桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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入口

 桃井が東京にいる事情を知った黒尾は、彼女と先輩マネージャーの合流場所まで送り届けることを提案した。孤爪も同行してくれるらしい。二人と話がしたい気持ちもあり、ありがたいと桃井はお願いする。

 

「またなー、さつき!」

「うん。またね」

 

 リエーフをはじめとする音駒の面々に見送られ、三人は通路を歩いた。黒尾と研磨が桃井を間に挟んでおり、研磨は桃井を見つめる周りの視線が気になって、二人の一歩後ろからずるずるついてくる形になる。

 

「音駒と烏野、GWに練習試合したんですよね」

「ああ、うん。そう。影山から聞いたのか?」

「いいえ。アイツとは連絡取り合ってないので。さっき夜久さんが教えてくれたんです」

 

 まあGW合宿の後、日向からメールで「さつきって研磨と知り合いなの!?」と連絡は来ていたので、桃井は知ってはいたのだが。

 黒尾はそのような事情を知らぬまま「桃井ちゃんと影山って同じチームだったしすごく仲良さそうだったけど、桃井ちゃんから連絡しないなんて、もしかして違う? いやでもあの影山の態度は……」と思考の裏でちらと考えた。

 

「ゴミ捨て場の決戦ってやつをさ、やりたかったんだ。練習試合でも烏野はウチの守備を破った。何セットか取られたし……。あいつらは強い。だからIH予選も勝ち上がってくると思ってたんだけど、そう上手くはいかねーよな」

「そうですね。決勝戦で、去年の優勝校である白鳥沢に負けました。烏野は宮城代表になれなかった」

「やっぱ強えところはもっと強えんだよな。三本指がいるわけで……」

 

 宮城では二週間ほど前に、烏野VS白鳥沢の試合があった。桃井は母に頼んで公式試合を撮影してもらったので、青葉城西戦を含めて烏野の試合は全て見ている。

 白鳥沢は圧倒的だった。烏野と違い、決勝戦での場慣れ感は段違いだった。そして何よりも、影山のトス回しには違和感があった。恐らく前日の青葉城西戦で、及川と何かあったのだなと推察する。

 桃井は東京予選のトーナメント表を記憶している。音駒がこのまま勝ち進めば、第三試合で対決するのは超強豪校だ。黒尾はそれを思って、烏野と自分たちの境遇を重ね合わせているのだろうか。

 

「そうだ、研磨くん」

 

 後ろを向いた桃井はずっと無言の孤爪に話しかけた。きゅうと縦に細い独特の瞳が向けられる。

 

「なに?」

「翔陽くん、どうだった?」

 

 質問内容は端的だ。それだけで彼は全てを理解するだろうからという信頼の現れである。

 そして孤爪も、今の言葉に込められた意図を完璧に把握した。遅れていた分、一歩を詰める。

 

「面白いよ。去年さつきが言ってた、予測不可能な奴って翔陽のことだよね。どっちが先に攻略できるかゲーム……もうスタートしてるから」

「やっぱりわかってたんだ。音駒はこれからも烏野と試合する機会があるだろうけど、稲荷崎は難しいかな。全国大会に来てくれないと攻略できないかも」

「あ〜……あの話、そういう……。この二人に狙われてるの、チビちゃんカワイソ〜……」

 

 つい先ほど孤爪は桃井を自身と対等なプレイヤーと認めた。そのゲームの目的が日向とわかって、黒尾は心の底から同情する。

 日向の存在が孤爪のやる気を引き出すことは、前から知っていた。珍しくできた友達かつ、現実で滅多に現れない予測不可能な攻略対象だからだ。

 しかし事態はそれだけでは終わらない。桃井さつきというラスボス級の対戦相手が登場したのだ。加えて、どちらが先に攻略するかを競うRTAである。

 これだけの条件が揃ったのだから、孤爪がやる気を出すわけだと、黒尾は納得した。

 

