桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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肝試しなのでぬるいホラー描写があります。






肝試し

「き、肝試し? 肝試しがっ、始まるんですか?」

「うん。あれっ? 双子から聞かされんかった?」

「き、聞いてない……」

 

 二年生の部員たちに説明された桃井は、誕プレでもらったブルーライトカットのメガネの位置を正しく戻して、蚊の鳴くような声で「聞いてない……」ともう一度言う。

 自室で作業する合間にちょっと飲み物を買いに行くだけだったから、そのままの格好で連れ出されたのだ。

 これから彼らが何をするかなんて知らなかったし、まさか肝試し会場に連行されたなんて、夢にも思わなかった。

 息ぴったりな双子の速さに感動していた自分が恨めしい。

 

「ほならペア組んでこっから道なりに進んで、頂上の祠に向かうってのは?」

「祠っ? 祠があるんですか? 合宿所の近くにっ?」

「らしいで。俺ら去年の合宿の最終日に、先輩らから聞かされてん。せやから今年は絶対に肝試ししたろ思てな。なんや、桃井はなぁんも聞かされてへんかったんか!」

 

 先輩たちの話を要約すると、以下の通りである。

 去年の夏合宿最終日、帰る時間になって、一年生(つまり今の二年生)は二年生(今の北たちの世代である)に、肝試しに打ってつけの場所があると教えてもらったのだ。

 それが今桃井たちが集まっている、合宿所の裏手をズンズン進んだここだった。ここから先は街灯が無くなり、夜は一寸先も見えない暗闇となる。ついさっきまで月明かりが照らしていたが、雲に隠れてしまって、今は闇夜に等しかった。

 そして、ここから始まる坂道を登っていけば、頂上の開けたスペースに祠があるという。

 今から彼らはそこに向かうのだ。二人一組となり、懐中電灯だけを手にして、間隔を空けて順々に進む。

 

「一本道やから、祠が中間地点やな。ぐるーって一周するみたいな感じ」

「あ、本当ですね。ここから進んで、あそこから戻ってくる、と……」

「二年生しか集めてへんから脅かし役は居らんけどな」

「なぜですか? 人が増えた方が、き、肝試しっぽくなるのでは?」

「無断で合宿所抜け出しとるんやから、後輩は巻き込めへんやろ。上級生は……バレたら後が怖いし」

「私は巻き込まれてるのに……!!」

 

 道理でこの場には二年生しかいないわけだ。唯一の一年生、そして女子である桃井はキッと双子の方を睨む。

 それにしても合宿所から二年生が丸ごと脱走するだなんて、よくもまあ上級生や監督にバレずに遂行できたものだ。

 しかし桃井も通路で双子と遭遇するまでわからなかったものだから、肝試しにかける情熱というのは恐ろしい。話によれば人数分の懐中電灯も持ってきたみたいだし。

 

「……しかもな? しかもな? この先の祠には、"本物"が出るって噂や」

「………!!」

 

 うらめしや、とお化けの真似をして先輩マネージャーはおどろおどろしく笑う。片手に持った懐中電灯をカチッと点けて、顔の下から照らすものだから、男の顔は迫力満点だった。

 桃井はゾッとして両手を胸の前で組んだ。

 

「わ、私……今から合宿所に戻ります……」

「アカンアカン! もうここまで来たら一蓮托生や!」

「他の人にはチクりませんから!」

 

 そう言っても先輩たちに帰り道を阻まれてしまい、また一人で合宿所に辿り着けるかもわからず、桃井は泣く泣く肝試しへの参加を決められた。

 

「ペアや順番はどうやって決めるんですか?」

「あー、そういや決めてへんかったな」

「ジャンケンとかかな……頼もしい人と一緒だと嬉しいんですけど……」

「! ……」

 

 恐々と呟く桃井を見つめて、男たちはハッ……とした顔になる。

 同級生の男たちだけで夜の合宿所を抜け出し、肝試しと称して明かりのない夜道を懐中電灯一本だけで突き進むのが、とても楽しみだった。荷造りしながらライトだけは絶対に忘れないようにしていたし。

 しかしここにチャンスが訪れた。男だけの肝試しも相当待ち遠しかったけれど、桃井と肝試しをする権利が目の前に転がり込んできたのだ。眩しい女の子との肝試しの機会なんて、ここを逃せばと二度と来ないだろう。

 故に、彼女とペアを組み、かっこいいところを見せつければ、待っているのは薔薇色の人生……!!

