開催を東京にしたのはこの展開を描きたかった理由が大きいです。
無事グループ戦を突破した私たちは明日のトーナメント戦の出場を決める。試合開始は午前中だったので、試合が終わった今は全員に弁当が配布されて監督がアレコレ指示を出すのを聞いていた。
「集合時間と集合場所を間違えるなよ。あとマナーは守れ」
などと注意事項を言われ、以上、解散! ……の言葉が出てくる前に集団を飛び出したおばかがいた。素早い動きで観客席へと向かう艶やかな黒髪を追いかけるべく私も荷物を引っ掴んで走りだす。
「おいこら影山ァ! っに桃井!? お前まで!」
「飛雄ちゃんの迷子防止です! すみません!」
いやほらあの子ほっといたら何し出すかわからないからしょうがなくだようん。けどラッキー! なんて思いながらついていく。好きな選手のプレー見放題だ。
「待ってってば、飛雄ちゃん」
「うおお……やっぱ全国スゲー」
まずこっちを見ることから始めようか飛雄ちゃん。もう、と怒りを表すけれどキラキラした顔でコートを見るもんだから、私もくすりと笑った。
響き渡る歓声や応援、ボールの音、シューズの音。そのひとつひとつにワクワクする。なんだか祭りみたいだ。コートに近い位置に座りモグモグ弁当を腹に収めていく。
「セッターのトスがビューンッて飛んだ! コート横幅めいっぱい! おい見たか!?」
「見た見た。早かったね。ほら、あれ……ずっと前に見た国際試合のやつ思い出すね」
興奮気味の飛雄ちゃんが隣にいてくれてよかった。でないと冷静になれずに私も大興奮していただろうからね。
チームメイトに頼んで他校の試合はビデオに収めてもらっているが、それはそれ、これはこれ。日本の頂点に立とうと奮闘する選手たちのプレーをこの目で確かめたい。
「うおおお見たか今の! あのブロック!! コース完全に読んでたよな!?」
「クロうるさい」
だけど目の前の人の頭というか髪型が邪魔であまり見えない。何この頭。トサカか何かなの? 数時間かけてセットしているの? ちょっ興奮するのはわかるけど立つな! 後ろが! 見えない!!
私の念が届いたのか、前の席にドッカリ座ったトサカの人がくるっとこちらを振り向いた。
「あっスミマセン、うるさくしちゃって」
「いえいえ、わかりますから」
なんか胡散臭い笑顔だなーと対抗してにっこり微笑む。するとトサカの人は桃色の髪を凝視して、ああと納得したように手でポンと打った。
「なんだっけ、北川第一? のマネージャーさんデスヨネ。さっきの試合見たよ。いやー木兎倒すとかスゲェな! 俺ら地区予選で当たってボッコボコにされたんだよね」
「そ、そうなんですか」
やはりこの髪は目立つな……遠くからでも一発で発見されるし、桃髪=北一のマネージャーって方程式が出来上がってしまっているような気がする。
何か対策を考えるべきだろうか。変な人に特定されないようにしないと。
「コートよく見たいデショ。そこから見える? 席交代しよっか?」
「えっ、ですが……」
「いいよいいよ。面白い試合見せてくれたお礼!」
「で、ではお言葉に甘えて」
なんだいい人じゃん誰だよ胡散臭いとか変な人とか言ったの。この桃髪も目印になるならいいかも。
やった最前列! ウキウキ気分で交代してもらうと、さっきよりもコート全体がはっきりと見えた。
うわ、今のスーパーレシーブ凄い。あの人は確か
リベロといったら岩泉先輩に負けないほどの男前であるウチのリベロの先輩や、西谷さんがポンと出てくるけれど、この人は周囲への配慮が特にしっかりしている。ウチでも見習わせないと。
対戦相手でスパイクを拾われて悔しそうにしているのが尾白さんだな。うわぁ、中学生とは思えない威力。木兎さんほどの乱れはないけれど牛島さんには劣るかも。今日は不調気味?
あっ隣のコートで桐生さんが試合してる〜〜〜トスが乱れたりしても全部打ち、ほとんどを得点に変えてるのがすごい〜〜〜!
はぁ、あっちもこっちも楽し過ぎる。やばい。語彙力失くす。もともとないけど!
