全日本中学校選手権大会競技スケジュール最終日。準決勝戦と決勝戦が行われ、本日をもって日本の頂点に立つチームが決まる。
同時刻に開始されるため広いコートには全てのチームが出揃っていた。
サーブ権を持つ丑三が先に公式練習を3分間行う。
Aコート付近にて牛島は隣のBコートに視線を向け、それを見咎めたチームメイトが苦笑しながら近づいた。
「北一が気になるのはわかるんだけどよ、まずはこっちだろ」
「ああ」
意外ではあった。確かにパワーとスタミナは目を見張るものがあるけれど、エースとしての役割を担うにはあまりに不相応だと牛島は考えていた。長所を霞ませる短所、すなわちプレーの不安定さはあまりに脆い。
その時、会場内に轟音を響かせたスパイクに思考を中断させられた。見やれば金色の瞳は挑発的に輝き、のびのびとした声がコートを横断する。
「よおウシワカ! ハジメとトールと戦うのは俺たちだ! お前はここで倒されるがいい!」
なお、モモイサツキのことは完全に記憶からすっぽ抜けている。牛島は奇妙な感覚を覚えたが、桃井のことだとは気づかなかった。
「ハジメ、トール……………及川と岩泉のことか。同意できんな」
数秒誰のことか考え尽くした後、淡々と言葉を返す。
「お前がなんと言おうと俺は負けねーよ。あいつらにリベンジするって約束してんだ」
無意識に放たれる威圧を笑って吹き飛ばし、木兎は拳を掲げた。滲み出る自信と圧倒的な存在感はまさしくスターそのもの。
対し、木兎に以前と違う雰囲気を感じ取った牛島は眼光を鋭くする。
自由奔放にして明朗闊達。そんな男に辟易していたようなチームメイトが、牛島にさえ感知できるほどの明らかな信頼を木兎に寄せているのだ。
「おいこら木兎、宣戦布告もいいけどちゃんとアップ取れって」
「すんませんね〜、ウチのエースが」
丑三のセッターが口を尖らせ、猿杙がゆったりした口調で謝った。
「おお、悪ぃ。んじゃ、よろしくな」
「……ああ。いいだろう。受けて立つ」
チリッ……と肌を刺激する鋭利な気配を身に纏うと、ほんの少しだけ口角を吊り上げる。はたから見れば人も殺せそうな凶悪な笑み、にも見える表情に、木兎は冷や汗をかいた。
ヤベェ、なんかわかんねえけどヤベェ。押してはならないスイッチでも押したか俺?
牛島は木兎を真正面に見据え、高揚を抑えた声音で口にする。
「エースとしても……当然チームとしても、お前に勝つ」
背後には紫色のユニフォームを着たチームメイトが控え、興味津々にエースの宣言を見守っていた。
あっ、そうか。俺がこの前の大会で白鳥沢に勝てなかったのは、そういうことだったのか。だから北一にも負けたんだ。
それを知ったのはチームの軋轢を掌握し弱点を徹底して突く戦略のおかげだが、木兎は全く気づかないで、ただあいつらと戦えてよかったと感謝すらしていた。
失っていたチームの絆を取り戻した今は、自分たちが完全無敵のように思えたからだ。
コート練習交替の合図が鳴り、木兎はニカッと太陽の笑顔を浮かべると、牛島に背を向けてチームメイトへと駆け寄った。
今までにないくらい最高の試合にしてやると意気込みながら。
威風堂々にして剛毅木訥。選手としてはトップクラスの牛島だが性格面だと木兎とは逆方向に重なり、ある意味で彼らは似ている。
しかし白鳥沢のチームワークが崩れないのは、彼のエースとしてのプライドと懐が深いチームメイトが所以だった。
木兎は3年目にしてようやくその境地に至ったのだ。
「強い。いや……強くなろうとしているのか」
なるほど。全力でねじ伏せてやろう。凶相に拍車を掛けつつ彼もまた信頼する仲間のもとへ歩んでいった。
スパイク練習の時に大きな破裂音を響かせるほどのスパイクを撃って観客を驚かせたのは、言うまでもない。
エンドラインに並んだ北川第一と井闥山学院の選手たちは、笛の音色に急かされるように握手をする。
「よろしくお願いしまーす」
「お、おう。よろしく」
にっこりと笑う及川に、コイントスの時も思ったけどこいつ全国初出場なのに慣れてやがる……と謎の敗北感を感じる井闥山学院のキャプテン。
こちらの応援は開催地が地元ということもあって大賑わいだが、北一の応援は他と比べて女子がとても多いから黄色い歓声がよく上がっている。
イケメンってスゲー腹立つ……! 恨めしく思っていると、思わぬところから援護射撃が放たれた。
