開会式・2
開会式の入場待機列は雑然としている。入場開始時刻まで時間があり、また大会でしか会えない選手があちらこちらにいるので、この場はとても自由だった。
かつての戦友に話しかけたり、有名な選手をチラチラ見て興奮したり。ここには各都道府県の予選を勝ち抜いた猛者ばかりで、加えて男子チーム・女子チーム両方いるので、凄まじく賑やかである。
そんな喧騒の中、一糸乱れず整列するチームがあった。
「すげぇ、あのチーム」
「稲荷崎ってめっちゃ強いけどさ、やっぱ強豪って規律正しいんだな……」
「そこって"桃井さつき"獲得したとこだろ? あんなかわいい子がマネージャーってズルだよな」
「ああ、名前だけ聞いたことあるわ。それ完全に目の保養用じゃん」
稲荷崎である。
先頭に立つのは主将・北。瞼を下ろし、静謐な雰囲気をまとっていた。その後ろに選手たちが、一筆すっと入れたような美しさで並ぶ。
彼らは微動だにしなかった。
北が目を光らせているので、騒ぐことも列を乱すこともできないのだ。よってはしゃぎたい・話しかけたい・かゆいので鼻を掻きたい……そんな気持ちを我慢して、眼光を鋭くして開始時刻を待っている。
彼らの放つ圧に怯えて、稲荷崎の両隣のチームがザワザワしていた。道を歩いていたら突然その筋の人に絡まれた時のように、可哀想にもオロオロしていた。
「うーわっ、相っ変わらずヤクザみてぇ」
そこにやってきたのは、紫と白の集団。真っ先に話しかけてきたのは、赤い髪の悪魔。天童である。ぐにょりと痩躯を傾けて北の顔を覗き込んだ。
話しかけられて、北は静かに瞼を持ち上げる。狐の瞳と目が合うと、天童はものすごい緊張感を覚えた。そして、そんなふうに相手を威圧させる人物がもう一人。
「ヤクザちゃうわ」
「彼らは学生だ。ヤクザではない」
「二人して言わなくてもわかってるよ。はいっ、握手」
後ろからやってきた牛島が眦を吊り上げる。しかし天童に促されて「……?」という顔をしながらも、素直に手を差し出した。一度左手を差し出そうとして留まり、右手を持ち上げる。
北は少しばかり意外そうに目を丸くすると、右手で握手を交わした。互いの背中を押すかのように、心地よい程度の力が込められる。
GW合宿での挨拶とまるで違っていた。
「武運を祈る」
「そちらこそ」
あの時と違って、バチバチした敵対心はない。かといって信頼関係や絆があるわけでもない。言ってみれば、奇妙な縁だ。それが両者にシンパシーを感じさせる。
とはいえはたから見て緊迫感のある堅物そうな男二人が握手する図は、教科書に出てくる条約締結のシーンみたいだ。
「やっぱこの二人が並ぶと首相みたいなカンジ! おっんもしれ〜」
「主将だが」
「主将やけど」
「んもう。そっちじゃないよ。あっ、そうそう!」
天童が首を伸ばして、後ろの方にいる角名に笑いかけた。
「今度こそ息の根止めちゃうからネ」
「……やれるものなら」
「! へぇ」
宣言をすれば、角名が好戦的に言い返してくる。角名の後ろに並ぶ治が、無言で角名の背中をバシンと叩いた。よくぞ言い返したと褒めたのである。
練習試合で天童に散々狙われた角名は、あの日の屈辱を糧に武器を磨き上げてきた。汚名返上できる機会を虎視眈々と狙っているのである。
天童が角名に話しかけたことで、牛島も本題を思い出し、とある人物へ目を向ける。
「尾白アラン」
「なんや。牛島若利」
「俺は勝ちに来た。……エースとして、チームとして」
「……奇遇やな。俺もや。どっちを背負っても、もう負けへん」
目の前の広い背中から発される、どしんと肝の据わった声音に、今度は銀島が「かっこええ……」と目を輝かせた。エースとしてどれほどの重圧に耐えてきたか、その苦労が染み渡った深い声だったのだ。
白鳥沢の二人が絡んできたことで、稲荷崎の隊列は崩れ始める。先頭の北や尾白が牛島らと話し始めたので、後ろの方の二年生たちもしれっと自由に動き始めた。
「? お! オッスー双子」
「おー! 元也くん。相棒はどうしたん」
「佐久早はあっち。毎度のことながら、隅っこにいんの」
「夏でもマスクしとるやん。暑ないんか?」
「それより人混みの方が気になるんだよ、アイツは」
特徴的な麻呂眉を下げて古森がにこやかに指を差した先、佐久早がじっとりと沼のような目で睥睨している。中学の頃から変わらない。双子にとっても見慣れた姿で「ふーん」と流した。
佐久早の目線は稲荷崎の方を向いているようだが、多分気のせいだと思い込んでいる。
自分が勧誘した桃井さつきを掻っ攫ったチームとして恨めしい気持ちを向けられていることに、彼らは全く気づかない。
「合宿でもマスクしとんのやろな」
「ん? ああ、まあ、そうだね。練習以外じゃ大体そう」
