3日目の今日、27チームから一気に4チームに絞られ、23チームが消えていく決勝トーナメント戦が始まった。生き残るためには1日に3試合を勝ち抜かなければならなくなる。
第1試合を勝利に終えた北一は元からあった注目度が跳ね上がり取材が増えた。
牛島や木兎という大エースを押し退けて決勝トーナメント戦に出場を決めたことが理由だが、そこに及川と桃井の顔と対応の良さが多く貢献したことを明記しておこう。
第1試合を終えて16チームに減ったところで桃井はあらためて組み合わせを確認する。
「白鳥沢は反対ブロック……決勝まで行かないと対戦できない、かぁ」
白鳥沢はシード校のため第2試合に勝利すれば明日の準決勝に進む。そしてその対戦相手は尾白のチームになるだろう。一方で木兎のチームと昼神のチームが順調に駒を進めた場合、第3試合で両者は激突することになる。注目カードの衝突に桃井は観戦しに行きたくてたまらないけれど、残念ながら試合時間とかぶるので泣く泣く諦めるしかなかった。無論ビデオに収めてもらうのだが。
「こっちのブロックもまた強敵揃いで」
佐久早と桐生の所属する学校名を白い指でなぞり、桃井は楽しそうに口角を上げる。個人的には残念なことに、組み合わせとしてはどちらかのチームと戦うとしても当たるのは準決勝。準々決勝までに彼らと対戦することはない。
当たるとしたら明日だ。ただし生き残るにはこの関門を突破することが絶対条件である。
第2試合
北川第一中学校VS野狐中学校
「うっわー、野狐の空気わかりやすいね。木兎君のチームもそうだったけどそれの比じゃないよ。俺らそういうのと当たりやすいのかな」
及川が同意を求めると岩泉は隣のコートの異様な空気を感じてぎこちなく頷く。
野狐は関西に名を轟かせる強豪校だ。牛島のような大エースがいるわけではないがそのかわりに2年の宮兄弟がいる。
阿吽の2人はお互いの強さを引き出していくとすると、宮兄弟はお互いの代わりを当然のようにやり遂げてしまうのが脅威だ。以心伝心のコンビネーションで鮮やかにコートを駆けていく。
ただし野狐自体のチームワークはというと。
「今日はスパイクちゃんとしていこーな。自分のトスで決めてくれんのが腹立つ」
本来は愛想のいい柔和な顔立ちの侑が今は凍える眼差しで言い放つと、チームメイトはぐっと歯を噛み締めて小さく呟いた。
「は? 聞こえんけど」
「わかったって言っとるやろーが!」
この通り最悪だ。
なんだなんだと北一の選手たちが興味津々に見やれば監督が公式ウォームアップに集中しろと叱る。
「……侑。試合後ならまだわかんねんけど、試合前は勘弁せえや。気分悪くなるやろ」
「ただの事実や。第1試合からガッタガタやし。次の相手わかっとんのか? 北川第一やん。牛島とか木兎を倒したとこやん。悠長に構えとられへんわ」
一向にその調子の侑に治はため息を吐いた。
侑はセッターというポジションに誇りを持ち、また強過ぎるこだわりと情熱を持つためチームメイトから毛虫のように嫌われているが、本人は気にしないので放置されていた。
というよりも放置するしかなかったのだ。侑が誰かの言うことを聞くとは到底考えられなかった。自分のセットアップに絶対的な自信があるからこそ、そのセットアップがあっても点を取れないスパイカーには文句をはっきり言うその姿に野狐の監督は目頭を揉む。
だがベンチに下げることはしない。
双子の調子が良いとチームは勝てる。
勝つのなら、それでいい。
「宮侑君。なーんか君、チームメイトと仲悪いねー。一方的に突っかかるなんてさぁ、信頼関係まるでないじゃん。大丈夫なの?」
それを桃井から伝えられてチームの空気を理解しきっている及川は、さらに掻き乱してやろうと見目麗しい笑顔でネット越しに話しかけた。
なんやこの人? これ見よがしの顔でわざわざ言ってくるとか性格悪っ。
「敵の心配をするなんて随分余裕ありますね〜」
