桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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ハイキュー!!のアニメ4期が制作決定ということで嬉しすぎてあっという間に書き上げました。
なお試合はなかなか始まらない模様。


VS木兎光太郎

『グループ戦、第1試合での攻略のキーはいかにして木兎さんを操るか、です』

 

 プロジェクターに映像を流しつつミーティングをする。これは完全に私の仕事になっていて、監督やコーチは必要な時にしか発言せず基本は見守る姿勢らしい。その方が選手たちのモチベーションにもつながると見抜いた上での態勢だ。あと私も伸び伸びと言いたい放題できるし。

 

『彼を波に乗せることは絶対に避けるべきです。調子が良くなればなるほどパワーも高さも上乗せしてきますし、ゲーム全体の流れももっていかれる。必ず阻止してください』

『はい、さっちゃん』

『はい、どうぞ』

 

 手を挙げた先輩の発言を許可する。

 あれっ、私はいつから先生に……?

 

『波に乗ったとしてもウシワカほどじゃねぇだろ? あんなのゴロゴロいたらたまったもんじゃねぇよ』

『まさか。調子付かせたら牛島さんのように手がつけられなくなりますよ。木兎さんもまた天才ですからね』

 

 言えば皆一様にどんよりした空気が漂う。めんどくせぇ……という呟き付きである。

 

『ふぅん。じゃあ、リズムを崩しちゃえばいいんだね?』

 

 及川先輩はニヤリと口元を歪め、意地の悪い顔で問う。わー、性格悪いなぁ。天才というワードが及川先輩を刺激したのだろう。わかって言ったけど。

 

『ええ。ただしタイミングが大事です。彼にみなさんの思うような思考回路は当てはまりません。牛島さんや佐久早さんといったどれほどの強敵と対戦しようとテンションを上げてきます。逆に、え? そこ? というところで凹みます。あの人の生態どうなっているのホント……』

『桃井、本音漏れてっぞ』

 

 いけね。こほんと咳払いをして、資料をトントンと指し示す。

 

『なので出来る限り木兎さんの生態をまとめました。大半は些細なことですけれど』

『マジだ。しょぼくれモードって何? 髪の毛しょんぼりするんだ?』

『本当です! 私、書くのちょっと恥ずかしかったんですから……』

 

 最後は消え入りそうな声になってしまう。資料で顔を覆い赤らんだ頰を隠す。いかん、思い出して羞恥が……。

 

『うぐぅッ』

 

 変なうめき声にちらと顔を出すと、先輩たちが胸を押さえて苦しそうにしていた。なんだアレ。

 訝しみつつ声かけたほうがいいかなと思っているところで、岩泉先輩が手のひらを叩いた。

 

『はいはい、そこまでな。とにかくコイツは覚えたほうがいい。てめーらも暗記しとけ』

『ウィース』

 

 さて、次は第2試合の話をしないと。

 映像を変えるためにパソコンの画面を見れば、絶好調の木兎さんが両腕を上げて叫んでいる。抽選の結果、全国でも指折りのエースのいる学校と戦うことになるのかと厳しい現実に少々気を揉んだが、木兎さんならかえって好都合だ。

 

 ウチのチームとの相性最悪だからね。あのチーム。

 

 

 なーんて感じでミーティング終わったし、岩泉先輩の様子も特におかしな点はなかったのだけど。共有スペースとなっている場所に向かうとソワソワしている先輩方はいるが岩泉先輩の姿はない。

 

「寝れないんですね」

「あぁ桃井ちゃーん、なんかドキドキして寝れねーんだよ。俺らの代、つーかしばらく北一は全国出場してないからなぁ。東京とか異国の地みてぇ」

「マジそれな。それに暑いよ。汗の量凄いことになりそう」

「試合中に滑らなければいいんですけどね……」

 

 メンタルケア、大事。ふんふんと話を聞いて談笑していると、汗をタラタラ流す岩泉先輩が通った。

 

「お、お前らなんかリラックスしてんな」

「ああ! 潤いたっぷり!」

「一体なんの潤いですか……。岩泉先輩は走ってきたんですね」

「俺とね。今日も調整はしたけど身体動かし足りないし」

 

 息を整えつつ及川先輩がそう言う。

 開会式前に手配された東京の体育館で練習しただけでは、やはり緊張をほぐしきれなかったようだ。それに他の学校も1チームだけだったけど調整していたしなぁ。

 

 考えていると、うひゃーと先輩が思わずといった風に呟いていた。

 

「ゴリラどもめ」

「なんだと?」

 

 岩泉先輩にこめかみをグリグリやられている。元気あるなぁ。

 及川先輩もかなり汗をかいており、バチっと目があった瞬間3メートルくらいシュバッと後退された。え、なに?

