桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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今更ですが作者は方言にまったく自信がないので雰囲気で呼んでください。

挿入する部分間違ったので一回削除しました。失礼しました。


きかん坊

 運命の第3セットが始まった。体力的にキツイのは両方だが、心情的にキツイのは野狐である。往々にして第2セットを獲ったほうに流れは来るものだ。さらに彼らはここからは侑に指示されるがままに攻撃するのではなく、本当の意味で自分自身の力で戦わなければならない。

 

 しかし野狐のスパイカーにとってそれは望んだ試合の形だった。

 

「久しぶりにはしゃいだろか……!」

 

 俺は単に気持ちのいいバレーがしたかった。誰だってそうやろ? 苦しいとかキツイとか、やりたくないやん。バレーもそうや。苦しい試合キツイ練習、乗り越えた先に楽しさがある。

 

 全身を伸びやかに使って身体を思いのままに動かし、気持ちのいいスパイクを打つ。その楽しさは侑に支配されていた。

 

 でも今は、自由や。

 ハリボテで作られた人工の翼を捨て、想像した羽を広げて空へ飛ぶ。

 

 駆けろ。もっと早く、もっと高く。

 

 

「1番のサーブ来る!」

 

 リベロはサーブもスパイクもブロックもできない守備専門のポジション。故に身長が低い選手がつきやすい。広いコートを的確に穿つ及川のサーブを切ってやろうと野狐のリベロは注意深く構えた。

 

 キュッと床を蹴って跳んだ及川のサーブに食らいつき、完璧なサーブレシーブをしてみせたリベロに歓声が上がる。

 

 エエとこ返したぞ。託すで、侑!

 

 ───チームメイトを、ちゃんと見る。そんで、わかる。……今のところチームメイトは夏休みに入った小学生みたいなハシャギ方やけど、アリか? 俺も交ざったろか。

 

 俺の正解やなくて、チームの正解。自分のセットアップばかりを意識するのは間違いや。敵にトスを上げる先を読ませない。それでいて、スパイカーに広い選択肢を持たせるトスを───……

 

「そこ!」

「のわっ!?」

 

 風を切って突き進んだボールはスパイカーの指先にギリギリ触れて、コロリと落下する。

 

「んなろっ……!」

 

 やや後ろに詰めていた守備の形に救われた。拾えなかったボールを悔しげに見つめ、コートに拳を叩きつけた岩泉は、いや、これでいいのだと頭を切り替える。

 

 桃井の予想通りに侑は得意の模範的なセットアップを捨てた。そして味方の力を活かし、彼らに託す、いわば及川と同種を選択したのだ。

 

 しかしそれは悪手である。

 

「4番は威力重視型後ろに伸びてくる9番はクロスない12番は守備力高いけどバテ気味っぽい……」

「及川ー、意識飛ばすな飛ばすな。とりま12番を走らせて潰すかー」

「わっごめん。そんな感じで。12番君が引っ込んだら守備の穴は大きくなるからね」

 

 北川第一というチームは、桃井の加入と及川の覚醒により敵の選手を効率よく抑える方法に特化した。

 それを軸に全国大会へ出場を決めたのだから、野狐はわざわざ自分の土俵から這い出てこちら側の土俵に乗っかってきてくれたことになる。

 

 野狐はまだ北川第一の本当の怖さを知らないのだ。

 

「アツム! 今のトスは何やねん!」

「お前ならもっと高く飛べるやろーが!」

「高く飛んでブロッカーの上から打ったってレシーブされるに決まっとる!」

「ならレシーブできひんように何かやれや! なんか!!」

 

 スパイカーが、侑のセットアップに文句を言っている。普段とは真逆の立場に野狐の監督は目を見張った。

 

「わかったわ! ならお前も“打ちやすい”トス上げろよ? 今まで散っ々こき使われとったし嫌なことも言われたからなぁ……俺らを活かす言うんなら、そんだけ俺たちに尽くせ!」

 

 ふはははは! と高笑いをするスパイカーにぐぬぬと嫌そうに顔を歪めた侑。その肩を優しく叩いたのは治だ。

 

「侑、気にすんな」

「治……急になんなん気持ち悪いわ」

「正直お前いい加減せろよと思っとったし丁度エエわ。今のうちからスパイカーたちにヘコヘコしとけ。お似合いや」

「なんやと!?」

 

 この時はまだ軽口を叩く余裕はあった。久しぶりに自由を得たのだと解放感に浸って走り回れた。

 

