桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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本誌で登場人物の回想があったりしてこの小説とそぐわない部分が出てくるかもしれません。その時は修正または原作改変ということでそのままにしておくので、あらかじめご了承ください。


開会式

 ついに全日本中学校バレーボール選手権大会、通称『全中』がやってきた。初日は開会式のみで2日目はグループ戦、3日目に決勝トーナメント戦があり4日目に準決勝と決勝が行われるという日程だ。

 

「うわぁ、東京って広いんだなぁ」

「人酔いする……」

「ビル高かった、やっぱ都会スゲェ!」

 

 開催地である東京に来るのが初めてでウキウキな人、逆に都会の恐ろしさに震える者など反応は様々だが、みんな緊張しているのに違いはない。

 16時から始まる開会式で選手は入場しなければならないため、集合時間になるまで観客席にて北一はまとまってその時が来るのを待っていた。厳格な監督の指示だから、時間に余裕は十二分にある。

 

「はぁ………全国に名を轟かせるスーパープレイヤーがゴロゴロいる……」

 

 うっとりと私は囁いた。多分顔はとろけているだろうが、表情を引き締めようともしない私は手遅れだ。それでもいいさ。私も変人でいいよ。

 

「あぁ、早く試合が見たい……」

「そうだな! 全国で戦うセッターのプレーを見てー!」

「本当に飛雄ちゃんはセッターにこだわるね。私は他の選手も見たいかなぁ」

 

 ワクワクしている飛雄ちゃんとあれこれ盛り上がっていると、隣に団体が座る。白と紫を基調としたユニフォームは見覚えがあり過ぎた。

 

「白鳥沢……てことは」

「桃井さつき」

「ですよねー」

 

 一番端に座ったのが間違いだった。牛島さんにさっそく見つかったため、立ち上がってそちらを見る。白鳥沢のチームメイトのみなさんもざわついていた。

 

「う、牛島が女の子に話しかけているだと!?」

「って思ったらさつきちゃんじゃん! 俺らが散々苦しめられた子じゃん!」

 

 練習試合、中総体、東北大会と顔を合わせているし、私が白鳥沢メンバーを把握していると理解されているため、あちらから話しかけるようになっていた。

 この人は誰でしょうクイズを出題されたり(全問正解したけど)、白鳥沢に欲しいなぁなんて言われる。あっちは遠慮なく名前呼びしてくるし、ガンガン距離を詰めに来られてちょっと困惑しています。

 

「よかったな牛島! じゃ、俺らは先に席取っとくから。ごゆっくりー!」

 

 主将をほっぽってキッチリ詰めて席に着き始める。牛島さんはその場から動かない。私が動けと……?

 ちらっと時計と及川先輩を見る。時間は……あるな。及川先輩は岩泉先輩と話し込んでいるから、まだ気づいていない。よし。

 

「ここじゃ目立つので、移動しませんか」

「? わかった」

 

 やっぱり変な人だけど知名度は指折りなんだよな。2人で移動していると突き刺さる視線の数にそんなことを考えた。

 移動した理由? 及川先輩に見つかったら面倒だなって。すぐ戻るから大丈夫だろう。牛島さんいるから1人じゃないし。

 程なくして比較的人気のない通路に出る。向き合って、腰に手を当てた。胸を張り牛島さんを真正面から見上げる。

 

 東北大会でも同じことが起きたしこの先の台詞はわかるので、先手を打つことにした。

 

「あのですね。2年待ってくださいって言いましたよね? なんで会う度に勧誘しようとするんですか」

「待つと言った。だが勧誘をしないとは言っていない」

「めんどくさっ」

 

 ボソッと呟いたつもりが牛島さんの眼光がギラつく。ひぇ、聞こえてんの……?

 

「……鷲匠監督が本格的に動き出すと言っていたが、まぁいい。それよりもだ」

 

 ちょ、そこ割と重要なんだけど。何に動き出すって?

 

「桃井さつき。お前の力が発揮されるのを楽しみにしている」

「…………。………え、あ、ありがとうございます」

「ああ。それと及川たちに伝えておいてくれ。絶対に勝つと」

「あっハイ。………ってちょっと!」

 

 くるりと踵を返した牛島さんの背中に大声を出す。なんで不思議そうな顔してるの。ほんと我が道を行く人だな!

