桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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うじうじ

 戻ってきた東峰の顔には、先程の絶望の気配が完全に消え失せていてやる気が漲っていた。やってやるという意気込みの強く宿った瞳に気づき、岩泉は眉を吊り上げる。

 

「お、東峰。なんかあったか?」

「友達ができ……いや友達って言うにはおこがましいよな……。知り合い……ていうのも悲しいし……。えっと、うん。いいことがありました」

「? そうか。次の試合、すげえブロッカーがいるからよ。お前がいてくれると助かる」

 

 東峰が試合に再び出場することを疑わない言葉を当然のように口にしてくれる。やっぱり岩泉くんはいい人だなあとしみじみ感じつつ、前々から抱いていた疑問をぶつけてみることにした。

 

「あのさ、どうして岩泉くんは、そんなに俺を気にかけてくれるの?」

「……あー、それ、な。まあ、なんつーか」

 

 モゴモゴと言い淀んだ岩泉はやがて決心したように重く息を吐く。

 

「お前は西光台のエースだった。んで高校はどこに行くか知らねぇが、そこでもきっとエースになるだろ。同じ県内だ、これから先お前と戦う機会はいくらでもある。そん時を楽しみにしてぇんだよ」

 

 全国でたくさんのエースと対戦してきた岩泉は、全力で戦う彼らを超えていきたいと強く思うようになっていた。

 

 全中初戦ではしょぼくれモードの木兎に復活しろと背中を押したのがその始まりだ。初めは『なんだコイツ』という感じで全然そんなつもりはなかった。まさか試合中にトス上げるな! と言い出すエースがいると思うだろうか。

 

 しかしそこでさまざまなエースの在り方があると思い知ったから、東峰のその小心っぷりに首を傾げることはあっても、否定しようとは思わない。

 

 木兎と戦う前日、自分が桃井に励まされたように。

 自分の在り方を肯定し、自信を取り戻してくれる言葉をぶつけてやりたかった。

 

「俺はお前の高さが羨ましい。もし俺があんなだったらって憧れる。んなウジウジするぐらいなら20cm寄越せって思う!」

「ヒィッ!?」

 

 後半に鋭い眼光が無意識に伴ってしまい、東峰の悲鳴が上がる。なんだなんだとそれまで注目していなかったチームメイトの視線が集まるのを感じるが、それを無視して続けた。

 

「けど、俺は俺。お前はお前だ。俺にしかできないことはあるし、お前にしかできないことがある。……力抜いてやってみりゃいい。せっかくの大会なんだ。挑戦してナンボだろ」

 

 自分はどうしても他の選手と比べて身長は低く、どうすることもできない壁を埋める何かを必要としてた。だから器用さと守備力を求めて努力を積み重ねてきた。

 東峰はどうだろうか。その高さとパワーがあるなら、心の弱さを克服できたら、もっと凄いことになるだろうに。

 

 観察眼にとびきり優れているわけではない自分が思うのはそのくらいだった。あの後輩だったらもっと違うことが言えたのだろうが。

 

「お前の今の仲間、どんだけ強えと思ってんだ。一人が不安定なだけでチームが総崩れになるわけねぇだろ」

 

 はっとした様子で東峰が周囲に視線を巡らせる。同じユニフォームを纏った選りすぐりの強者たちが、今は仲間。あまりの心強さに息を呑む。

 すると岩泉の後ろからひょっこり及川が顔を出した。

 

「そーそー、もっと信頼して攻撃に入っておいで。全力出さないで勝てるほど甘くないんだから。俺も頑張りますので」

「なんで敬語だよ」

「さっきの試合、上手いトス上げられなかったから。反省の意を込めて」

 

 ……ああ、役立たずって思ってたのは自分だけだったかもしれない。ここにいる選手はみんな選ばれる理由があって。自分より何倍も優秀で、隣に立てるわけがないと思い込んでいた。

 

「……ありがとう。岩泉。及川。俺、もっと強いエースになるよ」

 

 さらに闘志を燃え上がらせて不敵な笑みさえ浮かべたその顔を見て、岩泉はニィと歯を見せて笑う。及川も同様の顔をした後に、監督に呼ばれて向こうに移動した。

 

「ああでも、さっき失敗した俺が次試合に出してもらえる機会ってないんじゃないかな、はは……」

「すぐネガティブるな!! 安心しろ、それは絶対にねぇ!! 次の相手わかってんのか!?」

「えっ!? ぇ、っと、長野県代表だよね。でもなんで絶対って言い切れるの? さっきはブロッカーがどうとかって言ってたけど……」

 

