「わっ、やってるやってる」
「ギリギリ間に合ってよかったね。ホント無茶苦茶なスケジュールだったけど」
「ごめんと思ってる」
お父さんと東京から飛行機で大阪まで。年末のちょっとした旅行というかなんというか。大会をこの目で見たいと言い出した我儘に、両親はいいよと笑って言ってくれた。ちなみに大会が終わったらそのまま観光、年越しを過ごし、宮城に帰る予定である。
「いや、いいんだよ。こうして家族旅行できるんだから」
「……ありがとう」
我が父ながら優しい人だなあ……。ほんわか微笑むお父さんに私も顔を綻ばせる。
「それに白福さんとこの娘さんにも会えたじゃないか」
「うん。久しぶりで楽しかったなぁ。……雪ちゃん、バレー部のマネージャーやってみようかなって言ってくれたの」
「そうか、あの子が。本人次第だけど始めてくれたら嬉しいね」
赤みがかったサラサラな髪。長い睫毛が縁取る瞳は垂れ目気味で、ふんわりした雰囲気を醸す。喋り方もゆっくりした感じだからとても癒される雪ちゃんこと白福雪絵ちゃん。
でも彼女はおっとりした可愛らしい顔立ちとは裏腹にそこらの男子の倍以上はぺろりと平らげてしまう食欲の持ち主。私より二歳年上の従姉妹で、梟谷学園に進学する予定って言ってた。
梟谷は確か木兎さんをゲットしたはず。となれば多分、いや間違いなく扱いに苦労することになるだろうけど、ゆた〜〜ってしているように見えて案外きっぱりしたところある雪ちゃんなら、なんだかんだやっていけそうだ。
というかね? マネージャー仲間が欲しいのよ私は。部内で女子は私だけ。大会でも女子マネージャーがいるチームはあんまり見かけない。いい加減部活でも女の子とお喋りしたいのだ。
あーあ、次年度になったらマネージャー志望の子来ないかなぁ。ジュニアチームのスカウトは手伝ったけどマネージャーの方は手付かずだし……そもそも選手から転向してマネージャー業務に就く男子部員も少なからずいるから、それで部活は回っているけど、それでもね……勧誘頑張るしかないかぁ。
なんてつらつら考えていると、携帯片手にお父さんが訊いてくる。
「どうする? お母さんは宮城代表が出る試合の方にいるって」
「じゃあ私は違う方に行く。お父さんはお母さんのところに行ってて」
「そう? まだ移動する余裕はあるそうだけど……先輩たちの応援はしなくていいのかい?」
「決勝戦まで残るからまだいい。それに私がここに来るって知らないから」
言わなかった理由? ちょっとしたサプライズというか、さすがに「動画見るより自分の目で見たかったので。分析の為に」って理由で来られても困るだろうしドン引かれるかなって。いやね、応援には来てるけどぶっちゃけそれよりもデータ重視だからさ、罪悪感があって。
そんなわけでお父さんと別れ、目指すは兵庫代表の戦うだろうコートのほうへ。
手頃な席を確保し、ビデオ機材(桃井家の分はお母さんが持ってるので影山家から借りた)をセット。そして監督から頂いたソフトの導入されたパソコンを起動。ポチポチ弄りながら鞄を漁る。
男子の準決勝戦は11時から。ここに来るまで飛行機、電車、バスと乗り物に乗りまくって結構疲れた。あと小腹も空いた。コンビニで買ったおにぎりでも食べようとガサガサしてると。
「うわっ、なんでいんだよ」
だいぶ失礼な物言いにムッとして、誰よコイツと顔を上げたらしかめっ面と目が合った。ジャージのポケットに片手を突っ込んで私を見下ろすその人はマスクを着用していて、それでもわかる嫌そうな顔にこちらは笑顔を浮かべる。
「……。はじめまして、と言うべきでしょうか? 対戦したことはありますけど、お話しするのは初めてですよね。佐久早聖臣さん」
全中の準決勝戦で負けた井闥山学院のエース、佐久早さん。この人がいるチームのおかげで私はさらに強くなれたし、色々と考えさせられることもあった。
だが先輩たちの仇である為、私は勝手に因縁の相手と認識している。どの負けた相手にも次戦った時に勝てるよう力入れて分析してはいるけど、井闥山では特に佐久早さんが手強過ぎたので、彼への思いが一入なのである。
そんな佐久早さんの片手には弁当が入ったビニール袋。恐らく今は自由行動時間なんだろう。チラホラと試合に負けたチームの選手を見かけたから、東京代表も同じような感じなんだろう。東京代表は準決勝戦まで残ることはなかったから。