 しかし、正しく認識できてきた現実が容赦なく頰を引っ叩く。

 

「ホンマによう分析できとるなぁ……!」

 

 侑は怒りを孕んだ声を絞り出した。

 第1、2セットよりも安定した敵の動きの滑らかさに侑は痛感する。自分は選択を誤ったのだと。

 

 あのマネージャーは、2年間同じチームやった俺よりも、ずっとずっとコイツらのことを理解しとる。

 

 桃井の能力の厄介さを正確に把握した侑は、彼女の力を嫌悪した。

 

「ビックリしちゃうよねぇ。ここまで高精度の分析ができるなんてさ……只者じゃないよ。侑君もそう思うでしょ?」

 

 天才に分類される侑はスパイカーたちを活かしきれていない。それにも関わらず、桃井は対面したこともない選手を掌握する。

 それはチームを指揮するセッターにとって、屈辱であり恐怖となる。

 

 積み上げた信頼や絆など彼女には通用しない。

 皿の上に置かれたメインディッシュをナイフとフォークで好き勝手に切り広げるように。コート外にいる天才に、コート内の天才は為すすべもなく解析されてしまう。

 

 コロコロと笑い声を上げた及川が嗜虐的に微笑んで首を傾げた。心が折れてくれると嬉しいなぁと期待を込めて。

 

「そうですねー、誰が思い通りに動いたるかって思います〜」

 

 しかし侑はにこやかに吐き捨てるとくるりと背中を向けた。その姿を及川は温度の低い目で流し見て、退屈そうに息を吐く。

 

 俺にはない才能を持っていながら自らそれを捨てるとは。

 しかも俺のプレーにかぶせてくるとか、最悪。

 

「……“打たせる”と“打ちやすい”は別物だよ」

 

 及川が口角を意地悪そうにへし曲げたのを視界に入れてしまった岩泉は、めんどくせぇことになるなこりゃと諦めた。コイツが天才に対抗心を燃やすのはいつものことである。自分はただ全力を尽くすだけだと、目の前のプレーに神経を研ぎ澄ます。

 

 岩泉は己が今スゲーいい調子なのを自覚していた。反射的に弾き出した命令を吸い込む筋肉の動きが心地よく、つい肩を回す。どうやら試すに打ってつけらしかった。

 

 

 足が重い。腕が上がらない。跳ぶのも、走るのも、何もかもが億劫になる。試合終盤になるといつも感じる疲労感に野狐のスパイカーは自嘲した。

 

 あークソ、頭回んねぇ。敵は守備に穴が見当たらないしラリーは長く続くしで、酷使された身体は限界を主張して震えていた。

 開けた世界に切り込みを入れるボールの軌道は呆れるほどに流麗な放物線を描いていて、ああ、綺麗だと嘆息する。って、そんなことしてる場合じゃない。

 

「跳べッ」

 

 自己暗示のように叫んで腕を力一杯振り抜く。ボールの芯を捉えた確かな重みが手のひら全体に伝わって、一瞬で質量を失くすと、凄まじい勢いで落ちる。

 そのまま決まればいいのになんて思うだけ無駄だ。青いユニフォームをまとったリベロが上げて、敵の攻撃準備が整う。

 

 流れるような連携から繰り出されたスパイクをウチのリベロが必死に繋いだ。

 

 また、続く。まだ続く。一体いつまで。終わりが見えないボールの行方に一瞬気が遠くなった。

 

 バレーはひたすら1点を積み上げていくゲームだ。地道に、愚直に、同じ1点を奪い合って汗を垂らして駆け回る。サービスエースは1点だし、ずっと続くラリーだって1点。公平で、これ以上ないほど残酷だと思う。

 

 ボールよ。相手コートに落ちろ。囮に入るのもめんどくせぇ。キツイことを忌避する性格はすぐに本音を曝け出す。

 

 助走に入るのがワンテンポ遅れた。前衛のもう1人は既に踏み切りを終えて跳んだが、俺は地上にいる。揺れる視界で敵が即座に俺の攻撃を捨てたのがわかった。

 ───じゃ、もういいかな。

 

「サボんなアホ!!」

「ち、ぉお!」

 

 ビリビリ鼓膜を震わす怒声に、身体はスパイクモーションに入った。とはいえ侑は既にトスを上げ終えて、他の選手がスパイクを打つ。

 

 ブロックに阻まれ、ボールはこちら側のコートに落ち───

 

「ふぬッ」

 

