桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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ヒィヒィ言いながら更新。みなさんが閲覧してくれるから執筆活動が止まらないよありがとうございます私は元気です。
視点がコロッコロ変わります。


見えない力

 無数のライトが燦然と輝き、12名の選手たちを鮮明に照らしている。ほぼ埋まった観客席の前列に犇く青い生き物たちの中でもとびきり変わった少年は、きらきらした目で声を張り上げていた。

 

「行っけー行け行け行け行け北一、押っせー押せ押せ押せ押せ北一!!」

 

 一年生で断トツの声量で応援する影山は、最前列で試合が観られないことを残念に思いつつも時折背伸びをしてコートを見つめる。試合が始まるまで機嫌が悪そうだったのに、今はそれを忘れてしまっているぐらいだ。

 

 先輩たち、みんなキラキラしてる。選手の生き生きしたプレーに心がどうしようもなく沸き立った。すげえ。あんなゲームをしてみたい。自分の手で上げたトスを打ったスパイカーにあんな顔をさせてみたい。次から次へと溢れる欲求は隣の奴にぶつけることとする。

 

「なあ金田一! 及川さんたちスゲーな!!」

「ああそうだな!! 岩泉さんとか絶好調だしな!」

 

 会場全体の声援に釣られて自然と喋り声は大きくなる。それとは別につい食ってかかるように返事をしてしまう癖がついた金田一は、嫌な予感に冷や汗をかく。

 

 密かにライバルと決めつけている相手がとんでもなく興奮した顔つきだったのだ。これは知っている。居残り練でよく桃井に見せる顔だ。

 

「俺、お前にいつかああいうトスを上げてやる!」

「なんだその上から目線は! お前に主導権握らせてたまるか。上げざるを得ないスパイカーになってやるわ! なあ国見!!」

 

 隣で最低限の応援をする国見に金田一がぐるんと顔を向ければ、嫌そうな顔があった。

 

「なんでそこで俺に聞くんだよ……」

「あ!? なんだって!!」

「なんでもないってば」

 

 ボソリと呟いた言葉は掻き消えて影山が聞き返すと、さらに眉間に皺を寄せる。金田一に言ったのにどうしてお前が反応する、とでも言いたげだ。どうやら三人は相性が良いわけではないらしい。

 

「つーかよく頑張るね、応援とか。こんだけの人がいるんだし、何人か声出さなくても一緒でしょ」

 

 上級生に聞こえないように、それでいて影山には聞こえるようなギリギリの声は、明らかに一線引いた立場の発言を成している。

 しかし影山はそのことに全く気づかず、バカでかい声で言う。

 

「人数とか関係ねぇ! 応援が選手の力になるからするだけだ! コートに立っていなくたって一緒に戦ってやるんだよ!!」

 

 その時、ワッと観客席が沸いた。何かが起こったんだ。やべえ見逃した!! とコートに全集中し出した影山にさらなる対抗心を燃やした金田一は、浅くため息をついた国見に苦笑してからたっぷり息を吸い込んだ。

 

 まずは応援からだ。絶対負けねぇ!

 

 

「チャンスボール!」

 

 会場内の主役たちはボールを追いかけ、青春が凝縮された汗を流しては走り回る。北一で現在最も背の高い選手はリベロが拾い上げる光景を一瞥してからトスを呼んだ。

 

「レフト!」

「任せた!」

 

 ふわりと上がったトスはネットから少し離れ気味。及川と同じチームになって3年目だが、ここ最近のトスは打ちやすくて仕方がない。ああほら、手にピッタリ。力の限り振り抜いたスパイクが敵コートを貫く。

 

「やっぱお前すげーな! クッソ打ちやすいわムカツク!」

「何でなのさ!?」

 

 なんて言いつつも笑顔でハイタッチを交わし、熱と力を分け合った。

 

 及川徹。入部したての頃はなんだこのイケメン腹立つという認識だった。バレーが上手いのもあったし、女の子にモテモテだったのもあるし、割と性格が悪いと判明したのもある。

 その認識は今も変わっていないが、項目に足された事柄があった。かなりの努力家であるということだ。

 

 一年の頃から欠かさず居残り練に参加してたし、ウシワカという絶対的な天才の壁にぶち当たってからは一心不乱にバレーに打ち込むようになった。

 

 俺たちはその姿を見て頑張んねぇとって思ったし、同時に少し立ち止まってくれとも思ったものだ。

 

 セッターとしての技量は十分にあった。他校と比べても抜きん出ていた。それでも天才ではないと歴然と示す圧倒的な才能の塊に押し潰されていく及川が、とても苦しそうでつらかった。

 

 俺たちは仲間だ。コートで共に走る仲間だ。だから頼ってくれよ。一言、助けてってこぼしてくれたら、それだけでいいから、俺たちの手を取ってくれよ。

 そう必死に伸ばした手をやつが掴んだのは、白鳥沢に敗北した次の日のことだ。しばらく見なかったあのヘラヘラした笑顔で、もう一本、ナイスキー! と言っていやがる。ホッとした自分がいた。

