今年もよろしくお願いします。
気づいたら文字数が凄いことになりました。この調子でこれからもドンドン更新していきたいです。
木兎が使い物にならなくなってから北一はギアを上げた。あの木兎相手に2セット目も奪い取ろうとしており、事実それは可能なように見える。
「このまま2セット目もかっさらっちまえ!」
熱気を増すのは北一側の観客でさらに木兎のしょぼくれモードは加速した。北一の選手が波に乗っている中、1人だけ不満な気持ちを抱えた岩泉は、人知れず息を吐く。
「はぁー………」
ネット越しから見える情けない顔に次第に苛立ち始めていた。
『俺、憧れんのやめねーわ。んで、決めた』
ニッと男らしく笑った岩泉は言ったのだ。
『木兎を倒す。正々堂々、全国エースと戦って勝ってやる。……俺は北一のエースだからな』
1対1では敵わない。そんなことは知っている。木兎はウシワカに劣らぬ強い選手だ。この大会はそんなやつがウジャウジャいんだよ。俺が勝てるかどうかは関係ねぇ。
挑みたくなるほどの高い高い壁。それをぶち壊してこそのエースだろうが。
「6人で強い方が強い」
その信念はきっと未来永劫不変のまま岩泉を正していくだろう。俺の仲間は強い。だから背中を預けて自由に跳べるのだと。
床を力一杯蹴って、腕を全力で振り抜いて、ボールを打つ。何千回何万回と繰り返されてきた動作は選手一人ひとりによって色を変える。
上手い。力強い。カッケェ。そういった範疇を超えて、ただただ美しいと見惚れることしかできないプレーを岩泉は待ち望んでいた。
それなのに木兎はあっさりと燃えていたはずの闘志を鎮火し、相手チームは連携が崩れてしまった。こちらの性格がクソ悪いセッターとえげつないマネージャーが原因でもあるのだが。
だとしても同じ手段を用いたウシワカは軽々と超えていった。だから木兎も思いもしないところから打ち破ってみせるのではないかと期待していたのだ。
しかし現実はどうだ。
他のチームメイトに勝つ気はある。彼らを鼓舞し、意識をひとつにまとめあげるのがエースやキャプテンの仕事だ。木兎はそれを放棄し、やる気があるのかないのかわからない表情でボンヤリとボールを目で追いかけている。
声を大にして言いたい。お前はそれでもキャプテンか。チームを背負うエースか。
「よし、岩ちゃん。次はあの3番を………岩ちゃん?」
「……気に食わねぇ」
「え?」
前衛にいた岩泉は木兎のほうを鋭い眼光で見やった。
「おい。木兎」
「……?」
精神年齢が10歳ぐらい下がったのではないかと本気で心配したくなる顔がこちらを向いた。男らしい面構えが際立つ岩泉は大胆不敵に言い放つ。
「俺はお前を倒したい。けど全力のお前じゃなきゃ意味がねーんだよ。……さっさと復活しろ」
意気込んでいるわけでもなく、熱がこもっていることもなかった。しかし凄みの伴った言葉に木兎の丸い目が次第に鋭さを帯びる。
フツフツと湧き上がってくる熱いナニカが無性に走り出したい気持ちにさせた。でも、あと一押しが足りない。それがあれば何処へだって跳べるのに。
サーブもレシーブもスパイクも悉く不調となり戦う意思を根こそぎ潰されたようだった。徹底したそれは常人ならば心が折れていたかもしれないが、木兎は常人とはかなりズレた選手なので一時的に凹むだけでいずれ復活する。
───あ、ボール。……いいなぁ打ちてェなぁ。
ソワソワした眼差しで見上げるが、追い詰められて冷静さを欠いたセッターが気づくことはなく、他のチームメイトにトスは上がった。
「決めッ……!!」
目の前に突き出たブロックの腕を避けたくて打つが、当然のようにレシーブされてしまう。一瞬見下ろした北一のコート上に隙はなかった。どこに打っても捕まっただろう。だから悪あがきでセッターに取らせた。
「ファーストタッチがセッター……!」
3番の君、俺に取らせようとしたでしょ。よくやってるよね。で、他の学校だと安全に返ってくることが多い。故に敵もそう備えがちだ。
「さあどうす、る……」
