桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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八方塞がり

 これまでに桃井の分析能力を破ってきたのは明確なのが牛島と宮侑だが、無論他にも抵抗の痕を残した者たちはいた。

 

 弱点を突かれて翻弄されるのを良しとしない気の強さ、そして技術を持ち合わせる選手たちである。彼らの大半は研究されていることに気づいてもなかなか桃井の存在には目が向かないし、向いたとしても我が目を疑ったことだろう。

 

 とにかく彼らは足掻いた。あの手この手をひねり出して戦い───結果、敗北した。

 

 北一の選手たちは、相手選手が桃井の予測から若干外れたとしても、もともとの連携と速さ、加えて予測から成される守備力の高さからある程度はカバーすることができたからだ。

 

 トーナメントを進むにつれてカバーは難しくなっていったが、必ず第2セットまでには慣れ、引き分けに持ち込み、最終セットを勝ち取ってみせた。

 

 今回も必ず慣れてみせる。

 誰もがそう思っていた。

 

「ブロック2枚!!」

「構わない」

 

 チームメイトの叫びに佐久早は呟く。やり方をシフトしたらしく、ブロックにやや偏りがあった。どうぞ打ってくださいと開けられた先にはリベロがいる。

 

 ───舐められたものだ。

 

 佐久早はブロックの上からスパイクを打ち、凄まじい勢いでボールはコートに弾んだ。

 真上を抜かれた張本人の岩泉は悔しさと感心で揺れる胸の内をこぼす。

 

「打点高けーなオイ……!」

「そっちのブロック、やる気あるんですか?」

「ああ?」

 

 だが冷ややかな声に、そんな気持ちは吹き飛ぶ。

 

「あのリベロは上手いし、俺のスパイクとぶつけようって腹づもりなんでしょうけど、そこまでのブロックが殺る気じゃないと意味ないだろ」

「……それは、俺らのブロックが生半可だって言いてーのか」

「まあそうですね」

 

 ミドルブロッカーたちはみな青筋を立てた。彼らはこれまでにも全国の猛者たちを相手に堂々と戦っている。お前は俺たちの努力を笑うのかと言いたくなった。

 しかし佐久早の言う通り、今回は押し負けていると認めざるを得ない。

 

 だんだん北一の選手たちの表情には強張りが表れ出していた。

 

「いくら予測や分析が正確だろうと、止める技術がなければソッチの手段を明かすことと同義です」

 

 佐久早は試合が始まってすぐにとったタイムアウトで、桃井の能力をチームメイトに伝えた。

 

『は? ……ありえねえ話だな。そんなこと普通のマネージャーができるかよ』

『けど、あの佐久早がわざわざ言うんだから、信じてもいいんじゃない?』

『俺は別にどっちでもいいですけど』

『いやお前が言ったことじゃんか』

 

 信じなくてもいいと無愛想な顔で言った佐久早に3年生が苦笑いする。

 

『俺はできれば認めたくないです。ですが開始早々の数プレーで確信しました。ヤツは俺たちを、俺たちが思う以上に研究している。北一の選手たちもそれに則ったプレーをしている』

『……ま、そこには同意するが』

『うわ嫌なとこにボール打ちやがるって思ったもんなー』

 

 そして第1セット前半で、佐久早は桃井の能力をその厄介さとともに認めた。

 井闥山の選手たちも桃井を危険視し、いくらか怯む───なんてことはなく。

 

「上等だよ。止めれるもんなら止めてみな!」

 

 暴走気味と捉えられるほど、自由に、そして楽しそうにバレーをやってみせたのだ。

 

「俺ら鬼監督やら鬼コーチやらから散々しごかれてきたもんなー」

「足を動かせ! 腰をもっと落とせ! “嫌”から逃げるな! 今思うといい思い出だよ……」

「遠い目するなよ! ま、そんなわけで、俺ら苦手なことの苦手意識が低いからな。このくらいじゃ崩れてやんねーよ?」

 

 井闥山のキャプテンが挑発するように眉毛を上げ、ネット越しに北一の選手たちを眺めた。

 

 気の遠くなるような練習量。耐えきれずに去っていった仲間の涙。生き残り、ユニフォームを与えられたという誇り。そういったものが、井闥山の選手たちの根底に確固たる支えとなっていた。

 

「ああ……すげーよお前ら」

 

