桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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桃井視点は楽しいのですが、やっぱり試合になると三人称が書きやすいのでこうなりました。


続・VS千鳥山

 西谷のレシーブが成功するも千鳥山の攻撃は思うように決まらず、北一の猛撃が止まったのは9ー1と点差が広がった時だった。千鳥山がタイムアウトを挟み、監督を中心に半円を作る。

 

「どうなってやがる。あの及川は確かに強烈なサーブを打つやつだったが、これほどまでのコントロールはまだついていなかった」

 

 あの西谷に上げられないサーブがあるなんて。千鳥山は驚愕に見舞われていた。攻撃力よりも守備力に力を注いでいたためこの状況は芳しくない。

 しかし現在深刻にすべきことはだんだんと拾えるようになった及川のサーブだけではなかった。

 

 キャプテンの言葉を継いだのはセッターだ。

 

「俺たちの攻撃手段が見透かされてるみたいだな。どの選手を使ってくるか、どのコースに打ってくるかがバレてる。それも徹底的にだ」

 

 せっかくレシーブとトスが繋がっても、スパイクはことごとく塞がれてしまっていた。思うように決まらない攻撃とじわじわと拡大する点差に、普段は冷静なセッターもフラストレーションを感じている。

 これはいかん。千鳥山の監督が不穏な雲行きを察知して口を開き、けれど声を発することはなかった。

 

「大丈夫っス! ブロックされたってどんなボールも拾ってみせます!」

 

 小さな体で言い張った西谷だが、事実必死に食らいついて千鳥山を救ってくれたことは数え切れないほどたくさんある。今回だって、きっと。チームメイトは信頼の眼差しを向けて頷いた。

 数十分前までショートしていたとは思えない頼もしさだ。先に会場で噂になっていた美人マネージャーに会わせておいて正解だったとセッターは確信する。もし会っていなかったら今頃試合どころではなくなっていただろう。

 

「こちらの攻撃が通じないんなら相手を切り崩す必要がある。リードブロックで的を絞れ」

「はい!」

 

 監督の言葉に耳を傾けながらセッターは考えていた。前はそれほど実力差はなかったというのにこれほど北一が強くなったのはどうしてだろう。何もわからないままタイムアウト終了のブザーが鳴った。

 

 

 北一の選手の顔には等しく笑顔が咲いていた。頭に叩き込んだ戦略が形となって現れるのだ。嬉しいことこの上ない。

 しかし笑顔の中に一抹の険しさを残している者が二人。

 

「……というわけで、これから千鳥山は8番のリベロ君にボールを拾わせようとしてくる。でも対策はわかっているね? 気を抜いたらもってかれるよ」

 

 緩みかけた空気を引き締めつつ、及川は内心乱れた集中力をどうにか高めようとしていた。ネットを挟んだ向こう側、極小に限られたコートの穴を正確無比に決めるのは並大抵の努力では叶わない。

 集中が途切れたわけではない。揺らぎが大きくなったものを一定に直すだけだ。落ち着け、落ち着け……

 

 不意に女の子特有の甘い香りがして、及川は意識を引き寄せられる。会場の照明を浴びて美しく輝く桃色の髪がすぐそこにあった。

 

「及川先輩は座ってください」

「は、はい。………はい?」

 

 桃井に導かれるままに及川は座った。途端、垂れる汗を自覚して距離を取ろうとする。だがタオルとスポドリを持ち直される際に手が触れて、動くことができなくなった。

 

「30秒しかないんですから、及川先輩は集中を切らさないようにしてください。チームのことならば大丈夫です。岩泉先輩がいるので」

 

 見ると岩泉が仲間に頼もしげな声音で声をかけている。その瞬間、なんだか及川の肩からフッと力が抜けた気がしてあと一押しに優しく言った。

 

「あなたが全てを背負わなくていいんですよ。仲間を信じてください」

 

 思えば、桃井が入学するまでは及川が戦略を練り展開を構築していた。無論監督やコーチも全力を尽くしてくれたが及川にもそれに似た能力があったまでのこと。さらにはキャプテンとしてチームを引っ張っていかなければならないという一種の圧迫感も少なからず感じていた。

 

 だが桃井は、岩泉は、言葉と態度で無理をするなと伝えてくれた。ちょっぴり苦しかった呼吸が楽になり、冴え渡った神経が全身を巡る。

 

 及川のまとう雰囲気がガラリと変わって、桃井はひっそりと安堵した。実は岩泉に及川を気にかけてやってくれと物凄く遠回りに言われたのだ。どう行動に移せばよいのか悩んだが、プレーに全神経を尖らせることに成功したので良しとする。監督たちにあらかじめ許可をもらっておいて正解だった。

 

「ま、もうタイムアウト終わっちゃうけどね」

「あ」

「けど、ありがとね。桃ちゃん」

 

 ぽんと桃井の頭に軽く手を置いて及川はコートに戻っていく。その後ろ姿はどこか楽しげですらあった。

 

