桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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伝統と革新

『それで、ブーイングによるパフォーマンスの低下、観客席と選手の関係性、高校バレーのマナーとモラル……色々調べてまとめてきたので、聞いてもらえませんか?』

 

 ということで、体育教官室に突撃した桃井は、まずは監督とコーチにPC画面を見せた。あっちこっちネットで探し本を読んで、論文とか参考文献も持ち出して、資料を作り上げてきたのである。

 全ては稲荷崎応援団に革命を起こし、ブーイングや手拍子を止めるためだった。

 大人たちは桃井の勢いに瞠目して言葉を失っていたが、ひとまず彼女の話を聞いて。

 

『あー……っと、つまり、桃井は応援団のブーイングをやめさせたいんやな?』

『はい。受け入れられないです』

『……いやぁ、』

『無理、やと思うわ』

『! ……』

 

 監督とコーチに無理と断言されるのは初めてのことで、桃井はムッと幼く拗ねた表情になった。それは非常に子どもっぽい。

 対して、大人たちな難しい顔で悩んでいる。どう言葉を選んで理由を述べようか……そんな空気を感じ取り、桃井は奥の手を出した。

 

『実は、吹奏楽部と応援部の方にも探りを入れました』

『い、いつの間に……?』

『稲荷崎応援団を構成する大事な生徒ですから。意見を聞いて来たんです。すると面白い結果が出ました』

 

 桃井がPCを操作すると、パッと画面が切り替わった。

 そこには二つの部の意見がずらずらと並べられている。賛成か反対か、それぞれの理由と共に明記されていた。

 

『結果は半々に割れ、まさに賛否両論という感じでした。ブーイングも含めて応援だとか、悪役っぽくてこれはアリという賛成意見。そして反対意見には……周りの目が気になる、スポーツマンシップに欠ける、サーブの時に気持ちよく演奏しているのを止められるのがムカつく……』

『最後のはブーイング関係ないヤツやな……侑には言われん本音か』

『その人にはどうかわかってあげてほしいと頭を下げて来ました』

 

 敵味方関係なく、選手が最大限パフォーマンスをできるように整えたい。

 桃井の真摯な気持ちが伝わってくる。

 だからこそ、大人の彼らは困ってしまった。変えられない大人の事情があるからだ。しかし学生である彼女に何と言えばいいかわからず、口をモゴモゴさせる。

 時間稼ぎのように問いを投げかけた。

 

『つまり、相手への敬意がないのが気になる?』

『! そ、それです! そう、敬意! 強豪校としての品位を損なうと思うんです』

 

 モヤモヤしていた気持ちを言い当てられて、桃井が大きな声を出した。

 

『嫌なんです。みんな本当に強いのに、プレーじゃなくて応援で品がないとか悪口言われるの……』

 

 最後には、もじもじと両手をいじって小さく言った。

 吹奏楽部にアンケートを取るときにも桃井が言われた事だった。

 バレー部の人間が吹奏楽部に応援について打ち合わせをするのは、珍しいことではない。各選手の嗜好に合わせたサーブのタイミング・要望を伝えることがあった。

 しかし「ブーイングをやめにしたいんだけど正直どう思う?」と聞かれた事がなかったので、部長や副部長は驚きつつも素直な意見を伝えてくれたのだ。

 品位を疑われるのはバレー部だけでなく吹部もなので、巻き込まれたなと思った、と。

 

『吹部が言うには、先輩方から引き継いだから、自分たちの代で変えるわけにはいかないと。……そうやって誰も議論しなかったから、稲荷崎応援団のブーイングは残り続けました』

『……、』

『だったら今、変えるべきです。納得できるだけの資料はここに揃えました。必要なら追加の資料もアンケートも用意します。……どうか、ご一考くださいませんか』

 

 桃井の声は震えていた。それは自信のなさや不安から生じたものではない。自分の手で応援団を変えるのだと決意した熱がぶり返して、昂っていたのである。

 真っ白になるくらい力強く握った拳が目に入って、監督は目を伏せた。

 そして彼女の後ろに立つ人物に視線を向ける。

 

『信介はどう思う』

『!?』

 

 ぎょっとして桃井が振り返ると、部活動日誌を提出に来た北がそこにはいた。全て話を聞いていたようで、一度まばたきを挟むだけで、言葉は滑らかに出てくる。

 

