネージャー陣が揃って声を張り上げたので、桃井は「ば、バレてたんですか……?」とすごく真剣な顔で聞いてくる。ひょっとして本人の中では完璧に、新しい桃井さつき像をこなしていたつもりだったのだろうか。
本人はこんなにも素敵なのに、ずっと隠すつもりなんてもったいない。そう思って男たちは口々に「そのままの桃井がええわ!」「これからもいっぱい褒めて!」と叫ぶ。
かわいい後輩の宣言に、ものすごい大盛り上がりだった。
北が隣に座る大耳にこそっと言った。
「な? かわいい理由やったやろ?」
あと一話続きます。
更新直後にしおりが最新話に移動しているのは一体どういうカラクリなのか、ずっと気になっています。ハーメルンの機能に疎いので……
通知が来て更新されたとわかるのでしょうか? 何にせよ更新してすぐに読んでもらえるのはすごく嬉しいです。ありがとうございます。