 

「なんだ」

「ぇ、えっと、その」

 

 思わず呼び止めたけど、言いたいことが上手く形にならない。

 期待してくれたのは驚いた。だけど牛島さんは強い相手は素直に認める選手なので、彼の認めた相手に私も入っているらしいのは、正直有頂天になりそうなほどだ。だってこの人のプレー好きだし。

 

 だからこの人なりの……激励なのだろうか? 私が牛島さんのスーパープレーを見たいように、牛島さんも私のバレーというものに興味があるのだろうか。

 

 それは、嬉しい、な。

 ただ口から出てきた言葉は全く違うものだった。

 

「東北大会では負けましたが、全国大会でまた勝ちます」

 

 私の言葉で宣戦布告を。

 強い意志の宿った眼差しが交錯し、ふと緩む。

 

「……そうか。それでも勝つのは俺たちだがな」

 

 ふっ、と。口の端が綻び、牛島さんが笑った。精悍な顔立ちに年相応な笑顔というアンバランスな感じが、平たく言えばドキッとした。おお、これがギャップというやつか……。

 というかこの人笑うの!? あまりの衝撃ついでに言わなくていいことまで口が滑った。

 

「そういえば、いつまでフルネームで人のこと呼び続けるんですか」

「そうか。では桃井」

「はい。なんですか、牛島さん」

「なんでもない……が」

 

 律儀に続きを待つ私を横目で見て、牛島さんはふむと勝手に頷いた。

 

「悪くないな」

 

 何がやねん! 耳に入ってくる関西弁に影響され、心の中でぶちまける。

 集められたとは言えまだ時間に余裕はあって、集合場所はやや雑然としていた。

 

「ヤッホーアランく〜ん、久しぶりやな」

「合同合宿したばっかやろ。何が久しぶりや」

「え〜ノリ悪いわぁ。大会で戦うん楽しみにしとったのに。なぁ(サム)?」

「せやな。まぁどっちでもええけど(ツム)が熱くなんのは面倒や」

「なってないわ。うるさいアホ」

「試合んなったらいつもなるやん。自覚ないん??」

「あーお前ら喧しいわ!」

 

 いや3人ともうるさい。

 最初に絡まれたのは尾白(おじろ)アランさん。肌は黒く重たげな唇と丸っこい鼻をした3年生。中学生でもトップクラスのパワーと高さを持つウィングスパイカー。戦うとしたら牛島さんと同じくらい手がつけられないから恐ろしい。

 

 で、最初に絡んだのは、えーと、前髪の分け方からして(みや)(あつむ)さん。そして双子のもう1人、宮(おさむ)さん。顔立ちがまんま同じで見分けがつきにくい。どっちか染髪でもしたらわかりやすそう。ニヨニヨしている宮……侑さんとどこかぼんやりした印象を受ける宮……治さんだから、双子といっても性格は違うようだ。

 

 宮兄弟も要注意、と考えたところではっと気づく。

 

「いや、牛島さんだわ」

 

 やはり牛島さんは未知の領域だ。読ませないのではなく、読めない。そんな選手、プレースタイルを分析しても決定打にならないから困る。今の私には掌握できない妙な波を持っているからね。

 

 それよりもなんだか勧誘の照準がだんだん私に合ってきているような。及川先輩がいますやん。どうぞそちらに行ってください。

 

 あれ、そういや及川先輩への伝言って頼まれるほどのことか? 直接本人に言えばいいのに。ついでに勧誘してしまえ。……いや、及川先輩の機嫌が悪くなるからいいや。面倒だな本当に!

 

 内心は賑やかなのだが外面は無表情をキープすることに尽力している。飛雄ちゃんの隣だったから存分にニヤケられたけど、流石にここじゃアウトだ。

 あっ、ダメ、表情筋つる……。

 

「なぁ……あいつら北川第一? あのウシジマに勝ったっていう」

「セッターのサーブがえぐいっていう」

「相手チームの動きがわかるらしいっていう」

 

 お、ウチはあの牛島さんを倒したということで注目度はあるようだ。まあそれだけじゃないだろうけど……。

 

「ねぇねぇ、あの人カッコよくない?」

「わかるー! キャプテンなんだって! イケメンだよね!」

 

 各ブロックの代表に選ばれた女子バレーボール部の方たちがキャアと騒ぐ。ああ、あれって明日の試合になった途端スンッてなって及川? そんなやついた? ってなって見向きもしなくなるパターンだ。ウチの中学でも女バレはそんな反応してる。

 

 及川先輩がふふんと得意げにウインクをして岩泉先輩に蹴りを入れられている。さっきまで緊張していたみたいだが、主将と副主将の普段通りの振る舞いに先輩方は笑っていた。

 

 これがウシジマを倒したチーム? マグレか何か? だって東北大会じゃ負けたんだろ? そんな囁きが忽ち駆け抜けていく。

 

「クッソイケメンめ腹立つ……。そんで、大本命は……」

 

 ああ、視線が凄い……。大会要項にあるからってマネージャーまで選手入場の一員なのか。最後尾なのは助かるけども。

 ユニフォームを着ていない=マネージャーという方程式が成り立つので、私と同じようにユニフォームじゃない人を見つけては仲間だ……! と安堵するしかない。

 

 入場のために集められた各校の選手たちに埋もれますようにと祈るが、頭一つ分低いこの身長でも容姿は派手だから目立つ。

 

