桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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価値観の違い

「あいつはアレか、どっかにいなくなる達人なのか」

「また消えましたね。及川先輩」

 

 本当に勘弁してほしい。岩泉先輩の機嫌が急降下している隣で私は呆れたため息をつく。

 忘れ物がないか確認してくると及川先輩がいなくなってしばらく経ち、また二人で探しに行く羽目になった。及川探し隊とかじゃないんですけど? なんで及川係(及川先輩の相手をする係)に私も任命されちゃったんですかね? あ、岩泉先輩は殿堂入りってことです。

 

 本日の日程も終了し人気の少なくなった会場内を歩き回っていると、千鳥山のセッターさんが忍者みたいにコソコソと壁の横に張り付いている様子が目に入る。

 

「あの人何やっているんだろう……」

「おい、他んとこ探すぞ」

 

 踵を返しかけたところでその声が聞こえた。

 

「何でですか! 俺まだ戦いたいっス!」

「いやいや。夏の大会終わったら三年生は引退しないといけないからね」

 

 西谷さんと及川先輩の声だ。岩泉先輩と顔を見合わせる。どうやらセッターさんのいる曲がり角の向こうに二人はいるようで、西谷さんのよく通る声が響いていた。

 ああ、あの人に絡まれていたから及川先輩は中々帰って来なかったのか……。そう考えていたら岩泉先輩がセッターさんに近づいた。

 

「なあ」

「わっ! な、なんだ北一のエースかよ……びびったわ」

「クソ川回収すっから割って入っていいか?」

「あー、いいんじゃね? 俺も西谷呼ばねーと帰れねーし」

 

 などというやり取りがあって二人は曲がり角の向こうに消えていった。え、私? 行かないよ。目的は達成されたし西谷さんがいるから迂闊に姿を現せないからね。いやどういうこと。

 

 しかし及川先輩の言葉が頭から離れない。余計騒がしくなったそこから退散する私はそれに気を取られていた、或いは疲れていたんだと思う。歩いて数分、目の前に立ちはだかる敵にようやく気づいたのだった。

 

「わ、マジで北一マネかわいー。ねぇケータイ持ってる? 連絡先交換しようぜ」

「嫌です。そこ通してください」

「まぁまぁ。いいじゃんちょっとだけ〜」

 

 ちょっとじゃないでしょうが! と心の中でぶちまける。人懐っこい笑みを浮かべる彼は、喋り方といい表情の作り方といい軽薄さが前面に押し出されていた。及川先輩と中々いい勝負をしている。こいつ、何奴………たしか、てる……照内さんかな? これからは敵としてインプットしておきますね!

 

 しかし鋭い眼差しにも怯まないところからして図太いを神経している。なんでこういうのにばっか絡まれるのか……前も岩泉先輩に迷惑かけたしなぁ。

 

「おい」

 

 ……なんで鷲匠監督がここにいるんですかねぇ。威圧を滲ませて佇むそのお人に照内さんもヒッと声を詰まらせた。

 

「えっと〜それじゃあ俺はこの辺で……」

 

 照内さんはそそくさと退散し、私と鷲匠監督だけになる。やめて、この人と二人きりはやめて。今もジロジロ見られてるから! 事情知らない人が通報しそうな光景だから!

 

「北川第一中学のマネージャー、桃井さつきだな」

「は、はい。あなたは……」

「白鳥沢学園高校バレーボール部の監督をしている鷲匠だ」

 

 知ってます。

 

「あの……私に何か御用でしょうか」

「単刀直入に言う。中学を卒業したら白鳥沢に来い」

「は?」

 

 自然と口から疑問が飛び出していた。慌てて口を手で塞ぎ、何も言っていませんよアピールをする。もう手遅れな気がしてきた。

 だが鷲匠監督はやや眼差しをキツくしただけで質問を待っているようだったので、控えめに問う。

 

「ええと、色々質問どころしかないのですが……そもそも私、まだ中学一年生ですよ。選手でもありませんしスカウトする相手が違うのでは……」

「だからこそだ。成績は知らんが偏差値の高い白鳥沢に来るなら学業に力を入れておかなければならない。三年になって成績が足りませんでしたじゃ話にならんわ」

 

 いやなんで白鳥沢行くのが前提みたいになっているんだろうか。確かに中高一貫の私立で一般入試でも難関と称されるところだし、勉強がかなりできないと合格しないのだけれど。

 実は飛雄ちゃんの為に調べたことがあったので、そこら辺のことはわかる。だけどさ。

 

「私が白鳥沢に行くとは決まっていません。北一のほとんどが進学する青葉城西、小さな巨人がいたという烏野……それから伊達の鉄壁こと伊達工業だとか他にも高校はいくらでもあります。とにかく二年先の話をされても、その……困ります」

 

 今は7月。中学生になってから3ヶ月程度しか経っていない。いくらなんでも早すぎるという主張である。それから前提に。

 

「私はただのマネージャーですよ。わざわざ絶対王者・白鳥沢の鷲匠監督がスカウトする理由がわかりません」

「ほう。まさか本当にわからないとでも言うつもりか」

 