「あれが噂のマネージャー? 若利君から聞いたけど、別に普通じゃないですか」
佐久早の言葉を飲み込んだ及川は、は? と地を這う低音を出した。
「ウシワカ野郎が何を言った」
「相手チームを分析、研究しているそうで。その実力がどんなものか、確かめさせてもらいます」
質問を完全無視してさっさとネット際から離れる生意気な選手は、自分とさして変わらない体格をしている。
いやそんなことはいい。それよりもなぜお前が桃ちゃんのことを知っている。噂? ウシワカから聞いた? あの野郎勝手に触れ回ってんじゃねぇよ。木兎君の時もそうだったな。ふざけんな。
木兎君はあの通りだから気にならなかったけど、佐久早君は鼻につく。
じっとりした闇色の瞳のせいか。濃密な疑念を込めた声のせいか。それとも輝かしい才能のせいか。
「……そう。いいよ、見せてあげよう」
瞳を不穏に細めたのはわずか1秒にも満たない間だったが、及川の雰囲気が変容し刺激的なものへと遂げる。それを何重にも包んで普段通りの空気に錯覚させたのは、その道のプロかと笑ってしまうほどの手腕だ。
ベンチに戻ってきた選手の表情を観察する桃井は、早々に察知するもこの場で指摘できるわけがなく、心配そうに及川を見るに留めた。
「あー、やっぱ緊張するわー」
「楽しんだもん勝ちだろ。ここまで来たら」
コートに向かう彼らの後ろ姿は、緊張気味で、楽観的で、それでいていつにも増して頼もしい。
彼らを先導する及川が立ち止まり、振り返る。表面上は落ち着き払った表情には確かな想いが宿り、信頼と脅迫を綯い交ぜにした純粋な言葉を告げた。
「信じてるよ、お前ら」
空気が変わる。少しばかりちぐはぐだった選手たちの意識が統一され、整えられた。程よい緊張と興奮が身体中を駆け巡り、頭は冴え渡る。ふぅー、と息を吐くと、彼らは好戦的に笑んだ。
「さあ、どっからでもかかって来い」
岩泉は構えを取り、微塵も揺らぐことのない覚悟を灯した顔つきで、開始の合図を心待ちにする。
準決勝戦開始。
「木兎頼んだ!」
「行っ……くぜ!!」
思い切りのいい踏切で宙を跳んだ。全力で腕を振り下ろし、手のひらはボールの芯を捉え、放つ。
イイ感触……! そう木兎は感じたが、リベロは食らいついた。激しい音を立ててボールは上がり、白鳥沢の連携は乱される。
「スマン、カバー!」
「おうよ!」
セッターはボールの落下点に素早く走り込み、モーションに入った。俺たちは乱されても崩れはしない。理由なんて決まりきっている。
「牛島!」
コイツにボールを上げさえすれば、点は獲れる。その信用を証明するかのように、牛島のスパイクはコートを撃ち抜いた。
「やっぱサウスポーは取りにくいっつーの」
悔しげに丑三のリベロは飛んでいくボールを見つめる。
「うひゃー、序盤からガンガン上げてくなぁ。スパイクの威力なんて中学生レベルじゃねぇぞ……」
「槍をぶん投げてる感じだな」
「むしろ大砲撃ち合ってるみてぇ」
観客は早速始まったAコートでのエース対決に盛り上がった。ド迫力で、ド派手で、アクション映画を見ているようなワクワク感すら感じられる。
それは選手たちのほうがより体感していた。双方にアップテンポなリズムが流れ出す。首を絞めつけられるような嫌な早さではなく、自分の限界を軽々と超えていけそうな軽快な早さだ。
丑三の選手は1人を除いて不思議とどこか落ち着いた心境だった。
なんか、呼吸が軽い。体も軽い。視界が広い。変だな、さっきまで緊張してたんだけど。
今は動けば動くほど自由になっていく気がする。なんでだろ。
「俺が決める!」
あ、コイツのせいか。ストンと答えは出た。
蟠りが溶けた今は真っ直ぐに木兎を受け入れられる。だからこんなにも清々しい気持ちを抱けたのだろう。
さて、理由がわかったならそれはもう置いておけ。この空気に呑まれるのに余計な思索は邪魔なだけだ。
でも最後に一つ懸念がある。木兎がエース対決にのめり込み、周りが見えなくなりそうだ。それでしょぼくれモードに移行する予感をひしひしと感じていた。
まあ、いいや。しょうがない。木兎だから。
「俺たちが支えてやんなきゃなあ……!」
楽しさに溺れたっていいんだぜ。エース。
「ナイスレシーブ!」
「ライトォォ!!」
