12月末、大阪にて。全国から選りすぐりの選手たちで組まれたスペシャルチームの決戦が、いよいよ始まる。夏の熱戦を繰り広げたライバルたちと再会して再戦を誓う者たちや、本来のチームメイトがいないからか心細さを覚える者、あるいはそんな熱も緊張も関係なく己の渇望に忠実な者など、さまざまな感情が鬩ぎ合う中、開会式は終わった。
どの都道府県も個性豊かなチームばかりであるが、飛び抜けて注目されているのは東京と宮城だ。
東京はプレーに波があるものの攻撃力に長けた木兎に、繊細な技巧に優れた佐久早、桁違いに広い守備範囲を誇る夜久。他にも堅実で高精度のトスを操るセッターなど、いい選手が揃っている。チームワークはどうだろうかと、一抹の不安が過るけれど。
宮城はサウスポーの牛島に鋭いスパイクを放つ岩泉、大砲じみた威力の東峰という粒揃いのスパイカーたち。多様な選手を自在に使いこなす及川がいれば攻撃力は爆発的に伸びるだろうが、チームワークについては言うまでもない。初日の練習は目も当てられなかった。
この他にもアランと宮兄弟の揃う兵庫なども挙げられるけれど、強い選手が揃っていれば勝てるわけでもなく、いかにチームとして仕上がっているかが重要だ。
岩泉の言う「六人で強いほうが強い」というのは信頼や絆があることが前提である。
「つなぐ」ことが命のバレーにおいてそれが欠落している場合、どれほど個で強い選手がいようとあっさり退場するかもしれない。
守備と攻撃をつなぐ要、セッターたちは特にその重みを背負っていた。
からくもグループ戦第一試合を勝利に終えた宮城県代表。前評判とは反対に苦戦を強いられた試合を及川は振り返る。
上手くコンビネーションが成功したのは岩泉だけ。他のスパイカーたちは比較的生かせたと思うが、スパイクを決められずベンチに下げられた東峰を考えると全員を生かすという目標には程遠い。牛島に至ってはムカツク感情が先立って完璧なトスを上げられなかった。そのクセ全てを打ちやがり得点に変えていった上、「お前はもっといいトスをくれると思った」なんて言われた。
クソ、こんなんじゃ俺の目指すプレーには遠ざかるばかりだ。監督の言葉もまともに耳に入ってこないと思っていたら、絶望に染まった東峰の顔に気づいてはっとする。
今することは個人ではなくチームとしての反省だ。優勝するために、桃ちゃんに認めてもらうために、トスの分析をしなきゃ。他チームのビデオ撮ってもらえばよかった。今から観戦するだけじゃ心許なさ過ぎるけど、やらないと。
「整列、ありがとうございました!!」
応援してくれるチームメイトや保護者会のいない観客席は違う色をしていて新鮮に思いながら礼をする。よし、自由時間になったら岩ちゃんと試合観戦に行こうと決心した及川は、次の瞬間ぎょっと目を見開いた。
「もっ……!」
愛しい桃色を見つけたのだ。顔はよく見えなかったがあんなに目立つ髪色をした人物に心当たりは一人しかいない。
なんでいるの? 年末だしここ大阪なんだけど? そんなこと一言も言ってなかったじゃんか。そんな素振りなかったじゃんか。体育館で「頑張ってくださいね」って岩ちゃんと見送られたのが最後だし。え? 嘘でしょ?
「桃ちゃんのとこ行ってくる」
自由時間になった途端キメ顔で岩ちゃんに言い放った。
「は? 頭おかしくなったんかテメェ」
「辛辣! いたんだってホントに! 遠目からだったけどあの髪は桃ちゃんしかいないでしょ? 見たんだよ絶対!」
メッセージは送ったが既読はつかず。でもあの辺りにまだいるかもしれない。いなくてもこの会場内には絶対にいるはずだ。見つけてみせると息巻く俺を可哀想なものを見る目で蔑むのはやめて欲しいな!