「…………」
「手のひら合わせて何やってんだよ?」
「今猛烈にここに来れたことを感謝しているの」
「だよな!」
んー飛雄ちゃんの感謝と絶対意味違うけどいいか。
「そういや、お前白鳥沢のエースの……あの、ウシワカ……まる? みてーな人と知り合いなのかよ」
「えっ」
飛雄ちゃんの言葉の後から、後ろからそんな声が聞こえた気がした。
「惜しい。牛島若利さんだね。……知り合いなのかなぁ。よくわかんない。色々話はするけど。なに、気になる?」
「強いヤツは倒してぇから、気にはなる。一番はセッターだけどな」
「そっかぁ」
昨日の開会式前に牛島さんに話しかけられたのは飛雄ちゃんの隣にいたときだからね。
飛雄ちゃんの倒したいリストに牛島さんが名前を連ねているようだ。もちろん及川先輩の名もそこにあるんだろう。
「ちょ、なに。やめてよ」
また後ろからそんな声がする。なんだろうと思って少しだけ後ろを見たら、トサカの人がニヤニヤして隣の人を肘でつついていた。
「いや〜? セッターだってさ」
「……だからなに」
視線を滑らせると隣の人の猫目と一瞬かち合ってすぐにそらされた。悪いことをした気分だ。
「さつき、さつき! 今の見たか!!」
「えっうわ見逃した! 何が起きたの!?」
「あの人のブロック! 迷いがないっつーかなんつーか……ぐわああってスパイク止めやがった!!」
「どの人!? って昼神さんかぁ!」
飛雄ちゃんに肩を掴まれてゆらゆら揺らされながら見ていると再び昼神さんは跳んだ。ああもう視界ブレッブレでちゃんと観れない!
「なんであんな早───」
「昼神さんって二年生にしては背高いよね。反射速度も速いから見ても動けるんだわ、リーチが他の選手と違うもの。そもそもどのコースに打ってくるのか読めてるみたい。それにしても、なんというか……力の抜き方あんまり得意じゃないのかな。というかいい加減肩掴むのやめてよ飛雄ちゃん」
肩を掴む手を引き剥がし、後ろの人に迷惑がかからない程度に手すりから身を乗り出す。睨むようにしてコートを見つめると、囁きにもならない最小の声を耳は拾った。
「……真ん中」
まんなか。真ん中? 言葉が意味を持って頭を過ぎるまさにその瞬間。
「───絞らせた」
優里西中の選手のブロックの動きが、スパイクの選択肢をぐっと狭める効果的な力を発揮した。よく訓練されたリードブロックが、あまりに高い鉄壁が、相手スパイカーを拒む。
それだけではない。昼神さんを中心として相当な圧をかけられた相手セッターは、見事に真ん中を選ばされた。
その手腕は恐ろしいと共に素晴らしい技術だった。
スッゲーーー!! と2人ハモッた。いや、後ろのトサカの人も叫んだみたいだから3人かな。ハイテンションになってつい勢いよく振り向いて叫ぶ。
「よく真ん中ってわかりましたね!」
「えっ、いや、え……」
猫目の人は決して目を合わせようとしない。あー、人見知りなのね。そして恐らくグイグイ来るタイプが苦手なのだろう。飛雄ちゃんや西谷さんや木兎さんがその例だ。よくわかります。
だから試合が再開されたコートを見下ろして声量を落とし落ち着いた話し方を意識して口を開く。
「さっき、セッターはライト側の選手にトスを上げようとしていたと思うの。体勢とコートの状況からして間違いない。ほら、今も。あのスパイカーはあの位置が得意なんだわ。でもチームの最良をねじ曲げられたなんて……」
「……すげぇブロックだな」
「セッターにとってはしんどそう」
飛雄ちゃんはまるでそこに自分がいるかのように、優里西中の方をじっと見つめた。
「……よく見てるね」
「!」
反応した……だと? 隣のトサカの人なんかぎょっと目を開いていた。熱があるかどうかの確認まで……それは失礼じゃない?
