桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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IH前の息抜き回です。



夏合宿

 7月下旬。夏休みに入り、IHを前に追い込みをかけるべく、稲荷崎高校男子バレー部は夏合宿に来ていた。

 目標は優勝ただ一つ。練習はよりハードになり、GW合宿が生ぬるく感じるほどだった。

 しかし自身の実力が伸びているのがわかるから、精神的には苦ではない。数ヶ月前の自分では達成できなかったメニューがこなせるようになると、成長の実感が湧くからだ。

 だからどれだけ指導が厳しくとも必死に食らいついていける。

 頑張ることは、できるのだが……。

 

「あっっっっっつ……」

 

 暑さには勝てなかった。窓や出入り口の扉を全開にはしているが、換気にも限度がある。室温は下がらず、蒸し暑さに部員たちは辟易していた。

 

「暑っつ………」

「治……何べん暑いって言うねん……余計暑くなるやろがい……」

「今侑が二回言うたから俺より暑いって言った……」

「じゃあ今のでイーブンや。次暑いって言ったらお前の負けな」

「はい今一回言った〜〜〜〜侑の負けで〜〜す」

「……上等やアホ治!!! 頭から熱湯かけたろか!?」

「バカ侑はホンマにバカやなぁ! そんなんやから俺に勝てへんねん!!」

「双子はケンカ何回すんねん! 余計暑くなって体力もってかれるやろ!!」

「信介、GO」

「あいつらよう飽きんなぁ」

 

 場所を問わず双子乱闘は不定期に勃発するもので、尾白が叫び、赤木に指示をされた北は汗をぬぐって騒ぎのもとに向かう。

 体育館の入り口に体操座りをして、少しでも風で涼む角名が、頭にかぶせたタオルから瞳を覗かせた。

 

「なんであの二人ケンカする元気あんの……? 俺もう動けないんだけど……」

「一応ギリギリの負荷かけてるはずなんですけどね。メニューを見直した方がいいかもしれません」

「それええなぁ! 双子を地獄メニューで大人しくさせてくれると助かるわ、……っと、桃井! ちょっとええか?」

「何でしょう? 銀島先輩」

 

 銀島は体育館すぐ横に設置された水道の蛇口をひねり、流水を頭からかぶっていた。それをやめて桃井に声をかけると、蛇口に接続されたホースの先を持ち、桃井に差し出す。

 

「これで俺の体に水かけてくれん?」

「えっ?」

「汗だくで体がベタベタしてしゃあないねん。もう洗い流そかと思って」

「よろしいんですか?」

「おう! 遠慮なくやっとくれ!」

 

 にか! と太陽のように笑うので、ホースを受け取った桃井は、先端を向けて銀島に水を浴びせた。気温のせいで水はそこまで冷たくはない。汗を流すにはちょうどいい水温だった。

 さっぱりして気持ちがいい。全身に水を浴びて、銀島が爽やかな笑い声をあげた。

 

「あっはっは! あ〜〜最高! 水浴びってやっぱ気持ちええなぁ!」

「ちょっ、やだ、私も水かかってます! もうっ、銀島先輩!」

「はは、すまん! あー、海とか行きたいわ! この合宿所近くにあるんやろ?」

「らしいですねー! どうでしょう、行くタイミングありますかね」

「は? 何二人で青春しとんの??」

「やばっ気づかれた」

「俺らも交ぜろッ」

 

 麗しのマネージャーとキャッキャッうふふなんて戯れるのは、絶対に許せない。そんな男たちがこぞって集まってくる。

 Tシャツが濡れる前に脱いでしまおうと半裸になるが、着替えやらで見慣れている桃井は無反応だった。

 

「あ〜〜じゃあもう並んでください、順番に水かけますから」

「はぁ〜〜〜〜涼しい、もっとちょうだい!」

「バケツ、バケツ持ってこい! ゲロ吐くのに使ってへんやつ。俺らもかけたるわ!」

「水鉄砲持ってきてるやつ居るよな? 本来は持ち込み禁止やけど。この際怒らんから名乗り出ろっ」

「はい! 俺持ってきてます!」

「でかした! 後で全員で信介に叱られような!」

「そ、そんな!!」

 

 場は一気に騒がしくなった。練習終わりで汗まみれの男たちに囲まれて桃井の体感温度がグッと上がる。

 しかし彼らに水をかける間に、飛沫がこちらにもかかってくるから、少し涼しいのも事実だった。

 出入り口に立ったままホースを操る桃井に、扉ギリギリまで来て体育館内からその様子を見ていた角名が話しかける。

 

「ねぇ」

「何ですか? あ、水いります?」

 

 桃井がホースを片手に意地悪そうに微笑む。そのままCMで使えそうなほど清涼感満載だった。

 この暑さには桃井も堪えていて、普段は下ろしている長い髪をポニーテールに結っている。汗と水気で乱れた前髪を耳にかける仕草が艶めかしい。

 角名はスマホが手元にないことを猛烈に後悔した。頭にかぶせたままのタオルを外すと、首にかけて、体育館の中心の方を顎で示す。

 

