桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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まさかの連続投稿です。
もし桃井が牛島の幼馴染だったら、という設定なので本編とは展開が違います。


IF桃井さつきin白鳥沢学園

 宮城県一年生選抜強化合宿が白鳥沢で行われ、県内有望な一年生たちが集められて切磋琢磨していた。普段と違うメンバーに刺激を与え与えられ、強くなろうと努力を重ねる。

 しかしその中で、選抜に選ばれず、それなのにポジション・ボール拾いとなり合宿に参加している選手がいた。

 

「おっ烏野10番ハッケーン!! 叩き落としたらァァア!!」

 

 練習試合の相手として登場した白鳥沢の3年生やOBたち。天童はまっさきに日向を見つけ、春高予選のリベンジをしようと陽気に話しかけた。

 だが日向はほかの一年生にドリンクを作るよう催促され、そのままドリンク作りにいってしまう。どういうこと? と天童と牛島は顔を見合わせていると、動き出したのは桃井だった。

 

「日向くん、ドリンク作り手伝うよ」

「えっあっいえその、俺ポジションボール拾いなんで!!」

「うん、どういうことかも含めて聞きたいから一緒にしよっか」

 

 優しげに微笑まれて日向は赤面する。三年生で美人のマネージャーは烏野にもいるが、彼女とは系統の違う美女にはまだ耐性がないのである。たとえ春高予選でどれだけ苦しめられようと、美女は美女だ。仕方がない。

 

 

「そっか、それで乗り込んできたんだね。ふぅん」

 

 その美女が真冬の冷水と遜色ない冷たい声で相槌を打つ。凍えるような目線にゾゾっと背筋が震えた。

 

「他にも選抜に選ばれたかった子たちはいたと思うの。でも選ばれなかったから、我慢して、今やれることを精一杯やってる子も。日向くんがやろうとしたことは、そういう子たちの懸命な努力を軽んじることだよ」

「そ、それは」

「……まあ反省はしているようだし、徹底して練習に参加してないし、先生たちにも叱られただろうからこれくらいにするけど。よく覚えておいてね」

 

 温かな微笑みを浮かべ、話は終わりだと言外に告げる。大声で叱られているわけでもないのに、武田に通じる静かな恐ろしさがあった。

 

「はい。忘れません」

「よし。じゃあドリンク運んじゃおう。試合終わったらタオルとビブスも洗わないとね」

 

 もっと持ちますと主張しても、いいからいいからと半分以上持っていく先輩に日向は似たような姿を思い出す。

 

「あ、あの。やっぱりマネージャーの仕事って大変ですよね。俺、もっと手伝おうとするんですけど、いつも大丈夫って断られるんです」

「ああ、その気持ちわかるなあ。ウチもそうだもん」

「白鳥沢も……ですか?」

「烏野の何倍も部員いるし、本当に大変な時は一年生に手伝ってもらうけど……基本は手伝ってもらわなくていいの。なんでかわかる?」

 

 ふるふると首を振る素直な後輩に、どこまでも優しい穏やかな表情で答える。

 

「それはね、選手には自分の練習に集中してほしいからだよ。それを支えるのがマネージャーだもん」

 

 強くなろうと努力する姿が好きで、前だけ見据えて突き進む後ろ姿が好きで、支えたいと心から願う。だからマネージャーをやっているのだ。飽きもせず、何年も。振り返らない朴念仁には伝わりはしないだろうけど。

 

「きっと烏野のマネージャーさんたちも同じ気持ちだと思うよ。二人の気持ちに応えたいなら、君が本来やるべきことはドリンク作りじゃない」

 

 桃井の言葉に答えを見出した日向が黙り込んでいると、くすりと密やかな笑い声がした。

 

「ここだけの話、私は君たち……日向くんと影山くんを応援してるよ。あんな速攻を見せてもらえて夢みたいだった」

「……でも、このままじゃダメなんです。もっと強くならないと」

「そうだね。じゃあ………とりあえず若利ちゃんと話しておいで。多分傷つくとは思うけど、大概正論しか言わないから」

 

 それで気づくこともあるかもねと謎めいた艶やかな笑みで告げられ、日向は再び赤面した。

 

 

『それでお前は何をやっている?』

 

 牛島の言葉を何度も噛み締め、日向は拳を強く握った。

 

 俺は、何を、やっている。全日本ユースに招集がかかった影山に焦り、今の実力じゃ頂の景色なんて見れやしないと思って、がむしゃらに強くなろうとしてここにやってきた。やってきて、今やっていることはただのボール拾いだ。このままじゃ俺は何も変わらない。

 