「勝手にしろ。俺は……東峰が心配だが放っておいたほうが賢明だろうな。ミーティング遅れんじゃねぇぞ」
というわけで慣れない会場内を早足で探し回る。探し始めからずっと真後ろでしていた、一定の速度でついてくる足音に無性に腹が立って、噛みつくような勢いで声を荒げた。
「ついてくんなよ!」
「桃井がここにいるのか」
「いっ………たらどうすんだよお前は!」
かなりのハイペースで歩きながらもいつもの仏頂面をしたウシワカ野郎は、ムカツク顔のまま淡々と口にした。
「ヤツに話がある。鷲匠監督からの言伝を預かっていてな。及川は桃井に用があるのだろう。居場所を知っているのかと」
「あのさぁ、今の俺たちは会場ぐるぐる回ってるだけだろうが。居場所がわかってるって考えられるわけ?」
「知らないのか。ならばいい」
「おい、待て。どこに行く」
「桃井を探しに」
ふざけんな。何ちゃっかり高等部の監督からの言葉を伝言しようとしてんだよ。勧誘すんじゃねえ。俺ですらまだやってないのに!
「そうだお前、木兎君とか佐久早君に桃ちゃんのことバラしたろ!」
「知る時期が早まっただけのことだ。それに、それを通してヤツは強くなったのだろう」
何にも知らないくせして当然そのはずだと断言してくるウシワカ。前者に関してはともかく、後者に関しては事実その通りだから反論できねぇ……。
腹立たしいことこの上ない。先輩じゃないのに我が物顔で触れ回ってやがる。そのことを本人に伝えたら「そうだったんですか。まあ鷲匠監督のときもそうっぽかったので、犯人がわかってよかったです」って呆れてたからな! 犯人呼ばわりされてるお前に桃ちゃんと会う資格はねぇ!
怒りのまま吐き散らしてやろうかと思い息を吸ったところで。
「……あら、キャプテンくん? やっぱり。キャプテンくんじゃない!」
鮮やかな桃色の髪はひとつにゆるくまとめられ、その顔立ちは若々しくも大人の美貌を兼ね備えたもの。小柄だが一部の成長は目覚しく、あの子の大人になった姿を彷彿とさせる。というかまさにそれだ。この人は。
「桃ちゃ、桃井さんのお母さんじゃないですか! いつ見ても美人ですね!」
「あらやだわ、口が達者なんだから。ええと、及川くん……だったわよね? いつもさつきがお世話になってます。さっきの試合すごかったわ!」
「いえいえ、そんな。ありがとうございます。逆に俺たちがお世話になってるぐらいですよ」
中学生の娘を持つと言われても信じきれない容姿をした桃ちゃんのお母様。桃ちゃんのDNAはこの人から来ているんだと確信するほどそっくり。
「そんなことないわよー! あの子及川くんのプレーがどうのこうのって話をしたことがあってね。あと岩泉くん? のことも言ってたわ。本当にバレー部が大好きなのねぇ」
「へっ!?」
何それ詳しく!! たしかに桃ちゃんは俺たちのプレーについて客観的な視点から助言してくれるが、同時に悪い点も容赦なく言及してくれる。まさか家だと手放しに褒めてくれてたりするんだろうか。
内容の詳細を求めるも、忘れてしまったと申し訳なさそうに言われては仕方がない。
ところでその桃ちゃんはどこにいるんだろう。ついフラフラ〜っとその辺りに目線をやれば、お見通しだというようにお母様は微笑んだ。
「さつきはここにいないの。今東京にいるから」
「東京!? どうして……」
「アナリスト育成セミナーっていうのが、味の素ナショナルトレーニングセンターであっててね。それに参加してるのよ」
アナリスト。
データを収集して分析し、チームをサポートする人のこと。
たったそれっぽっちの情報しか頭に浮かんでこなかった。本当はもっと難解で険しい道なのだと思う。それにあの子はなりたいのか。
そりゃ出会った当初からとびきり優秀なアナリストの卵だとは思っていたけども。まさかここまで予測できるものなのかと驚嘆したけども。とんでもない後輩を持ったものだと今更ながらに痛感する。
思わぬところで将来の道を知ってしまい、ふとあの夏の日の言葉を思い出す。あのときに言った『いつか』が、現実味を帯び始めた。ひょっとしたらじゃない。桃ちゃんはやると言ったらやる女だ。
「……すごい、ですね」
「そうでしょ? だから私たち家族も目一杯支えてあげなきゃね」
カバンから覗くビデオ機材に視線をやり、お母様がふっと誇らしげな吐息をこぼした。
「それであなたたちの試合を撮影してたの」
お父さんは娘の付き添いだから一人で来ちゃったー、なんてホンワカしながら言うこの人はいい母親だなと思う。ウチの母ちゃんも俺を応援してくれるけど、桃井家のそれとは話が違う。
そっか、さっき俺が見たのはお母様だったんだ。
「話は終わったか」
俺の後ろで話が終わるのを生真面目に待っていたウシワカがぬっと姿を現した。いやお前お母様に用ないだろ。ところが朴念仁の顔を見た途端、よく似た顔はパアアッと花を咲かせる。
「ウシジマワカトシくん! よね?」
「はい」
「よく知ってるわよ! さつきがすごいすごいって一番褒めてたもの。へぇー! 近くで見ると大きいわねー!」
「……そうですか」
待って。何それ。一番って何。おいウシワカ野郎なに面識ある俺より気に入られてるんだよ。
というか桃ちゃん! よりによって俺を差し置いてなんでコイツを……!