 

 きっと岩泉がなんかしてくれたんだな、とわかったけれど特に何も言わなかった。あの石頭で頭突きされたら敵わない。

 

 それから軌道に乗った及川は以前にも増してセンスを磨き、嗅覚を尖らせていった。

 及川の一人ひとりに合わせたセットアップは高度なコンビネーションを得意とする北一に抜群の相性で、かつ選手が伸び伸びとプレーできる。しっくり来たって表現しか思いつかないようなトスが高確率で上がった。良い調子になっていくのが自分でもわかった。

 

 スパイカーが波に乗ったらチーム全体のリズムが良くなる。最高のリズムで歯車が、チームが噛み合うのだ。

 

 その瞬間の形容しがたい胸の高鳴りが、俺は大好きだ。迫り上がってくる熱に突き動かされて、全身がしなやかな獣に変わっていく。脳からの指令を寸分の狂いもなく肉体が吸い込む快感がたまらないのだ。

 ろくにんでひとつ。ぜんいんでひとつ。チームという生き物に生まれ変わる。

 

 ああクソ、楽しいな。

 こいつらともっとバレーしてぇ。

 

 ───動け、足

 

     そんで、力いっぱい跳べ!

 

「寄越せぇえええ!」

「───ッ!」

 

 見事に釣られたブロックが顔を驚愕に変えるのを、重力に従って落ちる俺は多大な満足感と少しの悔しさを感じながら眺める。

 囮に使われた。二年の頃は見向きもしなかった白鳥沢のブロッカーが、2.5枚もついてきた。嬉しい、けど悔しい。

 

「俺、トスを上げる先ブレたよ」

 

 及川はニヤリと笑ってそう言った。んだよ、囮がバッチリついてた俺に打たそうとか一瞬でも考えたのか。あの及川に俺はトスを持って来させかけたのか。クソ、誇らしいじゃねぇか。

 

 クリアな視界で強烈なスパイクを決めた岩泉が、背中をバシンと叩く。エースがよくやったと無言で伝えてくれた。それだけで胸を張れた。

 

 

「動きが違う」

 

 白鳥沢の選手たちは垂れる汗を拭きながら改めて北一の新しい強さを体感する。

 その正体は及川がよりチームメイトを把握しゲームを支配できる能力が格段に上がったこと。根底にあるのは桃井の分析結果だが、それを正しく認識できる者はこの時点で一人としていなかった。

 

 勿論及川のサーブといった個人のパワーアップが無ければこれほど爆発的に変わることはないだろう。

 

「及川は強くなったな」

「……すっげえ嬉しそうだな?」

「強いヤツと戦えるのは良いことだ」

 

 前の練習試合での不調は逆に何だったのだろうと牛島は考える。理由は本人以外には丸わかりなのだが、全く気づく気配すらない牛島にセッターは話しかけた。

 

「牛島の目から見て及川のプレーは変わったのか?」

「ああ。だがそれよりも、鋭くなったと思う」

「鋭く?」

 

 促されるままに答える牛島の話は、及川のチームの100%を引き出す力があると褒めたこと。それから鷲匠に聞かれたこともあって、桃井の宣戦布告についても触れていた。

 それを聞いてセッターは表情を硬くし、チームメイトは動揺し、監督やコーチは顔を濁らせる。

 

 なぜならば。

 

「じゃあ、あの子……桃井が俺たちの動きを研究しまくってるってことかよ」

 

 桃井の発言はそうとしか捉えられない。それに北一の動きがガラリと変わったのは桃井が入部した今年からだ。動きを読まれた自覚のある選手ほどその話を信じるしかなかった。

 

 ただ攻撃パターンを読まれているだけならまだいい。けれど細かく分類された状況下でどの手段を用いてくるかが知られているのだ。牛島を除けば白鳥沢と北一の地力の差はほぼ同じ。高さは白鳥沢が上で、速さと連携は北一に分がある。その違いがあるだけ。

 

 しかしそんなわけがないと疑う気持ちも残る。だってあの子は中学一年生だ。分析したところで大した結果を出せないと思うのが普通だろう。

 

 やはりなのか、とセッターは歯噛みする。話を聞いた当初はそんなバカなと半信半疑だったのだ。だが、この点差。自分のセットアップを読んでいるかのような、落ち着いた北一の動き。

 

「それが真実かはまだ置いておくとして、現状は芳しくないな。牛島に積極的にボールを集めろ。現在の北川第一に牛島を止められるヤツは居らん。どしっと構えてろ。とにかく焦んなよ」

 

 俺がどうにかしなければ。監督の言葉がどこか遠くで響き、セッターは強い焦燥感と共に拳を握った。

 

 