白鳥沢の選手たちも同じ心境だった。大エースを支えてきた自負がある。牛島がいる限り最強のチームであることは不動なのだ。
中総体で北一に敗北したのは衝撃的だった。悔しかった。悲しかった。それ以上に牛島という絶対的なエース像にヒビが入ったのが、信じられなかった。
牛島も人間だ。負けたことがない人間などいない。けれどその事実を突きつけた要因が自分たちの弱さであることを、受け入れられなかった。
しかし、牛島は違った。
『今回は負けた。それがどうした。次ヤツらと戦う時に同じ強さのままでいるつもりは毛頭ない。お前たちもそうだろう』
絶対的なエースにそこまで言わせておいて、変わらない選択肢はない。
俺たちは主役になろうとしなくていいんだ。
「好きなだけ暴れろ……!」
どれだけ先を突っ走っても、いつものようについていくからな。
まるでシーソーゲームだ。スレスレの攻防戦が繰り広げられるAコートは大歓声と拍手で満たされる。
その一方でBコートではゾッとするような冷たい空気が蔓延っていた。
「驚いた……ここまで正確に予測できるものなのか」
器用にも心底嫌そうに顔を歪め、わずかな感嘆を含んだ声で吐き捨てた佐久早は、遠くのベンチに座り、悲痛そうに眉根を寄せる桃井を見流した。
認めよう。桃井さつき。お前は脅威だ。これまで散々天才と対戦してきたけど、お前のようなベクトルの違う天才は初めて見る。
試合の流れを読み切るずば抜けた観察眼も、選手の精神状態から変化していく選択肢すら見透かす頭脳も、まるで自分たちを解体していくみたいで。
スパイカーが自由に羽ばたくための羽を捥ぎ、チームワークすら利用される。
冷酷なまでに徹底した選手潰し。
なるほど若利君がわざわざ言ってくるわけだ。
さらに無理難題を遂行するレベルの高い北一、特に一番の理解者らしい及川というセッターも、十分警戒対象である。
とはいえ。
「圧倒的な力の前では、蹴散らされて終わりだよ」
コースを読めるからなんだ。
吹き飛ばして終わりじゃないか。
こちらの守備の弱点を突いてくるからなんだ。
そんなもの、わかっていたら対策はできる。
エースの助走を塞ぐ細やかで鬱陶しい返球や、守備につく配置もよく練られていた。各々が苦手とすることに着目してストレスを常に与え、ミスを誘発する狙いもあったのだろう。
しかしその程度で崩せると思うな。
井闥山学院は優勝候補筆頭とされており、全国選りすぐりのトッププレイヤーたちで成り立っている。
攻撃力、守備力、身体能力、精神力、どれをとっても一級品。全国優勝最多の実績に恥じない実力者のみが在籍していた。
初っ端から遥か上のレベルにいるのに、よく地上に引きずり下ろせたものだ。それだけで賞賛に値する。
だがそちらの土俵で戦ってやるつもりはない。対応力の高さはヤツらの専売特許ではないのだから。
「チャンスボール!」
迸った激情はあらゆる奔流となってやがて一つに集束される。すなわち、敵意。
ライバル意識などという生温い範疇に収まらない嫌悪を込めたことで、佐久早の気迫は凍えるような殺気となった。
やっぱり若利君はどうかしてる。
ここまでされてどうして『もっと強くなってもらわねばならん』と言えるのか、全く理解できない。
「佐久早、ラスト!」
フワリと上がったトスは綺麗な軌道で宙を駆けた。
「ハ、ァアッ!!」
攻略されてなるものか。
お前たちを倒し、お前を否定することで、俺は自分を肯定する。
跳躍に全神経を注ぐ。しなやかに反った腕を天へ伸ばし、佐久早は完璧なスパイクモーションでスパイクを打った。
十分な助走に、疑う必要のないトス。
打ったら捕まる? リベロに拾われるかも?
そんな心配が浮かぶものか。
風を裂いて堕ちたボールが大きくバウンドし、遠くに弾んでいく。
桃井の読みが正確でもそれを選手が遂行するには限度がある。どこまで高度な連携と速さを追及しても、底のない力など存在しない。
そこに在るのは地力の差。経験の差。頭脳をどれだけフル回転しても動かせない数値。小細工が通用しない正真正銘の強さ。
「正当な努力は覆らない」
反則級の能力を打ち破るのは、純粋な力だ。
佐久早は原作にも試合シーンは描かれていないので想像で突っ走ることにしました。これで本誌に掲載された時、あまりにかけ離れていたらと思うとゾッとします……。まあ突き進むがな!!