「私は桃井さつきといいます。もしよかったら一緒に試合観戦どうですか? 隣空いてますよ」
「いい。若利くん……宮城のほう見に行くし」
「そっちはビデオに収めてますし、まだ決勝戦があります。こっちの試合は今しか見れません」
「あっちの宮城の試合も今しかナマで見れないだろうが。つーかお前のそばに立ってるビデオカメラは誰のモノだ。それで撮るつもりなんじゃないの」
「これですか? ……私のですね」
ならこれでお前の言い分はなくなったな、と言わんばかりに目を細めた佐久早さん。くぅ……ガバガバな理由だったとはいえ手強い。だがまだ諦めるわけにはいかない。この人にはどうしても聞きたいことがある。
彼の口ぶりからして完全に私のことを知っているだろう。情報源はどこからか……試合の時も看破されてはいたし、月バリでもなんでもいいけど、ともかく話は早い。
「全中の準決勝でのことで、あなたに聞きたいことがあるんです。……だめ、ですか?」
困ったように微笑んでみる。これで通じなかった相手は飛雄ちゃん以外に存在しない。……嘘だ、牛島さんもだった。あとは、
「断る。お前といるとなんか嫌な気がする」
………佐久早さんもだな。
つか何この人、オブラートって言葉をご存知ないの? すごいグッサリ言ってくるんだけど……まあそれだけのことをした、されたという認識はお互いにあるらしい。
笑顔のままビシリと固まる私を一瞥すると、佐久早さんはその場を後にした。
「気がするって何よ気がするって。正解なんだろうけど! それでもちょっとは傷つくし!」
バリッと開封したおにぎりに食らいつく。あっ磯の香り……おいしい……なんて自分を慰めつつ、カメラのスイッチをオン。まだ公式ウォームアップが始まったばかりで、試合開始までには小腹は満たせそうだ。
兵庫か……宮兄弟はどういう感じか把握しているがそれは野狐での話であって、単品になるとどうなることやら。それに尾白さんがどういうスパイカーなのか……土壇場での行動、得意技、思考回路、弱点。うん、分析してみよう。
宮兄弟はともかく尾白さんは三年生。私が中学生である限り対戦することはまずない。それでも情報収集するのは単なる好奇心といっていいのか。
いや、まあ、好きなんだから、しょうがない。
たったその気持ちだけで家族を巻き込んでここに乗り込んだ。
そう考えると佐久早さんの言い方もわかる気がする。納得はしないけれど。理解は手段だ。共感まですることはない。そうやって騙し騙し、同じフリをするだけなのだ。
「………あっ、気づかれた」
あれは……宮、侑のほう? かな? というかそっちしかありえない。同じ顔をした宮治さんにツンツンして、「あっちに桃井さつきおるわ」みたいな感じで指差してくる。人を指差すな。騒ぐな。チームメイトに広めるな! いくら自分たちのウォームアップの番じゃないからって……まったくもう。………この髪ちゃっかり目印になってるじゃん。
ここでガン無視決めてもこっちが悪くなるな……あの人には「二度と会いたくない」って勢いで言っちゃってたのもあるし、その、悪いとは思ってるから、謝りたい気持ちがあって。
あの時のやり取りは宮侑さんが敗北直後で気が立っていて、敗因を年下のマネージャーと見做したから。そして私も肉体的にも精神的にも参っていて上手くやる余裕がなかったから、生じたものだと思う。
つまり半分くらいは私にも責任がある。いくら嫌なことを言われたとはいえ、北一の中にいたままだったら考えもしなかったことを問われたのはいい経験だった。
それに私も嫌なことを言った自覚はある。その分は謝罪しておきたかった。なんだかんだで選手にあんなことを言ってしまったという後悔は抱えたままだから。
「……………」
少しの逡巡の後、頭を下げる。会釈ともとれるような仕草だけど、多分あの人は気づくだろう。
どうしてあの人に拘るのか。それはきっと飛雄ちゃんと同種の才能に惹かれているからだというのは明白だった。
すっと元の姿勢に戻る。すると周りの視線を感じて、自分の行為が不審なものだったと悟り、どうにかしなければと焦った。結果、胸元で小さく手を振り、
「……が、がんばってくださーい!」
さらに条件反射で声出ししてしまった。
しまった。先輩たちを応援するより先にこっちを応援してしまった。何もしてないのはソワソワするからって……! なんか部活の感じでつい……!