 

「ジャンケンジャンケンジャンケン!!」

「最初パー出すわ!!」

「俺はグゥ!!」

「ほなら俺チョキぃ!」

「皆さん何のジャンケンを……?」

「桃井のペアや!!」

 

 夜中なので声は抑え気味だが、迸る熱意を隠さず、男たちはジャンケンを繰り返し。

 そして桃井が増えた分、誰か一人がペアを組まず孤独の肝試しを強制されるということになり。

 さらに懐中電灯が一本分足りず、どこかのペア一組だけは明かりを持たずに肝試しをすることになり。

 最終結果。

 

「よろしくお願いします……」

「おう。任せとき!」

 

 死にそうな顔の桃井に向かって、自身の胸をドンと叩いて、銀島が言った。二人の手には何も握られていない。懐中電灯を持たないペアは彼らになったのだ。

 真っ暗闇を進まなければならないとわかったから、桃井の表情は死装束を着ているみたいだった。ペアの相手が銀島と確定した時は嬉しそうだったのに。

 桃井のペア。そして懐中電灯がないペア。三分のニの特殊くじを引いた銀島は、ただただ強運の男だった。

 ジャンケンで雌雄が決した瞬間、嘆き蹲る男たちの中で、銀島はグッと片手でガッツポーズをして、歓喜の声をあげた。

 

「先に行ったペアの悲鳴が聞こえる……」

「脅かし役は居らんはずやけど」

「何があるの何が……」

「桃井はこういうのって………苦手そうやな。腕とか袖とか掴んでてええよ」

「じゃあ……腕に。すみません……」

 

 質問し終える前に顔をくしゃりとさせて全身で「本当に苦手!」を体現した桃井は、銀島の言葉に甘えて彼の手首を掴み、そっと近づく。

 懐中電灯がないのでかなり近づかなければ顔さえ見えない。そんなふうにして二人は肝試しのルートを歩いていった。

 ペアをジャンケンで決めるというのだから、誰が相手かヒヤヒヤしながら見守ったものだが、銀島でよかったなと桃井は思う。というのも。

 

「俺は平気やからとりあえず進むけど、怖くなったらいつでも言ってな。アレやったら目ェ瞑っててもええからな」

「ありがとうございます……本当に耐えられなくなったら言います」

「桃井が弱気なの珍しいなぁ! まあ大丈夫や、俺がついとる」

 

 これである。銀島はとにかく優しくていい奴なので、桃井がホラー苦手だとわかると、頼もしく笑った。彼の周りだけ真夏日の昼間のようである。

 桃井のペアが銀島に決まるも、周りは文句一つ言わずに「しゃあないな」と自らの不運を呪った。これが双子だったらブーイングの嵐だが、銀島ならと不満を飲み込んだのである。そのくらい周りからの信頼は厚く、真面目で責任感のある男だった。

 良かった。この人は急に脅かしたり道中に怪談話を挟んだりしない。安心して身を預けられる。桃井はドキドキして銀島の背中についていった。

 

「メガネかけたまんまやけど、作業しとったん?」

「……はい。飲み物を買おうとして通路に出たら、ちょうど侑先輩と治先輩の二人とはち合わせしました」

「それで一緒に来てたんか。俺らが一気に合宿所を抜けるとバレるかもしれへんから、時間帯ずらして決行したんやけど、双子はラストやったから」

「お二人は最後だったんですね。いの一番に抜け出しそうですけど」

「騒いだら一発アウトやから、みんなで説得して最後に回した」

「なるほど……」

「今日の練習もハードやったから、寝落ちしそうになった奴を叩いて起こして大変やったわ」

「どれだけ肝試しに情熱注いでるんですか!」

 