『俺個人としては、彼女に賛成です。とはいえ……主将の立場から言えば、了承することはできないかと』

『なっ、なぜですか! ここまでデータ集めたのに……まだ足りないんですか!』

『データとか、そういう理性的な話やないねん』

 

 北が静かに言った。

 桃井の熱意を冷ますほど、淡々とした口調だった。

 

『ウチの応援団は、確かにお行儀のいいモンやない。周りにアレコレ言われとるのも事実や。それでもスタイルはずっと変わらへん。何でかわかるか?』

『……わかりません』

『これがウチの名物やからや』

 

 個人の感情を置き去って、稲荷崎高校男子バレー部主将の北は、理知的な眼差しを携えて語った。その口ぶりに感情的な揺らぎはなく、どこまでも一定で機械的だった。

 

 稲荷崎高校の鬼応援団は、界隈でも非常に有名である。

 弱気なプレーには厳しい喝を。とりあえず入っとけサーブなんて打った時には「ボール出し係は呼んどらんわ!!」と非難が飛ぶ。

 そして強気な攻撃には最大限の賞賛を。それが味方でも相手でも、素晴らしいと思ったプレーには好意的な讃えを叫ぶ。

 応援団は選手たちと同じくらいの熱意で試合に臨むから、良くも悪くも熱狂的なのだ。

 

『パフォーマンスの一種というか、稲荷崎のブランドみたいなもんやな。鬼応援団を見に来る観客だって居る。伝統と言い換えてもいい』

 

 北の反論は的確だった。

 今や稲荷崎の鬼応援団を、パフォーマンスとして捉える層もいるにはいるのだ。かなり少数派だが。上手いこと行けば"ヒール"としての演出と捉えるのが当たり前になるかもしれない。

 

『……それでも品性を疑われる行為に違いありません』

『このくらいで下がる品格なら、とっくの昔に廃れとる』

 

 北の鋭い反発に、桃井は唇を噛んだ。口論に負け、反撃の言葉を探すものの、思うように見つからない。悔しさがこみ上げるばかりだった。

 桃井が反論できないのは、北の言葉が正しいと心のどこかで認めていたからだ。「伝統」という言葉の重みを、今、初めて実感した。

 それは軽々しく口にできるものではなかった。全国屈指の強豪校。その玉座を守り続けてきた監督や主将だけが触れられる、特別な重厚感を、目の前の北たちから強く感じ取ったのだ。

 ショーケースに飾られた数々の賞状やトロフィーが、桃井を見下すように鈍く光っていた。

 

『信介はよぅく理解しとるな。あの応援団はバレー部や吹部だけで完結するもんやない。応援してくれて、募金までやってくれる地域のオッサン連中。ウチを卒業したOB。……何十年と積み重ねて来た伝統に、たくさんの人たちが関わっとるんや。あのブーイングもな』

『……監督やコーチが言いづらそうにしていた理由、わかりました』

 

 そりゃ明確な理由を出して否定できないな、と桃井は頭が痛くなるようだった。

 監督やコーチ、主将……立場のある人間が迂闊に手を出せる範囲ではない。そういう人たちが応援団に反対意見を出すというのは、つまり今まで稲荷崎が培ってきた伝統を否定するということである。

 そんなのできるわけがなかった。

 まず地域住民が黙っていない。

 県外からノコノコやってきた数ヶ月の新入りが無遠慮にいじくり回していい範疇を超えていた……。

 

『………、』

『さっきも言ったけど、俺個人としては、さつきに賛成や。あのブーイングも手拍子も、気持ちのいい応援とは言えん。……でも全員で勝つための全力なんやと思って、割り切っとる』

 

 黙り込んでしまった彼女に対し、北が言い含める。その言葉には尊敬の念が込められていた。否定的な感情を持ちながら、先代から受け継がれてきた地元との交わりに、敬意を払っているのがよくわかる。

 それに引き換え、エゴ剥き出しで「品性がないから嫌だ!」と訴える自分の何と無知で愚かなことか。

 裏の事情を全く知らないまま吹奏楽部と応援部まで巻き込んで、何をしていることやら……。

 やがて桃井はゆっくりと一呼吸置いて、面をあげた。

 

