桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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次話の「優しい人でいたいひと」を削除しました。理由はプロットに変更ができたからです。全中編が終わってから後の話を進めていこうと思います。




相容れないモノ

 あれで良かったのだろうか。平素の様子で指示を出す及川先輩を見つめ、ため息を吐く。

 

 取れる対処法は限られていたとはいえ、これまでの距離感を維持するために何をした。

 

 人の感情の機微に敏感なほうだと思う私は、自分に向けられる数多の感情も大体察する。

 好意、嫉妬、憧憬、劣情、嫌悪……それらの視線を受け止め、躱し、つつがなく日常を過ごせる程度に流して生きてきた。といっても中学に入ってからの話で、昔は色々とあったのだけど。

 

 振る舞い方の見本にしていた及川先輩が、ね。随分わかりやすく線引きしてしまったから、私と同類のあの人はすぐに理解して傷ついた顔をしていた。一瞬で元の笑顔に戻したのはプライドが彼自身を守ったのだろう。

 

 私は優しくない人間だ。傷つけたとわかって、傷ついて欲しくなかったなんてどの口が言える。自分が心底嫌になった。

 

 性格は悪くて強引なところがあり、ぶっちゃけ対応が面倒な時も多い。でもストイックな部分は尊敬するし、真剣にプレーをする姿は見ていて嬉しかった。

 

 こうして遠回しに拒絶して、彼の反応を実感して悩むくらいには、好ましいと思っていたんだ。

 

 けれど及川先輩の抱く好きとは別物だから交わることはない。わかっていたから上手くやってきた……つもりになっていた。

 

「さつき、どうした。眠いのか」

「眠くはないよ。ここで寝る時間なんて一秒もないもの。……少し疲れてしまっただけ」

 

 最後の方は音にもならないで、口の中で呟くと、力ない微笑みを浮かべた。

 飛雄ちゃんは不審そうに眉根を寄せる。

 

「寝ろよ。ヒデー顔してるぞ」

「えっ飛雄ちゃんの凶悪顔よりも?」

 

 わぁ5割増しで飛雄ちゃんの目つきが悪く……。

 

「言ったでしょ。寝る時間はない。今からも実物を見てデータの修正、再構築、やることはいっぱいある。……まだ試合は、残ってる」

 

 どれだけ見積もっても自由時間は1時間あるかないか。第3試合を控えた今、次の対戦相手の第1、2試合の様子を確認したい。少しでもいいから情報が欲しいのだ。幸い一度見たらなかなか忘れない優秀な頭脳もあることだし、最悪試合中に分析を進めることだってできる。

 

 ……昨日は良かったなぁ、1試合だけだったし。

 

「だから休んじゃいけないの」

 

 相手もどんどん強くなってきていて、牛島さんだけじゃなく他の人、例えば宮侑さんも私の予測を超えてきた。

 立ち止まっている暇はない。

 

 自分に言い聞かせるように囁くと、ドスッと軽くはない衝撃が脳天に走り、頭を押さえる。

 

「いたっ、急に何するの!」

「休め!」

「人の話聞いてた?」

「聞いてたから言ってんだろーが」

 

 鈍感な飛雄ちゃんにここまで言わせるなんてどれだけ酷い顔をしているんだろう。

 いつもならそこで終わっているはずだった。でもなんだか頭にきて、余裕がなくなっていた私は視線を鋭くする。冷気が漂い、極寒の微笑で迎撃の構えを取った。

 

「大丈夫。酷い顔してるのは別の理由があるから」

「なんだよそれ」

「それは……」

 

 言葉を詰まらせ、顔を下げてしまった私の耳に届いたのは、金田一君の弾んだ声。

 

「岩泉さん文字T買いに行くんですか!?」

「ああ。金田一も行くか?」

「はい! 俺も買いたいです!」

「んじゃあ行くか。あ、影山はどうする? お前もよく着てるだろ」

「いっ行きます!」

 

 すぐに返事をした飛雄ちゃんは、はっとしてこちらを見てくる。別に君が悪いわけじゃないんだから気にしなくていいのに。

 