「ところで……稲荷崎一年の桃井ちゃん。烏野のチビちゃんを攻略したり、同じチームだった影山と試合したり……そういう機会って、もう全国っつー大舞台しかないわけじゃん」

「はい」

「不安じゃねーの? もし烏野がずっと勝ち上がらなかったら……て。実際、今回は負けちまったわけだし」

「不安は……特に。彼らは必ず舞台に上がるって信じているので」

「信じる、か。熱いねぇ」

 

 眩しい信頼関係だと黒尾は感心していたが。

 

「それに、来なかったら来なかったで、私がひたすら先に進むだけです。振り向いて待ってあげません。そうすれば、アイツはずっと追いかけてくれる」

『大丈夫だと思います。アイツが何かに絶望するとしたら、バレーができなくなった時だけですから』

 

 桃井の声色には、とても気楽な気持ちが表れている。心配や不安なんて一ミリも考えていないようだった。

 その印象は、黒尾が影山に「桃井ちゃんが心配じゃないの?」と質問した時の返答にすごく似ている。

 元チームメイトとか、相棒とか、ライバルとか、そういう枠組みに収まらない絆だ。幼馴染のような親密さもある。一言でいうなら身内感。そんな気がした。

 

「……あのさ、ずっと前から聞きたかったんだけど」

「はい?」

「桃井ちゃんて影山と付き合ってんの?」

「影山くんと!? 私が!? あっははは! ないない、ないですって!」

 

 桃井は予想外の質問に、大きく口を開けて笑った。快活な笑い声に、黒尾は「なぁんだ」と悪い顔をする。

 

「だってなんか……付き合ってるっつーか、元恋人? みたいな。すんごい馴れ馴れしさがあるんだよ君たち!」

「あはは、だって、私と影山くんは、……!」

 

 言いかけて、桃井はガチンと口を閉じて楽しげな表情を全て消し去った。真っ黒い目で進行方向を見ている。

 孤爪は既に桃井の一歩後ろへと移動していたから気づかなかった。彼女の急変化に「俺なんかヤバいこと言っちゃった!?」と焦った黒尾だったが。

 カシャっとシャッター音が近くで鳴った。

 

「やばっ、音出てるって」

「っべー……」

 

 黒尾が音と声の方に目を向けると、二人の男子高校生が桃井を携帯で撮影しているのが見えた。

 彼らは黒尾の視線に気づき、慌てて前髪をいじったり目を逸らしたりして誤魔化そうとする。

 

「あいつら〜〜……注意してくるわ」

「いいんです。大丈夫です」

「大丈夫じゃないでしょ! こういうのはガツンと言わなきゃ……」

「キリがないので! ……本当に大丈夫です。慣れてますから。お気持ちだけで充分なんです」

 

 そう言った桃井が、本心から気にしていない素振りを見せるので、黒尾は閉口し盗撮した二人に顔で威嚇した。彼らは黒尾の迫力に気圧されて、そそくさと足早に立ち去る。

 桃井からは黒尾の大きな後ろ姿しか見えなかったが、彼が守ってくれたとわかって、お辞儀をした。

 

「黒尾さん、ありがとうございます」

「いやいや、何もしてないから!」

 

 黒尾はサッと周りを確認する。彼女を連れて歩く時点で、ちらちら目線は感じていた。だから孤爪は隣に立つことを嫌がった。こうやって同じ空間にいるだけで彼は相当頑張っている。

 桃井は平然としているが、盗撮なんて大丈夫なはずがない。こんなことに慣れたと言って欲しくなかった。平気な顔を見せるまで、どれだけ耐えてきたのだろう……。

 

「この辺じゃ見ないジャージだから目立つのかもね」

「……? あの、黒尾さん?」

「これ羽織っといたら?」

 

