桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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BBQ

「夏合宿、お疲れさん。ちゃんと飯食って、ちゃんと休んで、今年こそIHで優勝しよう。……乾杯っ!」

「乾杯ーーーッ」

「かんぱーーーいっ!!」

 

 北の音頭を合図に、ソフトドリンクを注いだ紙コップを掲げて、バレー部の男たちは歓喜の声をあげる。

 海の家に造られたテラスの一角を貸切にして、いよいよBBQが始まったのだ。

 テーブルを埋め尽くす肉・肉・肉……食べ盛りの運動部である彼らは、我先にと肉を焼き、焼き上がったそばから紙皿に載せていく。タレをかけて白米と共にかき込めば、至高の味が口の中に広がった。

 

「うまっ……、ほん、ホンマに、うまい……!!」

「な、泣きながらお肉を頬張ってる……」

 

 18時といえども真夏なので外はまだ明るい。

 水着の上から白いパーカーを羽織り、桃井は網の端っこの方で焼いた野菜をチマチマ食べた。

 同じテーブルに座るマネージャー陣は、選手ではないが男子高校生であり、食欲旺盛なので肉しか食べないのだ。だから余った野菜を桃井が回収している。

 最初は一番後輩の自分が肉を焼くべきだとトングを握っていたが「俺に任せろ……」と焼肉奉行の先輩が穏やかな顔で言ったので引き下がった。

 

「なあなあ、そっち肉ある?」

「おう。まだあるわ。やらんけど」

「ケチ! こっちのテーブルにカービィがおって、肉の供給が追いつかへんねんけど!!」

「カービィ?」

 

 桃井が首を伸ばして話しかけてきた部員たちのテーブルを見ると。

 

「肉肉肉肉」

「だっ誰か治止めろ!! 肉全部食われるぞ!!」

「治、待て! 一旦落ち着けっ」

「もういい殴ってええか?」

「アカンアカン! 大会前やぞ!」

「止まれ止ま、な、なんて目をしとるんや……!」

「こないな目をした男を初めて見た……!!」

「息をするみたいに肉を食うな! 米を頬張るな! もうほとんど飲み物やん!!」

 

 治の独壇場だった。彼は焼けた肉への反応速度がハンパじゃない。守備範囲は常人の2〜3倍といったところか。凄まじい集中力で肉を奪い、米を食らい、追加注文で届いた料理を我が物にしている。

 その目はギラギラと獰猛に輝いており、BBQへの本気度が窺えた。前から治が食に強い関心を持っていることは理解していたが、誰もここまでとは知らなかったようだ。

 

「治先輩って本当に食べることが好きな人だな……」

 

 いや、もう、あれは好きとかの次元を超えている。生活がかかってるレベルの執着である。だんだん怖くなってきた。

 侑は治とは離れたテーブルに座っており、悠々自適にBBQを楽しんでいる。治と同じテーブルには絶対につかないという意志を感じた。

 

「もうええわ。こんな奴と同じテーブルに居られへん! 変えさせてもらいますッ」

 

 カンカンになった二年生が席を移動し始め、BBQはさらに自由度を増していく。他の部員たちも各々好きなテーブルに移った。椅子を持ってきたり、数が足りなくて立ち食いしたり、とても楽しそうである。

 そろそろお肉が食べたいなと思い、紙皿と割り箸、飲み物を持って桃井も目的の人物のもとに行った。

 

「あのー、信ちゃん先輩、お隣いいですか?」

 

 北がいるテーブルだった。他にも大耳や尾白、赤木がいる。落ち着いた空間だった。テーブルの上は綺麗に片付けられていて、使用済みの皿や紙クズが奥に一箇所にまとめられている。

 ここなら落ち着いてご飯が食べられそうだなと思ったのだ。

 

「ええよ。ちょっと待ち、今テーブル拭くわ」

「あっ、ありがとうございます」

「おー! 桃井。ちゃんと肉食っとるか?」

「あまり……皆さん野菜を後回しにされてばかりだったので、焦げる前に食べてました」

「可哀想に。お肉いっぱいお食べ!」

「飲み物足りるか? 追加しようか」

 