後ろめたさが重なる私に、彼は目を線にして笑う。まさか聞こえたわけではあるまいが、その仕草に夏の日のことが氷解した気がしてホッとしたのも束の間。
彼らのウォームアップの時間になると、「幽体離脱時間差!」なんてして双子ネタで遊んでるものだから、呆れて笑うしかできない。ああ、尾白さんがツッコんで三人揃って叱られてる……。
「ぷ。おばかな人たち」
小腹も満たされたし分析開始だと意気込んだ時、一つ席を挟んだ隣に誰かが座る気配がした。ちらりと横目で伺いぎょっとする。
「あっちは木兎がいて絡まれそうだったから逃げた。ここしかいい席がなかった。それだけ」
佐久早さんは淡々と口にすると、使い捨てのお手拭きで手を綺麗にしてから弁当をもぐもぐ食べ出した。やがてちょっと一息ついたのを見計らって言ってみる。コートでは選手同士の挨拶が行われていた。
「あとで宮城代表のビデオ見ます?」
「見ない」
この人凄くつっけんどんしてる……刺々しいこの感じ何なの……。取りつく島もないじゃん完全に嫌われてるじゃん。
そうか、私の能力を知り、さらに身をもって味わった彼らからするとこの力は嫌悪の対象なのか。うーん、なるほどなるほど。それほど的確な戦法を練られたということね。なら、それでいい。
「佐久早さん。聞きたいことというのが───」
「試合が始まる」
「あっ、そうですね」
試合開始の音が響き、拍手を送る。
ただの観客であることに懐かしさを覚えつつ、目的を果たすべくキーボードに指を乗せた。
その瞬間、奴の纏う気配が一変した。まるで試合中のような緊迫感に反応して、割り箸を持つ手に力がこもる。
何なんだ、コイツは。
隣の隣の席に座り、背筋を伸ばした桃井はコートから視線を逸らすことなくノールックで高速タイピング。得点が決まる時やタイムアウトの時でさえ張り詰めた緊張が緩むことはない。忙しなく動く眼球が一心不乱に追い求めるのはコートに散乱する情報。自分はコートに立つ選手でもないくせに、そこにいる選手と同等以上の集中力を以てしてコート上の全てを見透かそうとする。
佐久早は桃井を認めていた。しかし彼女の能力に目を向けただけであって、それは表面上に過ぎなかったらしい。
能力とか、頭脳とか、観察眼とか。そういった身体的機能とは乖離した執念じみた精神力。あの準決勝戦で片鱗を見せた勝利への執着心を垣間見て、佐久早の額に冷や汗が流れる。
年末の、県を遠く跨いだ、自分に全く関係ない大会に来てまで何をするのかと思ったら。
佐久早には桃井のバレーにかける情熱や想いが異質なものに映った。彼女のそれは彼の知る超人的なプレイヤーと遜色ない勝利への渇望で、だからこそ一介のマネージャーでしかない桃井が彼らと同じ重さを背負っていることが奇妙に思えてしまう。
誰もが持つ普遍的な想いに収まりようのないバレーへの献身的な愛。彼女のそれは清廉潔白に見えて、底のない泥沼にも似ている。現在形で分析を重ねる桃井から感じられる気迫に、佐久早はそんなことを思い浮かべ、嘲る。
………じゃあどうしてあの戦いで足掻こうとしなかった。北川第一の選手が目に見えて成長し懸命にプレーする中で、お前だけが何もしてこなかった。最後のタイムアウトの後でさえ秘策を与えるでもなく、ただコートを眺めていたのか。お前を警戒したこちらが馬鹿みたいだ。
佐久早は桃井を認めているが、それと同時に嫌いである。
牛島にあそこまで言わせておいて。自分を最大限に警戒させておいて。佐久早に脅威と知らしめておいて。
最後の最後に何もしないという浅はかさ。
勝負を投げ出す諦めの早さ。
全く以て気に食わない。今ここで見せる集中力をなぜ本番で発揮しなかった。牛島の言う『信じられた』はそんなものだったのか。
「どうかしてる」
勝負が決する瞬間に身の内に湧き上がった勝利の快感はとうに消え、鬱屈した疑問と苛立ちだけが残滓となって苦く記憶にこびりついていた。
ふぅ、と隣の隣の吐息が漏れる。第一セットが終了したところだった。桃井に釣られて試合に集中していた佐久早も同時に緊張状態から解き放たれ、どっと疲れが襲ってくる。
ありえないほど長く濃密な時間を集中し続けた桃井は、そんな疲れを感じさせることなくケロッとしている。なんかムカついた。
「んんっ、はぁ〜〜〜疲れた」
思いっきり伸びをしてコリをほぐす桃井に、わざとらしいと内心で悪態をつく。
