そんなわけで全国編、の前のちょっとした幕間の話をどうぞ。
合宿所にて
中総体を1位の成績で突破した北川第一は東北大会に進出した。
対白鳥沢で試合のパフォーマンスが120%発揮されるという、奇跡的な状態を維持して戦ったせいか、その時とのギャップで東北大会は思わぬところで躓く。
だが岩泉先輩が見事に断ち切り、流れを引き寄せたためどうにか勝ち進むことができた。
その結果、北一は東北ブロックに4つある全国大会出場の枠に入り、私たちは全国を舞台に戦う切符を手にしたのである。
現在は最後の追い込みとして合宿所で調整をしており、朝から夕方までバレー三昧。私もスカウティングをする一方でちゃんと本業であるマネージャー業に務めていた。
「お疲れ様です。岩泉先輩」
「サンキュ」
冷えたスポドリとタオルを渡された岩泉先輩はステージすぐ下に座り込んだ。今やってるチームが終了したら休憩時間になるのでその準備をテキパキこなしながら口を開く。
「少しバテ気味ですかね。ちゃんと塩分も補給しないとダメですよ」
「おー、気ィつけるわ」
どこかの誰かさんと違って体調管理やオーバーワークに注意を払える人だ。まったく見習ってほしいものである。
「桃井。資料見せてくれるか」
「どうぞ」
岩泉先輩の言う資料とは全国区のエースやら天才やらをまとめたデータのこと。東北大会の分も作成していたからここ最近の睡眠時間の平均がヤバイ。けどそんなこと言ってらんないし。
「……大エース、か」
鋭い目つきを更にキツくして、情報を頭に叩き込む岩泉先輩をちらと見る。
……ずっと気になっていたんだけど。
「岩泉先輩のTシャツってどこで買ってるんですか?」
「あ? その辺」
「そ、その辺……」
どどんと目に入るは『王』の文字。しかも行書体。カッコいい……のか? 私には理解できない。あれだよ『猪突猛進』とか『威風堂々』とかならまぁ、うん。ってなるけどさ。『王』となると、……? ってなるの。どうか伝われこの微妙な気持ち。
「金田一君もそう思うよね?」
「え? ああ、超カッケーよな!」
ダメだ同じ人種だ……! 飛雄ちゃんっ……も同じ文字T族だし。くっ、やっぱり女子は蚊帳の外か……。
いや、決めつけるのはまだ早い。うちの部にはまだこういう熱血なのにドライな人がいるじゃない。
「国見君はどう思う? あのTシャツ」
「どうとも思わないけど」
「そ、そっか」
暑さでイライラしているせいか口調は冷たい。きれいな顔立ちをしているから切れ味抜群。そんで私にもドライだった。
というか本当に辛そう。垂れる汗を鬱陶しそうにタオルで拭く国見君は、経験者である金田一君や飛雄ちゃんと比べて体力がない。比較対象がおかしいとは思うけど。でもほら、技術面じゃ負けてないからさ。
「ただ、金田一とか影山がああいうの着てたら凄くイラッとする」
「そっかぁ」
つまりあのTシャツ嫌いってことじゃん。わー、国見君と意見が一致したー。
「……何してるの?」
「だって暑そうだから」
そんなわけでバインダーをうちわの代わりにして扇いであげる。サラサラの前髪がフワフワ上がるの、なんか愉快だ。
無心で扇いでいると、国見君は何かを言う元気もないのかそのまま沈黙した。
「んだよ、桃井はこれ嫌いなのか」
「嫌いではなく、理解できない、です」
露骨に悲しそうな顔しないで2人とも。え、えー……私が悪いの? とりあえずフォローしておこう。
「多分大会が行われる会場で文字Tシャツは売ってあると思いますから、買ったらどうでしょう」
「マジか! そうするわ」
「種類多いといいが……エースとかそういう系のやつ」
金田一君買う気満々だな。そして岩泉先輩。それは需要ないと思います。
「休憩だー!」
「疲れたー、さっちゃーん、スポドリちょーだい!」
そうこうしているうちに休憩時間になった。さっきまでゲームをやっていた先輩たちが集まってきたからか、体感温度が2度くらい上がった気がする。
笑顔で声かけ。及川先輩に謎の念押しをされ続けたため、こういう時は意識せずともニコリと笑うようになった。
「はー、癒されんべ」
「これからも練習頑張れるわー」
「汗ちゃんと拭いてください」
「はーい」
まとまって返事をされるのがなんだか先生になったみたいで面白い。
あれ、いつもなら真っ先に来る2人が来ないな。
