桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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猫の集会

「アレ桃井じゃね?」

「え?? ここ東京だぞ」

「いやアレ、ピンク髪の子。えっ桃井じゃねっ?」

 

 2012年6月17日。東京都IH予選二日目。

 トーナメント戦にいよいよシード校が参戦し、一日に三試合をこなす過酷な日だ。その全てに勝ち抜き、来週のリーグ戦を勝利したたった2チームのみが、IH出場を決める。

 そんな大切な試合で一勝し、第二試合までの時間、自由に会場内を歩いていた音駒高校3年、夜久は向こうを指差して、海の背中を叩いた。

 彼らの目線の先には、スーツを着た大人と会話をする桃色髪の少女がいる。少しの間見ていると話が落ち着いたのか、やがて少女はペコッと頭を下げて体の向きを変えた。

 すると向こうも夜久たちに気づいたようで、駆け寄ってくる。だんだん姿が鮮明になって、二人は華やかな美貌に釘付けになった。

 

「夜久さん、海さん! お久しぶりです。第一試合勝利、おめでとうございます」

 

 本物の桃井さつきだった。この辺りじゃ見ないジャージを着ている。桃井は稲荷崎に進学したのだから、臙脂色のジャージ姿に二人が馴染みがないのは当然のことだった。

 

「あの……ここ東京だけど」

「? そうですね、IH予選会場ですね」

「??」

 

 何故桃井が東京にいるか理解できなくて、いつも悟りを開いたように落ち着いた海が目を白黒させる。

 しかし夜久には心当たりがあり、もしかして……と目を細めた。

 三年前のJOCの時みたいに、情報収集の為に来たんじゃないのか、と。見事に大正解である。

 夜久は頭をカリカリ掻きながら尋ねた。

 

「あー、お前一人か?」

「いえ、先輩マネージャーと一緒に来てて……」

 

 桃井は先輩がいるはずの隣を見て、ギクリと固まった。

 

「あれっ、いない!? いつの間に……」

「それはその先輩のセリフだろうな」

「会場に到着した時は一緒だったんです。挨拶して回っていたら、はぐれちゃったみたいで」

「挨拶?」

「はい。私をスカウトしてくださった監督とか、日本バレーボール協会の方とか、大学チームの方とか、記者の方とかに……」

「ま、待ってくれ。監督とかはまだわかるけど、後の人たちとどんな繋がりがあるんだ?」

 

 なにやら高校一年生らしからぬワードや繋がりがポンポン出てくる。夜久と海の緊張を帯びた視線に、桃井はあっけらかんとして答えた。

 

「今までアナリスト育成セミナーに毎年参加したり、他の関連したセミナーにも結構出席しているので……必然的に色んな方に顔を覚えてもらえるんです。その、私って目立つみたいで。取材を受けることも多いので、会場にいた顔見知りの月刊バリボーの記者の方ともお話ししました。さっきは協会の方に、今後の活躍を期待すると言われました」

「……た、大変だね」

「しっかりしてんなー。……ああ、そういやバリボーのインタビュー読んだぞ。烏野高校に注目してるんだって? 俺らこないだ練習試合したぞ」

 

 海には労いを込めて柔らかく微笑まれ、夜久には記事のことを掘り出された。桃井が爆弾を埋め込む目的で答えたインタビュー。あれには密やかな狙いがあった。

 それよりも気になるのは烏野と音駒の練習試合。

 桃井が質問しようと口を開いた瞬間。

 

「夜久さん、誰と話してるんですかー?」

「!」

 

 桃井の背後に現れ、顔を覗き込んでくる男。その男を、首をまっすぐに伸ばして見上げる桃井は、知らず知らずのうちに目を開いた。

 きらりと光る氷の如き銀髪。翡翠の宝玉を嵌め込んだ双眸が、ピンクダイヤモンドの瞳と目線を合わせる。顔立ちは日本人離れしていて、高い鼻筋がスッと通る。目が覚めるような美形だ。

 美術品のような美しさを持つ男に、桃井は少し驚いた。今まで影山や及川、宮兄弟など、イケメンと持て囃される男たちと日常を共に過ごしていたが、男の美しさは別のベクトルで、彼女には耐性がない。

