「合流場所ってこの辺?」
「あれー? ネコちゃんが子猫連れてる」
「ゲッ」
目的の場所に辿り着くと、爬虫類のように細めた瞳の男が、桃井を連れた黒尾に話しかけた。緑と黄色のユニフォーム。戸美学園男子バレーボール部主将・大将優である。
彼の周りにはチームメイトは居らず、たまたま通りすがっただけのようだ。めんどくせーのに出遭った、と顔に書いてある黒尾と、人目に晒される任務を完了して疲れた孤爪、黒尾のジャージを羽織った桃井という初めての組み合わせに、首を傾げる。
「その子誰? こないだは連れてきてなかったじゃん。音駒のマネージャー? まさかお前の彼女じゃないよね」
「彼女です」
「は!?」
「え!?」
「クロそういう嘘よくない」
黒尾は流れるような嘘をついた。
「ごめん桃井ちゃん! だってコイツ彼女いんだもん!! 負けたくねェ!!」
「あーあー、負け組の遠吠えは気持ちイイねェ。つーか知ってたし。……稲荷崎のマネージャーだろ? 遠路はるばるご苦労様。敵情視察に来たの?」
「! ……」
「違います〜〜、ウチの応援に来てくれたんですゥ〜〜!!」
「あっそ、まあ何でもいいけど。音駒と当たるとしたら三日目だもんな、それまでせいぜい生き残るこった」
「そっちこそ!! 決勝で会おうぜ!!!」
黒尾と大将がビシッと互いを指差し、同時に背中を向ける。大将は桃井を流し見て、するりと人混みの中へ姿を消した。
「あの人……どなたですか?」
「戸美学園三年、主将の大将優。クロとは昔からの知り合いだよ。会うと小競り合いが起きるからメンドクサイ」
「大将さん、私のことちゃんと知ってたね。正直、私自身は地元だと有名人扱いだけど、他だとそうでもないから、少し驚いちゃった」
「そう……だね」
「情報収集してるのかな」
「そう……だね」
「……」
「……」
「君たち、同じ顔で考え込むのやめてもらっていい? 怖いんだけど」
桃井と孤爪が口元に手を当てて沈黙すると、何か恐ろしいことを企てそうで不安になる。
数秒間の沈黙の後、桃井はパッと顔を上げた。
「お二人とも、ここまで送ってくださってありがとうございます。この後の試合、絶対応援に行きます」
「ああ、ウン。どういたしまして」
「それから、去年"音駒は守りが固い、ただそれだけのチーム"って言ったこと、撤回します」
「!」
「一年生の……特に犬岡くんとリエーフくん。いい選手が入りましたね。今までになかった、音駒のもう一押しとなる素質がある。烏野と同じように爆発的に進化するでしょうね。この先が楽しみです」
「お、おお……アイツらに言っとくわ」
首を撫でさすって視線を遠くにやった黒尾だったが、ヨシッと拳を握った。彼女に褒められて嬉しかった。今度こそ本心なのだろう。素直に信じることができた。
桃井と話をする機会は、それほど多くはない。けれど毎回濃厚なやりとりができていると実感する。今回もそうだ。
彼女の言葉には力がある。楽しみですという一言には、元気になれるエネルギーが詰まっている。正と負、両方面で絶大な影響力があるのだ。
「いやー今日は桃井ちゃんに会えてよかっ、」
「何しとんじゃおどれら」
「!?」
「あっ先輩」
黒尾の背後にぬっと現れた男は、桃井と共に敵情視察に来たマネージャーだった。彼女一人が兵庫から東京へ行くのはいかがなものか、ということで同行した男である。
そんな彼は低くドスの利いた声を出すと、桃井の姿を見て目尻を吊り上げた。
「ウチのかわいい後輩に何着せとんねん! ツラ貸さんかいワレぃ!!」
「ヒイィィご勘弁を!! 決して下心はございません!!」
「せっ、先輩! 違うんです、黒尾さんは私のために貸してくださったんです! ど、どこに連れて行くんですか!?」
「あー、まぁ、大丈夫なんじゃない」
「研磨くん! だっ、大丈夫かな?」
「問題起こさないでしょ。相手もスポーツマンなんだから。というか稲荷崎の人って、ヤクザみたいな人ばっかりなの?」
「……他校からヤンキーとかヤカラとかその筋の人って言われる人はちょこちょこいる」
「いるんだ……怖っ」
孤爪がそう呟くが「研磨くんもヤンキーみたいな髪だよ」とは言えない桃井だった。脱いだ黒尾のジャージを孤爪に預けて、心配そうに二人が消えた通路を見つめる。
しかし、その不安はただの取り越し苦労だった。
「桃井を一人にせずに連れてきてくれておおきにな。ちょっと目を離した隙にいなくなってホンマ困ったわ。変なやつに絡まれたりせんかった?」