 バレてるー! 分析しまくってるってバレてますフラグ回収しましたお疲れ様でーす! 名前知られてたから多分牛島さんから聞いたのかな………はぁ。

 誤魔化すことを許さない毅然とした視線を受け、私も覚悟を決めた。

 

「お前の能力は白鳥沢に必要な武器だ。選手の分析能力に長け、各チームに適した戦略を立てゲームを予期する……まだまだ荒削りなところはあるが、おそらくそこは及川が調整している。北一が爆発的に強くなった理由はこれだな」

 

 なぜそこまでわかるんだ。

 

「フン。俺を出し抜こうなんざ百年早いわ小娘」

 

 ……スカウトだったらその高圧的な態度は何なんだろう。しかし改めて鷲匠監督の観る目の鋭さに思わず唸る。

 

 試合中に敵の動きを見て対策する頭脳や常にコート全体を把握できる視野の広さと冷静な判断力は、及川先輩の強さの源であり、私の分析能力と頗る相性がいい。

 互いの欠落部分を補い、及川先輩の指揮するチームはそれだけで伸び伸びとプレーできるようになった。

 

 つまり、私が言いたいことはね。

 

「及川先輩はスカウトしないんですか」

「自己主張の強いセッターは要らん」

 

 ぴしゃりと断言したその発言に腹が立って、私は顔を歪める。

 

「北一の強みは及川が全体を指揮しているから。チームとしての最大値を引き出す力は敵ながらあっぱれだわな。だが主力の……牛島の邪魔になるんなら不要だ。まぁ岩泉にはそれが必要なんだろうが」

 

 その時、鮮明な記憶が駆け巡った。図書室で議論を重ねた柔らかな空間。苦しげに乱れた美しい瞳。芯の通った力強い眼差し。ぶっきらぼうな声。体育館での居残り練習。

 

 私は及川先輩をカッコイイと思っている。こんなこと言えるわけないけど、彼は努力の天才だ。バレーの天才と常に競い合ってきた実力は紛い物なんかじゃない。

 

 私は岩泉先輩をカッコイイと思っている。どれだけチームの心が折れそうになったときも大黒柱として奮い立たせる精神力は、見ていて心が震えるほどだ。

 

 そんな二人をそう評価されて、私は酷い人間だから、ただ……よかったと思った。

 

「そうですか……なら、遠慮なく」

 

 すぅっと息を吸って、花も恥じらう微笑みを湛える。

 

「私、鷲匠監督とは頗る相性が悪いみたいですね」

 

 今度は鷲匠監督の顔が歪んだ。小娘め、とドス黒いオーラが漂う。ともすれば殺気にも捉えられる気配を強くする鷲匠監督に対して、私は光のオーラを放つ微笑みを崩さないまま続けた。

 

「私はチームの目まぐるしい色が好きなんです。各チーム、各世代で塗り替えられる強さって刹那の美があると思いませんか? 私はそれぞれに適した選択を取らせることがベストだと考えます」

 

 強さは変幻自在だ。だから戦略を練るのが楽しいのだし、分析していく。でなかったらバレーボールはこんなに面白くないだろう。系統の違うチームが戦ってこそ試合は映えると思う。

 多分私に選手のプレーの好みはない。その人にピッタリのプレーが最適解という信念があるからね。

 

 けれど別の意見があることもわかっている。これは私の好みを押し付けているに過ぎない。普段はしないけれど、この人にはこれが最も効率的な手段となる。

 

 だってこれまでの発言からして鷲匠監督は……。

 

「違げーな。そんな悠長なことを言ってられるほど中学高校の3年間は長くねぇ。強さへの効率的な道は、強い選手を磨き上げることだ」

 

 ほらね。こう来ると思った。

 

「お前はこの前の練習試合で牛島のスパイクを見ただろう。圧倒的な高さとパワーで他を潰す……あれこそが本物の強さというやつだ」

 

 飛雄ちゃんの緻密なトス、牛島さんの大砲のようなスパイク、西谷さんの粘り強いレシーブ。天才に分類される才能にはもちろん心を奪われる。

 鷲匠監督の言う本物の強さ。それは選ばれた才能というやつなんだろう。

 

「……私と鷲匠監督とじゃ価値観が違いますね。白鳥沢に入学したとして、上手くいくとは思えません」

 

 誘い出したところへ結論を叩き込む。牛島さんのプレーを間近で観れるのは魅力的だが、及川先輩や岩泉先輩を否定されて黙っていられない。

 ああ、これで白鳥沢への選択肢は潰れちゃったかもしれないなぁとぼんやり考えていたら。

 

「そりゃそうだわ」

 

 鷲匠監督は腕を組んで至極当然だと言った。

 

「衝突することなんざ想定内。それが選手同士か、監督とマネージャーかの違いでしかない。普通じゃありえないけどな」

 

 まぁ小娘が口出ししたところで流されるのがオチだよね。しかし長年白鳥沢を全国へと導く名将・鷲匠監督は違った。ニヤリと悪い笑顔を浮かべる。目元に生まれたさらなるシワに、ほんの少しだけ悪戯っ子みたいだなと思った。