『わかりました』

『おう』

『理解はしましたけど、納得できません』

『……、』

 

 あのブーイングの主導権を握っているのが、監督でも主将でもなく、地域住民だとわかって……桃井はフッと息を吐く。

 

『それは、今までそうやってきたからと思考停止になっているだけです。突っついたら何が爆発するかわからないから……。その程度で私は止まりません。より良くなる方法がわかっているのに、何もしないなんてあり得ない』

 

 北はいっそ感心するくらいだった。

 普通、主将や監督、コーチに口を揃えて「無理」と言われたら引き下がる。彼らは強豪校特有の圧があるし、特に北は別格だ。ジッと見るだけでで罪を白状させることだってできる(双子相手に)。

 そんな三人に気圧されてもなお、桃井は一歩も足を引かなかった。

 そうと決まったら止まれない猪みたいだなとも北は思う。そして冷静な頭で、ああと気づいた。

 宮城から単身で兵庫に越してきて、応援団の伝統を変えるために資料を作りアンケートまで取って……彼女は行動力の化身だったのだと、改めて思ったのだ。

 そういう感じで北は感嘆していたのだが。

 

『その程度やと?』

 

 室温が数度下がったのではと思うくらい、監督から低い声が落ちた。

 さすがの北も、ばち! と目を大きく開いて様子を見ている。しかし桃井の表情は変わらない。いや、変えないことで彼女の覚悟を見せつけたのだ。

 

『はい。皆さんが地域住民を怖がって意見を出せないというのなら、私がやります。兵庫出身でもない、入学してほんの数ヶ月の、ただのマネージャーなら、騒いでも誰も怖くないでしょう? というか部外者の私じゃないと解決できないと、今、判断しました』

 

 生来の気の強さ・負けず嫌いが発揮されていた。

 みんなが誰かを怖がってルールを変えないまま、ここまで来てしまったのだ。

 監督やコーチら大人は地域住民のオッサン連中を。

 主将や部員達は今までバレー部を牽引してきたOBを。

 吹奏楽部や応援部は引き継ぎをした先輩たちを。

 それぞれに怖い存在があって、足を引っ張りあっている。全員にしがらみがあるから、自由に動けないんだと思った。触れてはならない禁忌・暗黙の了解が完成されており、雁字搦めだった。

 だから他県からやってきた自分がやるしかない、とある種の使命感すら覚えて、桃井は矢継ぎ早にまくしたてる。

 

『監督、コーチ! 相手サーブへのブーイング、正直どう思いますか!』

『!? ま、まあ、絶対やらなアカンもんやないし……』

『今までやっとったから変えられんかっただけやし……』

『それは熱心な地域住民の了承があれば、変えて良いと受け取ります』

『お、おん』

『信ちゃん先輩は!』

『三度も同じこと言わせるんか?』

『すみませんッ! ではここに、三名の同意があるものとします。吹部と応援部にアンケートをとる過程で、賛同者はある程度数を集めました。ブーイングがもたらす心証の悪さをまとめた資料もある。これだけで近隣の方への説得材料はあるかと思います……が!』

 

 桃井が口を挟ませるタイミングを与えなかったので、大人の二人は圧倒されていた。

 しかし、ひょっとして桃井は、応援団のオッサンたちを説得して回るつもりなのか? と思い至って、背筋が凍る心地だった。

 立場のある大人がブーイングの撤廃に賛同した。その情報だけで、オッサンたちがどれほど騒ぎ立てるかを想像したのだ。面倒ごとどころではない。この話が校長や教頭、保護者会に伝わると非常にとんでもないことになる。

 だから大人達は「待て!」と制止しようとするが、それより前に桃井が急ブレーキをかけた。

 

『この話に監督やコーチ、主将が乗っかったとわかると面倒になるとわかっておりますので、内緒にします。あくまで私が単独で動いたことにしましょう。応援内容の変更は確定事項ではないので、まだチームには伝えません。よろしいですね?』

『……、……えっ、あ、えっと』

『よろしいですか!』

『は、はい!』

『では! 応援団構成員の情報を教えてくださいッ』

 