 

「順調だな。こっちは」

「そうですね。まさかここまで如実に現れるとは……」

 

 監督に同意して桃井は試合展開を振り返る。

 千鳥山でとびきり警戒しなければならないのはリベロの西谷だ。中学生の域を超えた及川のサーブは置いておくとして、スパイクやサーブを拾われるのは、こちら側の攻撃が決まらないことと同義。

 一見危険な状況にあるように思われるが何もバレーはそれだけで勝敗は決まらない。

 

 相手側の攻撃をこちらの得点にしてしまえばいいのだ。

 

「決めたらァ……、!」

 

 北一のウィングスパイカーがスパイクの姿勢に入る。しかしトスを上げる先を見てからブロックに跳ぶリードブロックは、彼の打つ先を限定することに成功する。

 わざとポッカリ空いた先にいるのは西谷だ。なるほど、天才リベロにぶつけるってことか。作戦通りじゃん。彼は思わず笑ってしまう。

 

『スパイクはとにかく8番以外を狙うこと。もし体勢が整わなかったりしてコースを選択できなかった時は、逆に西谷さんを狙ってください』

『え、それって綺麗なトスが上がって千鳥山の攻撃の幅が広がっちまうんじゃ……』

『はい。限られた条件ならばかえってそれがいいんです』

 

 構わず放たれたスパイクを西谷は綺麗に上げ、セッターが点をもぎ取ろうと思考をフル回転させた。

 誰に上げる。エースはばっちり警戒されているし、さっきまで試した自分たちの得意なコースはブロックされた。……なら!

 

『切羽詰まった状況で起死回生のチャンスがぶら下がったら、飛びつきたくなっちゃいますよね。特に千鳥山のセッターさんは自分の手で着実に得点を決めたい主義のようですから……』

 

 トスを上げる手首がくんっと突然曲がる。ツーアタックだ。しかし北一のミドルブロッカーは予測していたかのように拾ってみせる。流れるようなチームワークで一点を取られ、顔を歪めるセッターに及川は嫌味なほどニッコリと笑った。

 

『一通り攻撃パターンを流れに組み込んでからはツーアタックを入れてきます』

「チームの攻撃が決まらなくなるとツーを多用してブロックを分散させたいんでしょ? でも、使いどころは考えないとダメなんじゃないかな、セッター君?」

 

 その時、千鳥山のセッターに灼熱のオーラが背後に見えたという。

 

 

「うお、北一と千鳥山の試合、予想外に点差が広がってんな」

 

 西光台のバレー部は観客席から試合を観戦していた。ブロックは違うが強豪校同士の激突に興味を持つのは当然のこと。去年の様子からして拮抗しているかと思われたが、北一が25ー13で1セット目を勝利したことに驚く。

 

「まぁ俺らの相手は白鳥沢だし、こいつらと戦うことはねーかも。なぁ東峰?」

「あ、うん、そうだな……」

 

 風貌からして高校三年生と密かに言われている西光台のエース、東峰はおどおどしながらコートを見下ろす。子鹿のようにか弱い目力だが試合になると強く光るのをチームメイトは知っていた。

 

「第2セットからも完全に北一押せ押せムードになるな。こりゃ今年の決勝戦、ひょっとしたらひょっとするなぁ」

「……ああ。でも……」

「ん? どーした?」

 

 珍しく言い淀んだ東峰に、チームメイトは続きを促す。こういう時は穏やかな笑顔を添えるのがポイントである。

 

「あのリベロの子、まだまだ燃えてる」

 

 東峰の目に留まったのは強烈なサーブを打つ及川でも、レシーブとスパイクの練度が高い岩泉でもなかった。コート上で誰よりも小さな体躯を持ちながら巨大な存在感を放つ選手、即ち西谷だ。

 無慈悲に広がる点差など眼中にないみたいに、執拗にボールだけを追ってコートを悠々自適に泳いでみせる。

 すげえなぁ。自分にはない心の強さに眩しそうに目を細めた東峰は、鞄の紐をギュッと掴む。なんだか無性に駆け出したい気持ちになって出口に向かった。

 

「ちょっと行ってくる!」

「あっ、おい! どこ行くんだよ?」

 

 普段のヘタレな様子からは想像できない行動を取った東峰と入れ替わりにやって来たのは白鳥沢学園高等部の監督、鷲匠だった。

 コート脇の試合中の監督やコーチが座るスペースに最も近い席に座って、じぃっと睨みつけるような視線を送る。その眼にはクリップボードに指し示して何事か選手に話している桃井の姿が映っていた。

 

「桃井さつき……お前の仕業か」

 

 この前の北一と白鳥沢との練習試合での疑問は確信に変わり、鷲匠は口角を吊り上げる。

 

「な、なんだか悪寒が……」

 

 桃井がぞぞっと背筋を震わせた。

 

 

「もう一本!」

 