 テーブルを拭いてくれる北の隣に座る間に、桃井の紙皿にはお肉が山盛りに載せられていた。

 尾白が焼きたてのお肉をくれて、大耳が新しい紙コップを用意してくれる。桃井がお礼を言うと、さっきからウズウズしていた赤木が「な!」と高い声を出した。

 

「そういや桃井に前から聞きたかったんやけど、ちょこちょこ呼んどる信ちゃんって何?」

「!」

 

 コイツぶっ込んできおった!! と尾白と大耳がテーブル下で拳を握る。しかし桃井はぱちぱちまばたきをして、のんびりと答えた。

 

「かわいくないですか? 信ちゃんって響きが」

「かわいい……?」

「何や照れるわ」

「信介、そう言いながら真顔なの何なん?」

「私はおさ……友達のこともそう呼ぶので。ついつい呼びたくなっちゃうんですよね」

「フーン。じゃ、俺にもそういうのやって!」

「赤木先輩だと赤ちゃんになってしまいますが」

「赤ちゃん……?」

「あっでも、尾白先輩は侑先輩たちにかわいい呼び方されてますよね」

「お? ああ、あれな」

「アランくん」

 

 桃井がふふっと笑いながらそう呼んで、尾白はキュンッと胸を押さえた。まるで桃井が同級生になった時みたいな気やすさがあったのだ。先輩呼びもいいけれど、これはこれですごくアリだった。

 じゃあそれで! と尾白が言う前に、素早く北が口を開く。絶妙なタイミングだった。

 

「さつき。今日はちゃんと休めたか」

「は、はい。ビーチバレーとか遊んでました」

「正直、お前は遊んでる暇があったら分析する、とか言い出しそうやったけど」

 

 北の発言に、ぎくっと桃井はわかりやすく目を逸らした。

 というのも実は、当初にそれを予定していたからだ。IHはもう目の前。分析に割ける時間はあとわずか。情報戦に終わりはない。ギリギリのどこまで詰められるかで、勝敗は変わる。

 だから正直分析したくて、海水浴には最初乗り気じゃなかったのだけど。

 

「超回復やったっけ。さつきが言っとったの」

「……破壊された筋肉が回復する際に、元に戻るのではなく、以前より強い状態になる、というプロセスですね」

「やから俺たちにはしっかり休息をとるように指示する。そういうメリハリが大事やって。それはお前も同じやからな。人は常に全力を出し続けられない。本番に向けてしっかり休むことも仕事の一つや」

「はい……」

「今遊んだからって、夜更かしして分析とかすんなよ」

「はい……!」

 

 これは釘を刺されている。夜にやろうとしてるのがバレてる! 桃井は背筋を伸ばして返事をした。

 しかしまあ、無理をするつもりは決してない。過去に徹夜ぶっ通しで情報収集・分析をして痛い目に遭ったので、高校ではそうならないよう細心の注意を払っている。作業も先輩と分担しているし。

 北の指摘に桃井が萎縮しているんじゃないかと焦り、大耳と赤木が話題転換を図った。

 

「まあまあ信介。やってもないことを注意せんでも」

「び、ビーチバレー楽しそうやったしな! 体を動かして気分転換なったやろ」

「あ、はい! そうなんですよ、ビーチバレーすっごく面白くって!」

「ウンウン」

「砂って面白いです!」

「す、砂……?」

「平地と比較して興味深い点がたくさんあって。体幹を鍛えるのにちょうどいいなって! それに2対2も……監督に伝えて好感触だったので、今後練習に取り入れていこうかなと!」

「桃井はビーチバレーをやりながら、トレーニングのこと考えたん?」

「はい!」

「そ、そっか……」

 