 探せ、探せ。いつもと同じ視線じゃ駄目だ。いつもと同じ考え方じゃ駄目だ。

 

 ───探せ。

 

 挟み込んでいたマットの山から顔を抜いて、日向は考えた。がらりと変わった雰囲気───まるで試合開始前のような研ぎ澄まされた顔色に、天童はぼそりと呟く。

 

「……気持ち悪いね」

「ああ。嫌だ」

 

 活力に満ち溢れた姿に牛島も低くこぼした。

 

「ハァ! 洗ってたビブス洗濯機に入ったままだ!」

「あっ忘れてた!」

「干しとく!」

「すまん頼んだ!」

「おう!」

 

 白鳥沢一年生である寒河江の声に元気よく返事をし、日向は走り出す。だが向かう途中で大量のビブスを腕に抱えた桃井に会い、自分は行動が遅かったと知る。

 

「全部ください!」

「あー……じゃあお願いね。ビブスはギャラリーの手すりに干して。で、あとから私も向かうからそこで待機」

「? あっす!」

 

 日向に仕事を任せ、桃井はパソコンとノートなど普段使う道具を揃えた。わざとゆっくりとそこへ行けば、日向はちょうど全てを干し終え考え詰めるようにコート全体を見ていた。眼球を忙しなく動かして必死に探す横顔は、声をかけることを躊躇わせる気迫に満ちている。

 

「いい傾向だね」

「あっ桃井さん!」

「ここからだと色んなものがよく見えるでしょ」

「はい! 俺今までボールばっか追ってたんですけど、なんかこう、めちゃくちゃたくさん見えるものがあります!」

「うんうん。まさに日向くんは本能で動いてたもんね」

 

 人差し指をふりふりしながら教師然とした態度で口を開く。

 

「コートの中には情報がいっぱい溢れてる。でも全部を読み取ることは不可能だよ。大切なのは取捨選択」

「しゅ、しゅしゃ、………せんたく??」

「取捨選択。悪いものを捨てて良いものを選ぶこと。レシーバーがスパイカーのコースを読むときに、そのスパイカー以外の情報って優先すべきかな?」

「いいえ! なるほど!」

 

 瞳をキラキラさせた日向は、あれ? と疑問に思った。

 

 死に物狂いで戦った5セットマッチでは烏野は桃井の予知に苦しめられ、危うく王手を取られるところだった。変人やらバレー馬鹿やら何しでかすかわからないやらと、散々な言われようの変人コンビ・日向と影山の動きすら完璧に予知したのだ。

 

 見せてもらったノートにも夥しい量の情報が洪水を起こしかけていたが、直接的な理由にはなっていない気がする。どうしてだろうと考えもまとまらないままに言葉にした。

 

「あの、桃井さんは、どうやって……こうだっ! って決定してるんですか?」

「ん?」

「ええと、その、俺たちの速攻のタイミングとか、それこそしゅ、しゅしゃせんたくとか、そういうのの決め手ってなんですか?」

 

 んー、とぷるりとした唇に指を当てて思案顔で解読を試みる。しばらくして得心がいったようで、ああと顔を綻ばせた。

 

「勘だよ」

「かん」

「女の勘。なんとなく。フィーリング」

「そ、そんな……」

 

 何か秘密があるのではと構えていただけに脱力する。というか女の勘と言われてしまえば男の自分にはどうしようもない。その様子に微苦笑すると、手すりにもたれかかり目尻を下げてコートを眺めた。

 

「試合中にゴチャゴチャ考えるって大変なんだし、直感でいいんだよ。君みたいな本能型は特に」

「ああそっか、それで、いいんだ……」

「それぞれに合ったやり方を見つけて、それを伸ばしていく。攻撃手段を増やし、殴り合いを制す。烏野のコンセプトはそうでしょ?」

 

 ヒントは十分すぎるほど与えた。これから先、日向くんはどんな世界を見せてくれるのだろう。祈るように心の中で大事にしまい込んで、彼の背中を押した。

 

 

「さつきチャン、10番に甘いんじゃない?」

「見てた?」

「わかってるくせにー」

 

 いけずー、とやたら強調された動きをする天童。3年間、どちらが正確にスパイカーの動きを予測できるかという勝負をした過去を思い出す動きだ。時折奇妙な踊り付きで「心を折る」と歌っていたので天童は桃井と合わせて他校から精神的、物理的に折ってくる嫌な奴認定されている。

 

「監督に大目玉食らっちゃうカモ」

「いいもん別に。部活引退したし。自分の信条に従っただけだし後悔もしてない。説教も受け入れる」

「ヒュー、かぁっくいー」

 