 岩泉の視線は真っ直ぐにキャプテンを見つめ返す。

 

 コイツら、強い。牛島と対峙して、否が応でも認識させられる強者の風格。そんなものが滲み出ている。

 きっと俺たちと比べものにならないような環境で、文字通り血反吐を吐くようにして練習してきたんだろう。

 

 この程度、なんてことない。

 そういう目をしている。

 

「岩ちゃん!」

「させるか!」

 

 それとなくトスで出された指示に従い、スパイクを打とうとする。だが高いブロックがずらりと並んで突き出た手が行き先を阻む。

 

 こういうときに思っちまう。俺にもう少しでも高さがあれば。

 

「せぁッ!!」

 

 そんな邪念を払うかのように全力で撃ち抜いたボールは叩き落とされた。

 

「やっぱり俺狙いかよ。たしかに俺ァブロックが苦手だけどな。力任せのボールなんかたくさん阻んできたさ」

 

 北一は桃井の能力がなければここまで来れなかった。桃井がいて初めてこの舞台に立てた俺たちじゃ、根本的な強さでは大会に出場したどのチームよりも弱い。

 

 ───本当にそうなのか?

 

 瞬間的にさまざまな記憶が色鮮やかに蘇っていく。

 

 苦しくて、辛くて、それでもがむしゃらに突き進んできた道と、仲間の生き生きした表情。

 朝練のために薄闇を歩く足音や、居残り練の帰り道で買い食いした安い棒アイスの味。

 ボールの芯を捉えたあの感触に、スパイクを決めたときの身が震えるような喜び。

 

 ───俺は、俺たちは強くなった。

 それを示すことができるのは、俺たち以外にいねえ。

 

「おい」

「何?」

 

 振り返って及川は静かに目を見開いた。

 

「俺にトスをくれ。必ず決める」

 

 熱く滾るような情熱を込めた瞳は、幼馴染の及川でさえ見たことがないほど、壮絶な想いを灯していた。

 ぞわ、と背筋を駆け抜ける感覚に、眩しそうに目を細める。

 

 エースが変わろうとしているのだ。それを支えてやらねばセッター失格じゃないか。それに今度は俺の番だ。

 

 どこか嬉しそうに口角を上げて及川は深く頷いた。

 

 

 

 第1セットを獲ったのは井闥山。25点中の半数近くを独り占めするとかいう化け物はいないが、それぞれがそれぞれのやり方で得点を重ねた結果だった。

 

「大丈夫。井闥山に食らいついている。まだボロを出してはくれないが、ストレスにいつまでも耐えられる人間なんておらん。必ず崩れる時は来る。それまで粘れ。勝つまでな」

「はい!!」

 

 監督の鬼のような発言に食い気味に返事をした選手たちは、ドリンクを飲むと口を開く。

 

「まあ粘りますよ。それしかねーし」

「弱点ずっと狙ってんだけど手応えがあんまりないよな。誰かを牽制しても他の誰かが強力なスパイクを打ってくる」

「あいつら予測通りに動いているのに、点はもぎ取っていきやがる。腹立つわー」

 

 問題点を洗い出し、対処法を考え出す。いつもなら答えを言ってくれる桃井がなかなか話をしないため、自然と彼女に視線が集まった。

 難しい顔をして黙考中の後輩に及川は控えめに声をかける。

 

「桃ちゃん?」

「………あっハイ、ごめんなさい。考え込んでいました」

「それはいいけど。何か打開策は思いついた?」

 

 頭を振り、ごめんなさい、と再び口にする。

 それまでは野狐戦と同じだった。滅多に出さない無回答。そして今からは複数の答案を生み出すのだろうか。

 

 しかし桃井は断言した。

 

「こちらの戦略が全く効果がないというわけではありません。監督がおっしゃったようにいつかは綻び出すでしょう。それまで保つかどうかが勝負の鍵です。……それから、どうやらその戦略を利用されているんです」

「何?」

「予測、分析していると井闥山の選手たちに知られているんです。そうでしょう、及川先輩?」

「うん、佐久早君が試合開始の時に言ってたよ。でも……」

「だがそれが利用されていることにどう繋がる?」

 

 及川の言葉を継いだ岩泉が問うと、桃色の瞳がきらりと輝く。

 

「予測は的中していますが、止められないのでは井闥山はさほど気にしません」

 