 きらっと目を輝かせて答えるので、三年生たちは口を閉じる。

 だめだ……コイツは何をさせてもバレーに繋げてしまう化け物だった……と認識を改めたのである。

 今日はほとんど練習していないから、バレー不足でこんなことになっているのかもしれない。となれば、思う存分バレー成分を吐き出させればいい。

 三年生たちは敢えてバレーについて質問した。

 

「ミーティングでも言ってたけど、IHでの最警戒は、やっぱ井闥山?」

「そうですね。貴重な二日を使って敵情視察までしましたし……主砲・佐久早さんと守護神・古森さん。技巧派セッター・飯綱さんも強敵ですから。優勝までの道のりに必ず立ちはだかって来るでしょう」

「全国三本指、か」

「ええ。残りの……牛島さん、桐生さんも両方強い。白鳥沢とは練習試合をしましたね」

「左の脅威もゲスブロックもやばかったよなー! アイツらも順当に勝ち上がって来るやろうし、試合になったらまたボコボコにしたる」

「アランのスパイクも、練のブロックも、路成のレシーブも、頼もしかったからな。また期待しとるわ」

 

 肉をもぐもぐして北がそんなことを言えば、他三人がニッと笑う。

 GW合宿時点での白鳥沢は強かった。あれから三ヶ月近く経過し、より鍛錬を積んだ彼らがどれほど強くなっているか、想像もつかない。

 それは他のチームにも言える。稲荷崎と同じようにIHに向けて最後の追い込みをしているだろうから、どんな成長を遂げているか、楽しみだった。

 

「桐生さん率いる狢坂も、間違いなく上位に食い込んでくる。凄まじいパワーでどんな悪球をも得点に変えてきます。手首の柔らかさから、回転をかけて防御を破る佐久早さんとは対照的ですね。……ブロックのレベルも高く、190cmの選手二人がしつこく阻んできます」

「身長で対抗できるの練だけやん」

「ブロックは高さだけやないけどな。けど高さは、脅威には違いない」

「あと、五本指というなら木兎さんを擁する梟谷ですね。バッチリ分析してます。ここは木兎さんのテンションをコントロールし、責任感の強いセッターを潰しましょう」

「木兎か……」

 

 尾白が深く沈み込むような声を出した。

 木兎は自分と同じ五本指扱いを受けながら、劣等感など感じさせない圧倒的な光属性の男だ。派手なスター性に惹かれて、それに比べて自分は、なんて落ち込んだ時もある。

 しかし強くなった今の自分なら、木兎も、佐久早も桐生も、牛島も倒せる・倒したいと闘志が燃え盛った。

 全国五本指と並び称される男たちを、正々堂々打ち負かしてやりたかった。

 

『俺は全国五本指と言われても物足りない。他の奴らにはもう負けたくない。目指すは一番、最強や』

 

 勝ちたい。早く戦いたい。

 牛島には試合に勝ったが、エースとして勝利したとは言えなかった。だから尾白は今度こそあの男を越えたかった。

 目を閉じれば、GW合宿の熱戦が新鮮に思い出される。全身を掻きむしりたくなるような悔しさも、血が吹き出しそうなほどの怒りも。

 

「あとは……そうですね、注目しているのは鴎台です。小さな巨人と2mの選手がいます。全国トップクラスのブロックにウチの攻撃力が勝るかどうか……非常に興味があります」

「2m!?」

「でかっ」

「聞くたびに新鮮に驚くわ」

 

 肉を食べつつ話をして、桃井はちょっぴり反省した。

 ついシード校の話題が多くなってしまったが、他のチームにも注意を払わなければならないなと感じたのだ。

 ダークホースの登場で優勝候補が初戦で沈んだり、予期せぬ事態で主力の選手が怪我をしたり、そういう"もしも"はどんな時もついてくる。

 勝負に絶対はないのだ。

 そういう"もしも"を回避できるよう、自分に出来ることは何だってしたかった。

 

「まだまだ頑張らないと。IH当日の動き、もう一度マネージャー陣と打ち合わせしなきゃ」

「まだって……もう充分ようやってくれとるよ」

「努力はいくらしたって足りません。……勝ちたいですから。このチームで絶対優勝したい……」

 