及川がレシーブした瞬間にはジャンプしていた岩泉がそのままスパイクを決める。狙いは正確で木兎を焚きつける位置だった。
ハイレベルな連携と速さを武器とする北一で、一番強力なコンビは特段変わった様子はない。お互いやりきるとわかっていたからだ。
「……ああ」
なんかいいな、ああいうの。
木兎チームのセッターは羨望の視線を送る。不安定で脆い木兎と違ってテクニックがあり安定したプレーができる岩泉と、完全に選手の力を引き出せる及川のセットは厄介だ。
だからこそ、鮮烈に憧れる。
「なぁ」
「……?」
まだしょぼくれモードかよという呆れは飲み込んで、セッターはぶっきらぼうに呟いた。
「俺らにああいうのは無理だ。チームがまるで違うんだからな。俺らは俺らなりの戦い方で勝つしかねぇ」
おや。猿杙が期待するように眉毛を上げる。
「だから、……頼む。力を貸してくれ」
今になって痛感する。木兎は俺の手に余るという、なんてことない事実を。
セッターはスパイカーを活かさなければならないがその能力の高さは敵の方が断然凄い。わかってる。わかってるよ。俺にはできなかったって、わかってる。
ただそれで悲しんで終わるほどお行儀がいいヤツじゃねーよ。どいつもこいつも。
俺のヘタクソなトスでも迷わず打って勝ち取るエースがいるからここまで来れたってこと、忘れてしまっていた。思い出すのが遅かった。まぁ、もう今更な話だけど。
フワリと上がったレシーブ。ボールを呼ぶスパイカーたち。ネットの向こうでは何やら指示が飛んでいるが、関係ない。
俺たちのエースを……止められるもんなら止めてみやがれ。
「木兎!!」
───あ、あんな顔してたのか。初めて知ったわ。なぁんかこの試合で気づかされてばっかだな、ホント。
苦みばしった微笑みを湛えてセッターはエースへとボールを託した。
オープントスで上げられたボールに無我夢中で飛びつく。ゆっくりと落ちてくるトスに合わせて助走を開始。最後の一歩を、床を揺らすほどの大きな踏み切りで跳躍し、腕をしならせて超インナースパイクを撃った。
ズダァァンッッ!!!
「…………は?」
及川は呆然とした表情でコートの後ろを振り返る。てんてんと転がったボールがそこにあり、驚愕に目を見張った。なんだ、今の。まさか前半好調だったのにまだ上があったというのか。
ビリビリと空気が震えて静寂が訪れる。そして次の瞬間、会場を包み込む大歓声が沸き起こった。
「おおおおお!! 俺、復活!!」
「っはー! やっぱカッケェなぁ」
チームメイトは安心したように木兎にワラワラ集まるが、セッターは仏頂面のまま輪から外れて見ていた。それに気づいた猿杙が穏やかに笑いかける。
「ありがとな」
「よっしゃ、ここからは俺にガンガンボール集めろよ!」
「んなことわかってる。たっく元気になった途端これだから木兎は……」
憎まれ口を叩いてフッと口角を上げると、セッターもその輪に加わった。
「ちょっとー、復活させたの岩ちゃんだから責任持って沈めてよね」
及川の発言をさらっと無視した岩泉は、悔しそうで嬉しそうな顔を見せる。
「遅いぜ。大エースさんよ」
桃井は試合展開を書き記したノートを握りしめて、木兎のプレーに見入っていた。
野性的な反射神経であらゆるボールに食らいつく姿はまるで猛獣だ。荒々しい笑みを浮かべて汗を垂らして走り回る木兎がプレーを決めるたびに、あちらこちらから歓声が上がる。
「もぉーうッ一本!」
グッと溜め込んだエネルギーを発散し、木兎のスパイクがレシーバーの腕を弾いた。痺れる衝撃に岩泉は笑う。なんてパワーだ。ウシワカと同等だなこの野郎。
「木兎さん連続得点……さらに」
23ー22。あれだけ開いていた点差がもうこんなに縮んでいる。
桃井は相手チームが木兎のリズムに依存していると知っている。故にリズムを崩し追い詰めることができたのだ。その逆の恐ろしさを今になって身に染みる。
「第2セットは渡さねーぞコラァ!」
「おおおっ!!」
絶好調の木兎に引っ張られて彼ら全員の攻撃がより高く、より速くなっていた。ペース配分もなりふり構っていられないと判断して全力でぶん殴りに来ているのだ。