「ご飯の前後でも?」
「そりゃそうだよ」
「BBQとかした? そん時も?」
「やったやった。基本マスクつけてるって。他の人が不用意に肉つっつかないように、自分のとこの肉は超監視してんの。すぐどっか行っちゃったけどさ」
すごい質問してくるな……と思いながら古森が答える。双子は相槌を打つも、それから二人は全然そこから動こうとしなかった。
何かを聞いて欲しそうな感じでソワソワしている。意味もなく前髪を触ったり首の後ろを撫でさすったり腕を組み直したりして、とにかく落ち着きがなかった。
何か聞いて欲しいことがあるのかな? と親戚の小さい子を相手にする気持ちになって、古森は優しく聞いた。
「あー、なんかインスタで角名の投稿流れてきたけどさ。稲荷崎もBBQやったんでしょ?」
すると双子は待ってました! とばかりに目を輝かせた。しかし視線を遠くにやって、「あー、ね?」とカッコつけた顔をする。
古森は心の中で笑ってしまう。その仕草は、めちゃくちゃ話したいけどあくまで"聞かれたから答えます"のポーズをするちびっ子に、とても似ていたのだ。
「おん。やったわ」
「まあ毎年のことやけど」
「うん」
「なんかビーチ? にも行ったけど」
「海パン持ってきとったから、バレー部で海? 行って」
「へー。いいじゃん、楽しそうで」
「や……なんかウチ、女子マネージャーいるから」
「ああ、桃井ちゃんな」
「桃井ちゃん?」
「? うん」
「元也くん、桃井ちゃんて呼んどるの?」
「? うん」
「……。ほ、ほんでな?」
「うん」
「桃井もなんか……水着? 着とって」
「水着」
「水着っちゅーか……ビキニ?」
「ビキニ!!!?」
それまでウンウン優しく話を聞いていた年上のお兄さん・古森は、桃井のビキニ情報にカッと目を開いた。ビキニの女の子とビーチで遊んだなんて、超羨ましい。
双子は話をする間、桃井の呼び方に関すること以外には、ずっと全然大したことないけど……価値はちょっとよくわからないけど……みたいな雰囲気を醸し出して、クソ自慢してきたのである。
要するにダル絡みだった。
「へーっ! 最高じゃん。俺らんとこ女子マネいないし、羨ましい!」
しかし古森は大人なので素直に羨ましがるふりをした。相手が求める100点のリアクションをしてあげた。
すると双子は全く同じ顔で、ニヨッと口の端をへにょりとさせる。自慢したいことを綺麗に持ち上げられて、気持ち良くなったのだ。
その変化も、やっぱりちびっ子とソックリで、古森の心の裏は大爆笑である。
「そうやろ? 羨ましいやろ?」
「うん。何して遊んだわけ?」
「えっ? ……び、ビーチバレー? とか」
「おお。楽しそう」
「う、うん。た、楽しかった……」
治は声を小さくしながら、楽しかったと嘘をついた。桃井がビキニ姿だったのは事実だが、双子は彼女と遊んでなどいない。桃井は同級生と遊ぶのに夢中で、誘う暇がなかったのである。
古森にまっすぐ「よかったね」と言われて、罪悪感でちょっと心苦しかった。
「は? は? 桃井アイツ遊んでんのかよ、そんな暇あんのかよ大会前だろーが」
「白布、ずっと桃井さんのこと嫌いじゃん」
「狐野郎は全員嫌いだ」
近くで話を聞いていた白布が怒りに震え、川西は全く表情を変えないまま「アララ」と無感情で言った。
最初、双子の声が大きかったので、桃井のビキニ情報が周囲に広まったのである。彼女のことを知る選手たちは、頭の中で思い思いの好みのビキニを桃井に着せて、ドキドキした。
そしてそれを体験した稲荷崎への敵意を高めていく。
俺らが汗水垂らして練習していたのに、お前らはかわいい女子と水着デートしてたのか!! と。
「富山かー、もっと遠いところ行きたかったなー」
一方、そんな喧騒から離れたところで、長野県代表・鴎台高校二年・昼神幸郎は天井を見上げていた。
垂れ気味の瞳と眉毛が柔和な雰囲気を出しており、フワフワの髪にそっくりなフワフワした声で、のんびり雑談している。
「こう、沖縄とか北海道とかさー。テンション上がるところが良かったな。そう思わない? 光来くん」
「別にどこだろうと構わねーよ。勝負に場所は関係ねぇ!」
「熱いねー。熱い通り越して暑苦しいや」
「何だとコラ!!」
同じく鴎台高校二年・星海光来が吠える。彼はとても特徴的な髪型とカモメのような目つきをしていて、どれだけ背が小さかろうと抜群の存在感を放つ。
それはコート上でも一緒で、背は小さいながらエースとして活躍し"小さな巨人"の称号を得ていた。
「うわっ、あの白いのちっちゃ! そんで後ろの奴デカッ! 遠近感おかしくなりそう」
「おいテメェ!! 今俺のことちっさいっつったな!!」
「ひぇッすんません!」