 桃井は、黒尾の顔と目の前に差し出された音駒ジャージを困ったように交互に見た。

 目立つ理由なんて、髪がピンクで容姿が派手だからに決まってる。あとは"桃井さつき"だから。

 しかし黒尾はその理由を、桃井自身ではなく、ジャージのせいにした。その気遣いはすごく嬉しいが、他校の先輩の……しかも選手のものを借りるわけにはいかない。

 だから桃井はものすごく困って曖昧に微笑んだ。すると孤爪が彼女にコソッと教える。

 

「クロのジャージ、臭いからやめた方がいいよ」

「臭くありません!! 洗濯ちゃんとしてますぅー、柔軟剤のいい香りがしますー! ………え本当に臭くないよね? やばい不安になってきた。ごめん桃井ちゃん何でもない」

「臭くないです! お借りします!」

 

 私が羽織らなかったら黒尾さんのジャージが臭いことになってしまう!! と桃井は素早い動作で稲荷崎のジャージを脱いで腰に巻くと、黒尾のジャージを羽織った。20cm以上身長差があるのでダボっとする。桃井は袖を捲った。柔軟剤の香りが上半身を包み込む。

 稲荷崎も音駒も赤系統の色味なので、組み合わせは悪くない。……いや、うん、悪くないなぁ!!! と黒尾は心の中で大はしゃぎした。

 他校のとんでもなくかわいい後輩に、自分のジャージを着てもらえたのである。貸した時は下心なんて微塵もなかったのに、音駒のジャージを身につけた桃井は、なんかもう、色々とすごかった。

 

「さー行こう、さっさと行こう」

 

 これで桃井は音駒のマネージャーに見える。遠慮なく"うちの後輩をジロジロ見てんじゃねーぞコラ"の目になれるというわけだ。

 黒尾は先導して、不躾な視線を送ってくる輩を威嚇しながら、桃井について考えた。

 彼女は黒尾の贔屓目なしにアイドルのような美少女だ。人目を惹きつける桃色の髪、宝石のように煌めく瞳。一度見たら忘れられないような、華やかで可憐な容姿。加えて高校一年生とは思えない整ったプロポーション。

 これだけで、桃井がどれだけ幼少期から苦労してきたかがわかる。

 

「………それだけじゃ、ねーんだよなぁ」

 

 そして、類を見ない分析力と情報収集能力を持ち、チームの勝利に大きく貢献している。コートの中に彼女はいないのに、選手に絶大な影響を出すその手腕。天賦の才能。弛まぬ努力。

 彼女が所属していた北川第一は3年連続で全国大会に出場している。進学した稲荷崎では、それ以上の結果を残すだろう。

 さらに夜久から軽く話を聞いたが、桃井は関係各所に挨拶までしていたそうだ。雑誌やテレビに取材されているのを見たこともあり、彼女はメディア慣れしている。今日のように各大会に顔を出すから、他校の選手との繋がりだって多いだろう。

 ビジュアル、経歴、実力、人脈、話題性、知名度。やはりどれを見ても、桃井さつきは格が違う。

 しかも伸びしろはまだまだあるのだから、本当に恐ろしい。

 ……だからこそ、もったいないなと黒尾は思う。

 

「昔から見られることには慣れてます。さっきも取材されましたし、数字のためにも"私"を使いたいんでしょう。ただ……選手のことならたくさん話せるのに、なんで私個人についてアレコレ聞いてくるんだろう、とは思いますね」

「……おれ、もしさつきみたいな立場になったら死ぬと思う」

「死なない死なない。案外そんなに声かけられないし」

「あー、声かけないでってアピールもしなきゃいけないんだ……大変だね」

 

 二人の会話を、黒尾はぼんやり聞いている。

 

『私の言葉はチームの士気に関わりますから。みんな、私を信用し、能力を認めてくれているから、言葉に耳を傾けてくれる。だから……いい事ばかりを言わなければと。そう思うんです』

 

 去年、音駒を見学した帰りに桃井はそんなことを言っていた。当時の彼女はチームメイトにすら一言一句全てに気を遣っていた。現在、稲荷崎でも気を張っているかわからないけれど、気の毒だなと思う。