「いやいやこちらこそ。不埒な奴は威嚇しといたんで。ちょいと真面目な話もしちゃったけど、変なことはやってないデス」
「アンタ、これから試合やろ。貴重な時間を使わせてすまんな」
「むしろ緊張せずに済んだから助かったって」
「エエ男やん。また会いたいわ。全国来てくれたらウチの部総出でお礼させてもらおか」
「お礼って何されんの!? 怖過ぎるんだけど!!」
三年生同士、他校の後輩を預けた・預けられた身として挨拶をする、さっきの一幕は、桃井から遠ざかるための芝居だった。
短時間だけ言葉を交わし、さくっと孤爪・桃井と合流する。
「本当にありがとうございました」
「じゃーね、桃井ちゃん」
「またね」
音駒を二人に頭を下げて見送り、桃井は恐る恐る先輩の顔を見上げた。
「先輩。すみません。はぐれてしまって……」
「すぐ連絡してくれたから良かったけどな。他校のキャプテン連れ回すとか、何してんねん。相手は今から試合やぞ」
「申し出に甘えてしまいました……本当にごめんなさい……」
「このことは後で信介に報告します。ちゃんと怒られてください」
「そんなぁ!」
稲荷崎の二人がそんなやりとりをして。
「やー、桃井ちゃんと話せて上手いことリラックスできたわ。……勝たなきゃな、試合」
「うん」
音駒の二人は適度に肩の力を抜いた様子で、チームメイトのもとに戻った。
「さて、仕事仕事」
再び先輩と別れ、自分の仕事に専念する桃井。
今回のターゲットは井闥山と梟谷。どちらも毎年IHと春高に出場する、全国有数の強豪校である。試合になれば激戦必至。故に桃井らが派遣された。
今、桃井は梟谷の試合を撮影しながら、並行して情報収集・分析を行っていた。
はたから見れば、膝に乗せたノートPCの画面もキーボードも一瞥せず、コートに視線を固定して高速でタイピングする異様な光景だ。ザワザワするギャラリーは雑念にすらならず、意識外に放置して、作業に没頭した。
「! 木兎さん、しょぼくれモードになった。赤葦さんはどうやって立て直すんだろう。試合になれば木兎さんには大人しくしてもらいたいな。となると、赤葦さんを潰すのが一番だよね……他の人たちの動きも制御したい……」
恐ろしい独り言を言いながら、桃井の思考が止まることはない。冷徹に勝利を手繰り寄せるための策を無数に打ち立てる。
木兎が静かになったことで梟谷の勢いは止む、なんてことはなく、むしろ加速していくほどだった。他四人のプレーは乱れない。木兎にも劣らない強力な攻撃で点を重ねていく。
やはり強豪校。簡単には崩れてくれない安定感が素晴らしい。桃井が梟谷に声をかけられた時、当時の選手は徹底的に調べ上げた。一年が経って新たな選手が加わっても、軸は変わっていないとわかる。
「!」
やがて、会場が沸いた。赤葦の素晴らしい采配で完全復活した木兎の、スーパースパイクが決まった瞬間だった。
気分を最高潮に引き上げられた木兎が、観客を巻き込んで空気を盛り上げていく。全員が木兎を見ていた。その視線は、常人にはプレッシャーに感じてしまいそうなほど熱意にあふれているのに、木兎にとっては心を燃やす薪となる。
「こっからこっから! アカーシ! すごいのちょーだい!!」
「ふふ、木兎さん、やっぱりいいなぁ」
桃井は穏やかに微笑む。木兎は天性のスターだ。あの人の眩しさに誰もが目を奪われていく。桃井はその光に勇気をもらった一人で、それは今コートで木兎に最高のトスを供給する赤葦も同じだろう。
去年、進路相談をしてもらった記憶が蘇る。あの時のお礼も改めて伝えたい。試合で手を抜くことは絶対にしないけど、逆に熱が入ることは桃井にだってある。
「うん。やっぱり赤葦さんの手でチームを崩させるのが一番かな」
さっぱりと梟谷攻略の土台を定めた。選手に凄まじい負荷をかけ、そこから反逆する彼らの輝きが大好きだった。圧に耐えられなくて潰れてしまうなら、その時はその時と割り切っている。なので、どれだけお世話になった先輩相手でも容赦無く彼らが嫌がる作戦を立てることができた。
その後も分析を続けていき、梟谷がストレートで勝利するのを見届けると、桃井も片付けをして移動を開始する。
「梟谷は予選突破するだろうなぁ。後で雪ちゃんにおめでとうってメールしよう」
桃井のいとこである白福雪絵は、スタッフベンチにて彼らの勝利を拍手で讃えていた。もしかしたらIHで、相手チームとして彼女と対峙することがあるかもしれない。
それはとても楽しみだなと思って、桃井は場所を変える。
「……あ、戸美」