 銀島の腕を掴んだまま桃井がツッコミを入れる。なだらかな坂道を進むと蝉や虫がわんさか鳴いていて、カモフラージュになるから思う存分声が出せた。

 桃井の声色に元来の力強さが戻ってきている。この方向で話題を振り続ければ、彼女は怖がらずに済むだろう。銀島は自然とそんなふうに考えた。

 小さい手に握られる手首が熱い。お互いしっとりと汗をかいているから、肌と肌がくっつく感触がする。……なんだか生々しくて、ドキドキした。

 

「そんだけみんな楽しみにしとったんや。息抜きや息抜き!」

「もう……。あ、息抜きといえば、昼に海行きたいって話をしたじゃないですか」

「ああ、したな」

「監督に聞いたら、最終日にその時間を確保してるそうです」

「何……やと?」

「海の家を貸切にしてBBQらしいです。スケジュール表には食事とだけありましたが」

「BBQ……やと?」

「海を泳がせる気はないから、水着は持ち物に含んでなかったそうです。……この話は内緒にしてくださいね。銀島先輩にだけ、特別」

 

 他の連中に言いふらすと騒ぎ立てるから、ここだけの話に留めておきたい、くらいの気持ちで桃井は言ったのだろう。

 けれど肝試しで二人きり・真っ暗な夜道を歩くシチュエーションでは、軽い発言にも意味が生まれてしまいそうで。

 銀島は桃井に握られていないもう片方の手で、滲んだ汗をズボンで拭った。

 

「……じゃあこの話も内緒にして欲しいんやけど」

「? はい」

「実は俺、海パン持ってきてんねん。てか二年は全員」

「え?」

「去年合宿所の近くに海があるって聞いたから、諦めきれんくて。流石に夜抜け出して行く場所やないから、様子見やけど」

「あら……じゃあ誰かが、特に侑先輩と治先輩が無茶なことしないように、監督してもらっていいですか?」

「俺かぁ? そうやな……」

「……?」

 

 てっきり「任せとき!」とまたもや胸を叩くかと思っていたのに、銀島が珍しく沈黙して前を見るので、桃井も神妙な顔つきで黙っている。

 ザッ、ザッ、という二人分の足音が、蝉時雨の合間を縫った。

 

「……俺は、そういうストッパーには向いてへんからな」

「………」

「とはいえ、角名も小作も双子は止められへんし。やっぱ北さんやないと無理やろなぁ」

 

 銀島の諦観を含んだ発言を初めて聞いたので、桃井の握る手の力が少しだけ増した。

 ……だいたい、桃井は銀島をストッパーと認識したことはない。というか二年にブレーキ役は存在しない。銀島は双子のケンカを仲裁するべく動く男ではあるが、彼の本質は熱血漢。事を加速させるのに向いている。

 けれど、銀島が心の隙間を見せてくれたから、桃井は誠実に向き合いたいと願った。

 夜の帳が下りた坂道を進む二人は、いつしか老夫婦が寄り添うようにして、のんびり歩いている。

 

「どうして無理だなんて思うんですか?」

「……たまに、どうしようもなく気持ちが落ち込んだ時に、ふと思う。双子と自分を比較して、何も取り柄のない自分のことを、悪く思う時がある」

「……」

「双子は今、あの速攻を武器にしようと猛特訓しとる。ああいうのを見てると、普段はめっちゃ凄いやんって思えるのに、今日はなんか……ダメージを食らった。いつもは何も思わへんのに、ああいう奴らに並べる自信がないなって思った」

 

 IHに向けて双子は新兵器である双子速攻の完成度を高めるべく、特殊なメニューをこなしていた。その集中力は目を見張るものがあり、桃井も感心していた。

 だからまさか、銀島がそんなことを考えていたとは気づかなかった。

 

「双子は稲荷崎に入学する前から有名やったし、角名も他県からスカウトされた実力者や。同級生には、他のチームならエースを張れるようなトップレベルの選手がゴロゴロ居る。これだけ強い連中の中から選ばれるくらい、強くならなければ、と気合いが入る」

「……銀島先輩は、その強い人たちの中でも、選ばれた側だと思います。レギュラーメンバーに選出されていますから。それくらい努力していると、そばで見ていて自信を持って言えます」