 脚がはちきれそうだ。ジンジンと熱を持つ腕が限界を主張するも、西谷は無邪気にボールだけを求めていた。相手の1番、及川といったか。すげぇやつ。あんな強烈なサーブは初めてだったし、今までこんなにもレシーブに苦労したボールもなかった。

 

「脚止めんな!」

 

 熱くなった頭から敬語がすっぽり抜けていたが、三年生であるエースとセッターは悔しそうで勝気な笑みを浮かべる。

 途中から得点板を見るのをやめてしまったけれど感覚的には北一は20点台にのっただろう。点差はおそらく10点ほど。

 

 終わりたくない。負けるのが嫌だ。先輩たちと試合ができなくなるのが嫌だ。コートにいたい。勝ちたい。

 

 溢れそうな思いを頰を叩くことで押さえ、西谷はまっすぐボールを見据えた。

 

 直進し、曲がり、急に勢いを失くすのもあれば床に堕ちてもなお力いっぱい弾むボールもある。鮮やかな表情を持つボールを誰よりも先に触れるリベロというポジションが、西谷は好きだった。そして、何よりも気持ちいいのが、

 

「オラッ!」

 

 ───無音の響きが歓声に変わる。岩泉がぶち込んだスパイクは誰の目にも決まったように見えただろう。しかしその先には西谷がいる。

 静かに美しいレシーブをするこの瞬間が、スパイカー渾身の一撃を拾う腕の感覚が、どこか遠くで響く歓声が、大好きだった。

 

 あ、なんか今、スゲーいい調子だ。

 体が勝手に動く。思考も感情も置き去りにして、反射だけで動いてるみてー。西谷には漠然とわかった。

 

「いつまで続くの、このラリー……」

 

 桃井は賛嘆を滲ませて囁く。北一にとってはセットポイントであり、千鳥山には絶対に奪わなければならない場面だ。後がない千鳥山の選手が揃って凄みのあるプレーをする中で西谷だけは違っていた。

 

 今すぐ脚を止めたってしょうがないぐらい誰よりも動き回っているのに、コートで誰よりも楽しそうだ。ボールが落ちそうになって嬉しそうにそこへ飛び込んでいく。

 西谷が動き回り続ける限り千鳥山に敗北が訪れることはない。鉛のように重たい腕を天に伸ばして、セッターもエースも必死に足掻いた。

 

「っんとに、西谷マジカッケーわ」

「俺が決める!」

 

 千鳥山のセッターはエースへトスを上げる。ボールに触れた瞬間、大きく震えた手のひらから送り出されるトスはお世辞にも綺麗とは言えなかった。しかしエースはニッと笑って全力で腕を振るう。

 

 何回目かのドシャット。

 その日、千鳥山は北一に2ー0で敗北した。

 

 

───

 

 

「ぅ、ううっ、うああああ……!」

「だからよぉ、泣くなって。つられて俺も泣きたくなんだろーがよぉ」

「うるせぇ! だって、勝ちだがっだから……!」

「もうちょいいけたと思ったんだけどなー。強かったな、あいつら」

 

 千鳥山の選手たちはそれぞれの面持ちで敗戦を振り返っていた。泣いている者、悔しさに唇を噛みしめる者、次へと覚悟を決める者。集団になってバスへと向かう道のりで、キャプテンは西谷が消えたことに気づいた。

 

「西谷……あいつには悪いことしたなぁ」

「……どうしてだ?」

「あいつウチの部で1番のバレー馬鹿だったじゃん。もし俺たちが強かったらもっと輝かせてあげられたんかなって」

 

 親しかったセッターと共に涙を流した後、妙に落ち着いていた西谷の顔が頭をよぎった。

 

「バーカ、そんなこと言ってたらまたノヤにどやされるぞ」

「それは勘弁」

 

 ひとしきり笑った後に、キャプテンは目を細めて言う。

 

「あいつはまだ強くなれる。そしてあいつが支えるのはお前たちだよ。だから自信を持て。スゲェ心強いから。……頑張れよ」

「はい!!」

 

 後輩たちが声を揃えて返事をした。

 そして何人かで手分けして西谷を探し、残りは先にバスに乗り込むこととなる。

 

 落ち込んでいるんだろうか。いつも能天気かつ元気いっぱいなヤツで、負けてもずっとは引きずらないタイプで、むしろ相手に感動する正直者だ。それはあり得る。

 殺人サーブこと及川のサーブに蹴散らされまくったし、西谷がせっかく上げたボールをつなぐこともできなかった。もしかしたら……そこまで考えが及んでいた時、あの賑やかな声が聞こえてきた。

 

「次は止めてみせますから!!」

 

 ……おいおい、嘘だろ。千鳥山のセッターは死んだ目で曲がり角から顔を覗かせる。

 

「うん。次も拾わせない。けどさ、戦うとしたら高校でじゃない?」

 

 なんで北一のキャプテンに絡んでんだアホか!

 彼は天を仰いだ。


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