 桃井はただただバレーボールが大好きなだけなのに、周りが騒ぎ立てるから、本人はたまったものじゃないだろう。

 

「バレーのことなら、いくらだってやれるのに……」

「……それもバレーの一部なんでない?」

「……どういうことですか?」

 

 桃井の呟きに、気づけば口を挟んでいた。

 幼い純真な眼差しに見つめられて、黒尾はどこから話そうか少しだけ悩んだ。

 去年あれだけ言葉の重みに苦しんで、今も目立つことを気にする彼女に、自分の考えをストレートに伝えるのは酷だと思う。

 だから遠回りをすることにした。

 

「先にさ、俺の昔話……聞いてくれる?」

「は、はい。聞きたいです」

「あんがと。初めてスパイクを打った話なんだけどさ。それがずっと忘れらんねーの」

 

 黒尾は、いっそ眠たくなるくらい優しい声で昔話を始めた。孤爪はそれを知っている。孤爪もその場にいたからだ。

 幼少期の頃、二人が小学生向けのバレー教室を見学した時のこと。

 体の小さい黒尾と孤爪はレシーブの練習に交ぜてもらった。上手くコーチの手元へボールを返せた黒尾は、大人に褒められて嬉しくピョンピョン飛び跳ねる。

 体育館を仕切るネットの向こう側を指差して、孤爪は言った。

 

『あっちの方がかっこいいけど、あれはやんないの』

『あれはスパイク! かっこいいだろ! でも背が大きくないと打てないから……』

『じゃあネットを下げればいい』

『!!』

 

 スパイク練習をするコートを見ながら、猫背のオトナは言った。その人は、二人が後に所属する音駒高校バレーボール部、猫又先生だった。

 

『最高こそまずは"できるヨロコビ"じゃないかい。好きこそ物の上手なれ〜ってな〜〜』

 

 猫又先生は猫のような気まぐれさで、のんびり言った。

 そして黒尾はスパイク練習に交ざった。最初はボールに掠りもしなかった。しかし何度も何度も繰り返し跳んで、ついには。

 

『お、おお……! できた、できたぁ!!』

 

 スパイクに成功した。孤爪は練習に交ざらなかったが、大喜びする黒尾を見て、彼はこの日を忘れないんじゃないかと、なんとなく思った。

 そして現在、黒尾は桃井にその話をしている。とても穏やかな顔つきだった。胸の内にある大切な記憶を思い出して、温かい気持ちになっている。

 

「そん時にさ、バレーっておもしれーって思った。たーのしーってさ。……で、ネットを下げるって、それだけじゃないと思うんだよね」

「………」

「バレーを知らない人が興味を持ってくれて、試合を見に行ったり、選手を応援したり、実際にバレーをやったり……そういうのの一つのきっかけになれたら、すごく嬉しい事だと思うんだよね。だから、俺はそういうのをやりたいなって、思った」

 

 決して押し付けになってはいけないと、黒尾は注意しながら話をした。

 あの日ネットを下げてもらった男の子は、高校三年生になった。選手としてバレーを追いかける日の最後が近づいていることを、黒尾は知っていた。

 いつか必ず選手じゃなくなる日はやってくる。その先の未来を想って、黒尾は桃井に笑いかけた。

 

「でさ、桃井ちゃんが取材を受けたテレビやインタビューを見て、バレーを始める人、試合を見ようと思った人、選手が気になった人、いるかもしれない。そういうのが巡り巡って、選手になったり、観客になったり、ファンになったり……バレーに繋がるんじゃないかなって思うんだ」

「繋がる……」

「大会が盛り上がる事、注目されるスターが誕生すること、それらはゴールじゃなくスタートだ。桃井ちゃんはその"入口"になれると思うんだよね。……"ネットを下げる"一人にさ」

 