「ほーら先輩待たせちゃいけないよ」

「お、おう」

 

 ぐいぐい背中を押して見送った後、私は静かにその場から離れた。長居していては及川先輩に話しかけられそうだったし、何やら他の先輩たちの動きに怪しいものを感じたからね。……思春期って、本当に面倒くさい。

 

 部員からビデオカメラを受け取ったので落ち着ける場所を探すこと1分。

 

「やっと見つけたでー、マネージャーさん」

 

 ぬっと曲がり角から現れたのは、前髪の分け目からして宮……侑さん。さっきはごめん飛雄ちゃん帰ってきて! 君の倒したいリストに入るセッターだよ!!

 

「ちょっと話せん?」

「すみません、今ちょっと」

「ちょっとって何?」

「いえアレなんですよ」

「アレって何?」

 

 予想外の人物の登場にテンパってロクな言い訳が浮かんでこない。というかなんでこの人がここに。

 

 逃す気のない切り返しに辟易として冷たい表情を見せるけれど、宮さんはニコニコ笑っているだけだ。こんなわかりやすい反応しても退かないとか、図太いな。知ってたけども。

 

 こういう絡み方をしてくるのって嫌な予感しかしないのだ。いつぞやのナンパ野郎からの鷲匠監督しかり、牛島さんしかり。

 こうなったら仕方がない。今私は虫の居所が悪く、穏便に済ませる余裕はあるはずがなく。

 

「負かされた対戦校のたかがマネージャーに何かご用ですか?」

 

 冷えた双眸で見上げると、宮さんはニコッと綺麗な笑顔を見せた。

 

「たかがとか謙遜せんでもエエやん。今回の、いや……これまでそちらさんの試合で一番活躍しとんの君やろ」

「一体何の事でしょう」

「シラを切るつもりなん? 言い方も性格悪いわー。大方そんなもんやろうと思たけど。記者の取材にもああ言っとってよかったわ」

「……取材、とは」

「敗因はなんだと思いますか、とか? よう負けたばっかりの選手にああいう質問できはるな。こっちは落ち着いた対応できるほどオトナじゃないねん」

 

 ……その記者さんが気になる。それ以上に宮さんが何と言ったのか……。

 

 鋭い視線と柔和な眼差しが交錯し、彼の瞳にちろりと青白い炎が燃え盛っているように見えた。

 

「不思議やった。見れば見る程ネタとしては抜群にオイシイのに聞いたことは1度もないなんてな」

 

 値踏みするような不快な視線に警戒心を強めていく。嫌悪感を押し出した表情にも宮さんは笑顔を絶やさない。

 

 

 言いたいことはわかる。

 桃井さつきという容姿はとびきり華やかで可愛らしいと同時に物凄く目立つ。この世界では稀有な部類に入る桃髪や可憐な美貌は人の目を惹き、澄んだ美声と華奢な体つきは魅力をさらに掻き立てる。

 

 そして類稀なる情報収集と分析能力。13歳という年齢で既に大人顔負けの精度を誇り、試合の流れを読むことに特化している。原作と比較してまだまだ発展途上だが、才能が開花すれば無名のままではいられないだろう。

 

 そんな記者が好きそうなスペックでありながらどうして私の名前が広がっていないか。その答えを宮さんは持っているようだ。

 

「理由はいくつか思い当たるけど大きく言って2つ。まずは単純に実績がなかったからやろ? あとは本人の意思で情報を伏せとること。俺は理解できひんけどそういう連中がおんのもわかる。そういうのが嫌いっちゅうてな。せやから敗因は相手校のマネージャーです、って言ってやったわ」

「……ではあなたは、私がそういうのを嫌っていると予想した上でそのような対応をなさったんですか」

 

 正解! と言わんばかりにニパアッと笑顔を見せた侑さんにイラッとした。

 悔しいことに理由は当たっている。宮さんの洞察力を改めて恐れとともに心に刻むことにした。ついでに性格の悪さもね!