「君たちがバチバチ火花散らしてくれるほどこっちはやりやすくなるからね。期待してるよ」
予想外の言葉に侑の笑みが薄れ、言葉の意味を上手く解釈しようと思考を巡らす。やがて結論が出たらしく、侑は口元に弧を描いた。
「期待しとってください。裏切ってやるんで」
先程よりも上乗せした極上の笑顔で。それでいて最高に冷ややかな瞳を弓なりに細めた侑に今度は及川の双眼が鋭くなっていく。
真夏にも関わらず極寒の吹雪が凍てつく空気に、両チームに緊張が走り、青白い炎のように静かに魅惑の対決が始まった。
サーブ。それはプレーの起点であり終点でもある唯一孤独のプレーだ。
サーブには種類があるが、及川のようなジャンプサーブはスパイクを打つフォームと同じため高い打点から力強いサーブを可能とする。
そしてもうひとつ。ジャンプフローターサーブという変化球を生むサーブがある。
「侑ナイッサー」
声出しはしっかりと。チームワークは最悪だが一応チームとしての形は成している。
頭を守って構える野狐に対し、予測した軌道に対応すべく守りを固める北一。一人ひとりの選手の守備力は高水準。それに加えて桃井の落下予測地点まで頭に入っている彼らに慢心はなく、一球に集中することだけを意識している。
獲物を確実に仕留める理知的な目。
「ええな。ビリビリ来た」
侑は人知れず笑みを深め、両手でボールを放つ。狙うべきはただ一つ。ウシワカのスパイクを上げたというリベロだ。
お、いい感触。途中までスイングした手で打たれたボールは無回転で敵コートへ進む。ピンポイントに選手はいない。余裕を持たせた位置についた彼らは慌てず、オーバーバンドパスで受けるべくリベロは構え、
突如くんっと曲がった軌道のボールを確かに捉え───そして、落としてしまった。
「くっ」
試合開始のサーブでこれだけブレないサーブができるとか、宮侑とやらは天才タイプかコンニャロ。ちったぁ緊張とかで軌道が変わると思ったけど、桃井の言う通りにしといてよかった。
『中総体でベストサーバーを獲った宮侑さんは必ずあなたを狙います。チーム全体の士気を下げてやろうという意図ではなく、単に上手い人にしか興味がないからでしょう』
普通は守備専門のリベロは狙わない。ただ及川のように自分のサーブに絶対的な自信があり、かつ思い通りの場所へとボールを操る技術がある場合は別だ。リベロがとれないボールを他の選手がとれるとは思わない。
つまりサーバーとしての侑は及川と同じタイプであると言える。
しかし侑は上手いやつからサービスエースをとったという喜びより勝る疑惑にコートで対峙する選手たちをじっと見ていた。
「へぇ……」
当たり前のことだが、サーブレシーブがなければゲームは何も始まらない。だからジャンプフローターサーブに対応してフォローに誰かがつく。
しかし今はフォローがおらずそこにはリベロしかいなかった。必ず上げきれるという見せつけか。それにしたって粗が目立つ。
「口先だけって一番ないわぁ」
───期待やと? こっちから願い下げに決まっとる。俺は強いヤツしか興味ない。強いヤツと競うのってめっちゃ楽しいやん。
だから、期待外れでガッカリや。
この時の侑は北一への失望が大きく気づかない。ここで注目すべきはジャンプフローターサーブの落下点を正確に予測しきったことである。だからエンドラインを超え、アウトになるかという瀬戸際のボールをリベロは確信を持って触ったのだ。それ故に北一はリベロ以外が攻撃に備えた。
『コートに立つべきは俺だと証明しなよ』
及川は無慈悲な信頼を与えた。お前ならできる。それが出来なければ実力者だろうと容赦なくベンチに下げると。
そしてリベロもまた、人を使うことが天才的に上手い及川を信用している。
「フ───……」
静かに息を吐いて呼吸を整えたリベロは、ニヤリと口角を上げた。
俺を誰だと思っている。及川やウシワカといったビッグサーバーに対応してみせた。なら今回も同じだ。いや、同じにしてやるのだ。
「サービスエースだ!」