 バレーボールの"入口"としての適性が非常に高い彼女が、そういうことに後ろ向きなのはもったいないなと黒尾は思った。しかし後ろ向きになる理由もよくわかる。

 ただ、桃井はバレーに関することなら頑張れる人間だと思ったから、考え方を少しでも変えるきっかけになれたら、と黒尾は勇気を出したのだ。

 話を終えても、桃井は暫く口を開かなかった。じっ……と言葉を頭にインプットするかのように沈黙している。

 それに居た堪れなくなったのは黒尾だ。恥ずかしくってギクシャクして、踏み出す足と振る腕が同じ方向になってしまう。

 

「って何語ってんだ俺は!? 恥ずかしー奴だな全く!!」

「! あっ違います! 私は自分のことしか考えていなかったので、他の人のことも考えられるの、尊敬するなって思って! ……本当に、すごいなぁって」

 

 桃井は自分を恥じた。この前、稲荷崎の皆に宣言したばかりなのに、まだ自分は逃げていた。

 だったら変わらなくちゃ。もっともっとできることを増やしていかなければ。

 全部がバレーボールに繋がっていると教えてもらったから、苦手でも立ち向かうだけだった。

 

「……なんだか黒尾さんって、音駒のキャプテンって感じの人ですね」

「その通りだけどどういうコト!?」

 

 音駒の横断幕のメッセージは『繋ぐ』。粘りの音駒に相応しい言葉だが、この人にもピッタリだなと思う。

 去年、黒尾は桃井に、ゴミ捨て場の決戦を実現させたい、その手伝いをして欲しいと言った。しかし桃井の手伝いがなくとも、この人なら実現させられるんじゃないかと思った。

 他校の一年生にこんなにも親身になってくれるのだから。黒尾さんって、怪しげな見かけによらずめちゃくちゃいい先輩なんだよね……と桃井は笑った。

 

「黒尾さんは、バレーボール界を盛り上げる……そういうのに携わるお仕事を、将来の進路に決めているんですか?」

「そうなれたらいいなと思っているよ」

 

 返事は、心を撫でるような優しい響きだった。桃井は黒尾へ敬意を伝えたくて、深呼吸をしてから、彼の瞳をしっかり見つめる。

 

「私はアナリストになります。日本代表チームのスタッフに登録されるような、日本で一番のアナリストに」

「日本一か。でっけぇ目標だな!」

「だから、黒尾さんがネットを下げるために企画した時、全力で協力します。どんな企画でも」

「マジでっ??!」

 

 黒尾は大きい声を発した。"桃井さつき"の協力は、魔法のような申し出だったのだ。

 

「私、影山飛雄の幼馴染です」

「!? ぅおっ、お、幼馴染!? 影山が!? う、羨ましい!!」

「牛島さんとはメル友です。あの人はある程度お願いを聞いてくれると思います」

「牛島ってウシワカっ? 東北のウシワカ!? メル友なの!?」

「佐久早さんは手強いですが、交渉して引っ張り出してみせます」

「三本指の二本目じゃん!! とっつきにくそうなイメージあるのに! アイツいけんの?!」

「尾白先輩や宮兄弟も望んで名乗り出てくれることでしょう」

「話題性のあるメンツがポンポン出てくる……!!」

「全国のチームを分析しているので、黒尾さんが求める人材を探し当てることも、多少はできると思います」

「頼もしすぎる……!!」

「もちろん私も必要なら出ます。需要があるかわかりませんが」

「それがガチで一番ありがたいわ」

 

 数年後、日本バレーボール協会・競技普及事業部に就職した黒尾は、バレーボールファンを増やすために様々な企画を立ち上げた。

 その成功に桃井の人脈が大いに活用されることとなるが、それは未来の話である。

 そんな未来のことを知らない黒尾は、胸をドキドキさせていた。とんでもないチケットを手に入れちゃったよ……最強の交渉カードもらっちゃったよ……と震えている。

 そして桃井に話を突っぱねられなかったことにも安堵した。

 