 

 認めよう。知らないフリは、気づかないフリは、人を傷つけてしまうものだから。……この人にそうするのは不本意だけれども。

 

 そんな気分で口の端を吊り上げる。

 

「イイ性格してますね」

「お互い様やろ。性格ねじ曲がっとんのは。なぁ桃井さつきちゃん?」

 

 こめかみがピクリと動いた。

 だ、か、ら。ちゃん付けは嫌なんですってば。善意100%の先輩ならびに98%の黒尾さんはいいです。もういいんです。

 でも宮さんのは明らかに悪意100%ですよね? 語尾にハートマーク付く声色でしたよね?

 

「その呼び方やめてください……悪寒がしました」

「別にええやん。さつきちゃん」

「悪化しましたね」

 

 おぞましい鳥肌が立った腕をさすり、吐き捨てた私を見る目には、弄ぶ揶揄いの色と憎らしげに睥睨する色があった。

 

 話してだんだんわかってきたぞ。宮さんは嫌いな相手の場合、ひとまず遊んでいると示す内にやめておけと警告してくるタイプだ。それでも踏み込んでくるといよいよ……。

 

「さつきちゃんが俺たちを分析しとんのやろ?」

 

 ゆっくり一歩踏み込まれた分、一歩後ろに下がった。雑踏が遠のき、苛烈で威圧的な笑みの前では冷淡な微笑みでさえ効力をなくす。

 

「すごかったでー、手札を変えても変えても通用せんし。どこまで読まれとるかもわからんし。正直どのスパイカーたちよりも一番の脅威はさつきちゃんやったわ」

 

 心臓を掴まれたような殺気に、ひゅ、と呼吸が止まった。圧はすぐに解放されるも冷や汗が背中を伝う。

 私を脅威とみなした上で排除しようとする行動がどこかの誰かに重なって見える。

 

 昨日孤爪君と目が合って獲物と捉えられた時とも違う、別の恐れを宮さんに抱いた。

 

 しかし、勝手ながら、言いたいことがある。

 そもそも嫌いなら近寄らなければいいものを。そちらの都合に振り回されてこちらが損するのはふざけた話だ。

 

「それは大袈裟ですよ。私がやっているのは情報を伝えるだけ。実践するのは選手です。本当によく動いてくれて」

「あっそうそう、聞きたかったことがあったんやった」

 

 最後まで聞きなさいよ。真面目に付き合うのが馬鹿みたいになってくる。この人とは波長が合わないな、本当に。

 そんなことを考えていると、手のひらを叩いた宮さんは柔和な笑顔で口を開いた。

 

 

「さつきちゃんは自分の手で選手を追い詰めることをどう思っとる? スパイカーの羽を捥いで、プレーの軸からへし曲げて、機能しなくなるチーム見て罪悪感覚えたりせえへんの?」

 

 軽快な声が鮮明に聞こえて言葉が出なかった。

 端正な顔立ちにはこの時だけ純粋な喜色が浮かび、愉しげに私の答えを待っている。

 

 急速に熱を奪われていく感覚が全身を駆け抜け、強張った指先で胸元のTシャツを握りしめる。

 

「…………私は」

 

 か細く、今にも消えてしまいそうな声が自分のものだとわからないまま、必死に言葉を探す。

 

 北一にいたら一度も尋ねられなかっただろう質問は、あらゆる予防線を弾き、丸裸になった心にダイレクトに響いた。思考の空転は止まらずに苦いことばかりが浮かんでは消え、じとりと汗が滲む。

 

 目を伏せた視界には宮さんの足元が映り、フッフと跳ねた笑い声はピタリと止んだ。

 

「あほくさ」

 

 興味を失った宮さんは苛立たしげにため息を吐き、頭をガシガシ掻く。

 

「あんな、そんな顔されたらいじめてるみたいやんか。こっちは軽くトラウマなっとるから仕返しにとは思たけど、そこまで思い詰めんといてや」

 

 弛緩した空気を感じても生きた心地はしなかった。表情を硬くしたままの私にさらに滑らかに言葉を継ぐ。

 