「あんな美少女がマネージャーやってくれるとか何? あいつら前世でどんだけ徳積んだの?」

「正直、ウシジマ云々よりもそっちが大事だよな。モチベーションに関わるし」

「お前らはマネージャーがいるかいないかで試合の勝ち負け決まんのかよ」

「んな問題じゃねぇ。華奢で色白! 顔が可愛い! そんな子がタオルどうぞって渡してくれるんだぜ! クソ羨ましいだろうが!!」

 

 なんとなく危機感を覚え北一のほうに身を寄せた。

 するとこれ見よがしに及川先輩は周囲に聞こえるような声量で話しかけてくる。

 

「桃ちゃん、スゴイモテモテだねぇ。まっ、俺もそうだけど。どう、いつもみたいに及川さんカッコいいって言ってもいいんだよ」

「すみませんが言った覚えはないですし他の選手を観察することに忙しいので無理です」

 

 一息に言うと私は忙しなく会場内に視線を巡らせた。くっ、人の壁(全員背が高い)は侮れないな。

 それでも四苦八苦して見えたのは、牛島さんと……あの人はまさか桐生(きりゅう)(わかつ)さんか! 九州ブロックでも際立ったプレーを魅せた力強い、いや力任せというべきだろうか。そんな荒々しいスパイカーである。つるんと形のいい頭部の丸刈りや雄々しい眉はまさに九州男児といった風格だ。

 

 やはり両者とも3年生で中学最後の大会となるだろうし、宣戦布告でもしているのかしら。何それ超見たい。というか牛島さん、他に話せる人間がいるんだなぁとしみじみと感じます。

 

 遠くて会話の内容が全然聞こえないけど、桐生さんが牛島さんに話しかけているのかな? ぐぬぬ、聞こえない……。

 

 諦めて他の選手を探すことにし、目を留める。

 

 真夏にこれだけの人数がいるわけで、会場内は蒸し暑い。それにも関わらずマスクを着用し、滅んでしまえと言わんばかりの恨めしい目つきでじっと佇んでいる。塗り潰された見事な黒髪はうねり、2つ縦に並んだ黒子が特徴的なその人は。

 

佐久早(さくさ)聖臣(きよおみ)さん……なぜあんなところに」

 

 2年生にして牛島さん同様スーパーエースと呼ばれる選手だ。これって相当スゴイ。

 選手にとっては命ともいえる成長期を、単純に言えば2年生よりも1年多く過ごしている3年生が強いのは当たり前だ。限りある学生にとってその1年は決定的なものに繋がることが多い。学年が変われば体格や経験に大きな差がつく。まぁ、ものともしない者は稀にいるけれど。

 

 それが佐久早さんなのだろう。

 だからさ、実は本人見るの楽しみにしてたんだよ。まさか整列を崩してまで人混みを避け潔癖症の嫌いがあるとは……。ソワソワしていた心がスンッとなる。やっぱ試合映像だけで人柄判別できないな。データをまた構築し直さないと。

 

 逆にプレーも性格もとてつもなくわかりやすい選手がいる。

 

「ヘイヘイヘーイ! お前らがウシワカ倒したっていう北川第一か! あー、でも東北大会じゃ負けたんだって?」

 

 賑やかでいてどこか頼もしさを感じる声がして思わずそちらに意識がいく。灰色がかった髪は……なんだろう……うん、元気よく。物凄く元気よさそうにセットされており、猛禽類のような金色の瞳が爛々と輝いている。

 話しかけられた及川先輩はその勢いに驚いたように目を丸くするが、発言内容にカチンときたのかすぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「まぁね。けど今大会で勝つつもりだから君には負けないよ。木兎(ぼくと)光太郎(こうたろう)君」

「なんで俺の名前知ってんの!?」

「明日のグループ戦で戦うからだよ。……まさか対戦相手のこと何も知らないわけ?」

 

 私がいる影響か、対戦相手や警戒すべき選手のデータが頭に入っているのが当たり前な及川先輩が信じられないと首を振る。

 

「なんかスゲーやりづらい相手ってさっき聞いた」

「木兎てめぇ、こん前ミーティングで色々話したのにもう忘れたのかよ! つーかもうそろそろ時間だから戻れって」

 

 副キャプテンが強制的に連れ戻していき、喧騒の源が遠ざかっていく。

 あれが木兎さんか。わかりやすくて私好みの選手だ。分析しやすいという点において素直な人はありがたいからね。

 

「なんか……もっとちゃんとした奴だと思ってた」

「お前は桃井の話聞いてたのかよ? “ちゃんと”から程遠いスパイカーだろうが」

 

 岩泉先輩が何かを思い詰めるような眼差しで木兎さんがいる方を眺めた。

 

 あらら? と感じ取った私は後から話を聞きに行こうと決めたところで、プラカードを持った係の人から説明が始まる。そろそろ開会式の時間らしい。

 

 ああ、いよいよ始まるんだ。

 胸に手を当て深呼吸をすると、動き出した列に従って移動を開始した。


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