「きゃあっ、侑くーん!」
その後もう1本のサービスエースを許し、3本目となった侑のミスでどうにか終わる。北一のひりついた空気に一抹の不穏が混じり込んだ。
それをよく感じ取った及川は手を叩く。その表情は少し硬かった。
「ラッキーラッキー、この後巻き返すよ」
「おー!」
元気良い返答に頷き、リベロを一瞥した。彼の目は燃えている。まだいいか。本格的にダメになるんならその前に下げてもらうけど。
巧妙なサーブで牽制、空気を引っ掴み、けして相手に渡さない。一応は侑に従う野狐だが、そんな好戦的な侑が指揮するせいか全体的に荒く力任せな部分がある。
現実は想像以上に手強い。
「あれ、いつのまにかリードしとる。特別すごいことはやってへんのになー、なんか調子悪いとこあるんちゃいます?」
いくつか得点を重ねローテが回り、ネット越しに対面すると早速煽ってきた。ひくっと青筋を立てた及川がゆっくりと口を開く。
「絶好調ですけどー? それにリードしてるのなんて今だけだよ。すぐに追い越してやるから」
「バチバチやったらやりやすくなる言うてましたやん? やりづらそうで嬉しいですわー」
「は?」
飄々とした態度でのらりくらりと大抵のことは流す及川だが、侑の発言だけは癪に触る。それは相手も同じだろう。
『宮侑さんは中学屈指のセッターです。スパイカーに自分は上手くなったと錯覚させるほどに……セットアップはほとんどのパターンにおいて正解を導き出していました』
観察眼に長けた桃井は、公式試合でこうすれば勝てただろうにという決定的な一本を何度も見てきた。
それは外側から見た客観的な模範解答で、コートに立つセッターの主観で即時に見極めることは断然難しい。
及川だってそうだ。彼は味方の素質、パフォーマンスを120%発揮させるトスを上げて彼らに託していることで、敵スパイカーたちと渡り合えるようなセットアップを得意とする。
だが侑は違う。
「いったれ!」
ふわりと上がったボール。打ちやすさは一級品だろう侑のトスに、野狐のスパイカーは腕をフルスイングし、威力の増したスパイクをレシーバーは受けきれず軌道は大きく膨らんだ。
「上手いな……悔しいぐらいに」
及川は低く絞り出すように呟く。
一目でわかる。あれはスパイカーに打たせるトスだ。彼らの翼を広げやすくし、大胆に自由に滑空できるよう、最大限のアシストを。トスに煩わされることなくスパイクに全集中が向けられるように、彼らを支えてみせるのだ。
まるで、俺のスタイルのように。
なんて才能。
なんて美しい。
桃井は侑のセットアップに目を奪われていた。セッターとして無尽蔵の輝きを秘めた影山がどこまで強くなれるかが知りたくてずっと支えてきたけれど、まさかここで出会うことになろうとは。
「……整ってるなぁ」
在り方の違うトップクラスのセッターが、今、誇りをかけて争っている。確実にどちらが上で下かが決まる。その場に居合わせることができて桃井は感謝していた。
口に出したら壊れてしまうから言わないけれど、あの人のもっと先を見たいなんて、ずっと前から思っていたんだから。
とはいえ。
「ナイス」
「……おう」
決まって当然だと言わんばかりの反応には、苦い顔をするしかない。確かにあれ程完成されたセットアップで点が取れなければ、文句の一つでも言いたくなるのかもしれない。でもさっきは決まったのだ。
「決まったしもっと喜んでええんちゃう? ウチのセットポイントやん」
「俺のセットで打てへんやつはポンコツや。コイツらはそうやないってわかっただけやろ」
そう切り返され、治は返答に困った。元々コミュニケーションは得意なのに自分の力量に自信があるってだけでどうやったらこんなふうに育つ? チームメイトは大層ご立腹で、歪な空気が加速する。
自分とおんなじ顔が遙か遠くを見つめていた。
「……お前ほんまアホやな」
「なんやと!?」
「チームプレー怪しいやつが敵のチームプレーに張り合うなんてできひんわ」