 ズバリと放たれた言葉が、ぐさりと心に突き刺さった選手たち。

 止める技術が不足しているという指摘に他ならないが、問題は分析のほうです、という静かな声に正気を取り戻す。

 

「当然私たちは弱点を突く。それは予想もしなかったところからやるから絶大な効果を発揮します」

「そういや他のチームでもそうだよな。んで、だんだんそこばっか狙ってくるって思うけど、ストレス溜まってミスしがちになるし、焦りと疲労で動きは格段に鈍くなる。だから……あ」

 

 マジかよ、と口元を引きつらせた選手に首肯する。

 

「あらかじめ来るとわかっていたら、対処する余裕が生まれます。思考する隙すら奪われ、体の自由もきかなくなっていく試合中。加えて自分が嫌なところばかりを狙われている。そんな状況で冷静でいられるのは、並大抵の精神力ではありません」

 

 桃井は不思議な心境だった。

 悔しさはある。初めは悲しみや怒りだって感じていた。それ以上に、見事だという爽快な気持ちでいっぱいだった。

 自分の武器を利用されて、腹立たしいけれど、すごいと思ったから。

 

「わかってても対処できねーよ……できねーから弱点なんだろうが……」

「が、実際は選手自身でカバーしちまってる。笑っちまうぜ」

「俺たちは何を相手にしてんだろうな……」

 

 弱点を狙う。言葉にすると簡単なようで、とても難しい。それを成し遂げる北一の技術を井闥山は利用している。

 

「なるほどな。自分の苦手な部分に来るってわかっていたら、こっちのプレーも丸わかりだ」

 

 岩泉は佐久早の言葉を思い返して納得した。

 

 滑らかなチームプレーは一本筋が通っているかのように美しく整えられている。見る者によってはネタバラシに見えるのだろう。

 

「なのでみなさんは今までと打って変わり、時に弱点を狙わないという選択肢も選ばなければなりません。予測はされていませんが、弱点を突くよりも井闥山の選手からしたらやりやすいでしょう」

「どっちを選んでもどっちかには劣るね。たしかに打開策とは言えない。その場しのぎにしかならないんだから」

 

 毅然とした声色で及川は言い放った。

 天才に阻まれるどころか、自慢の後輩の戦略すら利用されているとあって機嫌は悪い。何より一番嫌なのがそれを打破できない自分自身だ。

 表面上は穏やかな雰囲気を保ってはいるが、それでも一瞬突き刺さった鋭い視線に桃井はひやりとした。

 

「案外そうでもねーぞ」

 

 そろそろコートに戻らねばならない。くるりと背中を向けて数歩進んだ岩泉は、半身振り返って意地悪そうに笑った。

 

「桃井の言う通りなら、作戦とか気にせずにブッ放してもいいんだな?」

「はい?」

 

 場違いにもその顔は何かを企む及川とよく似ていると思った。

 

「あっちが力技でぶん殴ってくるんなら、こっちもそうしてやる。クソ硬え壁をぶち壊す」

 

 

 

「……動きが変わった?」

 

 佐久早は不審そうに敵の行動を見極めようとする。第1セットではこちらの弱点を狙うべくわかりやすい動きをしてくれたが、第2セットからは少しずつ自由奔放さが見えるようになっていた。

 

 それに伴い、ヤツらの硬かった表情にも鮮やかな感情が浮かび上がっていく。

 

「うりゃ!!」

 

 井闥山キャプテンの強烈なスパイクを辛うじてあげたが、連携は乱され、セッターはボールの落下点に滑り込む。ここからの速攻は無理か───

 

「及川!」

「岩ちゃん!」

 

 同時に叫んでいた阿吽の2人にそんな逡巡は一切なかった。鋭い軌道を描いて進むボールは手のひらにドンピシャで、岩泉は腕を振り抜く。

 角度とか向きとかブロッカーとレシーバーの位置とか、考えることもせず。

 ただただありったけの力を右腕に込めて、全てを解き放つようにしてスパイクを撃った。

 

 ───ブロックなんざぶち壊せ!

 

 ドゴォッッ!!!

