桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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線香花火

「あ……綺麗」

 

 そう囁いて静かに伏せた瞳の中に、火花が小さく爆ぜた。刹那の華を幾本も咲かせ、万華鏡のように煌めいている。線香花火の火球がぱちぱちと弾け、穏やかに微笑む頬を黄金色の光が照らした。長い下睫毛が濃い影をつくり、胸が詰まるくらい、儚くも美しい。

 その光景を、間抜けにも口をポカンと開けて見ていた角名は、線香花火を持たない手で突然ぺちん! と額を叩いた。

 

「!?」

「っぶなー……」

「ど、どうしたんですか角名先輩」

「や、何でもない」

 

 何でもないわけがない。しかし桃井は「そ、そうですか……」と引き下がった。

 絶対何だコイツって思われたな……と桃井の心情を見透かした角名は、水を張ったバケツに使用済みの花火をペイッと捨てる。そして新しい線香花火を一本手に取って、ロウソクの火に先端をつけた。

 気持ちが落ち着くまでの時間稼ぎだ。

 

「………」

 

 角名はちょっとドキドキしている。線香花火を綺麗と言って微笑む桃井に「あんたの方が綺麗だよ」とクサい台詞を言いそうになったのだ。

 付き合ってもいないのにキモすぎる。正気に戻れてよかった。

 薄紫の夕暮れビーチで、ビキニの上からパーカーを着た桃井と、線香花火をする。

 何ともロマンチックな青春イベントだ。角名はそれに飲み込まれそうになったのだ。

 

「監督ってば太っ腹ですよね。BBQもコレも奢ってくれるなんて」

「その分結果出せってことかな」

「あら……じゃあ充分ですね。日本一のチームの監督になるんですから」

「おお。すっごい自信」

「信頼ですよ。みなさんへの、ね」

 

 BBQの後に、監督たちが用意してくれた花火で遊ぶことになった。スーパーで買った線香花火詰め合わせセットとか、噴出花火とかねずみ花火とか、たくさん準備をしてくれたのだ。

 よってバレー部員たちは、夏合宿最後の時間を惜しむように楽しんでいる。

 角名は風情とか侘び寂びとかが多少はわかる人間であり、ポケットにスマホを入れているけれど、この瞬間にスマホを構えるなんて無粋な真似はしない。

 どうせ撮ったところで、この美しさを残すことはできないから。目に焼き付けるしかないのである。

 別に昼に動画を撮り過ぎて充電切れとかそんなことでは決して全く全然ないのだ。

 

「そういえば、桃井は夏休み中に実家戻んの」

「お盆の期間に帰りますよ。角名先輩は?」

「俺も。お土産買わないと」

「ああ、私もです。IH会場は富山ですから、そっちでも買いたいな……」

「じゃ、一緒に探す?」

「いいですね。一緒に買いましょう」

 

 この二人は珍しい他県のスカウト組である。実家は遠くにあり、単身で兵庫に引っ越した面子。地元勢が多い稲荷崎において、二人にしか通じ合えないものはある。

 二人きりの空間を邪魔する者は現れない。特に乱入してきそうな双子は、手持ち花火を振り回している。

 肝試しの時に桃井と手を繋いで走っちゃったし……と余裕なのだ。桃井に口止めされていなかったら今頃自慢げに言いふらしている。

 

「おわっ! コラ双子、危ないやろ!」

「銀もやればええやん、ほら!」

「共犯や共犯!」

 

 しかし真の強者は銀島である。皆が羨む学校の花と手を繋ぎ、小指を絡めて秘密の約束をし、抱きしめ合っちゃったりしたので。

 桃井は銀島を信用しているのでわざわざ口止めをお願いしなかった。そして信用通りに、銀島は甘酸っぱい夏の記憶として胸に秘めているのである。

 

「アイツらいつも自由だね。バカやってる」

「角名先輩も交ざってきます?」

「俺はここでいい。……ここがいい」

 

 角名が線香花火に再び火をつければ、二人の手の中に小さな火花がぽつぽつと生まれ落ちた。火薬の焦げる匂いが、潮の匂いに紛れる。涼しげな目元は柔らかく溶け、瞬間的な煌めきが、肉付きの薄い男の頬を赤く染めた。