スパァン! と切れ味抜群の断言に野狐のチームメイトはおお……と感動する。これまで厄介は面倒だとやんわりした態度を貫いていた治が自ら口を出したのだ。
「俺はお前みたいにならん。言わせてもらうけど、今チームの輪を乱しとんのはお前や。スパイカーに合わせたトスで打てんほうも悪い。でも侑のは行き過ぎやねん」
「はぁ!? どこがや!」
案の定侑は食ってかかった。仲間に嫌われるというキツイことを全く意に介さない侑は、双子の片割れだろうと対応は変わらない。
「じゃあ治は俺のが間違っとる言うんか」
ありえない。
中学生らしからぬ威圧を伴わせた言葉に治は頭を振る。
「間違ってへん。ただ侑は北一の1番に気ィ取られて冷静とちゃう。ちゃんとコッチの選手見ろ。んでわかれや」
俺は冷静や。サーブもようできとるしトスだって感触はええ。コートもよく見とる。……待て、選手やと? ムカつく顔してこっち睨んどること以外なんも変わらんやん。
「なんなん治……」
そもそも北一のキャプテン……及川サン? あの人に気ィ取られるとか、そんなこと言うな。
あれに気づかないセッターこそポンコツや。
小学生の頃、双子は地元でも大きなジュニアバレーボール教室に通っていた。そこには現在全国に名を轟かせる尾白アランもいて、学年は違えど3人は仲良くバレーに明け暮れた。
そんなある日のこと、元全日本セッターが特別講師としてやってきた。
地味なセッターよりも華やかなスパイカーが良かったな、なんて幼い侑はぼやき……衝撃を受けることになる。
まずは順番にスパイクを打ったのだが、スッキリ上手く決まったのだ。あれほど気持ちよくスパイクできたのは初めてのことで、侑は治と感動を共有した。
そして助走に上手く入ってこれない子どもに優しく笑って口にしたのだ。
『ビビらんと入っといで。おっちゃんが打たしたる』
───打たしたる。
かっこエエなぁと強く思った。
それがセッターに目覚めた原点だと思う。
やから、悔しい。
及川サンのプレーは、俺と違った"打たせる”プレーや。
「ほら、決めろお前ら!」
「ああ! 任せろ!」
スパイカーの潜在能力を全て引き出すセットアップ。チームのリズムが整い、息がしやすい環境を築くその手腕。
天才的な才能ではなく、スパイカーに真摯に向き合う誠実なセッティング。
「気に食わんなぁ……」
自分の理想と似て非なるスタイルに、侑は厭うように顔を顰めた。
第1セットを終えてチームの空気がすっかり馴染んできた頃には、中学屈指の両セッターは互いのプレースタイルを実践的に把握する。
そして出た結論はシンプルなものだった。
「侑君は天才だね。トスはブレない乱れない。でも完璧にチームメイトを活かせていないか……嫌いなタイプだ」
「及川サンって上手いけど天才ちゃうよな。チームメイトを支えて、支えられて……ほんまに仲良しでエエ人や」
コートチェンジの際に双方の目に火花が散る。離れているのに敵意剥き出しでメンチを切るセッターたちに呆れるチームメイトたちは、さして空気を引きずっているようには見えない。
「やっぱり侑さんってセッティングがきれい。コートを冷静に見れて、ほとんどの選手がわからない正解をわかってる」
セットを落としたというのに桃井の声は弾んでいた。人は感情の化学変化で思いもしない成長を遂げると知っている。
だから及川がどうなるのか楽しみで仕方がない。
両者が顔を歪めてしまうだろう呟きを唇に乗せ、心底愉快そうに桃井は微笑む。
「やっぱりあの2人、同族嫌悪だ」
お久しぶりです。間が空いてしまいました。
いつも感想を書いてくださりありがとうございます。おかげさまで戻ってこれました。
及川と宮侑の戦いが個人的に見てみたいのでこの展開は全中編を書くときに入れようと思っていました。ようやく突入できてよかったです。
ところで原作の回想に稲荷崎グループの合同合宿ってありますけど、もしや稲荷崎中等部があったりするんでしょうか。気になります。