 それは些細な呟きに近い感じだった。心のうちにフッと湧いた気持ちをそのまま言葉にした感じ。

 願いでも、祈りでも、渇望でも、情熱でも、執着のどれでもない。

 故に、三年生たちの心を激しく打った。

 桃井は夕陽が沈む海を眺めている。夕凪の静寂が広がる世界を、無防備な横顔で見つめている。テラスに設置されたライトに照らされて、白皙の美貌が茜色に染められていた。

 

「優勝する」

「!」

「その気持ちは俺も一緒や」

 

 北が紙コップを持って言った。桃井が少し驚いた気持ちで彼の顔に視線を戻す。清らかな瞳に囚われて、フワフワしていた思考をピシャリと正される。

 他三人は北の思惑を理解して、同じようにドリンクを注いだ紙コップを掲げた。

 

「俺も」

「絶対優勝! なっ」

「日本の頂点に立つぞ」

 

 尾白の力強い眼差しが、赤木の勇気づける笑顔が、大耳の実直な声音が、桃井にまっすぐ向けられた。

 息が詰まって反応が遅れてしまい、四人が紙コップを掲げているのに気づいた他の三年生たちが集まってくる。

 

「何なに? もっかい乾杯する?」

「あほ、優勝宣言や」

「俺も俺も!」

「桃井もグラスは持ったな?」

「いやこれ紙コップやん」

「雰囲気や雰囲気!」

「あ……は、はい。持ちました」

「よし。準備いいな。……キャプテン!」

「おう。……絶対優勝するぞッ!!」

「うおおおおおおッッ」

「!? 先輩ら、どうしたんです!?」

「ああっ、出遅れた!!」

 

 北の鋭い発声に、負けじと三年生らは雄叫びをあげ、二年生が驚いた。慌てて紙コップを手にして乾杯! とよくわからないまま叫んでいる。

 桃井は周りに急かされて、ぼんやりした気持ちのまま紙コップを掲げていた。

 周りの男たちが無遠慮に飲み物をぶつけてくるので、ドリンクがこぼれて手が汚れてしまう。そんなことも気にならないくらい、どうしようもない寂しさが胸を締めつけた。

 

「この人たちと来年もBBQできないんだ……」

 

 三年生は春になれば卒業してしまう。IHの後、春高の為に残る人は何人いるんだろう。

 高校三年生の夏なんて受験勉強で大変だし。夏合宿中、夜の自由時間に教材を開く三年生の姿を何人も見た。強豪とはいえ全員がバレーで食べていくわけじゃない。当たり前のことなのに、どうしてと思う自分がいる。

 ずっとこのメンバーでバレーができればいいのに、なんて叶わない夢を見る。それくらい桃井は彼らに心を許し、全幅の信頼を寄せていた。

 しかし、黒尾が話をしてくれたように、彼らには実現したい夢がある。その道のりは、きっと険しく辛いものなんだろう。

 

「だったら、今この瞬間が……」

 

 仲間と勝ちたい、このメンバーで優勝するぞ、と語り合い、背中を叩き合う。食べ過ぎたと膨らんだお腹を撫でたり、まだまだいけると大食い勝負をしたり、向こうでスイカ割りをしようと砂浜に降りたり、それぞれがこの時間を満喫している。

 思い出に残る特別な時間だった。

 この瞬間が、この先の未来で苦しい時に、彼らの背中を押してくれる記憶になったらいいなと桃井は思った。

 琥珀色の波が寄せる音が、部員たちの賑やかな話し声に混じって心地よく聞こえる。薄紫と茜と濃紺が、筆で撫でたように夕空に散らばっていて、言葉にできないくらい美しかった。








稲荷崎戦でハーケンの話がありますが、バレーの時だけじゃなくて、バレー以外でも、思い出すだけで心が奮い立つような記憶があればいいなという気持ちで書きました。
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