 

「…………」

 

 急に視界いっぱいに現れた、現実離れした美しさに桃井が見惚れていると、同じように相手の男も放心していた。

 上から覗き込むことで、桃井の顔も抜群のスタイルも、全てが男の目に入る。初めて見る至近距離の大輪の花は、脳をクラクラさせるほどの破壊力があった。

 

「リエーフ! 桃井にくっつきすぎだ! 離れろ!」

「この美女、桃井って言うんですか! ねえ君、下の名前何ー? 連絡先教えて!」

「リエーフ……外国人、ですか?」

「ああ、ハーフだよ。灰羽リエーフ。ウチの一年だ」

 

 海が桃井にリエーフの紹介をした。

 さらにリエーフの後ろから、犬岡走、芝山優生、手白球彦ら一年生がゾロゾロ出てくる。

 犬岡は桃井の姿を見て、ニコパッと明るく人懐っこい笑顔を浮かべた。

 

「あ! 俺知ってる。テレビに出てたよな! 桃井さつき、サン!」

「おーおー、なんかちょうど良いな。紹介するわ」

 

 夜久が「そこに並べ」と言うと、一年生四人は綺麗に並んだ。手際よく彼らの名前とポジションを桃井に紹介し、桃井のことも彼らに伝える。

 桃井は今日、公式試合を撮影し、音駒を含む東京の強豪校を分析する予定だった。だから新入生である彼らのことを知らず、話を聞きながら情報収集を開始する。

 

「へー! 去年音駒に見学しに来た美女の話……猛虎さんが言ってたこと、本当だったんだ!」

「犬岡君、信じてなかったんだ……。でも、気になっていたから会えて嬉しいよ。桃井さん、よろしくね」

「孤爪さんと似たようなタイプって聞いてる。分析が得意だって」

「え! さつき、研磨さんみたいなの? こう見えて無気力な感じなの?」

「無気力の正反対って言われる。リエーフくんって背高いね。ハーフって聞いたけど、外国語話せるの?」

「ううん。俺、日本人とロシア人のハーフ! でも日本生まれ日本育ちだから、ロシア語全く話せない!」

 

 リエーフの、愛想に全振りした表情と仕草に流される内、気づけば桃井は彼らと連絡先交換をしていた。リエーフがナチュラルに下の名前を呼んでくるが、日向のように邪気が全くないので、自然と桃井も下の名前を呼ぶようになった。

 手白と紹介されたセッターだけは静かだが、他三人……特に犬岡とリエーフは騒がしいタイプのようだ。

 桃井は会話しながら、最も惹かれるリエーフについての情報をインプットする。

 彼は手足がとにかく長い。身長は190cm超えだろうか。去年在籍していた選手の顔ぶれが変わっていなければ、音駒の最高身長選手になる。性格も明るく素直な感じだ。使い方によっては、去年の音駒になかった"もう一押し"の存在になるかもしれない。……いや、ひょっとすると。

 

「俺は音駒のエースだからな。絶対、俺から目を離さないでね」

「! ……そう。じゃあ、見逃さないようにしないと。今日の活躍、楽しみにしてる」

 

 目を離さないで、なんてロマンチックなセリフに桃井は全くときめかなかった。それよりも「リエーフくんは、既に音駒の貴重な攻撃源になっている……!」と確信して、桃井の心は燃え上がる。

 これまで音駒は守備一辺倒に近いチームだった。桃井が見学した去年の時点では、攻撃力に欠ける点がどうしても大きく、懸念していたのだ。

 しかしとんでもないルーキーが加入した。

 灰羽リエーフ。ポジションはMB。素材は極上。そして音駒のエース。要注意人物だ……!

