桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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忙しいので不定期更新になります。ただし波に乗ったときはすぐに更新できると思うので、気長にお待ちくだされば嬉しいです。


決勝戦

 翌朝。学校で最終調整を終えた北一はバスに乗り込み、会場を目指す。結局飛雄ちゃんが何を言いたいのかはわからずじまいで、ずっと不機嫌そうな顔をするのが気になるけれど、それよりも寝まいと戦うほうが緊急事態だったので早々に諦めた。まぁ我慢できなくなったらあっちから言い出すと思うし。今は放置だな。

 

「さらに分析してきたね」

「はい。最後までやっておいて損は絶対にないので」

 

 直前の試合から抜き取れる情報は確実にある。万全を期してこそ分析結果は効果があるのだ。平常と変わらず口にすれば及川先輩は少し困ったように微笑んだ。

 

「……疲れてる?」

「いいえ特には」

「……そう」

 

 試合前に選手の不安要素を増やしてはならないと決めているので、表情を作って答えた。だが及川先輩は何か言いたげにする。何ですかあなたもですか。

 やがて到着した会場で視界に入ったのは白と紫のユニフォーム集団。優勝候補とされる白鳥沢のみなさんだ。両者が互いを認識した途端、ピリッと走る緊張がどこか胸の内で騒ついた。

 

「うげっ」

「北川第一か。決勝で戦うことになるかもしれん。健闘を祈る」

 

 先輩方、顔、顔! 特にキャプテンと副キャプテン! 殺意が湧いてますよ! 対してどこまでも淡々としている牛島さんは真顔だ。

 

「ああそうだね。その澄まし顔歪ませてやるよ……」

「バレーボールをしていて顔が変形するほどの衝撃を受けるのは、スパイクレベルの威力のボールを顔面に受けた場合などに起こるがそれは」

「そういう意味じゃねぇよ!」

 

 たまらず岩泉先輩が断ち切る。あれかな、牛島さんはド天然か何かなのかな。こちらが一方的にメンチ切るような形で二つの集団は離れていく。その最後尾を歩いていると背後で名前を呼ばれた。

 

「たかがマネージャー、桃井さつき」

「はぁ………………ぃ」

 

 鋭い目つきで振り返って身を固くする。牛島さんが何を考えているのかわからない目で見下ろしていたからだ。っぶねー、はぁ? って言っちゃうところだったセーフ!

 

「お前が何をしようと俺たちが負けることはない」

「……それはマネージャーが試合に出ることはないから、という意味ですよね」

「当然だ」

 

 ボコボコにしてやんよって言ったの、まだ意識してるの? それとも宣戦布告のほう? 私は小首を傾げて静かに問うた。

 

「では、あなたは試合に出られないチームメイトが不要と考えますか。……考えたこともないでしょうね。応援したり選手のサポートをしてくれるメンバーだってかけがえのない仲間でしょう。共に戦う仲間でしょう」

「マネージャーもそれと同じだと?」

 

 頷けば牛島さんは少し考える。

 

「それもそうだな。悪かった」

 

 そしてあっさり撤回されてしまい戸惑った。大人というよりも素直な人なのだろう。ああ、なんか調子狂うなぁ。

 でも一切緩まない眼光はどうしたんですかね。なんかやけに攻撃的じゃない? 理由がわからないものは好きじゃない。

 

「あの……そろそろ行っていいですか」

「ああ。引き止めてしまったな」

 

 騒つく会場から一刻も早く動こうと足を踏み出し、牛島さんとすれ違う瞬間。僅かに語気が強くなった声がした。

 

「お前には負けない」

「望むところです」

 

 反射的に言い返したけれど、どうして強く敵だと認識されてしまったのだろうか……モヤモヤした思いを抱えながら青いユニフォームを追いかけた。

 

───

 

「珍しいじゃん。お前が強い選手以外に興味持つの。興味っつーより威嚇? みたいな」

「興味があるのかどうかはわからん。ただあの目が……」

「目? あの子の目が気になるわけ?」

 

 飴玉のようにキラリと輝く桃色の瞳を思い浮かべてみる。浮世離れした美貌に華やかさを持たせる綺麗な目が、牛島は気になるという。お? まさかこの朴念仁が?? と面白がって口角を上げた。

 

「そっかー、まぁ俺はいいと思うよ。北川第一の奴らのあのドヤ顔は腹立つけど、あの子になんの罪もないしね」

「……なにか、はっきりしない」

「んん? どういう意味?」

 

 どうやら全く見当違いな方向に進んでいたらしい思考を呼び戻す。やはりこの男は生粋のバレー馬鹿だ。

 

「得体の知れないあの目が、なんだか……」

 

 雲を掴むような話にますます疑念が深まる。普段からはっきりと断言する牛島だからこそ際立つのだ。自分たちから見る桃井の目と、牛島から見る桃井の目が全く違うらしいことだけはわかるのだが。

 どういうこと? いやわからんわ。そんなやり取りをアイコンタクトで済ます白鳥沢メンバーを余所に、牛島はバレーボールシューズの靴紐を結び直していた。

 

 この前の練習試合、そしてつい先ほどの桃井の目に異質なナニカを感じた。年下の女の子が放つ雰囲気ではない。威圧のようでいて、吸い込まれそうなほどの不思議な空気を漂わせる桃井が果たして何者なのか。そして奥底に潜む能力がわからないことが嫌なのだ。