 ミーティングでも深く切り込んだ話は出てこなかったので、どうしてそこまで断言できるのだろうと東峰は尋ねた。

 ……そういえば、北川第一の二人は配布された資料に微妙そうな顔をしていたのを思い出す。それと何か関係があるのだろうか。

 

 ああ、それかと吊り上がった眉を元に戻し、岩泉が説明しようとしたところで。

 

 

「試合に絶対に出れる。そんな確信をなぜ抱く」

 

 どこまでも自信に満ちた力強い低音が遮った。ギンと増した岩泉の眼力に、ひょっとしなくても仲悪いのかな……そりゃ白鳥沢と北川第一だもんね、敵対してるよね……と現実逃避をする東峰に向かって、牛島はさらに言葉を重ねる。

 

「あれほどの醜態を晒しておきながら、よく言えたものだな」

「ウシワカ……てめぇ」

「どうして岩泉が怒る。お前には関係のないことだろう」

「仮にも同じチームメイトに何言ってんだ、ふざけんな。東峰、気にすることねぇぞ。コイツは心底ムカツク野郎だが嫌味で言ってんじゃねぇ。……のが腹立つコンチクショウめが……」

 

 嫌味ではない。つまり牛島にとっては本当に疑問でしかないことだった。

 

 

 牛島は木兎と同じく練習試合だろうと公式試合だろうと緊張しない質である。同世代でもかなり大柄な体躯に、右利きのスパイカーが多い中での左利き。その上最大火力を搭載した強さ。敗北を経験してもすぐに前を向ける精神力。

 鷲匠監督がストレートに褒め言葉を述べるくらいには、牛島はその世代でもトップに君臨する選手だ。

 

 そんな牛島が認めるのは強い奴だけ。彼らは周囲に一目置かれる能力を有していた。何よりどんなに追い詰められようと勝利を渇望する意思───絶対に挫けない闘争心というものを持っていた。

 

 彼が及川を認めるのは、牛島が求める理想のセッターであることや、三年間執念深く牛島に挑み続けついには勝利した気概があるから。

 

 桃井を認めるのは、初めて遭遇した異才が彼自身を更に強くすると確信したことと、勝利の為に敵味方を信じ抜く強さがあるから。

 

 でも、東峰にそんな徹底的に貫く意思があるようには到底思えなかった。事実、先程は良い闘志で満ちていたが、たった今牛島に一言二言言われた程度で萎えてしまっている。

 

 

「その高さとパワーを持ち合わせていながら、普段通りにプレーできないメンタリティは何だ。ここは馴れ合う場所ではない。バレーをする場所だろう」

 

 不可視の壁に押されて東峰が一歩足を退く。胃に鈍痛を感じたのは錯覚ではないだろう。射殺す眼光が、殺気にも感じ取れる気迫が、牛島から滲み出てきて心臓が痛いくらい跳ねる。

 

 牛島は、ここに、バレーをしに来た。

 桐生が言っていたのを思い出す。

 

 強い選手が試合に出るのは当然のこと。たとえ選抜に選ばれようとも本番で実力を発揮できなければ意味がない。

 

「いつまでも弱さに囚われるな」

 

 

 これは牛島の全く意図していなかったことだが。

 

 東峰はその気弱な性格から、壁にぶつかり心を折られそうになると萎縮してしまい、本来の力を十分に発揮できなくなってしまう。

 

 その度に自分を奮い立たせたり仲間に支えられたりしてどうにかここまでやってきた。でも結局は変わることのできないまま、高校に上がろうとしている。

 

 『自分はそんな弱っちぃ奴なんだ』

 『みんなの足を引っ張ってばっかの役立たず』

 

 拭えない失敗の記憶に雁字搦めになっていた。

 

 牛島はそれを弱さと表現した。

 強い自分の中の『弱さ』に拘泥するなと言った。

 

 気づいた岩泉が、表情を怒りから驚きに変化させながら、なんとか言葉にする。

 

「お前それ……東峰を本当は強い奴だって思ってんだな」

「違う。強いはずの男なのに、なぜそこまで弱いのだと思っている」

 

 同じことじゃねぇか。なんてことは声にせずそうかと頷くに留める。

 

 ……牛島はこんなことを言うような野郎だったか?