 今日の試合でどこまで分析できるかな。桃井がそんなウキウキルンルンな気持ちになっていると。

 

「いやソイツ試合出ないぞ」

「えっ」

「4月からバレーを始めた初心者だからな」

「4月から!?」

「スタメンでもないし」

「音駒のエースを自称してるのに!? 嘘でしょ!?」

 

 桃井は鞄からパンフレットを急いで取り出し、音駒のページを開いた。すると出場選手名簿に、リエーフの名は一切見当たらない。

 つまり試合に出場する資格すらないということだ。

 190cmを超える大型ルーキー(多分)なのに。

 パンフレットから顔を上げて、桃井はリエーフを見つめる。

 

「リエーフくん、MBだよね。速攻とブロック、どっちが得意?」

「速攻て何?」

「そこからなの!!?」

 

 桃井は唖然とした。

 こんな……こんな人を、一度は音駒のエースと見做したのか……と、積み上げてきた自信が崩れ落ちそうになる。

 灰羽リエーフ。ポジションはMB。素材は極上。けれど最近バレーを始めたばかりの初心者で、自分のことをエースと名乗る問題児。

 やはり要注意人物だ……! 桃井が再度リエーフを警戒していると、彼の隣に立ち威嚇する男が現れた。

 

「守備もロクにできない奴は、エースとは呼ばないんですゥー!」

 

 山本である。福永も一緒だ。

 実は二人は近くで話を聞いていて、山本がかっこよく登場するタイミングを伺っていたのだ。

 しかし麗しの桃井を目の前に、全身を真っ赤に染め上げて硬直してしまう。

 

「も! もももももも!」

「もも?」

「も、もも、もももも……! う、うがァァァアアアアアッ、俺は………、俺はーーッ!!」

「山本さん!?」

 

 頑張って桃井の名前を呼ぼうとしても呼べず、最終的には彼女に見られることすら耐えられず、山本は滝のような涙を流して走り去った。

 その哀れな後ろ姿に、福永は無言のままドンマイとサムズアップする。

 この二人の様子は以前と変わらないな、と思いながら桃井はソワソワする。

 音駒の主要メンバーが集まりつつある。ということは、そろそろ。

 

「というか、なんでさつき東京に来たの? イナリザキ……兵庫なんでしょ? 練習は?」

 

 その前にリエーフから質問が飛んできて、桃井は素直に答えた。

 

「練習よりも敵情視察を優先したの。うちはIH出場が決定してるから」

「そうなんだ! おめでと! 俺たちも全国行くから、また会えるな!」

「リエーフくんのその自信は本当にどこから来るの? ものすごく気になってきた……」

 

 桃井が胡乱げにリエーフを見る。しかし、全国に行くための大事な試合を控えた選手が目の前にいるのだと気づいて、しまった! と表情を取り繕い、頭を下げた。

 

「すみません。失言でした。撤回します」

「気にすんな。今のはリエーフが悪い」

「夜久さん、そんなぁ!」

 

 許しをもらって安心した桃井は顔を上げる。せめてもの償いに、と一人一人の目を見て続けた。

 

「音駒の皆さんには、去年大変お世話になりましたから。今日は応援に来たんです。それから、井闥山や梟谷の分析の為にも」

「……!」

「わあ、応援だ! ありがとう、桃井さん」

「やったー! こんな美女に応援してもらえるなんて、嬉しいなぁ!」

 

 芝山と犬岡が呑気に喜ぶ。

 しかし、夜久の心の中は穏やかではなかった。

 桃井は音駒を応援し、強豪校である井闥山や梟谷を分析しに来たという。それはつまり、音駒が全国の舞台に上がってこないと、無意識に思っているということだ。

 今日か、リーグ戦がある来週か……いずれかに音駒が敗北すると考えているからこその発言であると、夜久は受け取った。彼女が既にトーナメント表を見たからだろうか。そこには躊躇いがなかった。

 無意識ゆえの、盛大な煽り。夜久以外は誰も気づかない。

 だとしても。

 

「絶ッ対負けねー………」

「夜久さんがやる気だ!」

 

 トーナメント戦もリーグ戦も勝ち抜いて、全国に行ってやる。夜久が息巻くと、ようやく桃井が待ち望んだ二人が輪の中に合流した。

 黒尾と孤爪である。桃井は素早く反応して、体ごと二人の方に向けた。

 

「あれ、桃井ちゃん? 久しぶりー……え、なんで?」

「………」

「……! お久しぶりです。黒尾さん、孤爪さ、」

 

 来た! 桃井ははしゃぎそうな気持ちを無理やり抑えつけて、冷静に微笑み……孤爪の頭に視線を固定し、腹の底からの大声を出した。

 