もちろんお母様にはニコニコと好青年スマイルを見せることで内心は隠している。まっっったく穏やかでいられないけどね!
ところが盛り上がっていたお母様が不意に真剣な顔をしたので、俺も怒りを収めて誠実に聞く姿勢を整えた。
「あの子がここに来られるのは最終日だけ。だから、母親として、あなたたちのファンとして言わせて頂戴」
決勝戦まで残って、あなたたちのプレーをあの子に見せてあげて。
「当然ですとも。お母様。桃井さんは俺に任せてください」
「え??」
「優勝してみせます」
キリッとした顔で言い直し、失言はなかったことにする。するとお母様はクエスチョンマークを浮かべつつもよろしくと笑ってくれた。
その姿が見えなくなってからすんと表情をシフトチェンジさせる。完全に腹は決まった。
「何がなんでもお前を使いこなして桃ちゃんに一番褒めてもらう」
「そうか。頑張れ」
「お前が天然じゃなかったら海に沈めてるところだねクソが」
「全国怖いなんで俺こんなとこにいるんだろうああ嫌だ帰りたい宮城に……」
東峰は人気の少ない通路に向かいながら嘆いた。うねる茶髪と控えめに言っても高校生3年生以上に見える強面をした長身選手が、暗い顔をしてぶつくさ呟きながらフラフラ歩く姿は通報されてしまうほど怪しい。少なからずいた周囲の人間が青い顔をして離れていることに幸い気づかないまま、思い出したくもない先程の試合が頭をよぎる。
足が、動かなかったのだ。
気弱な彼を支える本来のチームメイトは一人もいない。仲間がいない───その事実がとても恐ろしくて、怖かった。そんなことをずっと考えていたからだろう、スパイクの助走に入ることもままならなかった。
練習の時はかろうじて動けていたために、具合でも悪いのかと監督に心配される羽目になったが、そのことがさらに心を追い詰める。問題が身体にあったならどれほどよかっただろう。現実はかくも辛い。自分の弱さを引きずり出され、泣きたくなった。
「どうせ失敗するんだ………」
何より、多分もう出場しないだろうと思い、安心しきっている自分が、一番嫌いだ。
周りにいるのは選抜された個性豊かな強者だけ。中にはあのウシワカ、ウシワカをも倒したチームのセッターにエースだっている。自分はなんて場違いなんだろうと思った。大人の勘違いだと何度も思った。今に「すみません手違いでした」と言われると構えていたら、気づいたら大阪にいた。なんてこった手違いでもなんでもないのだ!