 

 少なくとも自分は牛島の強い奴認定を受けたことはなく(認められても腹立つだけなのでどっちでも構りゃしないが)、奴の認める相手は奴の強さと適合するタイプだと岩泉は思っているから、東峰がそういう種類には見えなかった。

 

 認めたわけではないのなら、なぜ塩を送るような真似をするのか。……いや、これは自分が勝手に読み取ったことで額面通りに受け取ると『メンタルコントロールができていないから本番でも失敗するのだろう。どうしていつも恐怖を抱く? そんな調子でよく試合に出られると思ったな』という感じだろうか。腹立つな。

 

 牛島の変化に違和感を覚えながら、岩泉は彼の在り方を見直した。

 

 牛島は『弱さ』に囚われない。その気高さとも言える強さが、この男たる所以だろう。

 

 

 でも、と岩泉は思う。

 東峰はきっと『弱さ』と向き合える奴だ。

 

 考え過ぎて足を止めてしまうこともあるだろう。逃げ出したくなることもあるだろう。それでもぐっと堪えて『弱さ』を受け入れて、糧にして、共に前に進むような、そんな男に見えるのだ。

 

 現在は抱えきれない不安や緊張に根負けしているのであって、本来の実力はあんなものじゃないだろう。

 

 だから、東峰はここにいる。

 

 

 

「おい、あずま…………東峰!?」

 

 去っていく牛島の背中を見つめ、黙りこくったままの東峰に声をかけると、口から魂が抜けかけていた。本当に。ガクガクに震えていたのがキャパオーバーしたのかもはや呼吸さえも止まっている。

 

 どうした!? やっぱ額面通りに受け取っちまったか!? 焦りつつも背中を強打すると魂がヒュンと肉体に戻っていく。危ねぇ、ショック療法にならなかったらそのまま天に召されていたな。大真面目に思った。

 

「お前……そんなに自分に自信ないのかよ」

「ああっ、いやっ、そんなことは……今のは牛島、……さんが怖かっただけでっ」

「本当にそれだけか?」

 

 うっ。言葉に詰まらせた東峰に、自分なりに言葉は尽くしたと思う岩泉は、言いあぐねた。その結果。

 

「……俺の後輩が、最終日にこの大会を見にやってくる」

 

 さっき及川が嬉しげに話していたのを聞き流せなかったのは、その後輩の存在があったからだった。

 唐突な岩泉の後輩情報に東峰は不思議に思うも率直な感想を一言。

 

「先輩を応援しにかな? いい後輩君だね」

「いや。女だ。桃井さつきって名の。聞いたことないか?」

「き、聞いたことない……」

「マネージャーなんだよ。つってもただのマネージャーじゃねぇ。選手一人ひとりの武器や弱点を観てわかるっつうスゲー奴だ。試合の分析にも優れてて、たった一人で戦況をひっくり返す天才」

 

 俺らはアイツに支えられて、全員強くなった。岩泉の信頼に満ちた声がどこか遠くに聞こえる。

 そのくらい東峰には桃井という存在が摩訶不思議な幻想に感じられた。

 

「アイツ決勝戦見るだろうから、終わった後に会ってみろよ。んで話してこい。腹ん中ぶちまけて弱音も本音も全部晒せ」

「ええええっ!? なんで、ハードル高くない!? 初対面のその、女の子だよね!? しかも後輩でしょ? 無理だよ! 流石にできない!」

「うるっせぇ! ガタガタ抜かすんじゃねえ! 桃井はそういう壁を感じさせない奴なんだよ!」

 

 女の子。年下。自分の後輩。そういう先輩として弱いところを見せるわけにはいかない障壁が、桃井に対してだけ存在しない。

 だからあの夏の日に彼女にだけ本音をぶつけられた。そして、欲しい言葉をとびきり優しい声で告げてくれた。

 

 大袈裟でもなんでもなく、数々の場面で岩泉は桃井に救われてきた。岩泉だけじゃない。北一の部員は全員彼女に恩義がある。特に及川は足を向けて寝られないレベルだし、その想いが恋愛感情にまで発展した。

 

 だから東峰のこのどうしようもない自信のなさに少しでもプラスに働いてくれるのではないか。そんな思惑を潜ませて、岩泉はあくまで対話を勧める。

 桃井の方は確認しなくてもいいだろう。凄いと思うプレイヤーには敵味方関係なく尊敬し感動するから、こっちが働きかけなくても東峰と対面させりゃ勝手に動き出すだろう。

 