 

「汗すごいかいてるから!」

「え? は、はぁ……」

 

 あー、アレ気にしてるのね。ぶっちゃけ言うともう慣れてるんだよなぁ。小さい頃の飛雄ちゃんとか汗ダラダラでも迫ってきて意見聞いてくるわスパイク所望するわで……一々気にしてらんないよ。

 それに運動部マネージャーの宿命だと思うんだよね。汗が付着したビブスやスクイズボトルやタオルを回収するわけだし。

 ただわざわざ口にするのもチョットあれかなということで口をつぐむ。

 

「あ、そうです。岩泉先輩、あとで少しいいですか?」

「? おう。風呂入ってからでいいか」

「はい。ではここで待っていますから、ゆっくりくつろいでから来てくださいね。ストレッチは入念にですよ」

「わぁってるよ」

 

 さて、待つ間にもっと色々考えるかぁ。

 

 

 グループ戦は1組から9組まであり各組ごとに4チームがエントリーする。それぞれから1チームが脱落して36チームから27チームに絞られ、3日目のトーナメント戦が開始されるというわけだ。

 北川第一の初戦相手は木兎さん率いる東京の強豪校。彼らに勝てばトーナメント戦出場が決まるけれど、負けた場合は同じ組で負けたチーム同士の戦いとなる。

 

 ストレート勝ちしたいところだが、それは流れを操る及川先輩の手にかかっているだろう。

 

 木兎さんは味方も敵も士気を高めてしまう選手である。素晴らしいプレーには惜みない賞賛を。それに伴って自分のプレーもノせていく。そうなれば手がつけられない暴れ馬の完成だ。

 ゆえに完成間近で流れを断つ。勢いに乗りたいのはこちらも一緒なのだ。利用できるだけ利用させてもらいますよ。

 それに先輩方の様子だと第1セットからガンガン攻めていくのは難しそう。初の全国出場で相手は全国指折りの実力者を擁する強豪校。空気に呑まれ、いつものプレーが思うようにできないことはありえる。

 

 それを叱咤しチームをまとめ上げるのはエースである岩泉先輩の役目だ。彼の試合の流れを読み取る嗅覚の鋭さには恐れ入る。きっちり決めてくれるから頼もしいことこの上ない。

 しかし何やら岩泉先輩にも悩みがあるみたいだから後で聞くとして。

 

「私も頑張らないとな……」

 

 これまでプレーに如実に表れていたことばかりに目を向け、選手たちの心情までは捉えきれていなかったのだ。けれど中総体の決勝戦のあの時から、それではダメだと強く思うようになった。

 

 性格や癖はあくまでプレーの絞り込みの要素だ。だが試合展開に大きく左右されるのは選手の心境である。

 

 体力の限界が近づき、それでも壁を乗り越えていくための助走に必要なものは一人ひとり違う。

 及川先輩の精神統一だったり、岩泉先輩の仲間への鼓舞だったり、牛島さんのエースとしてのプライドだったり。

 

 私はそこまで読みきれなかった。

 でもそれは今までの話。

 

 全中は全国トップクラスが集まる大会で、選手一人ひとりの情報量はケタ違いに多く、より複雑で、より綿密な解析が求められる。

 ならばこなしてみせよう。期待に応えるために。常に先を行けるように。

 

 だからね、木兎さん。あなたはそれが通用するかどうかの実験台でもあるんですよ。

 

 一見わかりづらいあの人の生態も、性格パターンを読めば簡単に紐解ける。そこから先はいつものように。

 

 執念深く、確実に、敵チームの穴を穿ち、逃げ道を防ぎ、手段を潰す。

 

 容赦はしない。だってさ、ウチのキャプテンがよく言うんだもん。

 ───“叩くなら折れるまで”ってね。

 

「待たせた、桃井」

「いいえ。それでは、お話ししましょうか」

 

 眼力の強い瞳をしっかりと見つめ、口を開いた。

 

 

 

 翌朝。サブアリーナで最終調整をした後、試合をするコートに向かう。同時刻に他のグループ戦も開始されるので会場内は熱気で溢れていた。

 

「き、昨日とは比にならない人数……カメラまであるんだけど! インタビュアーがいるんですけど!」

「さっちゃーん……い、胃薬を……! 死ぬ、緊張で死ぬっ!」

 