 

「北川第一が急激に強くなった理由……桃井さつき……分析か」

 

 きょとんと首を傾げ、冷静に言葉を紡ぐ。

 本人の自覚していないそれに真っ先に気づいたのは誰か。少なくとも牛島がその中の一人であることに間違いはない。

 

「あー、北一な。昨日の千鳥山との試合見たけどさ、やっぱ研究されてんだよ。あとチームの一体感が笑えないレベル」

「スピードと連携の強みはあいつら特有だし、俺たちの方が下だからな」

 

 牛島に反応して白鳥沢の話題は決勝で戦うことになるだろう北川第一で持ちきりになる。まだ先に西光台との試合が待っているのだが、彼らの中にそれを疑う者は一人としていなかったためだ。

 

「桃井………分析……。牛島、詳しく話してくれないか」

 

 そんな中、牛島を支えてきたセッターはしっかりその呟きを聞き逃さなかった。

 

───

 

 予定通りといえば予定通り。毎年のように発表される組み合わせが今年も的中した。

 

 宮城県中学総合体育大会。

 バレーボール競技 男子。

 決勝戦、北川第一VS白鳥沢。

 

「かーっ、やっぱこう来るかぁ。白布ー、どっちが勝つと思う?」

「そりゃあ白鳥沢では。ウシワカっていうスーパーエース? がいるんでしょう」

「そそ。牛島若利な。俺同級生だからずっと壁になるんだわ」

 

 パイナップル頭が特徴的な三年、川渡瞬己がぼやくと、前髪をすっきり切り揃えた白布賢二郎はそうなんですかと相槌を打ってギャラリーからコートを俯瞰する。

 県内トップツーと呼ばれる両校の試合、それも歴代最強とあれば観客が多いのも当然で白布たちのように立ち見する人の姿がたくさん見られた。

 

「きゃー! 及川くーん、頑張ってね!」

「牛島くん! スパイクかっこいいよー!」

 

 女子の黄色い声援がよく飛んでいやがる。川渡はギリと歯噛みして話を再開した。

 

「けど北一のセッター、及川もバケモンみてーだよ。千鳥山の西谷にすらそうそうボールを上げさせなかったって言うし。そんで動きも全部読まれるって噂だ」

「ここ数日で噂されるということは確実に種があるんでしょうけど……そんなことあります? 話の盛り過ぎではないですか」

「まぁちっと盛ったけど! ホントなんだって!」

「少しは真っ直ぐ信じるという純粋な心を持て」

「兼やんまで。つかどういう意味だ」

 

 そう騒ぐ声がして桃井はふと視線を上に向けた。ああ、確か豊黒中の白布さんだ。及川先輩や飛雄ちゃんと同じセッターで、強気なトスを上げる中々上手い人。そんな印象を持っていたためすんなりと名前が出てきた。

 ……隣の人の髪型すげえな! とは胸の内に秘めておくことにする。

 

「って今は他に目を向ける時間じゃない……」

 

 アップに専念するチームに視線を戻す。いよいよ決勝戦だ。北一も白鳥沢もよく通る道であるため特別緊張は見られない。強豪校ならではだよね、と桃井は感心していた。

 

「みなさん、気合十分といった具合ですね」

「ああ。ずっと目の前にあった壁だ」

 

 少し和らいだ眼差しに、桃井は数ヶ月前の監督の発言を思い出す。

 

「では、乗り越えてもらいましょうか」

「お前も共に行くんだろう」

「………はい」

 

 監督もコーチもマネージャーも、コートの外で応援するチームメイトたちも実際に隣に立って戦えるわけではない。それでも思いと希望を託して、託されて選手は誇りを胸にコートに立つ。

 

「いつも通りやればいい。お前たちの強さを見せつけてやれ」

 

 腕を組んだ監督が平素の調子で励ます。続いて及川に全員の視線が集中した。

  因縁の相手、白鳥沢だ。この三年間ずっと苦しめられてきた姿をそばで見てきたチームメイトどんな言葉が飛び出すのやらと固唾を見守る。しかし及川は飄々とした笑顔のまま、まるで軽い挨拶をするようにあっさりと。

 

「うん、じゃあ行こうか」

 

 想像外の簡素な声かけにチームメイトは目を丸くするも、やや遅れて及川についていく。数歩先を歩く及川が不意に足を止めて、振り返った。

 

 桃井はその時の及川の表情が忘れられないでいる。

 

「───信じてるよ、お前ら」

 

 優美な微笑みに言い知れぬ圧があった。それは仲間への最大の信頼を表面化させるとともに、全員にチームの絆というものを意識づける。

 ぞくり。この時、背中を這った凄みに桃井は圧倒されてしまった。キャプテンとしての及川徹が定まった瞬間を目の当たりにして鳥肌が立ったのだ。

 それはチームメイトも長年の付き合いである岩泉も例外でなく驚いた顔をしていたが、やがて彼を追う足取りは頼もしく、チームがピシリと引き締まったのが傍目にもわかる。

 

「変わった」

 

 それは誰の囁きだったか。

 いよいよ、県内の頂点を決める戦いが始まる。


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