「けっ、研磨くんが金髪になってる!!??」

「!?」

「声デカ」

「さっきの山本よりウルセー」

 

 孤爪に配慮して下の名前で呼ばないように……なんて真似はできなかった。それくらい桃井は驚いた。

 孤爪の髪が、黒から金に変化していたのだ。去年は地毛で真っ黒だったのに。今や人工的な金色に染められて、顔色が明るくなった……? と疑うほど別人のようだった。

 よく見れば、根本は放置されて地毛が伸びている。プリン頭に変わった孤爪を、桃井は信じられないものを見る目で観察した。

 

「な、なんでそんな目立つ髪色に……? 研磨くん、目立つの嫌なんだよね……?」

「ブハッ! 目立つ髪だってよ、研磨!」

「さつきにだけは言われたくない……」

 

 黒尾にバシバシ肩を叩かれて、孤爪は心底嫌な顔をした。指先で自身の髪を一房摘む。

 

「……変?」

「ううん、だんだん慣れて、似合ってきた……うん。音駒の中にいれば、しっくり来ると思う」

「そう」

「あの……ちなみに何がきっかけなの?」

「……教えない。気になるなら、調べてみれば。得意なんでしょ」

「ふふ、言ったね? 突き止めちゃうから」

「……ん? んん〜〜? 研磨さんとさつき、なんで仲良さげなんだ?」

「!」

 

 リエーフに尋ねられて、桃井は失敗した! とわかりやすく目を逸らした。

 桃井は同族である孤爪が好きだ。でも孤爪は目立つことを嫌い、人の視線が集まることを嫌がる。だから歩くだけで人目に晒される自分が彼と話すには、相当気を遣わなければならないのだ。

 周りの目がある時は、孤爪に親しげにしない。孤爪に関心があるような素振りはしない。下の名前を呼ばない。先輩後輩の関係に戻り、敬語を使う。

 そんなふうにしてようやく築いた関係性を、たった今自分の手で壊してしまった。やらかした! と桃井は焦る。

 しかし、孤爪が静かに言い放った。

 

「おれとさつきは……同じゲームのプレイヤーだから」

 

 "日向を攻略するゲーム"のプレイヤーは、孤爪と桃井の二人だけだ。自分以外の、たった一人の貴重なゲーム仲間を、孤爪は軽んじない。

 ……否、孤爪にとって桃井の存在は、仲間ではない。友達みたいだけどそうとは言い切れない。同族と言ってしまえば終わりだが、ゲーム盤への向き合い方は全く違う。

 だから単なる同族と切り捨てるのも据わりが悪いなと思って、孤爪は桃井をプレイヤーと呼称した。

 音駒のチームメイトは、厄介なのも多いけれど、仲間だと思っているから、本当のことを話せたのである。

 

「……!」

 

 黒尾がビックリして孤爪を見る。

 極度のゲーマーである幼馴染が、対面の人間を、味方としてのプレイヤーと認めるのは初めてだったからだ。基本的にゲームでは誰も孤爪に勝てないし、彼の隣に並ぶ存在もいない。

 しかし桃井は違った。孤爪と同じ熱意・頭脳を持ち合わせ、とあるゲームで対等に勝負することができる人間である。そう孤爪自身が認めたのだ。それがどんなに珍しいことか。

 

「えっ……と、とりあえず、これからは研磨くんに普通に話しかけてもいいの?」

「いいよ。というか、さつきはおれに気を遣いすぎ」

 

 まさかそれが、この間出会ったばかりの他校の一年生を攻略するゲームだなんて思わないまま、黒尾は優しい目で、孤爪と桃井を見守った。








今回の話で、桃井が音駒と仲良さげなように、実はここはとても相性がいいと考えています。
桃井in音駒ルートだと、身体能力めちゃくちゃすごいのにどれだけ指導しても思った通りに上達しないリエーフに、桃井と研磨が「なんで??」て言います。最初は長身に惚れ惚れしてたけど技術がど下手くそだから素で「なんでこんなに下手なの…?」て研磨と喋ります。かわいいですね。

IHどこと試合するか

  • 稲荷崎VS梟谷
  • 稲荷崎VS鴎台
  • トーナメントいじって両方やれば?
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