 こういった緊張しやすい先輩もいれば、

 

「なんかお祭りみてーだなぁ。テンション上がってきた!」

「実際こういう時間ってドキドキする。試合開始が待ち遠しいよ」

 

 肝が据わった選手もいる。

 後者はほっといても大丈夫なので前者をどうにかするとしよう。ガクガクと産まれたての子鹿のような震え方をする先輩にそっと近づき。

 

「落ち着いてください。昨日のミーティングで確認したことは頭に入っていますね?」

「う、うん」

「なら大丈夫です。何度も通った道じゃないですか。大エースとの試合なんて。さらには牛島さんに勝ったんですよ? 頼もしい仲間が先輩を助けてくれます」

「さ、さっちゃん……!」

 

 最大限穏やかな微笑を浮かべて優しく囁くと、先輩の瞳はきらりと潤う。

 

「ありがとうなぁ。頑張るよ」

 

 ありがたやーと拝まれた。

 一体なんなんだろうこの人たち。

 

「どっちが勝つかなー!」

「やっぱ木兎っしょ! 流れに乗ったアイツを止められるやつなんていねーし」

「初戦がアレって、なんか可哀想ー。あっちのキャプテンイケメンだから応援してあげたいなー」

「おっ、じゃあ俺もマネージャーカワイイから応援しよっかな」

「あ?」

「ひっ、ごめんってー」

 

 そんな和気藹々とした声が観客席から降ってきた。地元民だろうか。むっと思った私は視線を鋭くしてそちらを見やる。あ、目ぇあった。カップルさんかな?

 

 ただ発言は的を射ている。木兎さんは牛島さんとほぼ同列に並べられる逸材で、単品だと一級品なのだ。

 私たち以外は誰も白鳥沢に勝つとは思っていなかった。それと同じように、私たちだけがこの試合に勝つことを信じている。それも及川先輩が「信じている」と明確にしてくれるから。

 

「勝つのは俺たちだぜ」

 

 しっかり及川先輩を見据えて木兎さんはニヤリと笑う。なんだ、どうせなら遠くに遠征したいとかでテンション下げてくるかとも思ったけど、流石にそんな子どもじゃないよね。うんうん。

 

「ちゃあんと俺たちのことはお勉強したのかな? 昨日はろくに知らなかったみたいだけど」

「ああ! あの後ウシワカとも話してさー! 警戒しろっつってたぞ。オイカワトールとモモイサツキ!」

 

 木兎さんは声量が西谷さんに劣らず大きい。ばっちり聞こえてしまい反射的に岩泉先輩を見た。もう彼の中では終わったこととして処理し終えているようで、堂々とした佇まいだ。やっぱカッケェっすわ。

 

「木兎お前いい加減にしろよ」

 

 チームメイトに叱られているが、木兎さんは能天気そうに笑うだけだ。

 

 

 ウォームアップの時間よりも先輩方は徐々に身体がほぐれてきているみたいだった。しかし万全の状態じゃない。

 対してあちらは全国常連の猛者である。余裕の表情で構えていた。

 

「サッコーーイ!」

 

 及川先輩のサーブで試合が始まる。シュルルル、といつものルーティンでボールを手の中で回転させた及川先輩は静かに息を吐いた。

 スポットライトが照らす床を踏みしめて、跳ぶ。

 

 ──────ズパァン!!

 

 ボールは轟音を響かせてコートを貫いた。着地点は、木兎さんの真横。ベンチで見ていたけれど軌道がほとんど目で追えなかった、というか、気づいたら決まっていたとでも言うべきか。

 

「……あの人の天才への対抗心すごいわー」

 

 ずっと集中していたから狂いやすい空間把握を極めていたのだろう。外野を黙らせる一球に、沈黙が降りた。

 

「っスッゲー!! なんだあのサーブ!!」

 

 一番初めに叫んだのは木兎さんだった。興奮状態に陥ったみたいに、チームメイトになぁなぁ見たアレヤバくね!? と絡んでいる。

 

「負けてらんねぇな! オイカワトール! もう一本打ってみろ!」

 

 あの全国区のエースにあんなこと言わせるなんて。先輩方の顔に闘志が見てとれた。及川先輩のサーブは互いのチームを焚きつけたのだ。

 

 よし、このまま火力を上げていき、リズムを作っていけ。相手や会場の空気に呑まれるくらいなら、いっそ両方ともの空気を同調させてしまえ。木兎さんのチームだからこそ可能な策だ。

 

 それにしたって。

 木兎さんのチーム、ちょっと空気がピリッてしてない?


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