それを防ごうとして北一の選手たちも温存していた体力を使い果たそうとしている。
このセットを取れるのならいいが、もし落としたら絶望的だ。
「監督。いいんですか、あんなハイペースで……」
北一の監督は難しい顔でコートを睨む。
実は少し前にタイムアウトを入れるか及川にアイコンタクトをしたが、チームで誰よりも仲間のコンディションに気を配っている及川がまだいいと伝えたのだ。
ならば、大丈夫だろう。
「ああ。タイムアウトを入れたら相手チームの流れを止められるが、ウチのチームの流れも変わってしまうからな」
初の全国大会初戦であれだけ早く普段の空気を掴めた彼らを監督は信頼している。レンズを通して見える教え子たちの頼もしい顔つきに、監督は強く拳を握りしめた。
「決めたれ、木兎!」
───頭空っぽにして、ただ欲望の赴くまま身体を動かせ。気持ちいいスパイクが決められたらそれでいい。目の前の壁をぶち抜けたら、それでいい。
痺れるような快感に魅せられた怪物が、次を渇望して暴れ回る。
ひりつくような気迫に、この先へ行かせてはならないと北一の選手たちは強く思う。並んだ瞬間、突き放されてしまうだろう。
「止めてやッ、!!」
ずるっ。
岩泉が高く跳ぶために床を踏みつけた時、足が滑った。汗だ、と歯を食いしばって見上げると、木兎はボールが岩泉の頭の上を通るようにしてスパイクする。
ドゴォッッ!!!
「アイツ止まんねーな!!」
「並んだっ……」
桃井が苦しそうに呻いた。しかし心臓はどくどく脈を打っている。
いつも安定した強さを発揮できるチームにいるからか、不安定な強さの相手チームが桃井は不思議でならなかった。もっと堅実さを求めたっていいだろうに。
今ならわかる。共感する。木兎の絶好調のプレーを見たらそんな不安は吹き飛ばされてしまう。
見ているだけで奮い立つような、元気が湧いてくるような魅せるバレー。
味方も敵も観客全てをひきこむバレー。
それをあの人は体現しているのだ。絶望に覆われた暗雲を切り裂き、やがて光芒が差し込むように、光り輝く大エースはコート上で拳を突き上げる。
「俺って最強!! ヘイヘーイ、お前らノってるか!?」
荒く呼吸をする岩泉は笑う。というか笑わなければやってられないのだ。
キャプテンとしてもエースとしても木兎は責任を放棄していると思ったが撤回しよう。木兎のようなやり方だってあるのか。岩泉は新しいエースの在り方に感動していた。
やっぱりお前、最高だな。
越えていきてぇ。強くそう思う。
ラリーに粘り、24ー23と北一が一歩リードする。
瀬戸際に立たされ、ますます木兎の纏う気配が凶暴になっていく。肌を刺すような威圧が極限まで張り詰め、呼吸さえ躊躇する緊迫した空気が重苦しくコートに蔓延った。
この時の木兎の頭にあるのは、ただスパイクを決めてやるという意思だけだった。
自分の調子を完全に操られていたことには全く気づかないけれど、強敵相手に研ぎ澄まされていく集中だけは意識できる。
トールサーブだ。取りたい。けど、俺がサーブレシーブしたらあいつら怒るよな。エースなんだからスパイクに専念しろっつって。我慢できなくて強行突破していたけど、今はそうするべき時じゃないってことぐらいはわかる。
……なんか絶好調のくせに大人しい。まあいい。木兎のことをわかったことなんて一回もねぇし。リベロは構えつつひっそり笑う。
そうそう、今の木兎の空気が好きなんだよ。ひりついてて、でもすっきりした感じ。頭ん中がクリアになる。まっすぐ及川を睨み据えてリベロは吼えた。
さあ、来い。
観客が固唾を飲んで見守る中、及川が猛烈なサーブを放った。終盤になっても途切れない精神力でラインすれすれを狙うも、反応したリベロが拾う。
「綺麗に上がった……!」
「いっけー木兎!!」
木兎はスパイクモーションに入る。ちらりと金色の瞳で相手コートを眺めた。
───穴はない。
じゃあ吹き飛ばせ!!!
ズダダッ!!