ずるずると通路の曲がり角を曲がり、さらにその奥へ。
『サッコ───イッ!!』
中総体で千鳥山の試合を見て、あのリベロのプレーに勇気をもらった。ブロックされてもスパイクされても絶対に拾ってやるという執念が宿っていて、なんて凄いやつだろうと感動したのを覚えている。
体の奥から湧き上がってくるものが闘志なのだと知って、今ならなんでもできそうだと夢中で駆け出した。
だから平常ならば敵わない格上の白鳥沢とも善戦できた。エース対決となれば必然的にウシワカVS東峰となり、チームメイトとの最後の試合にしたくない一心で必死で食らいついた。結果は敗退し、事実上最後の一戦となったけれど、精一杯やれたと思う。
そのプレーのおかげで召集されたとはわかっている。でも、でも。
「………俺は、できる。やれる」
自分じゃない。別の誰かの、震えた声。己に言い聞かせるように何度も呟かれるそれに、東峰は顔を上げた。
ぐっ、ぱ。ぐっ、ぱ。閉じたり開いたりする拳に視線を落としたその選手。武骨な容姿とは裏腹に表情は酷く強張っていて、自ら発した言葉を誰よりも信じていなさそうな様子が、自分と重なって見える。
「全部打っちゃる。全部、全部……」
どこかで見覚えが……いやこの大会に選出されてるんだからそりゃそうだよ当たり前だよホントなんで俺はここに……。
引き返すという選択肢すら意識になく、そんなことを考えていたからだろう。人の気配に気づいた彼と目が合った。
「…………………」
「…………………」
無言でそらし、時は静かに流れていく。そう思ったのだが。
「………宮城の」
…………スッ。ベンチから音もなく立ち上がり、こちらに向かってくる。東峰はプチパニック状態に陥り、なんで知ってるのあっユニフォームだからだ怖い怖い俺何もしてません助けてだれかぁあああ岩泉くんんんんん!! と内心バックバク。その顔に深い影を作り、三十代ぐらいの迫力を伴いながらではあったが。
そしてまた、大分県代表の三年、桐生八も心臓バックバクであった。彼はパワー系スパイカーの名の通り、ブロックをものともしない力でブッ放す。今年の全中でも最優秀選手に選ばれた強さは尋常じゃない。
しかし中学二年、徹底的にマークされ続けた彼はメンタルの弱さが原因で『エース』から逃げた。桐生と同じく執拗に狙われた牛島は、崖っぷちでも『エース』だったのに。
そんなこともあって、一年以上経った現在はメンタル面の強化に力を入れていた桐生は、己を奮い立たせながら東峰に近づく。
「……牛島と同じチームか」
「あっそそそそそうです!! って言っても全然上手にプレーできないしさっきなんか身が竦んでロクに動けもしなくてスパイク打てなかったし同じっていうのが申し訳ないくらいで」
捲し立てながらも泣きそうになる。口に出したら、悔しさと悲しさと自己嫌悪とが溢れ出してきてだんだん勢いは萎んでいった。
「なんで俺が選ばれたんだろ、って感じで……ハハ」
最後に乾いた声をくっつけて、ぎこちなく頭を掻く。初対面の人に何を言ってんだよダメな奴だな自分。後悔がぐるぐると脳内で巡る。
しかしながら桐生は東峰にシンパシーを感じていた。自信がない、何かに怯え、圧倒的なエースに気圧されて、……試合が怖い。そういうところに。
「それは、わかる」
「えっ……」
「いや、選ばれたからには、バレーボールを、ただバレーボールしてやりたいって思っちょる」
他人の評価を気にしたり、他人と自分を比べたり。そげな雑念、この世に有る事すら知らんように、バレーボールをする。
臆病な自分には到底難しいそれを、やってみたいと強く思う。大エースに負けたくないと、強く思う。
「でもブロッカーが怖くてスパイクが打てなく……違う、打つことから逃げたくなることもある。やけん、お前の気持ちは、よくわかる。……すまんな、勝手に色々言って」
「あ、ううん。なんか、安心したって言うか」
東峰はいくらか和らいだ笑みを浮かべる。
「怖いの、俺だけじゃなんだなぁ」
「……俺も。同類が居るんと思わんかった」
つられて口元をゆるめたが、同類認定を初対面の人に受けて不快だろうと桐生は謝った。すると全然気にしてないし仲間みたいで嬉しいという返事にまた笑う。その純朴な笑顔に、東峰はふと不安が消えていくのがわかる。
同じ学校から選出されたチームメイトはおらず、仲間がいなくて心細かった。だけど今は同じヤツがいると知っている。仲間というにはちっぽけなつながり。それが心地よかった。
「ねぇ、さっきのグーパーするやつ、何やってたの?」
「適度な力入れてから脱力すると、余計な力が削がれる。監督が言いよった。俺は力み過ぎるところがあるけん、やっちょれって」
「おお、なるほど……! 俺もやってみようかな……」
ぐーーっ、ぱ。ぐーーーっ、ぱ。自分の真似を夢中でする東峰に、桐生はがんばろうと声をかけた。ネガティブな者たちのひっそりした同盟が結成されつつあった。
本人ではなく母親から告げられた桃井の将来の夢・アナリスト。目指すはもちろんトップです。
東峰と桐生って似てるなという個人的感想から生まれた友情回。
エースであろうとしたけど最後にはトスを呼ばなかった東峰と、エースたることを望んだものの最後には逃げることを選んだ桐生。
それでも仲間からの信頼が彼らをエースへと再び導いたんだと漫画を読み返して思いました(小並感)
ついにアニメ始まりましたね!!動いてるしゃべってる!すごい!ってワクワクしてます。毎週が楽しいです。