キョロキョロ体育館を見渡すと答えはすぐそこに。
「及川さん、サーブ教えてください!」
ああ、いつものことね。まっ、残念ながら断られて終わり……
「いいよ」
「えっマジすかあざっス!!」
「………へ?」
今なんて言った? 了承したの? 断る度に大人げない態度しか取らなかった及川先輩が? 口をあんぐりと開けた岩泉先輩と目が合う。ですよねビックリしますよね。
壁で在り続けた天才・牛島さんを倒したことで及川先輩の中で何かが変わったことは明白だ。それがいい風を吹かせるのが嬉しい。
「あーあ、あんなに嬉しそうにしちゃって」
飛雄ちゃんの天真爛漫な笑顔に釣られて口元を緩めた。
「なんかごめんね。全然休む暇なくて」
及川先輩は資料をパラパラ捲りながら申し訳なさそうに微笑む。
夕食後に研修室でミーティングがあって、それも終わり先輩たちは待ちに待った自由時間だと早々に出て行ったのだが、及川先輩が個人的に話があると居残るように私に言ったのだった。
「いえ。みなさんが頑張っているのに、私だけ休むわけにもいきませんから」
「そうじゃなくてさ。中総体の時も結構キツかったと思うんだよ。こういうのってすぐに作れるものじゃないし。だから……いつ寝てるの?」
東北大会の分も資料作成し、現在は全国大会の分をほぼ完成までこじつけている。
眠気と戦っていたらロクにいいものも作れないと学んだ私はちゃんと切り替えているから問題ない。
「最近眠たくないんですよ」
「は?」
「全国レベルの選手たちを分析するのが凄く楽しくて……牛島さんほどの人はそういませんが、やはり精鋭揃いでみなさん個性があって面白くって止まらなくって」
「……寝てないの?」
「眠たい時は寝てますよ」
けろりと言ってのけると、深い深いため息を吐かれた。
「もう分析しなくていいよって言えないのがつらいけど……根を詰め過ぎていつかブっ倒れない?」
「みなさんが試合に集中できるようにするのが私の役目ですから。このくらいどうってことないです」
私は少し笑った。すると資料が机の上に少し乱雑に置かれて、肩をビクつかせる。
顔見たらめっちゃ怒ってますやんえっこわ。
「桃ちゃんさぁ、選手には体調管理が基本ですとか言うのに、自分は放っておくんだね」
端正な顔に怒りが浮かんでおり、テーブルを挟んで座っていたのを後悔した。だって正面から受け止めなければならなくなる。
心配をかけてしまっている? これから全国大会を控えているというのに、あらゆるプレッシャーに過敏な頃に彼らの心配事を増やしてはならない。
だからこの合宿中ずっと気を張っていたんだけど、この人の目は誤魔化せないようだ。
「……私は選手ではありませんから」
「試合に出ないから今が無茶するところだって? ふざけんな。確かに監督はお前もチームの戦力だと言ったし、お前がいないとここまでのし上がって来られなかったのも事実だ。けど、だからって桃ちゃんが追い込まれる理由にはならないんだよ」
途中から声が柔らかくなって、眼差しに、何か、別のものが混じった気がした。仲間よりももっと深い、違うもの。
同時にひんやりした違和感が胸を刺す。気づかれないように、そっと息を吐いた。
「俺はただ普通にマネージャーの仕事をこなしてる桃ちゃんだけで充分なんだ。うん、いや、俺たちね。だからその、無理しないでって! うんそう、そういうことだから!」
少々赤らんだ顔で言い切ると、資料でパタパタと風を起こして暑いねと笑った。
「冷房効いてないんじゃないの? ねっ!」
「いや効いてると思いますけど……」
少し視線を外してなんとなく手持ち無沙汰でいると、ふと気づく。
「及川先輩、お風呂そろそろ入ってきたらどうです」
「え、俺そんなに汗臭い? 気をつけてはいたんだけど。ごめん」
「いえ、3年生の入浴時間だと思って」
壁に備え付けられた時計に目をやり、ホントだと及川先輩は立ち上がったところで。ダダダダッ! 物凄く騒がしい足音が響いている。
「何ですかこの足音……」
「さあ……岩ちゃんがいたら拳骨ものだね」
ああ、なんだか容易に予想ができる。勢いよく扉が開けられ、やはりというべきか飛雄ちゃんが顔を出した。
「さつき!」
「はいはい、自主練ね」
「今のでわかったの!?」
「わかりますよ。飛雄ちゃんですし」