「いえ……あなたに言われるまで気づきませんでした」
「そうかな。じゃあ無意識のうちに視えてたんだ」
要領を得ない言い方に首を傾げた。
だがピコーンとシンパシーを感じて、私は下から覗きこむようにゆっくり目を合わせる。……今度は合った。
キュウと細められた猫目の奥で獲物を見つけたように煌く光。まるで普段とは逆の立場に立たされたような心許なさに、つい負けじと口角を上げた。
「あのさぁ、はっきり聞いちゃったらどうなの? ちょうどいるわけだし」
並々ならぬ空気を軽快な声が断ち切った。
「それは………いいよ、別に」
「もー! いつもいつも“別に”で済ますんじゃありません!」
トサカの人、オカンか。
しょうがねぇなぁとばかりにため息を吐くと、目つきの悪い黒目が私に向けられた。
「さっき木兎との試合見たっつったでしょ。それでコイツ……
孤爪さんを指差したトサカの人は、物凄く嫌な予感しかしない笑みをニシリと浮かべる。
「マネージャーさん、ひょっとして分析とか得意なコ?」
「そっすね」
「あっソッチが答えるんだ」
「飛雄ちゃん、やめて」
「?」
心底わからないみたいな顔するんじゃありません許しちゃうでしょーが! そんな飛雄ちゃんの一方で、トサカの人はやっぱりと笑顔をますます深くする。
「よかったなー研磨、お前の予想当たったぞ」
「………ウン」
孤爪さん全然嬉しそうに見えないんですけど。
それはともかく、言葉にしたのを含めて多分初見で看破したのはこの人が初めてだ。
理由が知りたい。さっきも月バリの記者さんが……いや、忘れよう。あれはもう過去のこと。
「どうしてわかったんですか?」
「……北川第一? のチームの動き、見たことないくらいキレイに整っていたから。あと、タイムアウトとかセット間にマネージャーさんが選手に何かを伝えているみたいだったから」
「……それだけ?」
思わず目を丸くするけれど、孤爪さんの口は止まらない。顔は背けるが目には静かな情熱……とまでいかなくても好奇心が宿ってみえる。
「あそこまで正確に試合をコントロールするには、選手が指示通りに動くのは当然として、木兎さんの性格とかチームとしての特徴みたいなのを把握していないと無理だよ。それも1から100まで全部」
「……まるで自分もやっていたような口ぶりですね。木兎さんと対戦したのなら、孤爪さんも同じ手段を選んだのではありませんか?」
つい口を挟むと猫目が逃げた。あっこれアウトだったっぽい。
「すみません、話の腰を折ってしまって……続きをどうぞ」
「……いや、べつ───」
「別に、ではなく。続きを」
知りたいのだ。見透かすことを許さない猫目に何が秘められているのかを。
今自分がどんな顔をしているのかもわからないで、私は続きを待った。
「……試合中、ずっと何か書いていたし、クリップボードで何かしてるし、キャプテンよりも発言の数が多かった……と思う」
「断定はしないんですね」
けどよく見ているなぁ。普通試合って選手とかボールを目で追っかけて、マネージャーなんて視界に入らないと思うんだけど。
「だからマネージャーさんが色々やってるのかなって思った。あくまで推測……」
「合ってるかなんて半信半疑だったけど、聞いてみたら本人が肯定した、というかされちゃったというワケだ」
つまり飛雄ちゃんのせいじゃないの。
視線を鋭くして飛雄ちゃんを見ると負けず嫌いだから睨み返された。
「んだよ」
「もういいよ……」
自分が何したのかわかってないなコイツ……。飛雄ちゃんと付き合っていくには諦めが肝心なのである。
「孤爪さん、観察眼鋭いですね」
「だろ? コイツ“脳”だから」
「のう??」
「恥ずかしいからやめて」
「んだよ照れんなよ〜」
「クロが恥ずかしい」
「えっ」
トサカの人、もといクロさんには容赦がない孤爪さん。センター分けの前髪は長く、俯きがちで引っ込み思案な人。クロさんは社交的っぽいしますます正反対な2人だ。
孤爪研磨……警戒しておこう。多分私と同じタイプだ。敵となれば厄介この上ないけれど、味方なら相乗効果で恐ろしいことになりそう。
「私、桃井さつきといいます。孤爪さん、教えてくださりありがとうございました」
「え、あ、うん……?」
何が? と不思議そうな孤爪さんにニッコリ微笑んだ。
その後は試合観戦。気になることを口にすれば返答があるって素敵。及川先輩に目の付け所が常人と違うと言われたけれど、初めて同じ着眼点を持つ人に出会えたのはめちゃくちゃ嬉しいのだ。
初対面であることを忘れて選手ごとの攻略法を話し込んでいるうちに時間になってしまう。
「今日はありがとう。孤爪君、明日も来る?」
「えー……まぁ、気が向いたら」
「じゃあ会えたらいいね」
今日はクロさんこと
「じゃーね、桃井ちゃん、影山くん」
「はい、さようなら」
「あざっした!」
飛雄ちゃんと揃って孤爪君にぺこりと頭を下げ、ヒラヒラ手を振る黒尾さんに手を振って解散した。
はー楽しかった。なんだろうこの充実感。久しぶりに全力で語った……顎疲れたなぁ。
「さつきはなんでバレるの嫌なんだよ?」
相変わらず唐突だ。でも私が怒ったことをなんとなく察してくれたらしい。分析していることをバレるのが嫌なのはねー。
「幼馴染ってバレた時、小学校の頃大変だったじゃん。すっごい騒がれてさ。それと同じ」
「ふぅん、同じ……なのか?」
「同じだよ。色んな人に絡まれたくないでしょ」
まぁ孤爪君みたいな人はいいんだけど。むしろ嬉しいんだけど。
あそこまで頭脳派なのは少数派だからなぁと笑って飛雄ちゃんを見たら、すっと目をそらされた。んー? んんー?