「お前、何やってたの」
「え? ……あぁ、分析です。ちょっと勘も入ってはいますけど、それは後でビデオから修正したりもします」
予想していた通りの返答に、口の中で「うわぁ」という言葉を転がした。
「ナマで観るとやっぱり情報量違いますね。宮兄弟……野狐とは来年戦うことになるかもしれませんし、今のうちに収集できる分はやってしまおうと思って」
「……わざわざ宮城から大阪まで? ただのマネージャーでしかないお前が? はぁ?」
「?? ええ、そうですが。あ、さすがに単身で乗り込むのは阻止されましたよ。まだ中学一年生でしょって」
そういうことが言いたいんじゃない。
佐久早の眉間にシワが寄る。桃井はその様子に微苦笑した。
「……別にいいじゃないですか。私はバレーが好きで、将来日の丸を背負うことになるかもしれない選手の今の活躍を見たい。できるなら成長を追ってみたい。予測だってしてみたい。それだけですよ。ただのファンです」
自分はファンだと言い切った優しい囁きは前半までで、後半からは攻撃的な声色に変わる。
「……ま、勝ち負けに拘らないということではないんですけどね。チームが勝つ為にはどんな手段も厭わないし、それで何と言われようとこれが戦略なのだと胸を張って言います」
「………。たとえ、やり過ぎて周りに嫌悪されてもか」
「ああ、汚いとかずるいとかですか?」
桃井はふっと鼻で笑う。
コイツ、見かけによらずイイ性格しているな。そりゃ容赦なく弱点を狙う戦法を取れるわけだ。佐久早はチームメイトの主観を肯定する。
「私のことをどう思われようが構いません。その人が敵であろうと味方であろうと、大事なのは選手ですから」
透徹な瞳が真っ直ぐに佐久早を射抜く。
揺らぐことのない意志を秘めた視線をぶつけられ、佐久早はギリ、と奥歯を噛み締める。
「じゃあ、その大切な選手がお前の作戦で追い詰められて、バレーを辞めることになってもか」
怒りではらわたが煮えくりかえり、滑稽なところまで話が飛躍してしまった。こんなことが聞きたいんじゃない。舌打ちをした佐久早が、もういいと席を立つよりも早く。
「はい。手を抜くことは、相手を侮辱するも同然だと思うので」
桃井は毅然とした態度で言い放った。
それは宮侑に訊かれて初めて認識した問いかけの答えだった。何も言えずに流されて終いになっていたが、あれから数ヶ月の間に桃井の心は決まっていた。
相手チームがどんなに強かろうが弱かろうがナメてかかることは絶対にしない。その一心に。
「万が一バレーを辞めることになったとしても、それって当人の心の弱さが原因ですよね? それなら克服してもらうしかありません。強者がコートに残り、弱者は去る。当然のことでは?」
純粋無垢な瞳の奥で仄めく残酷なまでの強者への飢え。口元に弧を描き妖しく微笑む白皙の頬は、血色がよくほんのり染まっている。強気な光を灯す桃色の目が佐久早の睨みつける顔をくっきりと刻んでいた。
ぞっとした。
本当に意味がわからない。強くなってもらうとか死んでも思わない。ある種の敬意を持って佐久早なりに認識を改めるならば。
この女、歪んでいる。
「……そこまでの覚悟がありながら」
静かに口にするその言葉にはじっとりした陰湿な憤怒が込められている。
「そこまでの覚悟がありながら、どうして準決勝戦の最後、手を抜いた。なぜ何の対策も取らなかった」
そこで初めて、佐久早と話す間は絶やすことのない笑みを薄れさせ、桃井は顔を歪めた。
ハイキュー!!の連載開始から昨日で8年と19日突破だったそうです。おめでとうございます。物語を最後まで見届ける所存です。
佐久早の過去回想がいつ来るかドキドキしています。マジで大幅な編集が必要になるのは覚悟してるので。でも編集できそうになかったら放置します。すみません。このスリルがたまんないぜ!
IF桃井さつきin烏野高校・真の今後の展開
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①北一メンバーとバレー
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②(リクエスト展開なし)
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