「そうビクビクせんとって。記者のくだりは嘘やし、さっきの質問も興味本位やから」

「………は?」

「せやから俺らからはさつきちゃんについて何も言っとらん。ま、言わなくてもいずれ有名になることは目に見えとるしな」

 

 俺そんな意地悪くないねん。とかふざけたことをぬかす宮さんに沸々と怒りが湧いてくる。

 

「いや、あの、は? 何言ってんですか。というかちゃん付けやめてって言ってるじゃないですか」

「さつき?」

「桃井です。あなたに下の名前を呼ばれたくない」

 

 思いっきり顔をしかめた私が本気で嫌がっていると伝わったみたいで、図太さでは群を抜く宮さんもさすがに顔を引きつらせ、うわーと思わずといったふうにこぼす。

 

「反応ガチやん。ごめんて。桃井」

「もう行きます。次の試合があるので」

 

 無表情で告げた私は桃髪を翻し立ち去ろうとすると、背中に声が投げかけられた。

 

「ほな、またな」

「できれば二度と会いたくありません」

 

 

 

「……どうしたお前」

 

 あの後急いでビデオを確認し、正直やり残した部分もあるのだけどしょうがないと諦め、集合場所に戻った私に飛雄ちゃんはアタフタする。

 

「なんか、顔白くなってる。あお、しろい? あおじろい? そんな感じ」

「青白いね。あと顔面蒼白って言うんだよ」

 

 さっきまでの怒りが引くと、代わりにやってくるのは自己嫌悪だ。

 

 何であんなこと言っちゃったんだろうとかカッとなりやすいなとか情緒不安定だとか色々湧き上がってくる。考えたらダメなのに、考えることをやめられない。負の連鎖にハマってしまったとわかる。

 

 今度絶対嘘を見破る本とか読心術の本とか買う。分析にも使えるのだし。常人なら嘘の判別くらいざっくりわかるけど、宮さんは相当わかりづらかったからね。だから今むしゃくしゃしてるんだけども。

 

「ガンメンソウハク……」

 

 言葉をインプットする飛雄ちゃんのエナメルバッグから、買ってきた文字Tシャツが見えた。

 

「そういえば何買ったの?」

「お! スゲェカッケェやつ見つけたんだよ!」

 

 じゃじゃーん! 取り出したのは濃紺の布地に白い楷書体で描かれたもの。余程嬉しいのか、ニマニマと笑う飛雄ちゃんを生暖かい目で見た。

 

「……字、読める?」

「バカにすんな。セッター道だろーが」

「してないし。どうせ岩泉先輩に教えてもらったんでしょ?」

 

 うぬ……と言葉を濁す飛雄ちゃん。マジかー。冗談のつもりだったんだけどなー。一層優しくなる視線に耐えられなくなったようで、すぐに仕舞って今度は別のTシャツを取り出す。パステルピンク色のそれは先程のものと比べて小さめだ。

 

「ねぇ、まさかそれ……」

「さつきの。色は二人が選んだ」

 

 やっぱり! なんで止めなかったの!? 岩泉先輩と金田一君のほうを見ても、何やら盛り上がっていてこちらに目もくれない。

 

 ん。と渡されたTシャツを広げてみると、これまた白い楷書体で中央にプリントされている。

 

「排球一筋」

「イカすだろ!」

 

 ニシッと歯を見せて笑う飛雄ちゃんは、本当に自分がいいと思ったからこんなにいい笑顔なんだね。

 

「うん。ありがとう。部屋着にするよ」

 

 大切に畳んで礼を言うとペコッと頭を下げる。

 

「さっきはごめん。私、頑なだった。でも時間ないのは事実だから、全部終わってからにするね」

「何がだ?」

「んー、色々!」

 

 元気いっぱいに笑顔を浮かべたら、なんだか頑張れる気がした。




ここら辺の話はずっと書きたかったものなのでウダウダします。というかこの作品のコンセプトは「バレーの技術成長物語」≦「主人公たちの関係の変化、精神成長物語」のつもりなので、ようやく入り口に立ったかなぁという気がします。ほぼ30話目ですけど。
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