 角名は自ら大騒ぎをするタイプではない。そういう場面では離れたところで写真を撮る男である。

 バレーにおいてもそうだった。熱しやすい双子や銀島と違って、彼はスロースターター。練習も本番も、エンジンがかかるまで時間がかかる。練習ではサボる隙を探すし、一見すると無気力だ。

 

「そうですね。私も……うるさいのより、静かなのがいいです。……だけど」

 

 けれど、心根は熱い。じゃないと地獄の練習が続く強豪でレギュラーを勝ちとり続けることは不可能だ。

 それにGW合宿での対白鳥沢戦で、天童のブロックに苛々していた。帰りに速攻で確認動画をもらっていたほどだ。一度やられた相手にはやり返さないと気が済まないし、挑発だってする。

 見えづらいだけで、ちゃんとバレーが好きな男なのだ。

 

「あ……何だろう、この音」

「近くで花火大会があったんでしょうか」

 

 部員たちがはしゃぐ喧騒に交じって、ドォン、ドォンと腹の底にまで響くような花火の音がする。ビーチからは見えないが、夜空には大輪の花が咲いているのだろう。

 ……見に行きたいな、と桃井は思う。毎年夏は部活と合宿とバレーだらけで、こんなに遊んだのは人生で初めてのことだった。

 稲荷崎に進学したから、バレー以外の夏がこんなにも楽しいものだと気づくことができた。

 

「ごめん、何か言いかけてたよね。何?」

「いえ……いつも男の子たちが楽しそうで、私はその輪に入れなかったので……入れてもらえて、嬉しいなって」

「……俺らも似たようなものだよ。去年、新学期にマネージャー志望の女子結構入ったけど、一ヶ月で全員消えたし。だいたい男女の揉めごとに発展したから」

「それ話は聞いてますけど当事者から聞くと重みが違いますね」

 

 そっと桃井が角名から距離を取ったので、角名は「しまった!」と顔に出さずに汗をかいた。

 

「まあ……侑先輩とか真正面からブタ呼ばわりしてきますからね。あの目つき、あの威圧感。普通心折れますよ」

「なんかすごい経験者みたいな言い方だね?」

 

 ちなみにあの日のケンカはだいぶ前に互いに謝った。今は後腐れなく仲良くできている。もう過去の話だった。

 桃井が残り少ない線香花火に火をつければ、火球がゆらゆら揺れた。指先にほのかな熱が伝わる。ザザーン……と波が寄せては返す音が、夕焼けの砂浜に静かに響いた。

 

「線香花火って、なんだか夏の終わりという感じがして……寂しいな」

 

 BBQの時、三年生が来年の夏合宿に参加できないことをちゃんと理解した。だから今この瞬間にも、桃井の胸の奥にはぽっかりと穴が空いている。

 しかし角名は首を傾げた。

 

「夏は始まったばかりなのに?」

「……!」

「夏休み入ってすぐ合宿、次はIHだよ? 夏休み終わるまでまだ一ヶ月以上あるし。桃井はいつも先のこと見てて、時間がないように思ってるのかもしれないけど」

「あ……」

「双子とか見てみなよ。バカしかやらないから、気が抜ける」

 

 角名の視線に導かれて、桃井が双子の方を見てみれば。

 

「ぎゃはは! うんこやうんこ!」

「特大うんこや!!」

「見なければよかった……」

「なんかごめん……」

 

 双子はヘビ花火で遊んでいるところだった。黒い燃えカスがうにょうにょ飛び出してくる様子を、腹を抱えて大爆笑である。端的に言って下品だった。

 角名が落ち込んでいると、桃井はさっき距離を取った分詰めてくる。リラックスした表情が火花のおかげでよく見えた。

 元通りの位置に戻った二人は、そのまま。

 

「このまま静かに花火を楽しみましょう」

「……うん。二人で、ね。あのさ、桃井」

「はい」

「水着、似合ってる。かわいい」

「ありがとうございます」

「………」

 

 双子ナイス……と角名が心の中で喝采を送ったはいいものの、容姿を褒められることに慣れている桃井は平素通りである。今日一日で同じセリフを部員全員からもらったのもある。なんとも思っていなかった。

 二人きりで線香花火なんてロマンチックなイベントを、普通に楽しんでいた。

 