「そうやな。それは嬉しい。……けど、そこまでやなって、思う。背はこれ以上伸びんやろうし、アイツらみたいな武器はないし……って、前に桃井にいっぱい褒められたのに、言う話やないな!」

 

 今日はあまりメンタルの調子が良くない。後輩の女の子に何を言ってんだ、と銀島は無理やり笑った。

 しかし桃井はそういう境界線を意識させない振る舞いをするものだから、当然のことだった。個人面談でこういう話題に触れることもあるから、真面目な話がしやすい相手なのである。

 とはいえこれが銀島の全てではない。ごく稀に後ろ向きの気持ちを抱えた時、脳みその裏っ側に隠れていた本音がこぼれ落ちただけなのだ。普段の真夏日のような暑苦しさが本質であることに変わりはない。

 ただこの暗い気持ち自体に悲観的になるのは、違うと桃井は思った。それも銀島の一部なのだから。

 

「銀島先輩はストッパーではありませんよ。あのおバカさん二人は、北先輩以外には止められませんから」

「お、おバカさん」

 

 桃井の直球のかわいらしい悪口に、銀島は気が緩んだようにプッと吹き出した。

 

「それはバレーでも一緒です。双子速攻を火付け役とするなら、銀島先輩は導火線なんです。チームの総攻撃が爆発するまでを繋げる、大事な役割……。その三人が相手チームをブン殴る間に、スロースターターである角名先輩のエンジンがかかる。そうやってウチのチームの火力は、最大限を引き出せる」

「……導火線、かぁ。そら誇らしい、立派な役割やなぁ!」

「今、私たちは目の前のIHで優勝することを目標にしています。でも、大会はそれだけじゃない。来年の春高も、その先も……三年生が卒業して、今の二年生たちが最高学年になり、その時も優勝に一番近いところに居られるように……その為には、あなたが必要です」

 

 桃井が稲荷崎を選んだ理由の一つだ。"今"強いだけのチームに、自分の未来は預けられない。在籍する選手を余さず調べ上げ、一年後、二年後にも可能性を感じるチームを選ばなければならなかった。

 その可能性に銀島はもちろん含まれている。責任感と熱意故決め急ぎがちだが、周りの声援を力に変えることができる人というのは、チームの士気に欠かせない人材だ。

 双子も角名も、良くも悪くも他人に左右されないゴーマイウェイな人種である。そういう人もコートには要るし、違うタイプも居て欲しい。

 

「だから、銀島先輩はそのまま突っ走っていけばいいんです。……それに、きゃッ!?」

「!!!」

 

 その時、頂上付近から、先を行った部員の叫び声がして、小さく悲鳴をあげた桃井が咄嗟に銀島の腕に抱きついた。大きなおっぱいが腕を挟む形になって、銀島が全身をカッと熱くする。

 手の感触とは比べ物にならない柔らかな感触が腕を包んで、そこから全身がとろけそうで、頭が沸騰してどうにかなりそうだった。

 

「……そ、それに」

「!!?」

 

 えっこのまま話続けるんか!? と銀島は大いに驚いた。バックンバックン大爆発する鼓動がうるさくて、蝉の鳴き声がとにかく喧しくて、気が変になってしまいそうだ。

 しかし桃井は、何よりも銀島の背中を押すのが最優先だと大真面目に思っているので、グッと近くなった彼の顔を一生懸命見上げている。

 

「もし、このままじゃ嫌だとおっしゃるのなら……あなたも新兵器を備えればいい」

「し、新兵器っ?」

「皆さんを驚かせるのも面白いかなって。その為に便利な後輩がここに居ますよ?」

「……便利やないわ」

 

 そんな物のような言い方はしたくない。

 銀島は断腸の思いで優しく桃井を振り解くと、その手を繋ぐ。二人とも汗をかいていて、肌と肌がくっついた箇所から溶けてしまいそうだった。

 口から心臓が飛び出すほどの緊張感に包まれ、額から滑り落ちる汗が無性に恥ずかしい。今まで桃井を前に汗を気にしたことなんかなかったのに。

 ごくり、と唾を飲み込んで、銀島が震える唇を開く。

 