 茶化さない。と赤い頭を軽く叩くと、相変わらず何を考えているのかわからない仏頂面がまっすぐ桃井を見ていた。

 

「何か言いたいことでもあるの、若利ちゃん」

「……いや」

「そう? あ、そういえばね、ほかの子たちにも興味あるのよね。月島くんに金田一くんに国見くんでしょ、あと百沢くんは磨けば光るよね。うわー、楽しみ。どうしよう」

「工のこと忘れないであげてくれ。あいつ自分に優しいの桃井しかいないって嘆いてたんだから」

「わあああああっ! 何バラしてんですか!」

 

 こそっと瀬見に伝えられて慌てる五色だが、桃井は不思議そうにケロリと言い放つ。

 

「え? だって五色くんはいつでも会えるし合宿中くらい……ねえ?」

「あ、五色死んだ」

「桃井はこういうときドライだもんな」

 

 白布と川西が慣れた様子でスルーし、大平と山形がそっと介抱してやる。ほんの少し前の日常がそこには在った。寂しさを感じてしまい桃井はそっと目を伏せる。

 

「さつき」

「……何?」

 

 どっしりとした低音が響き、やや間を置いてから牛島は言葉を紡ぐ。

 

「お前は変わらないな」

 

 このマネージャーは自分の欲求に正直過ぎるきらいがある。好奇心を刺激した選手には手放しで褒めたたえ尊敬し、また成長の手助けを全力でするのだ。遡れば6年間戦い続けた青葉城西の及川や岩泉も気にかけては、天才嫌いの及川に扱いに困られていた。男の牛島ならばともかく、女の桃井には流石の及川も牙を向けられない。

 

 あまりにも少ない言葉の中で桃井以外はそう考えた。しかし一人だけ、くつりと笑い声をもらす。

 

「なにそれ嫉妬? 私の一番をあげてるのに、贅沢者だなあ」

「嫉妬じゃない」

「即答されると悲しいんだけど」

 

 食い気味の返答にひそめられた眉。日向に対して怖いかと問われた時と同じ反応に、ああそういうことかと天童は目を細める。

 

「構い過ぎて殺すなよ」

「たくさん可愛がってあげるだけよ」

 

 それは二人にしかわからない領域の話。それでも直感と読みが鋭い天童はありもしない空想話に想いを馳せた。

 

 たとえば、今の日向に向ける献身的な想いは、溺れてしまうほどの危険な毒にもなりかねない。桃井はその手腕を遺憾なく発揮して選手を強くする。そして頭を痺れさせる媚薬にも等しい言葉を並べるだろう。存在を全肯定する心地よいそれに心身を任せれば、いずれ心は焦がれて身は滅ぶ。

 もちろんあくまで例え話だ。そんな出来事が起こったわけでも、過去にあったと話に聞いたこともない。

 

 でもそれは桃井が距離感を調整しているからではないのか、と思うことがある。甘い言葉と毒を同時に吐くことで、立場を常に理解させることで、上手く躱しているのではないか。

 

 もしかしたら、まだ上手いやり方を知らないときに無垢な想いをぶつけていた相手がいたのではないか。そうしたらソイツはとっくに溺れて───

 

「だって若利ちゃんは大丈夫だったじゃない? ならいいでしょ、もう自分に素直になったって」

 

 この女、部活を引退したからと思う存分可愛がるつもりだ。敵に塩どころか海を丸ごとくれてやるつもりだ。我慢しなくていいからと底無しの『愛』を与えるつもりだ。

 

 ……羨ましいけど羨ましくねえなぁ。

 

 蠱惑的に笑う姿は悪魔にしか見えなくて、彼らは一年生たちが無事に帰れることを祈るしかなかった。

 

 無尽蔵の『愛』に殺されなければ良いのだが。




三年生ということもあり頼れるお姉さんな桃井さん、いかがでしたか。個人的な趣味盛り込んだので満足しています。

ここの桃井は尻に敷くタイプではなく、牛島には振り回されています。さすがの桃井も牛島は手懐けられませんでした。というかそういう光景がまあ浮かばなかったので……あくまでin白鳥沢です。手懐けるならば、恐らく本編でやりそうな気がします。

ちなみに天童の勘とは相性悪いと思われます。桃井のマイルールと天童のマイルールは共感し得ないかなと。ここは本編で拾っていきたいですね。

それから及川についてですが、まずここだと及川と桃井は仲良くできません。天才(牛島)を支える天才(桃井)ですから、仲は険悪(一方通行)です。よって北川第一で後輩でいる本編が暫定で一番いい関係性ということになります。

次話は本編を進めるか、リクエストに応えたいと思います。ありがとうございました!

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