轟音を響かせた木兎のスパイクがブロッカーの腕を弾いた。大きく膨らんだボールの軌道に木兎チームはデュースに持ち込めると確信する。
しかし、北一のリベロが駆け出していた。
滑り込むようにして手のひらを床とボールの間に挟み、レシーブする。
「悪い乱れた!」
「上がればじゅーぶん!」
これで終わりだ! 及川が最後に選んだのはやはり岩泉だった。彼好みのトスでエースの道を切り開く。助走もジャンプも完璧で、豪快なスパイクを決めてくれるだろう。
「止めろおおぉ!!」
3枚ブロックが壁となり岩泉を阻んだ。
……とんっ。高い壁を嘲笑うように、気の抜けた音を出してボールはゆっくりと落ちていく。
「フェイントオオォォォ!!」
届け、届け、届けっ!!
木兎の限界まで伸ばした指先数センチ先で、ボールは床に触れた。
試合終了。
2ー0で北川第一がグループ戦を突破した。
「マジかー、うわー……負けたー……」
猿杙の声を聞きながらセッターは天井を仰いだ。白いライトがぼやけていて、ふらりと力が抜けて座り込む。両腕で顔を隠すと泣き出しそうな声音で言った。
「なぁんで今終わるんだ……やっと気づいたのにさぁ。もう1セットあいつらと戦わせてくれよ……」
「まだ戦える!!」
木兎が叫んだ。潤んだ丸い瞳は敵のエースを見つめていた。
「この後の試合に勝ったら明日のトーナメント戦で戦える! ……だから、そこでお前をぶっ倒す」
「……おう」
岩泉が静かに頷いた。
「あいつがオイカワトールだから……お前がモモイサツキ?」
「ブハッ!」
牛島に注意しろと言われていた名前から推測するも及川が噴き出した。ヒーヒー腹を抱えて笑う及川を蹴飛ばして、岩泉が違うと強く訂正する。
「試合中俺の名前何度も呼ばれてるだろうが。……
「……ああ。ハジメとトール。明日リベンジだ!!」
整列を終えて観客席に礼を言うために向かっていると、及川は小さな声で尋ねた。
「“次も”じゃないんだ」
「俺は木兎に勝ててねーんだよ。だから、明日勝つ」
目標を見据えた横顔はどこか大人びていて、彼が一歩前進したのだと認識させられる。だから及川は背中を押して無言の同意を示したのだった。
「木兎さんって兄弟に例えたら末っ子ですよね。岩泉先輩のようにチームを引っ張るよりも、チームに引っ張られて戦うほうが性質的には合っています」
試合を終えて桃井は唐突に言った。彼女の頭の中ではあらゆる戦略や分析が飛び交っているだろうから、その言葉は断片に過ぎないのだろう。
「だけどあのチームは木兎さんが長男エースとして戦っていたからあの人に左右された。もし末っ子エースの木兎さんを引っ張れるチームが出来上がったら、あの人はもっと強くなりますよ」
「桃ちゃんが言うと予言みたいだね」
「……そうだといいなという想像です」
及川と話をしていると記者たちが詰め寄ってくる気配がして、桃井は素早く及川から離れた。
しかしとある記者がまっすぐ桃井のもとへ歩き、にこりと笑う。
「月刊バリボーの記者の者なんだけど、少しお話してもいいかな?」
「俺が勝った!」
「いーや俺の勝ちだろ!」
影山と金田一はどちらが応援で大きな声を出せるかという、国見からすれば物凄くどうでもいい勝負をしていた。二人とも勝ちを譲らないまま話は平行線を辿っている。
「俺のほうが声でかかったよな、国見!」
「伸び伸び声張り上げてたのは俺だろ、国見!」
「どっちでもいいよ面倒くさい。それより言い争ってるうちに先輩たちに置いていかれるぞ」
そう言い残した国見を追いかけ金田一も急ぐ。影山はあとで桃井に聞いておこうと本人にとっては無茶振りなことを考えたところで誰かとぶつかった。
「おっと、ごめんね」
「すんません」
穏やかに謝罪したその人にペコリと頭を下げて影山は走り出した。
北川第一。絶好調の木兎を倒したチームか。
「おーい赤葦ー、次尾白アランのところ見に行こうぜ」
「ああ、今行く」
桃井の予言が的中する大きな要因となるだろう赤葦は、今はそんなことになるとは露程も思わないで少しだけ口角を上げると歩き出した。
まさかVS木兎チームで4話も割くとは思っていませんでした。
白鳥沢と同じくらいボリュームあります。やりきった感が強いのですが、流石に体力もっていかれたのでこれからはもっとコンパクトにやります笑。
最後のは赤葦も白布と同じように木兎に憧れて梟谷に進学したらいいなぁという原作改変(?)です。