「双子のケンカ。止めなくていいの」

「? 北先輩がいますし」

「まあそうだけど」

「……お二人は、ああして意思疎通を図って、真正面から向き合っているから、別にいいかなって。無理にケンカしないより、ずっと健全ですよ」

「……そっか。…………そうか……?」

 

 桃井は男たちにホースで水をかけながら言った。角名は納得したようなよくわからないような、不明瞭な相槌を打つ。

 しかし桃井がそう言うならいいか、と自然に思って、双子のケンカに怯える桃井の姿を遠い昔に追いやった。

 別に双子乱闘に何も思わないわけではない。だが双子がケンカをせずにいるのは土台無理な話なので、桃井が慣れてしまえばいいだけの話だ。実際、もうなんとも思わなくなってるし。

 そんなふうにして、双子や角名、銀島ら四人は、最初の頃の桃井のケンカに対するトラウマチックな反応を忘れていく。気のせいだったかもと思うようになるのだった。

 

「あっ!? 桃井に水かけてもらえるん!? 羨ましい!!」

「俺らもそっち行く!! 北さんの冷ややかな目やなくて、桃井の水を浴びたい!!」

「上手い!! ……ハッ! って、信介の前で何言うんや! 反省してへんな!?」

「アホ! ケンカしたお前らには俺らがかけたるわ!」

「嫌やーーーッ! むさくるしい野郎に水かけられるんだけは嫌やーーーーッ!!」

 

 桃井らに気づいた双子が近寄るも、水いっぱいのバケツを抱えた先輩に威嚇されて迂闊には動けない。膠着状態に陥るかと思いきや。

 

「お前ら、何騒いどんねん」

「あっ、べー……信介……」

「き、北さん……」

「……いや! 信介、負けへんで!! えいやっ!」

「おッ!!」

「やった!! 先輩やったったーーーッ!!」

 

 三年の先輩が後先を考えず北に思いっきり水をかけ、後輩たちが顔を真っ赤にして大声を出した。

 しかし北は出入り口に立っていたので、彼を頭から濡らしたバケツの水が、ばしゃん! と床に飛び散る。すぐそばにいた角名の足元にも被害が出た。

 

「あ……」

「まずった……」

「……全員、覚悟はできとるんよな?」

 

 桃井を含む全員が正座で北に説教され、後片付けまできっちりさせられた。

 

 

 

 

 

 

 夕食を終えた夜の時間。風呂を済ませた部員たちの自由時間となる。桃井もお風呂上がりのスキンケアを終わらせて、この後は自室で今日の練習データを分析することを予定にしていた。

 廊下を歩けば開けた場所に辿り着く。その一角にはテーブルとソファが設置されており、二年生が数人集まっていた。

 

「お疲れー、桃井!」

「お疲れ様です。皆さん、就寝時間が近づいていますけど、部屋に戻らないんですか?」

「なぁにつまらんこと言ってんねん! 夏合宿の夜と言ったら、やることは決まっとるやろ!」

「……何ですか?」

 

 キラキラした目で「聞いて!」と訴えてくるので、桃井は嫌な予感をヒシヒシと感じながら質問する。

 男たちは声を揃えて言った。

 

「それは………怪談と肝試し!!」

「戻ります。お疲れ様でした」

「ちょちょちょ待て待て待てッ」

「嫌です戻りますさようなら」

「さてはお前ホラー苦手やな!?」

「………」

 

 桃井は無言で顔をクシャッとさせた。本当に嫌! という心の声を表情で示したのだ。それが驚くほど幼い仕草だったから、キュートアグレッションと庇護欲の両方に二年生たちは悩ませられる。

 しかし怖がる後輩を無理やり付き合わせるほど人間が終わっていないので、優しく微笑むのだった。

 

「まあ本気で苦手な奴は引き留められへんわ。ゆっくりおやすみ」

「風邪ひかんようになー」

「……はい、おやすみなさい」

「おやすみー」

 

 男たちは桃井を引き留めなかった。随分あっさり引き下がった? と疑問に思う桃井だが、それだけ怪談や肝試しに本気なのだろうな、と考える。本気で話についていける男たちだけでやりたいのだろう。

 自室に戻りながら、しかしもう一つ不思議に思うことがあった。

 怪談はどこでもできるけれど、肝試しなんてやる場所あったかな? と。

 

 

 

「………?」

 

 消灯時間を過ぎ、合宿所は暗闇に包まれる。桃井の部屋には来なかったが、主将である北が毎夜見回りをしているので、今頃全員が自室で泥のように眠っていることだろう。

 そんな時間に桃井は物音を立てないようにして自室を出た。飲み物が切れてしまったので、財布を片手に買いに行こうとしたのである。

 すると遠くでガチャン、と金属音が響いた気がして、足を止めた。

 

「……気のせい、だよね」

 

 自分に言い聞かせるように静かに呟く。中腰の姿勢になって身構え、耳を澄ませると………やはり、足音と話し声のようなものが聞こえてきて、桃井は指先からすぅっと冷えていくようだった。

 頭をよぎるのは、さっきの先輩との会話。

 ……怪談。肝試し。心霊現象。お化け。

 桃井が本当に苦手なもの。

 

「うそ、嘘嘘嘘……」

 

 しかも、音がこちらに近づいてくるような。勘違い……ではないからすごく怖い! 喉奥で噛み殺した悲鳴をあげて、桃井は自分の体を抱きしめた。

 その拍子に財布を落としてしまって、その音にすらビビるくらい、今の彼女の神経は過敏になっている。

 しかし恐怖が遠ざかることない。ヒタヒタヒタ……とものすごい速度で迫ってくる!