 白鳥沢の監督は難しい顔つきで思案する。

 

 もし牛島の話が本当ならば、桃井はコートに立ってすらいないというのに戦況に多大な影響を及ぼす能力を有することになる。なんと恐ろしい子だ。

 

「……いや、それだけではない」

 

 北一の流水のように滑らかなプレーに、監督は唸る。

 

 おそらく及川と桃井の相性が良いのだろう。桃井の無茶振りな要求を及川は完璧にチームメイトへ遂行できる。さらに北川第一の特性とも見事に噛み合う。足し算ではなく、掛け算。なるほど、こりゃ第1セットを取られるわけだ。

 

「だがそこで止まったら前回と何も変わらない」

 

 いくら個人のプレーの練度が上がったところで、分析を綿密にしたところで、どうにもならない壁は存在する。

 

 優れたチームワークも、数人がかりの攻撃も、全部捩じ伏せる高さとパワー。未だ揺らぐことなく堂々と聳え立っている、高い高い壁。

 

 一番かっこいい。

 

「〜〜〜〜!」

 

 白布は手すりから身を乗り出すようにして感動に打ち震えていた。焦がれるような欲求に駆られ、今すぐトスを上げたくなった。なんと勇ましい選手だろうか。あんな強さは見たことがない。目が眩むほど凄烈な光景に己が塗り替えられていく。

 

 荒唐無稽な作り話みたいだが、バレーの神様がいるとするなら、そんな存在に魅入られた生き物。バレーのために在るモノ。それが牛島若利であると想像してしまう。普段なら相手にもしない内容を、しかし白布は信じて疑わなかった。

 

 同時に疑問を抱く。それほどの逸材に余分なものは不要ではないのか。あれこれ指示を出す白鳥沢のセッターを白布は温度のない目で観察する。

 

 俺なら、きっと。

 

「俺、白鳥沢に行く」

「フーン。……………は?」

「強い連中が集まるところへ、強いバレーをやりに行く」

 

 あの人にトスを上げてみたい。そう強く願った。

 唐突な宣言に驚いたが、横顔に滲み出る覚悟に思わず小さな笑い声をもらすと、白布に意地悪く尋ねる。

 

「ならまずは勉強しなくちゃな?」

「ぐ………川渡さん、受験生でしょ。図書館行きます?」

「ああやめろ言うな、現実を見せるな……! でも行く……」

 

 頭を抱えた川渡にひとしきり笑うと、三人は仲良く並んで試合観戦を続けた。

 

 

 一人の少年のバレー人生を変えたことなど全く気づかない牛島は、呼吸を整えながらコートを睥睨する。やがてその眼差しは敵チームのベンチに向けられた。

 

『そのたかがマネージャーに分析されまくって手も足も出ない、なんてことにならないようにお気をつけて』

 

 そうか、これがお前の強さか。確かに厄介この上ない。バレーは一人では決してできないスポーツだ。六分の五(チームメイト)が攻略されていては、残りの(牛島)しか満足にプレーできない。

 チームの噛み合わないリズムは不協和音を生み出す。桃井はこの状況を狙っていたのか。

 

 否、これは奴らに引きずり出されたのだ。執念深く、確実に。ジワジワと首を絞めていくように、着実に巻き返すチャンスを潰していくのだ。

 桃井に攻撃パターンを見透かされ、及川にゲームの展開を握られる。そうやって他の学校も敗北していった。

 

 だが、ウチは違う。

 

「持って……来いッ」

 

 牛島は叫ぶ。

 今、この瞬間だけは、牛島にトスを上げるのは不正解だと桃井は確信する。ローテーションのおかげで牛島の位置は普段打たないレフト側。彼の崩れた助走の体勢を見ればスパイクのフォームが整わないと容易にわかるし、北一の選択肢に牛島のスパイクは切り捨てられる。そうするように桃井が伝えたからだ。

 

 なのに。

 

「あっ……」

 

 ガタンッ、立ち上がった拍子の大きな音も意識の外にあって、桃井は呆然と、あるいは恍惚とした表情でそれを目の当たりにした。

 

 ───そらをとんでいる。

 普段と比べて、コンマ数秒だけ長い滞空時間。

 大地を踏み台にして跳ぶ。極限まで張り詰めた弦のようにしなやかな姿勢は美しく、時が止まったように鮮明に映った。

 

 ……かっこいい。

 

 力なく桃井が座り込むのと同時に牛島が腕を振り下ろし、空間を裂くような音を響かせてスパイクが決まる。

 

 たとえそのコースを読めていたとして牛島の攻撃を止められたとは限らない。それよりも読み間違ったことが彼女にとっては大問題だ。積み上げた微かな自信にヒビが入り、不穏に揺れる。

 

 セットカウント、1ー1。

 第3セットにもつれ込んだこの試合で、桃井は初めて自分の分析能力の挫折を味わった。


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