「いいか、東峰。桃井は俺たちの知らないことまで読める。お前が実はどんなプレイヤーなのかも、まるっとお見通しだろう。つまり今お前がどれだけ無駄なことにプレッシャーを感じてるかも的確に言い当ててくる」

 

 これ単にフォローが面倒くさくなって後輩に丸投げしてるだけじゃない? 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。ここまで言ってくれるのは全て東峰を想ってのことなのだ。うん、多分、そのはず。

 

「そ、そうなんだね。でも、いくら岩泉の言うことでも、うーん……。一試合見るだけでそこまでわかるものなのかな。というか決勝戦まで残れるのかな俺たち……」

「たりめーだ。元々その為に次の試合頑張るぞって話だろ。ま、桃井のことは頭の隅っこにでも置いとけ」

 

 いいな、と念を押されてこくこく首肯する東峰は心境を新たにする。

 

 岩泉にここまで世話をされて、何も返せないまま大会を終わらせるなんてこと、したくない。桐生も一生懸命やってるだろうし、こっちも全力を出さなければ。牛島には、………。

 

 その言葉が、あの顔が頭の中でぐるぐる回る。

 

 初めての全国規模の大会で思うようなプレーが全くできず、味方に散々迷惑と心配をかけ、あの牛島には面と向かって『おめでたい頭だな(東峰翻訳)』と言われてしまった。

 

「あんな怖い思い初めてだったなぁ。もうこの先何があっても大丈夫そうだな、俺………」

「あ? なんか言ったか?」

「ううん、ただの独り言だよ。………えっと、俺のせいで話脱線させちゃったけど、次の対戦相手のことを聞いてもいい?」

 

 そろそろ移動しなければ。周りも荷物を確認したりなんだりと忙しない。岩泉は目線を斜め上にやりながら口を開いた。

 

「おう。優里西中、昼神幸郎。二年なんだけどコイツのブロックには特に気をつけろよ。タッパあるし、そういう嗅覚に優れてんのか、反応が早え。冷静さも備わってる。あと……」

 

 と思い出せる限りの長野県代表の情報をつらつら話す。全部言い切り、東峰の肩をポンと叩いた。

 

「な、言ったろ。ああいう奴と正面切って戦える奴がもっと欲しい。東峰、お前がな」

「………それ、岩泉が調べたの? 事前資料にはなかったよね」

「いんや、後から及川の奴が調べまくった。このあとチームにも話すんだと。桃井にゃ足元にも及ばねーけど、練習とか試合の空き時間に調べたにしちゃ上出来だろ?」

 

 桃井の作成する資料に慣れてしまった及川と岩泉は、チームに配布された資料に結構な不満を抱いた。桃井という相当精度の高い予測と綿密に分析されたデータをみっちり味わってからでは、仕方がないことではあるが。

 

 そこで自力で分析してみようと思い立ったのが及川。時間と経験と才覚と。色々限度はあったが、桃井と図書室で話し合いをした知恵もあり、そこそこのものが仕上がった。

 

「なくてもいいけど知ったら少し楽になる。お前も覚えとけ」

 

 オラ、行くぞ。乱暴な言葉遣いとは裏腹に気遣いが隠された声音で、岩泉が先に行く。

 

 凄い人だな、と東峰は自分より小柄なプレイヤーを追いかける。

 

 自分に必要なものとやれることを見極め、後に敵となる仲間を鼓舞し、実直に全てをささげている男をカッコイイと思った。高校は青葉城西に進学するらしい。自分は烏野が志望校なので、いつか戦えたらいいなと夢想する。

 

 県内でもベスト8は堅い青城と小さな巨人が在籍していた烏野だ。現状の烏野がどんな風なのかはわからないけれど、強い憧れがあった。

 

 やってみよう。恐れることなく。それが励ましてくれた彼らに対する感謝の形になると思うから。そんな誓いを立てる東峰だった。




この辺りの決着をつけないと今後の物語に彼らを出せないので戻ってきました。ただオリジナルで試合を構築するエネルギーがないのでほぼカットします。本当に申し訳ありません。及川の結末は必ず書きます。


星海と昼神についてなのですが、昼神が中二の頃には優秀選手賞を獲得していて、その頃星海は二軍は脱してるでしょうが試合の主戦力ではないわけで、昼神を差し置いて星海が注目されるのはどう考えてもおかしいことなんですね。

なのでいい加減そっとその辺りを修正しておこうと思います。
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