 

「ばあっ」

「〜〜〜〜!!!」

 

 耳元で囁く男の声がして、桃井は声もなく全身をびくつかせた。恐怖に怯えていたところを突然脅かされると、人は驚きで声も出なくなる。

 

「え、だ、大丈夫か?」

「…………ふっ、ふ〜……」

「こ、腰抜かしてる……おい治が脅かすからやぞ」

「侑が言い出しっぺやろ! ……すまんな、桃井。こんなに驚くとは思わんかったんや。た、立てるか?」

 

 腰を抜かした桃井が、キッと悔しそうな涙目で自分を脅かしてきた男の顔を見上げた。暗闇に薄らと差し込む月光だけが辺りを照らし、相手の顔は朧げだ。

 しかしヒソヒソ声の話し声で誰だかわかる。治と侑だった。

 就寝時間を過ぎた時間に、双子が無断に部屋を抜け出しているのだ。まあ抜け出しているのは桃井も同じだが……。

 

「………ぅ、……う……」

「え、も、もしかして、桃井泣きそうなんか?」

「マジでか! ちょ、泣いたらアカン、ど、どないする!? どないしよう!!」

「な、泣きそうになってないです。びっくりしてしまっただけで……と、ところで、何故ここに? 消灯時間ですよ」

「えっとぉ……」

「それはぁ……」

「………」

「………」

「………」

 

 小声で喋ったっきり、沈黙してしまう。桃井はこれ以上みっともない姿を晒すのが嫌で、双子はまさかこのくらいのことで泣き出しそうになるなんて、あまりに弱い……と可哀想になり、口を閉ざしている。

 しかし、だるくなった双子はもうええか! と突然投げやりな気持ちになった。

 

「捕獲」

「連行ーーーッ」

「!!?」

 

 双子がそれぞれ桃井の片手を掴む。軽く持ち上げると、真ん中に挟まれた桃井は、まさに連行される宇宙人のようになった。

 そして桃井が抵抗する前に、

 

「ッ、」

 

 双子は合図もなく、全く同じタイミングで駆け出した。合宿所を飛び出して、自然豊かな裏手の方へ回っていく。

 しかし桃井にはどこへ向かっているのかわからなかった。ただ吸う空気が、合宿所の冷房のものではなく、生温い湿度のある外のものに変わったことがわかった。それだけだった。

 

「ひ、」

 

 は…………っやい!!! そしてめっっっっちゃ怖い……!!!

 悲鳴をあげる余裕さえなかった。ただひたすら足を前へ前へと踏み出すので精一杯だ。

 だって、地面を蹴ったと思った次の瞬間、体が浮くのだ。フワッとした浮遊感。日常じゃまず体感しないそれが断続的にやってくるから、とにかく必死だった。

 自分が転んだら双子にも被害が及ぶ。何がなんでも怪我をさせるわけにはいかない……!!

 

「〜〜〜〜〜ッッ」

 

 桃井の視界が目まぐるしく変わる。景色が次々に後ろに飛んでいく。引っ張られる両腕が痺れ、風が顔に当たって痛いくらいだった。頬を叩かれたような衝撃に、歯を食いしばって耐えている。

 双子の走る速度が速くなっていく。ビュンビュンと世界が変わっていく。両隣からフッ、フッ、と鋭い息遣いが聞こえてくる。

 これが、二人の見ている世界なのか。無意識に桃井が両手に力を込めると、応えるように強い力で握り返された。

 外周を走る双子が互いに競い合ううち、他のメンバーを置いてけぼりにしていくことは時々あった。

 この二人はこんなふうに走るのだなと知る。最高速度もデータとしてわかっていたのに、体感するとこんなに違うのかと感心した。

 

「………はっ、ははっ!」

 

 途切れ途切れに、高い笑い声を漏らす。桃井に触発されたように、二人も咳のような笑い声を出した。

 双子はストライドが大きく、桃井にしてみれば一歩一歩が遠くて、飛んでいるような心地だ。次第に楽しい気分になってくる。

 速さに慣れてしまえば、彼らの速度や走り方、息の合わせ方に発見があって、面白いくらいだった。

 二人は息を吸うタイミング・吐く量、歩幅の長さ、蹴る頃合い、握っている手の力の込め方、全部がズレなく等しかった。まさに阿吽の呼吸。双子速攻という武器を磨き上げる毎日だからか、息ぴったりだった。

 

 夜の合宿所を抜け出すなんて、悪ガキみたいでワクワクしてしまってしょうがない。

 双子が目指す先が肝試し会場とは知らないまま、桃井は彼らと共にどこまでも走り抜けるのだった。

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