「いちいち噛みついてたらキリないでしょ。それに芽生と並んだら全員ちっちゃく見えるって」
「デカくてすまん」
「お前のは聞き慣れたっつーの!」
外野の声に反応し、今大会最長WS・白馬芽生は、2mの高みから見下ろすように言った。星海に言い返されても、自信満々の笑みが消えることはない。
全国大会がいよいよ始まるというのに、どこもかしこも和気藹々としていて緊張感が欠けている。
「……フゥー、………」
かと思いきや、ものすごく緊張する男が一人。
大分県代表・狢坂高校三年・桐生八その人だ。全国三大エースに数えられる超優秀なWSである。厳つい剃り込みと迫力のある表情に誤解されがちだが、彼は非常に繊細な男だった。
今から始まるのは開会式。シード校だから明日試合はないが、明後日からは本番は控えている。それを思うと心臓がキュッと縮む。
そんな様子のエースに、二年生セッターである臼利満がワッと声をかけようとして。
「桐生ーッ!!」
木兎が先に大声で叫んだ。周りが「おっ」と道を空ける。梟谷の木兎が来たぞ、九州の桐生に用があるらしい、と野次馬根性で見守っている。
「俺お前と戦うのすげえ楽しみにしてた! いや井闥山も白鳥沢も楽しみだけど。あ〜でも稲荷崎ともやってみたいな! クジだからまだわかんねーけど!」
桐生との距離を詰めて一気にまくし立てると、木兎はパッと他に目を向けた。
「あ、ウシワカじゃん! アランも! おーい!」
そして牛島と尾白を見つけてそちらに寄っていく。驚くほど早い興味の移り方だった。
木兎があちらこちらへ好き勝手動くので、その後ろを赤葦がついていく。狢坂のチームとすれ違う時、臼利と目が合った。
……この人が全国三本指(五本指)エースを支えるセッターか、と互いに警戒しながら背を向ける。もしここに桃井がいれば、「白布さんを投入したらとんでもなく面白いことになりそう」と言うだろう。
「八さん、梟谷の木兎と知り合いですか?」
「……いや。良くは知らねえ」
「えっ……?」
臼利が真っ黒な目をぱちぱちさせる。桐生は木兎の後ろ姿を見つめ、苦手な男だと再認識した。自分とは対極にいる男だ。対戦することがあれば、きっと目を逸らし続けたことに直面させられるのだろうなと思う。
……おのれ木兎。さっきん感じやと俺が圧倒されよるようにみえんか。
少し怖い気持ちを隠して、桐生は深呼吸をした。
「そろそろ始まるかな」
選手入場を待ちながら、桃井はワクワクを抑えきれない顔で言う。
高校に入って初めてのIH。しかも全国五本指のエースを擁するチームが集結している。
白鳥沢・牛島若利
狢坂・桐生八
井闥山・佐久早聖臣
梟谷・木兎光太郎
稲荷崎・尾白アラン
錚々たる顔ぶれである。この面子が揃うなんて。春高でも揃うとは限らないから、今大会が貴重な舞台になるのは間違いない。
そして宮侑を影山飛雄への供物とする第一歩が始まる。影山を高みへ導くために、まずは自分たちが高い高い壁とならなければ。
『全国優勝を目標にチームを徹底的に仕上げます。全力でサポートしますので───全力で応えてください』
入学前の春休みに冷ややかに告げた宣言。
『稲荷崎に来た当初、全国優勝を目標に全力でサポートしますと言いました。それはこの先変わりません。私は皆さんを選びました。このチームなら日本一になれると信じられた』
IH予選前に本心を爆発させた先の期待。
『努力はいくらしたって足りません。……勝ちたいですから。このチームで絶対優勝したい……』
夏休み合宿最終日に、心に湧いた気持ち。
どれもが桃井の本音を現している。
『宮侑を影山飛雄に捧げようとしているのか?』
稲荷崎を選んだ根幹・当初の目的は全て"影山飛雄のため"だった。
しかし彼らと濃密な日々を過ごす内、このチームで勝ちたい、優勝したいとも本気で願うようになった。
稲荷崎の優勝・宮侑の進化。
その先に、影山飛雄がいる。
「……先に行くから」
遠い宮城の地で練習に励んでいる影山に宣言し、桃井はアナウンスの指示通りに拍手する。
選手入場が始まったのだ。
進み出した歩みは止まらない。
男子は各都道府県から1チーム(北海道・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・愛知県・大阪府・兵庫県は各2チーム)、そして開催地(富山県)より1チームを追加し、全56チームが入場してくる。
彼らは綺麗に整列し、色とりどりのユニフォームが会場を埋め尽くした。
これが最終日には、たった1チームのみ残る。
唯一の勝者となり、残りの55チームは敗者となる。
緊張の第一試合開始まで、19時間を切っていた。
原作の「〇〇・2」というタイトルが好きなので、今回使えて良かったです。二度目の全国大会、頑張って更新します。