 がばっ! と勢いよく桃井が頭を下げるので、彼らは「オ……」と戸惑って……流されるまま頑固親父たちのことを教えた。

 そういえば稲荷崎に来た当初、厄介者だらけの男子バレー部を実力で黙らせた女だったな、とも思った。

 とはいえ個人情報を一介の学生に与えるわけにはいかないので、どうすれば彼らが集まる機会を作れるか、説得させられるのかを、一緒に考えるようになる。

 意欲的な学生が可愛いのは、どんな鬼教師でも同じだった。

 

 

 

 

 そして来たるXデー。

 応援団のオッサン連中を集め、桃井は資料を交えて応援団の改革を求めた。

 最初はえらいかわいい女の子がやってきたなぁとニコニコデレデレしていたオッサンたちだったが、話が進むにつれて、恐ろしく怖い顔つきに変化していく。

 伝統と革新は常に対比し、衝突するのだ。

 

 桃井がどれだけ理性的に訴えかけても、オッチャン連中は感情的に反論した。

 彼らから見れば、数十年と繰り返した伝統を、東北の小娘が否定してくるのとまるで変わらなかった。データとか資料とかは一瞥するだけでロクに見もしない。

 たかだか十数年しか生きていない少女に楯突かれた。その第一関門に阻まれて、桃井の意見は彼らの頭にまで到達せず、言葉が意味を持たなかった。

 ブーイングの撤廃というただ一つの目標すら、オッチャンたちに伝わらない。

 

『これがウチらの伝統やから』

 

 その一点張りで、桃井は準備したあらゆる攻撃を跳ね除けられた。

 悔しいな、と後ろの方で監督する黒須が歯噛みする。あれだけ時間をかけて用意してきた秘策が、容易く切り崩されてしまう。

 彼女の努力を間近で見ていたからこそ、矢面に立たされる桃井があまりに可哀想だった。

 しかし。

 

『そうですか』

 

 桃井は決して挫けない。

 

『要するに、あなた方は何の実績もない小娘に、伝統を指摘されたのが嫌なんでしょう。ならば、相応の実力を示します。マネージャーではなく、アナリストとして』

 

 微笑みを湛える美貌が引き攣った。それは一瞬のことだったけれど、数ヶ月彼女を見守ってきた監督にはよくわかる。

 あ、桃井めちゃくちゃ怒ってるな、と。

 夜叉の影を背負った女は、ゴオッと怒りの炎を燃え上がらせ、絶対的強者の威圧感を放ちながら、最後に言った。

 

『稲荷崎に日本の頂の称号をもたらしてみせます。その時にもう一度話し合いをしましょう。……今に見てなさい。絶対、今度は、説得してみせる……!』

 

 そんなわけで桃井は説得に失敗した。稀に見る大敗北である。

 帰る時にオッチャン連中に飴やら煎餅やらを山ほどもらったが、馬鹿にしているのかと顔を赤くして受け取った。

 これを敗北の痛みとし、お菓子は自宅での作業中のお供にしたのだ。

 IHまでに応援団に革命を起こすことはできなかった。

 この時に監督たち大人組は初めて、桃井の剥き出しの負けず嫌いを見た。

 

 桃井は、オッチャン連中を黙らせる資料の再編成という大きな仕事をまたもや背負った。

 リスペクトが足りなかった。彼らの意見を聞く時間が足りなかった。もっと質疑応答の時間をとって……いやそもそもこの形式自体が間違っているのでは、などなど。

 ダム建設に反対する地域住民と役所の口論みたいなのを一人でやり遂げて、次に向けて対策を練った。

 

 このことを知っているのは北と監督とコーチくらいだ。しかし明確な手助けができない立場にある。それでも桃井は一人で革命を成し遂げてしまいそうな頼もしさがあった。

 男子バレー部たちは、桃井が何となく動いていることを察してはいるが、聞いてもはぐらかされてしまった。気になるけれど、彼女が動くということはバレー部の利益になるためであり、自分たちにできることはせいぜい邪魔をしないようにすることぐらいだ。

 

「ええぞー! 侑! ナイッサー!!」

「オッチャン達、相変わらず元気やなぁ」

 

 よって、呑気な顔をして試合に勝ち、稲荷崎は明日の決勝トーナメント戦に駒を進めた。








桃井が稲荷崎のブーイングを見て何も思わないわけがないよなーという話でした。応援に革命を起こすべく動き出したので、もしかしたら春高では違った鬼応援団が見られるかもしれません。
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