別のコートでは戸美の試合が展開されていた。桃井は時間を確認し、目的の試合開始時刻までやや余裕があるとみて、少しだけ試合を観察する。
主将の大将という男に興味があった。調べたことがないチームだったので、どんな特色があるんだろうとワクワクする。
「……?」
観察を始めて暫くすると、戸美の試合には気になる点が多く、どういうことかと桃井は眉根を寄せた。
まず相手チームへの声かけが非常に多い。旧知の仲・ライバル関係にある対戦相手かと思えば違うらしい。流石に選手の声までは聞こえてこないが、言われた相手選手は大体嫌そうな・怒るような反応をする。しかも声をかける相手は決まっているみたいだ。
そしてタッチネットなどの何かしらの反則行為には、恭しく手を挙げて主審に何かを言っている。恐らく「触りました!」などと自己申告をしているのだろう。
さらに不慮の事態で相手選手にボールが接触した時なんかは、戸美の選手は折り目正しく頭を下げて謝罪をした。
「あら。こっちチームの選手、随分礼儀正しいのねぇ」
「スポーツマンシップにあふれている。素晴らしいじゃないか!」
「な、なるほど……!」
桃井はようやく彼らの意図に気づいて、電流が走ったような衝撃を受けた。
つまり戸美の選手らが行っているのは、印象操作。主審からの心証を良くして、観客のウケをよくする。流れを自分たちのものにするためだろう。
そして相手選手への声かけは、恐らく煽り。耐性のない選手を煽り精神を乱すことで、失敗を誘い出す。蛇のような執念さである。
大将が桃井について知っていたのも、そういう情報収集で得たものだろう。
「あっ、いま線審からボールの落下地点隠した……!」
届かないと判断して、体を使ってアウトを装う。が、線審からギリギリ見えるラインだったようで正しいジャッジが下った。
まだ試行錯誤の段階だから甘い部分もあるが、上達すればねちっこいチームになることだろう。
こういうやり方もあるのか……と桃井が感心していると。
「ケッ、何だよアイツら。急に周りに媚び売りやがって」
「セコイ試合してんな」
戸美に負けたチームだろうか。そんなことを恨めしげに言う選手を見かけた。
セコイ試合か、と桃井は戸美のコートに視線を移す。その捨て台詞が、自分に返ってくるようだった。
桃井も全く同じセリフを言われた経験がある。彼女が考案する作戦は容赦がなく、性格が悪く、精神にクるものが多いからだ。
レセプションが苦手な選手を徹底的に狙う。チームの主力は潰す。ムードメーカーは黙らせる。責任感の強い人を追い込み自滅させる。
勝つために必要なことだからだ。桃井がバレーで選手にさせていることを、戸美の選手らは煽りと媚びでやっている。それだけの違いなのだ。
「全身全霊で手を尽くしているってことなのに。………あ」
戸美の4番、沼井が凄まじい一撃で得点をもぎとった。きっとエースだ。観客席の盛り上がりが高まる。……ある程度地力があるからこそ、もう一押しで彼らは足掻いている。
しかしまあ、対戦相手からしたら、死ぬほど戦いたくない相手だろう。稲荷崎としても試合はしたくない。双子や銀島はまず煽られるし、めちゃくちゃイライラさせられるから。
嫌だなぁ、と桃井はよく周りに思われることと全く同じ感想を抱いた。
「っと、もう行かなくちゃ」
コートいっぱい面白い選手ばかりで、見るだけで楽しい。しかしここには仕事に来たのだ。決着まで見届けたかったが、優先順位を思い出して桃井は移動する。
向かう先は音駒側の観客席。賑やかな応援団がいる場所だ。
音駒は第二試合を切り抜けた。そして今から始まるのは第三試合。去年の優勝校との試合。
音駒高校VS井闥山学院。
つまり、ラスボス戦である。
ということで原作にあった音駒VS井闥山やります。
原作でのIHの戦績を調べ、稲荷崎はどこと試合するかな〜と悩み中です。
ベスト8が「白鳥沢、梟谷、鴎台、??」なので、vs梟谷かvs鴎台がやりたいなと思いつつ決めきれないので、いっそのことアンケートにします。
梟谷と木兎相手に全国五本指対決するアランくんもやりたいし、原作で(俺が影山や宮侑のようであれば)と危うい思考に陥った赤葦を実際にその場に立たせることもできますね。
鴎台という高校屈指のブロックチームに、双子速攻やらアランくんやら角名という主砲をぶつけるのも楽しそうですね。小さな巨人・星海も面白いし、鴎台は「ミスター隙なし北さん」みたいで苦手ってくだりもやりたい。
IHどこと試合するか
-
稲荷崎VS梟谷
-
稲荷崎VS鴎台
-
トーナメントいじって両方やれば?