 侑の全身を限界まで伸ばしたレシーブは、かろうじて成功した。セッターがファーストタッチ。有効な攻撃手段は生まれない。

 

 それは他のチームに限った話だが。

 

「いくで」

「治ゥ!」

 

 侑が動き出した時には既に移動を終えていた治は、キレイなフォームですぐさまトスを上げた。空間を直進するボールは侑の手のひらにピッタリ収まり、激しい音を立てて撃ち抜かれる。

 

「セッターじゃないのにあんなトスとか……それを平然と強力な攻撃にして返すとか……腹立つ」

「何言ってんだお前。まぁ、あのコンビネーションはさすがだよな」

「いやいや。こっちも負けてないし! 岩ちゃん、俺たちの超絶信頼関係を見せてやろうよ!」

「あってたまるかそんなもの」

 

 ケッと唾を吐くように断言した岩泉は、そういえばと口を開いた。

 

「いいのあったらオープントスくれ」

「え? うん、わかった」

 

 んーと首を傾げた及川は、思い当たる節があってニマリと笑顔を深くした。

 昔からどちらかといえば堅実さを好んでいた岩泉だが、方向性が変わりつつあるのは確認済みである。となればスパイカーの望むトスに応えてあげるのがセッターの役目。

 

 北一が先に20点台に乗り、野狐で一番守備力の高い12番をほとんど無効化した時、絶好の機会が到来した。

 

「オープン!」

 

 呼応するようにゆったりと落ちてくるトス。踏み切りのタイミングはよく、岩泉は腕をしならせて右手を外側に向けてスパイクを打ったが、角度は甘くブロックされてしまう。

 

「あー、クソ。すまん、ミスった」

「どんまいどんまーい」

 

 岩泉は今の感覚を反芻する。もっと狙いを鋭くしろ。フルパワーじゃなきゃあの暴虐的なスパイクは撃てねぇ。肩の調子は大丈夫。ただあんまり何度も打ってられるほど柔らかくはない、か。

 

「ん、んんー? 岩泉先輩、木兎さんみたいな超インナークロス打とうとしましたよね?」

「あ、ああ……試合中にやったことのないことにはあまり挑戦しないタイプだと思っていたが。一体誰に影響されたか……。アイツもまだまだ成長する気だな」

 

 口の端で笑った監督の隣でコクリと頷く。桃井はノートで口元を隠しつつ、目をうっとり細めてポショリと囁いた。

 

「挑戦、進化……いいなぁ、そういうの凄く好き」

 

 牛島や木兎といった全国区エースに感化されてエースとしての在り方に悩んだ岩泉。

 技術とセンスを磨き、以前にも増して苛烈になった天才への葛藤を軸に突き進む及川。

 そんな2人に負けていられないと苦しい練習に励んだ心優しいチームメイトたち。

 

 そしてそれは野狐の選手たちにも当てはまる。

 

「くっ……!」

 

 苦しげにトスを上げた侑は、焦りと疲労がどんどん自分の首を絞めていることを自覚し、もがいていた。

 

 俺のトスは間違っていた。前のも、今のも、結局点を獲るという視点ではマネージャーに無効化される。どこまでも見透かして、詰みへと誘ってくる。

 こういう思考に陥った時点で術中に嵌ったのは明白だが、それでも侑にやり方を変える余裕はなかった。

 

「侑今のショボトスなんやっ!! まーた、俺様感出とったぞ! この通りに、ぜー、打てって、な!」

「ハァー、息切れし、ながら、言うな! ハッ、悪かったなクソ!」

 

 心底苛立った侑がヤケクソになると、ぜーはーぜーはー呼吸しながらチームメイトは笑う。

 コイツらが笑っとんの久しぶりに見た。というのも侑のスパイクへの完璧な要望に辟易してチームワークはないも同然だったからだが。

 

 入部当初は当たり前にあった笑顔が今になって復活しとるのが、なんだか、嬉し……いや、ちゃうな。絶対そうやないな。ないったらない。侑は頭の中で必死に否定して、改めてスパイカーの表情を見る。

 

 疲れて、しんどいってなって、もう動きたくないって口では言うくせして、生き生きしとる。楽しいって叫んどる。正直な奴らめ!