「角名先輩も、夏合宿のトレーニングをサボらずやりきって、ますますかっこよくなりましたね」

「!」

 

 むしろカウンターで角名が瀕死になるくらいだった。

 彼はこの時間を心ゆくまで楽しみ、最高のコンディションで夏合宿を終えることができたので、珍しくわかりやすい高いテンションでIHに臨むこととなった。

 眩しいビキニ姿の後輩と海水浴にBBQに線香花火で、やる気MAXに引き上げられたのである。

 というか全員そうだった。桃井の褒め殺しを食らったIH予選前と同じか、それ以上の士気の高さで全国大会に乗り込むこととなる。

 日向からの「全国大会がんばれ!」というメッセージを見つめ微笑んだ桃井は、スマホをポケットにしまった。

 

「行くで、さつき」

「はい。信ちゃん先輩」

 

 後に妖怪世代と呼ばれるバレーボールの妖怪たちがひしめく舞台へ、稲荷崎も百鬼夜行をなして進撃するのだった。

 

 

 

 

 

 

 時と場所は変わる。

 梟谷グループ合宿の最終日、監督たちの奢りでBBQを楽しむ男たち。ちょうど烏野の主将である澤村と話すタイミングを掴んだ黒尾が、「あ」と声をあげた。

 

「そういや、予選の時に会ったぞ。桃井ちゃん」

「え? ……あ、桃井さん? え、彼女の高校、東京じゃないだろ。というか黒尾は知り合いなのか?」

「知り合いどころか彼ジャージしてもらったくらいですが?」

「嘘はよくないぞ嘘は」

「本当のことですぅー! ……っとまあ、ウチは彼女をスカウトしてたんで。梟谷もそうだし、桃井ちゃんは全国の強豪から声かけられてたから珍しい話じゃないって。強いチームは全員知り合いみたいな感じなんでないの」

「へー、すげぇな」

 

 黒尾がテキトーなことを言えば、澤村はおにぎりを一口食べて素直な声を出す。

 澤村にとって桃井の存在は、あまり面識のない有名人、という感じである。東峰がどうやら彼女と話したことがあるらしいが、自分は去年の中総体予選の会場で一言二言言葉を交わしたくらい。ほとんど他人みたいなものである。

 だからなぜ黒尾が彼女の話題を出してきたのかわからなくて、とりあえず手元にあるご飯を食べていた。

 

「あの子、分析が仕事だからさ。IHに向けて梟谷と井闥山……優勝候補のデータとってたの。兵庫からわざわざ来て、だぜ? すげぇ通り越して怖いわ」

「それは……怖いな」

「そんな怖ぁいアナリストが、月バリで名指しで注目してるってアピールしたチームがあるの。サームラさんはどこかご存知?」

「? ……ああ、俺たちか。そして期待する選手に日向を挙げてたな。俺たちも読んだよ。大騒ぎだった」

 

 IH予選よりも前の記憶だが、鮮烈に思い出せる。

 あの時は、桃井が烏野の名を出したこと以上に、日向を指名したことが印象的だった。将来の日本代表になるだなんて桃井はインタビューに答えていたが、等身大の日向を知る烏野の面々は「いやぁ……」と否定的だったのである。

 そりゃ日向はすごい奴だ。身体能力はピカイチで、やる気もある。だが当時の彼はとんでもないヘタクソだった。

 相棒の影山じゃなく日向って……桃井さんって騒がれるほど大した子ではないのでは、なんて考えたりした。

 

「期待してもらえるのは嬉しいけど、実際俺たちは白鳥沢に勝てなかった。不甲斐ないよ」

 

 低く言う澤村の目に、黒尾は見覚えがあった。IH予選の対井闥山戦で、自分も同じ目をしていただろうから。

 試合を終えて、後悔はなかった。自分たちの全てを出せた。本気だったし全力だった。負けたのは純然たる実力差だったのだ。

 それがものすごく悔しかった……。

 

「だから強くなるためにここに来た。そうだろ?」

「お、おう」

「桃井ちゃんもそれを期待して、取材に烏野の名前を出したんだよ」

「……どういうことだ?」

「予選の対戦相手が烏野を必要以上に意識してたり、チビちゃんに注目してたり、そういうことに心当たりはない?」

「! ある」

「それ。桃井ちゃんの狙い。烏野を有利にするためにやってたことだって。本人が言ってた」

 