「いやぁ、んな話知らねーよって拒否られなくてよかった〜……」

「そこは大丈夫でしょ」

「研磨!」

 

 ずっと後ろに下がり黙ってついてきた孤爪が、ようやく会話に加わった。黒尾がどういうことかと目で問えば、孤爪はスマホを片手にフリフリする。

 

「IH予選前に出てた月バリの記事読んだ。さつき、インタビューされてたよね」

「ああ……回し読みしたな。確か注目しているチームに烏野、期待する選手にチビちゃんの名前出してたアレか」

 

 怒りに燃えた山本が雑誌を破りそうになる事件もあった。そんな記憶を思い出して言えば、桃井が頷く。

 

「うん。それがどうしたの?」

「あれって、あえて名前を出すことで烏野をマークしてる……ずっと見てるから、って圧をかけたんだよね」

「圧って、そんなまさか……」

 

 黒尾は桃井の顔を見て驚いた。彼女は夢に出てきそうなほど美しく微笑んでいたからだ。

 

「圧ね。でも、それだけじゃないよ?」

「あとは、知らないチームが烏野を知って、関心を持つとか。さつきの名前を出せば、さつきの実力を知る選手は烏野を間違いなく警戒する。さつきに目をつけていた監督が、ひょっとしたら練習試合を申し込むかもしれない」

「"桃井さつき"が注目しているから……か」

「そして、期待の選手に翔陽を挙げた。影山でもいいのに、わざわざヘタクソな翔陽の名前を出した。すると他校は翔陽を警戒し、注目する。……役割が囮とも知らず、まんまと翔陽に意識を向けさせられる」

「……!」

 

 ただのインタビューだと思って読んだ黒尾は、信じられない気持ちだった。そんな意図が込められていたなんてまるで気づかなかった。

 しかし桃井が蠱惑的に唇を歪ませるから、孤爪の推理が正解だと思い知らされる。

 

「……なるほどね。取材を逆手にとって、罠を仕掛けたわけだ」

「烏野高校に注目しているのも、翔陽くんに期待しているのも、本心ですよ。狙いがなかったとは言いませんけど」

「でも、それって全部烏野を有利にするためにやってるよね? なんで……って、あ」

 

 だから桃井は、烏野が全国まで勝ち上がると信じる、なんて言ったのだ。敵に塩を送るような真似をして、かのチームが強くなる種を至る所に蒔いた。

 自分が使えるあらゆる手段を、烏野のために行使している。このことを烏野は知らないんだろうな。教えてやりてーな、と黒尾は思った。

 そして酷な話をするかもしれない……という彼の心配は杞憂だったのだ。

 

「まっ、自分の知名度やら影響力やらを、自分の利益のために使う気概があるんなら大丈夫か」

「だからクロが余計に悩む必要はない」

「ハイハイそうですね!!」

「でも、黒尾さんが私のことを想って話をしてくれて、すごく嬉しかったです」

 

 黒尾のジャージを羽織った桃井が、両手を後ろで組んで胸を張り、頬を染めて黒尾を見上げる。その上目遣い、ナチュラルに強調された胸元、全てが会心の一撃だった。

 今大会随一の守備力を誇るチームの頭である黒尾も、この攻撃を凌ぐことはできない。

 スーッと歯と歯の隙間から息を吸って、天井を仰いだ。

 

「いつか桃井ちゃんに手玉に取られそうで怖い」

「はははッ」

「ふふ、そのくらい強くならないとですね」

 

 黒尾の正直過ぎるリアクションに、孤爪と桃井が笑った。







原作が完結したからこそできる話もどんどんやっていきたいですね。
黒尾さんの好きな部分をたくさん出せたので満足しています。楽しかった。

IHどこと試合するか

  • 稲荷崎VS梟谷
  • 稲荷崎VS鴎台
  • トーナメントいじって両方やれば?
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