 

「ホイ」

 

 静かな闘争心が滾った瞳をした治はボールを渡した。その後ろでチームメイトはいーっと歯をむき出しにして、ムカつきと励ましと照れ臭さをごちゃ混ぜにした顔で声を揃える。

 

「ナイッサー1本!!」

「……オウ」

 

 現在北一のマッチポイント。対してこちらはまだ20点台に到達していない。相手のミスがあってもだ。

 

 このサーブ、ミスってもとりあえず入れるだけサーブでも、負ける。

 

 確実に一点を()る気で、撃て。

 

 一歩一歩、踏みしめるように大切に足を運んで、普段の位置に着いて振り返ると視界いっぱいに広がる世界。───これで終わるかもしれない。そんなプレッシャーに指が震えたが、吹き飛ばしてくれた仲間の声にフッフと笑って、構えた。

 

 まだ終わりにするわけないやろ。

 

 練習はしていたけれど、あっちのほうが上達が早かったから採用していたというだけで、全くできないってわけでもない。ヘタクソだから公式戦はおろか練習試合にも披露したことはなかっただけだ。

 

 じゃあ、今やったら。

 

 なんだ? と及川が侑の様子に疑問を抱いてから、コンマ数秒。ぎょっと目を開く。

 

 なんと侑は得意のジャンプフローターサーブではなく。

 

「ジャンプサーブゥ!!?」

 

 驚愕して叫んだのはほぼ全員。桃井でさえベンチから立ち上がって、え!? と驚きを露にした。ただ治だけはひっそりと呟く。

 

「マジでやりおった」

 

 コントロールよりもパワーを重視したため、思いっきりフルスイングした手のひらから放たれたボールは勢いよく爆進し、ネットの白帯に引っかかり、北一のコートに落ちた。

 

 タンッ───……と静かにコートに着いたボールを眺めて、及川はギリッと歯噛みする。

 

「今のは運……しょうがないって思うしかない。でも、もし侑君がサーブ二刀流なんてことだったら」

 

 野狐のチームメイトの反応からして、侑はジャンプサーブをよく打つ選手ではない。当たり前だ、もしそうだったらとっくに桃井が伝えている。

 問題は、今のワンプレーで侑が次に打つのが、ジャンプサーブかジャンプフローターサーブかわからなくなってしまったこと。

 

 確実性を選ぶなら後者だが、侑ならば前者を選ぶこともある、と思えてしまうのが非常に面倒くさい。

 

 ほんの少し、だが確実に流れつつある野狐に有利な空気。第1セットとは比べものにならないほど柔らかくなった彼らの表情。

 セッターである侑は後衛に回り、前衛は3枚揃った最も攻撃的なローテーション。逆転のための手段は充分過ぎるほどある。

 

 現在の得点、24ー19。

 

 万が一、次の侑のサーブでサービスエース、またはこちらの攻撃が失敗してしまったら。野狐もいよいよ20点台に乗り、流れを持っていかれる。

 

 つまり二通りある侑のサーブを見極めなければ、負ける可能性が大きくなってしまう。

 

 桃井や野狐のチームメイトにとって未知の領域に到達した天才は、ボールを両手で持って底知れぬ笑みを湛えた。

 

 その時、タイムアウトを告げる音が鳴り、及川は希望を持ってベンチに視線をやる。

 これまで何度もチームを勝利へ導いてきたマネージャーは、初めて見せる険しい表情でコートを見つめていた。




全国編をやりだした理由で一番大きいのが、北一も全国の彼らも含めた全員が互いに触発されて成長していくシーンを描きたかったからです。その次が色んなキャラクターを登場させたかったからですね。

なので桃井たちが高校1年生になった原作開始時点で、原作と比べて大きな変化が起こっていることになります。そういうのが作者は大好きなので、中学時代編はじっくりやるつもりでいました。おかげで終わりが見えないんですけど!

つまり何が言いたいのかというと、大事にし過ぎたあまり対野狐戦も四話目に突入するよ!!


↓この先の展開(というか原作)のネタバレ注意です。



ナイフとフォーク云々の部分は、桃井が一方的に分析するだけで選手側にとってはどうすることもできない(コート内にいるわけではないので戦うことすらできない)というのを、大袈裟に表現しています。

この時の侑の心情は、インターハイ予選で3年間一緒だったチームメイトを活かせなかったのに、及川はできたと知り敵わないと思った影山の心情と似通うものがあります。
まあかつての仲間だったとか、セッターだからとか、それらしい理由があればまだマシなのかもしれません。でも今回は遠い東北の地のマネージャーです。恐れる気持ちは倍増なのではないでしょうか。

ただ侑は及川が望んだように傾きも折れてもくれませんでした。

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