 

「……そういえば岩泉先輩パワー半端ないんだった」

 

 第1セットからずっと作戦を念頭に置いていた為にフルパワーとは決して言えなかった岩泉のスパイク。

 しかし今は、間違いなくそういった思考、言うなれば雑念を取り払い、彼自身の力でブロックアウトをしてやったのだ。

 

 遠い目をした桃井の囁きは会場に響いた歓声で掻き消される。

 ブロッカーの腕を弾いたボールを見つめ、北一の選手は畏怖の念を抱えて思わずといったふうに言葉をこぼした。

 

「さすがゴリラ」

「なんだとゴラ」

「ゴラってつけたらますますゴリラみてー」

「やめろ岩泉見るたび吹き出すだろ」

 

 騒ぎ立てる選手たちは、岩泉が手を下すまでもなく主審の睨みで大人しくなった。

 

「何やってるんだアイツらは……」

「はは……でもさっきよりかは断然いいじゃないですか。些細なことでも笑えるという余裕があることは大事です」

 

 監督が呆れて溜息を吐き、コーチがフォローする隣で、桃井はふふと口元を緩める。

 

「そうですね。それに第1セット……あるいは今までよりも生き生きしているように見えます。元のやり方に戻ったからでしょうか」

「元の?」

「はい。徹底的に弱点を狙い、緻密なチームワークを軸にする綺麗に統制されたバレーボール。私が入部してからの方針です。でも、今の先輩方がやっているのは以前の形。今よりも自由で、楽しそう」

 

 一つ一つなら、あの井闥山と競えるものはある。岩泉はたったワンプレーでそれを示した。

 

 なら俺たちも。そんなチームメイトたちの意気込みをひしひしと感じていた。北一の選手たちの箍が外れ、試合は加速する。奇跡的に点差はさほど引き剥がされずに時間は経った。

 

「きっと私が立てた戦略は、少なからず抑圧していたんですね……」

 

 特に正々堂々を好む岩泉にとっては、やりにくい面もあったのかもしれない。今更の話だけれど、自覚してしまったのだから、しょうがない。

 きゅっと握りしめられたノートに目線を落としたあと、監督は厳かに口を開いた。

 

「しがらみのないチームなど存在しない。どこかで、何かしらの枷は生まれるものだ。それはチームメイト同士だったり、チームの方針だったりする。それに違和感を覚えるのなら今学べ。次に繋げろ」

「……わかりました」

 

 しゃんと背筋を伸ばした桃井の瞳は、コートを駆け抜ける選手たちを捉える。

 

 どこまでもシンプルで、純粋な力同士のぶつかり合い。

 

『6人で強い方が強い』

 

 まさにその決着がつけられようとしていた。

 

「でも、もうそろそろ……」

 

 この均衡は終わる。

 ジャンプの到達点やスパイクの打点が下がり出し、助走も乱れが見えるようになっていた。

 

 粘るという勝負場所で負けたら、もう自分たちに取れる手段はない。体力も、技術も、身体能力も、勝てる要素は消えた。

 

 これで受け入れられる。

 やはり6人で強い方なのは井闥山学院だ。

 

 積み上げたデータが証明していた。それを誰よりも信じているのは桃井であり、同時に信じたくなかった。変わり出した彼らのプレーを見て、強いのはウチだと思いたかった。現実は非情だった。

 

 悲しいと思った。どれだけ頑張っても、あれだけ辛い思いをしても、勝てない壁は存在するのか。

 

「……やだ」

 

 負けたくない。終わってほしくない。願うことなら、今がずっと続けばいいのに。

 

「井闥山20点台に乗ったぞ……!」

「このまま第2セットも獲るんじゃねーの?」

 

 今までにない濃密な敗北の気配が這い寄り、心の臓はどくどく波打って、少しだけ視界がぼやけ、歪んでいく。

 

「いやだ……!」

 

 何にもしないでただコートの外側から見ているだけなんて。

 

 

 でもどうする。私の持てる全ての能力は使い果たした。試合中に分析はしているが、それを選手たちが発揮したとして井闥山は力技で点をもぎ取っていく。

 

 詰みだ。

 アナライザーとしての実力は井闥山に完全敗北してしまった。

 

 全てが詰まったノートに縋るみたいに、桃井はノートを額に押し当てた。

 ゆっくり息を吸って、吐く。

 面を上げ、眩しい世界を目にして。

 

 そして目前の光景に呼吸が止まった。




お久しぶりです。気づいたらすごい時間が経ってました……4月怖い。
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