 

「たとえソリが合わないとしても白鳥沢の強さにお前の能力が要る。よく考えておけ。来年またスカウトしに来る」

 

 言いたいことを言えてすっきりしたのか、フンとその場を立ち去っていく。えっと、つまり、なんだ……。

 

「さらに目をつけられた……?」

 

 いやいや、物凄く失礼だったよ私。こんな大人しくないマネージャースカウトする? スカウトっつーか喧嘩みたいだったけど。てか来年て。え、マジなの。本気なのあの人。

 

 内心テンパりながら考えていれば何も考えていなさそうな騒がしい声がした。

 

「あー!! もっももも桃井さん!!」

「ゴメン桃ちゃん一人にしちゃった! 大丈夫? 絡まれなかった?」

「こいつは他校に絡まれたけどな」

「はは、西谷がすまん……」

 

 ……なんだろう。さっきまで鷲匠監督と対峙していたからかな、西谷さんや及川先輩が輝いて見える……。特に西谷さんのオーラにほっこりした癒しさえ感じる。あ、岩泉先輩はもう太陽ですね拝んどこ。

 

「なんか……みなさん素敵ですね」

 

 あ、数名ショートした。

 

 

 

 ようやく帰宅し、ベッドに深く身を沈めた。待ってましたと優しい眠気が瞼を下ろしてくるが血の涙を流す思いでのろのろと起き上がり、DVDをパソコンで確認する。今日の白鳥沢の試合様子からまだまだ情報を集めないと。

 

 ノートに情報を書き殴る。この前の練習試合の時のように。そもそもあの試合は勝つための試合だった。いや、もちろん勝つ気でいたけどね。

 

 本当の目的は公式戦で当たる前に布石を投じ、私の分析結果が通用するかどうか、そして及川先輩や飛雄ちゃんの実力確認といったところか。監督の真意は理解しきれるとは思わないが、可能な限り肉薄することはできる。

 

 それで上手くいったのだから結果オーライって感じかな?

 

 リベロの先輩は左の脅威に慣れた。その感覚をいかに早く取り戻すかが鍵となってくるだろう。

 私も肉眼で試合展開を分析し、より精度の高い情報を収集・分析した。及川先輩と話し合いを繰り返し前とは段違いのレベルにまで跳ね上がっている。

 その及川先輩も調子が抜群に良いのは今日の試合で明らかだ。チームを把握し全員の100%を引き出すことに成功している。鷲匠監督も嫌そうに褒めてくれたしね。お墨付きだ。

 

「うん……だから、大丈夫……」

 

 いつも不安だ。もっとやれることはあるんじゃないかと何度も考えてしまう。そんな態度はおくびにも出さないように意識しているけれど。だってさ、大丈夫って見送ってもらったほうが自信になるでしょ。

 

 しかし睡眠不足が続いたせいかテンションはなんか高いし、鷲匠監督と話したせいで体がズシリと重い。

 

 コーヒーでも飲んで眠気を覚ますか……。

 

「あれ、飛雄ちゃん。どしたの」

 

 部屋を出ると、飛雄ちゃんがソファに寝っ転がって天井に向かってトスの練習をしている。その顔はどこか不機嫌そうである。この調子でいくと高校生になった時には眉間のシワ取れなくなっちゃうよ。

 

「明日も応援あるんだし早く寝たら?」

「おー」

 

 返事をするわりには動かないのはどうしてかな。コーヒーからミルクに変更し、二個並んだマグカップに注いでいく。

 

「ほい」

「ん」

 

 渡すとボールをいじる手を止めて大人しく飲む。なんだろ、何か言いたいことあるのかしら……。今までにない行動パターンにびっくりする。何事にも直球だからね、飛雄ちゃんは。

 無言で冷たい牛乳を飲んでいるとようやく飛雄ちゃんは口を開いた。

 

「お前さ」

「なに?」

「………やっぱりなんでもねぇ」

 

 いや絶対何かあるじゃん。そんな顔してるもん。

 だがここでそれを追求するのすら面倒になって私は軽い相槌を打った。

 

「じゃ、私部屋に戻るから。飛雄ちゃんもそろそろ寝なよ」

「……おう」

 

 くあっと大きな欠伸をして部屋に戻る。眉根を寄せていた飛雄ちゃんが何を言いたいのかさっぱりで、うんうんと頭を悩ませた。やっぱりコーヒー飲むべきだったなぁ。

 

 椅子に座って動画を再生しつつ思考に耽る。

 及川先輩や岩泉先輩と出会ってまだたったの3ヶ月しか経っていない。そして結果がどうあれ夏休みが終わる頃には三年生は引退となる。

 たくさん世話になった。色々なことを教えてもらった。今度は私が返す番。

 

「勝たせてあげたいなぁ」

 

 明日、準決勝を勝てば決勝戦。白鳥沢と戦うことになる。

 明日に支障がなければいいなぁなんて心にもないことを思いながら、シャーペンを手に取った。さらば、私の睡眠時間。

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