「桃井は、大切な……、大事な後輩や」

「……はい」

「このことと、新兵器のための特訓のこと……他の奴らには秘密にしといてな?」

「はい。ふたりだけの秘密です」

 

 桃井は優しく微笑んで頷いた。暗闇だから見えるわけがないのに、きっとそういう顔をしているんだろうな、と銀島はわかった。

 繋いだ手を解かないように、指でゆっくりと手のひらをなぞらえた後、自然と小指を絡める。指切りげんまん。二人は誰にも知られることのない約束をした。

 そして互いに笑いかけてから、小指を繋げたまま二人は夜道を歩く。

 とてもロマンチックな雰囲気だった。心地よいリズムで銀島の心臓がトクトク鳴っている。

 しかし。

 

「ひ、祠……」

 

 中間地点の祠(とはいえ二人には何も見えないので、道が開けたから祠に辿り着いたのかなと思った)に辿り着いて、桃井が銀島の手を両手でガッツリ掴んできたので、フワフワした空気は霧散した。

 他の先輩の話によれば、"出る"らしい。桃井はそれを信じている。銀島もその話をされたが、雰囲気を出すための嘘だろうと確信していた。

 だから「大丈夫やって」と元気づけようとしたのだが。

 

「、」

「おっ」

 

 祠があると思われる場所から、ガタン、と突然音がして、二人はビクッと全身を震わせる。桃井は真っ青になって銀島の腕に再び引っ付いた。

 銀島はまたもやドキドキしながら、石か何かが落ちたのかなと思う。変にタイミングが良いなと思うけど、それだけだ。別に怖くはない。雰囲気があるだけ。

 

「桃井、大丈夫や。何も居らんから、息止めんでも」

「……! ……っ、………〜〜!!」

「こ、呼吸。呼吸しよか。なっ?」

 

 桃井の力が増していく。ぎゅうぅぅっと腕をおっぱいで絞められて、銀島は顔を赤くした。

 が、しかし。

 再び、ゴトン、と何かが明確に落とされる音がして、銀島も息を止める。重たい音だ。真夏の夜を裂くような、冷たい響きだった。

 重く硬い音は、さっきの音よりも二人の近くで鳴っていた。しかもそれだけで完結せず、ゴロゴロゴロ……と足元まで転がってきているようだ。

 二人は懐中電灯を持たない。だから目の前に何がいるかもわからない。

 ただわかるのは、地面を見下ろせば、かろうじて何が転がってきているか見えるということだけ。

 

「……、」

 

 息を呑んで、二人は視線を地面に縫い付ける。

 やがて銀島の爪先に、コト、と何かが触れた。ヒュッと喉奥で悲鳴を上げる。

 ついに耐えきれなくなった桃井が、銀島の胸板に頭を押し付けるようにして抱きついたので、それを見ることはなかったが。

 銀島はばっちり見てしまった。

 苔むして、古びて汚れたお地蔵様の頭部だった。石で造られたその顔は、にこりと無音で笑いかけている。瞼を閉じて微笑んでいるので目玉は描かれていない。それなのに"視線が合った"気がした。

 お地蔵様の頭部が爪先にちょんと当たって、全身が一気に冷える。おぞましいものを感じてゾッとした。産毛に至るまで鳥肌が立った。

 心臓が痛いほど跳ねて、恐怖で声が出せない銀島は、桃井を力強く抱きしめ返す。

 次の瞬間、

 

「わっ!」

「ぎゃああああああああッッッ」

「いやあああああああああ!!」

 

 目の前に大耳の顔が白く浮かび上がって、二人は絶叫した。

 ひとしきり叫んで、叫んで……もう息が続かないってところまで叫びきってから、銀島と桃井はパチパチまばたきをする。

 キュッ……と抱きしめ合ったまま、全く同じ顔で大耳を見上げた。

 

「お、大耳さん……? なんでここに!?」

「肝試しの脅かし役や」

「えっ? はっ? えっ?」

 

 まだ心臓がどくどく鳴っている。だが指の震えは治まってきた。無言でお互いの体から手を離して、密着状態を解く。それでも怖さは拭いきれなくて、桃井は銀島の右腕に自分の左腕をくっつけるくらいの距離を保った。