先輩たちが館内に流れていって、ミーティングが終わったんだとわかった途端に走り出したんだろうね。毎日あれだけ練習しているわけだから余程の変人でない限り、貴重な自由時間までバレーをしようとは思わない。
その点飛雄ちゃんは生粋の変人だ。それに付き合う私もそうなのかもしれない。
「お、俺も行く」
「いえお風呂入ってきてくださいよ」
「やっぱり臭ってた!? ねぇ、無言で優しい微笑み浮かべないでよ!」
言っとくけど部内で一番そういうのに気をつけてるの俺だからね!? という心からの叫びは、無情にも閉められた扉の向こうで木霊したのだった。
「うーん、もうちょっとボールを当てる位置変えてみよっか」
開放感の凄まじい体育館に私の声が響く。ほぼ貸切状態って気分がいいなぁ。
「及川先輩のプレーを観察し過ぎたね。あの人の癖に寄っちゃって飛雄ちゃんとはズレてるから、ある程度慣れてきたら自分のものにしていかないと」
「わかった」
私の意見を素直に聞いた飛雄ちゃんは練習を再開する。
ここからは飛雄ちゃんが終わろうとするまで終わらない。私に出来ることはボール拾いに徹するだけ。その分思考を巡らせる余裕が生まれる。
さっきの及川先輩、びっくりした。データを集めて分析しているのを私が『追い込まれる』と言ったこと。ああ、違うなぁって思う。あの人とは大体の波長が合うからこそ、ズレが余計に大きく見えてしまった。
私に追い込まれている自覚はない。
だって分析することが私にとってのバレーだから。みんながボールに触れる手のひらは、私がシャーペンを握るのと一緒で。
確かにキツイ時はある。睡眠時間は減るし強敵相手には通用しないことだってある。それ以上に楽しいんだ。みんなにとってのバレーってそうじゃない?
けど、そうかと腑に落ちる部分もあった。
先輩たちは私が分析することは私の負担であると思っているらしい。だから資料を渡すたびに色々心配をしてくれる。そしてこちらは物凄く申し訳なくなってくる。
不思議なもんだ。本人はやりたいことを貫いているだけなのにね。
一番ざわついたのが及川先輩だからって理由だ。あの人の慧眼をもってして本心がわからないことに驚いた。
でもそんなこと当たり前じゃないか。むしろ全く違う人間なのに何もかもを理解し、されるほうが現実的じゃない。
いや、人のこと全く言えないけどさ。今までが上手く回りすぎていたんだ。
「……違ったんだよなぁ」
自分勝手で申し訳ないが、今が頑張りどきなんですよ。だから勘弁してほしい。
……私が悪いのかなぁ。
───あ、大ハズレ。
コート外に飛んでいったボールを追いかける。そういえば飛雄ちゃんにつきっきりでバレーをするのは久しぶりだ。学校じゃ他の先輩たちの動きをチェックしたりする方が断然多いし。
というかいつだったか……ああ、白鳥沢と戦う前夜だ。その時から飛雄ちゃんはなんか機嫌悪い。まぁバレーしていく内に本人も忘れてしまっているようだが。
あの日、何かを言おうとして言えなかったようだったので改めて聞くことにした。
「飛雄ちゃん。私に何か言いたいことある?」
「なんだよ急に。ねぇけど」
「あっそう。えーっとね、中総体の時にさ、猛烈に何かを言おうとしてたじゃない? アレなんだったのかなーって」
「…………? あっ、あー……あ?」
首を傾げた飛雄ちゃんは、ボールを手元でくるくる回転させる。そしてついに思い当たり回転をストップさせた。
「……お前が」
「うん」
「………あんまこういう感じでバレーしなくなったし。なんか部屋にこもってばっかだったし。キツそうだったから寝ろって言いたかった……んだと思う。さつきが元気ねぇのは気になるし、心配? だろうが」
そっか。……そうだったのか。
「珍しいね。結局言わなかったんだ」
「お前がやってたことはチームにとって欠かせないものだっただろ。で、さつきスゲェ楽しそうだったからな。じゃあいいだろ」
思い出して、あまりにも遅すぎる心配を口にして飛雄ちゃんはすっきりしたと笑う。私も肩の力を抜いて笑った。
放置という選択肢が生まれるのは幼馴染だからなのかもしれない。結果、飛雄ちゃんは私にとっての正解を選んでくれたのだった。
「よし、さつき! まだまだやるぞ!」
「やりすぎダメ。あと10本ね」
桃井の手料理をねじ込められなかったことが無念で仕方ありません。