「ねぇまさかバラした」
「いや、分析についてじゃない。幼馴染ってこと」
それますますめんどくさいことになるやつじゃんかよ!
「……だって聞かれたから……つい」
「誰に?」
「バレー部のやつ」
「バレー部の人なら……まぁ……」
やだみんな知らないフリしてくれたの? 優しい……。中学生ともなれば大人の対応が身についてくれたのだろうか。
「はぁ、まあ名前呼びな時点でお察しだったかなぁ。でも飛雄ちゃん、クラスメイトとかに聞かれても誤魔化すんだよ」
「おう」
「……わかってないよね」
もう一度言おう。飛雄ちゃんと上手く付き合うには諦めが肝心なのである。
桃井が遠い目をしてため息を吐いていた頃、黒尾はニヨニヨした顔で孤爪と並び歩いていた。
「……何」
「いや別に? 研磨さん今日は饒舌だったなぁと」
「どうでもいいでしょ」
「よくあの研磨さんが女子とあれだけ長く会話したなぁと。というか会話成立したのすら初見だわ」
それと、と孤爪が手にするスマホを見る。
「よかったねー研磨さん」
「しつこい……」
「しつこくもなりますよ。ゲームの攻略を考える時の顔してたからねお前」
知り合って数年、珍しいもんを見たと愉快な黒尾に温度の低い目を向ける。スマホをしまってゲーム機を取り出した。
いいところだったのに突然部屋にやってきて『全中見に行こう!』と言われて無理やり連れて来られたのだ。いい加減続きをやりたい。
「別に。ただ、あんな戦い方があるんだって思っただけ」
続きを促した時の桃井の目には純真無垢な想いのみがあった。底のない探究心を満たしたい。ただそれだけ。きっと二度と満たされない渇きに自覚はないのだろう。
可憐で華やかな顔の造形だからこそ、かえって人形じみていて恐ろしい。……得体の知れない、攻略方法も思い浮かばないような瞳に孤爪は引き込まれたのだった。
孤爪は対戦相手の分析や攻略が得意なセッターだ。人の目を気にするからこそ他人の観察に余念がない。
「今やってる試合……中学でも高校でも、無知のままボスに挑むことってないじゃん。ある程度の知識を取り入れて戦闘する。ただ桃井の場合はある程度じゃなくて、全部なんだよ。2周目の裏ボスの隠し技とかも、多分わかるんだろうね」
「お前もじゃん」
「わかるかどうか微妙だし、あんな対策をチームメイトに言えないよ。実行可能な対策じゃないと無意味だし」
実行を可能にするには、ハイレベルなプレーと高度な連携ができるチームでないと無理だ。そして孤爪の所属するチームはそうではない。孤爪の能力が発揮されることはなかった。
「へぇ。研磨ですら戸惑う対策を遂行できるのが北川第一、そんでセッターのイケメン君ってことですか」
サーブの度に黄色い声援が飛び交っていた及川が女子に囲まれて微笑んでいるところを通過した黒尾は、ヘッと悪い顔をする。
「んじゃあ高校でそんなチームを作っとく。研磨が“脳”となれるチームをな」
「そういうのやめてって言ってるでしょ。……うん、でもまあ、攻略してみたいよね」
完全な攻略法を積み立てて試合に臨む桃井。
ある程度攻略しつつ試合中に修正する孤爪。
同族は意気投合し、密かに互いを警戒したのだ。その結果何が起こるのか、この場にいる全員は知る由もなかった。
及川と桃井は出会ったらやばいけど孤爪と桃井も出会ったらやばい話でした。