 例えば、青葉城西。他のチームも、地元の有名人である桃井のインタビューは頭に入れていた。日向のことを事前に知る選手は多かったのである。

 

「白鳥沢とは……今回で初めて対戦したはずなのに、ものすごい敵対心を向けられたな。特に影山は」

 

 GW合宿で桃井が鷲匠にボコボコにしてやれと伝えていたからだ。

 もちろん、そんな話がなくたって白鳥沢は対戦相手を完膚なきまでに潰す。しかし桃井が牛島に「稲荷崎に進学したのは影山くんの隣にいるため」と告げたこともあり、影山は執拗に追い詰められたのである。

 加えて鷲匠は高さを愛している。身長が低いのにMBとなり、天才セッターに支えられる日向が癪に障ったのだ。

 結果が、あの決勝戦。厳しい戦いだった。

 

「でも、桃井さんはなんでそんなこと……。同じチームの影山や、友達っていう日向がいるからか? だとしてもあまりにも……」

 

 澤村は桃井の意図が理解できず、困惑する。それは当然のことだった。

 この話を始めた黒尾も、それは容易に想像できる。だから滑らかに口を開いた。

 

「本人は烏野に強くなってほしいからって。自分と同じ全国の舞台に勝ち上がってこい……だとよ」

 

 全国。それは澤村にも黒尾にも、あまりに遠い世界だった。

 両者は白鳥沢・井闥山という日本の頂に近い強豪校と試合をした。つまり自分たちが望む舞台が、どれほどの高みかを体感したのである。

 しかし、諦める理由にはならなかった。

 自分たちの不足を知ったから、それを補い、強くするために練習するだけだった。

 

「俺ら音駒にとって烏野はさ、宿敵なわけ。ゴミ捨て場の決戦があるからな。……桃井ちゃんにとっては、変人コンビがそれってことなんじゃないかな」

 

 桃井の幼馴染である影山。そして孤爪と同じように、予測不可能と言い切る日向。

 変人コンビこそ、桃井の宿敵であるのではないかと黒尾は告げる。

 

「そうか……。そうかもしれないな。それでも俺たちは、俺たち自身の力で、もう一度全国を目指すよ。次は春高だ」

 

 誰かに目をかけられたから勝てるわけじゃない。勝負の世界はいつだって真実を映し出す。運も実力も全てを掴んだ者にしか、勝利は訪れない。

 澤村は正しく理解していた。

 おにぎりを食べ終えると飲み物で喉を潤して、力強い声色で言い切った。深く根を張る大樹のように、決して揺らがない大地のように、その眼差しには屈強な精神が強く現れていた。

 

「ただ、もし春高で桃井さんのいるチームと当たった時は、このお礼をするさ。もちろんバレーでな」

 

 

 

 そして数日が経過し。

 

 

 

 平成24年度

 全国高等学校総合体育大会

 男子バレーボール競技大会

 

 一生に一度の大舞台は、富山県で開催される。

 2012年7月29日、日曜日。17時から予定通り、氷見市ふれあいスポーツセンターにて開会式が始まった。

 翌日、30日には予選グループ戦が開始。

 その後の二日間に決勝トーナメント戦があり、最終日の8月2日に準決勝・決勝が行われる。

 そして同じ会場で閉会式をして、終了という日程だ。

 

 全国の熾烈な予選を勝ち抜いた強者が今、この会場に集っていた。

 緊張で顔を強張らせる者、ワクワクして喜色満面の笑みを浮かべる者、秘めた覚悟を瞳に宿す者、その表情はさまざまだ。

 だが彼らの心にあるのはただ一つ、優勝のみ。全員、勝つためにここにいる。

 たった一度の夏、たった一度の青春。

 二度と取り戻せない、彼らの熱い戦いの幕があがった。







第77話(2025/07/30時点)『別の舞台』のラストでは、桃井と北さんは互いに「北先輩」「桃井」と呼び合ってます。
しかしここまで物語を展開するまでに想定上に二人が仲良くなったので、今回下の名前で呼び合ってます。
77話を修正しようかと思いましたが、せっかくなので記念に残します。


X(@mmhaii054m)に投稿した水着落書き↓

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