 カチ、と懐中電灯を点けて顔を下から照らしていた大耳は、足元に光を向けてから、大混乱の二人に苦笑を見せた。

 

「毎年恒例やねん。三年が脅かし役やって、肝試しで二年を驚かすの」

 

 まあ落ち着けと笑う大耳の話によると、以下の通りである。

 稲荷崎男子バレー部夏合宿には、とある恒例行事があった。毎年三年生が脅かし役に回り、二年生を驚かすというもの。これを全員の秘密とし、毎年繰り返すということ。

 夏合宿最終日に肝試しの話を一年生にすれば、一年後に男たちは動き出す。無断で合宿所を抜け出し、去年と同じルートで肝試しを敢行する。ルートがわかっているので、脅かし役の配置は簡単だった。

 あとは思う存分脅かして、日頃の鬱憤……ならぬ生意気な後輩への意趣返しをする。

 

「やからお前らが抜け出す前に、三年生も抜け出して……」

「えっ!? あの時もう先輩らは合宿所居らんかったんですか!? き、気づきませんでした……」

「そら2回目やからな。後輩に気取られるほど衰えてへんわ」

 

 大耳の言い方に、なんかその筋の人みたいな発言だ……と桃井は思った。ともあれ今日のことは二・三年生の秘密となる。もちろん自分も沈黙を貫かなければ。

 

「だから先に進んだペアの人たちの悲鳴が聞こえてたんですね。………あっ!」

「うん? どうした、桃井」

「あの、脅かし役ってどこから配置されてるんですか……?」

「……あっ、あー! そうや、どこから先輩らって見張っとるんですか!?」

 

 もしかしたらさっきの銀島とのやりとりを見られているかもしれない。そのことに気づいて、桃井は慌てて質問した。銀島もかなり焦った様子で首を振って返答を促す。

 懐中電灯に照らされていないので、二人の異変に大耳は勘づかない。正規ルートを指差して答えた。

 

「この祠からや。ここで脅かして逃げ出した奴らを、畳み掛けるようにして……ってルートやな。ちなみに祠担当はペアごとに変えてて、双子の時は北がしてたわ。アレは凄かったぞ。この後の担当はアランやから……お、ちょうど来たな」

「おー! 練、いい脅かしっぷりやったなぁ! 銀と桃井の悲鳴がこっちまで聞こえてきたわ。今年の脅かし役No. 1は、練で決まりやな!」

「そんなランキングまであるんですね……。あんなことされたら、そりゃ絶叫しますよ」

「お地蔵様の頭を転がすとか、すごい仕掛けでした! タイミングもバッチリで、もうっ、ゾーーッてなって! 鳥肌やばかったっス!!」

 

 銀島が興奮したようにまくしたてる。隣で桃井もウンウンと頷く。

 しかし、大耳と尾白が眉根を寄せて不可解そうな顔を見合わせるので……ものすごく嫌な予感に胸をざわめかせることとなった。

 

「お地蔵様? そんなもの、ここにはあらへんで」

「あの祠、ずっと前から空っぽやねん。ホラ」

 

 二人の言う通り、辺りや地面を照らしても、祠を照らしても、お地蔵様は見当たらなかった。

 これに銀島と桃井は叫び声を上げ、来年の夏合宿で肝試しを開催する時に「ここは"本物"が出る」と口を揃えて言うのだった。

 

 これは余談だが、同時刻、ちょっとした出来心で就寝時間を過ぎてから部屋を抜け出した理石ら一年生数人は、通路で桃井の財布を発見する。

 回収した後に先輩に相談しようと部屋を訪ねるも全て不在。二年生のみならず、三年生の部屋までもがもぬけの殻となっていた。

 消えた上級生たち。通路に落ちていた同級生の財布。突然襲いかかったホラー展開に、一年生たちも恐怖していたのは、また別の話である。




二年生で一番桃井に懐かれているアンケートNo.1の男・銀島との肝試し回でした。

次回・海の家BBQと水着回です。
青春っぽい夏イベントたくさん書くぞ!!
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