桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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時系列的には105話と106話の間の話です。8月中旬ぐらい。

前編と書きましたが後編は前編より短くなると思います。

桃井は他校(どの高校でもこの話にはあまり影響がないので決めてない)、影山が烏野に進学した場合に起こりうる話。


番外編「昨夜はお楽しみでしたね」前編

 目が覚めたら目の前に影山くんの顔があった。ちょっと何言ってるのかわからないがとにかく目の前に影山くんの顔があった。思考停止すること数秒。

 

「───!!?」

 

 心臓が痛いくらい跳ねて、声にならない叫びが喉から飛び出ていく寸前で堪え、待て待て冷静になれと念じる。昨日何して今こんなことに………昨日? 昨日は、たしか……。

 

「そうだ、影山くんと、ようやく……」

 

 生まれて初めて感じるほどの恥ずかしさと喜びと諸々が一緒くたになってこみ上げてきて、しばらく顔を伏せることで耐え忍ぶ。たとえ喉の調子がおかしくても、体に異変があっても構わない。

 

 うわ。うわ、なにこれ。何この感じ。ずっと望んでいたことだったからようやく叶えることができて幸せで。でも普段抑えてる部分まで全部曝け出しちゃったから顔が見れないほど恥ずかしい。幼馴染だから互いに知らない顔なんてないと思ってたけど……。

 

「あんな影山くん、初めてだったな……」

 

 すごかった。としか言いようがない。この日のためにいろいろ調べて準備してすごく大変だったし、影山くんに喜んでもらえて本当に嬉しい。

 

 ふふふ、と頬を赤く染めて幸せだなぁと独りごちた。もちろん彼を起こさないように細心の注意を払っている。次がいつになるかは全くわからないから、この機会を堪能すべく影山くんに身を寄せる。

 

 吐息がかかりそうなほど近くにある幼馴染の顔に、まずはやっぱりカッコイイなと再認識した。

 

 女の私も羨む手入れ入らずの艶やかな黒髪。男の子らしいすっきりした頰のラインと、すっと通った鼻梁は美しく、睫毛は長い。目蓋の奥に隠された透き通るような青眼が私は好きで、今は目が合わないのを残念に思いつつも、無防備な寝顔だと眉間のシワが薄れてかわいいな、なんてつい口角が上がる。

 

 身内贔屓を抜きにしてもこの男の顔立ちは整っている。それに加えて鍛え上げられた肉体。そりゃ高校一年生だしまだまだ完成されてない部分はあるけれど、弛まぬ努力で磨かれたしなやかな筋肉を秘める彼に、何度胸が高なったことか。

 

 エアコンの駆動音を聞きながらそんなことを考える。

 

 

 中学を卒業して、私は県外の学校の、影山くんは烏野のバレー部に所属し練習漬けの毎日を送っていた。

 

 夏休みに入ってもそれは変わらず、むしろ合宿やら大会やらでハードになっていたわけだが、お盆休みの機会に数日間だけ帰省することができた。県外で一人暮らしをしている私にとって久しぶりに両親に会えたのは嬉しかったし、あの人にご挨拶できたのも良かった。伝えたいことがたくさんあったから。

 

 そしてこれまた久しぶりに影山くんに触れて、ブレーキがかからなかったのは当然のことと言うか、仕方がないことだろう。電話もメールも滅多にしないし連休もずっと部活。あっちは朝も夜も練習してて、こっちも空いてる時間は全部分析と情報収集に使ってたわけで。

 

 うん。4月に……いや、中学卒業してすぐあっちに引っ越したから、5ヶ月ぶりくらい? そんなの盛り上がっちゃうに決まってるよ。しかも影山くんのご両親が邪魔しちゃ悪いって桃井家に泊まってくれて、昨日の夜から影山家に二人っきりだったんだから。

 

 だから、仕方ない、はず……。

 

「いやいや、羽目外し過ぎだよこれ……」

 

 ふわふわ夢見心地な気分には十分浸れたのでそろそろ現実を見ることにする。

 

 身を起こして周囲を確認。半開きのカーテンから漏れる朝日と、チュンチュン囀る鳥の鳴き声。視界に広がるものが散乱した部屋。あ、あの上着私のだ……。タオルがあんなところに……。後半から記憶飛んでる気がする………。何時に寝たのかすらあやふやだ。体痛いし、喉枯れてるし。声お母さんたちに聞かれてないよね? 聞かれてたら恥ずかしくて死んじゃう。ああ、若いって怖い。

 

 いやね? 最初からテンションは高かったよ。お互い止めようともしなかったし、ノリノリだったし、普段ならしないことまでしちゃったし。どうせなら全て忘れてしまいたいけど、それはとってももったいないことなので、むしろなんで記憶ないの! と地団駄を踏みたい。

 

 部活は今日から再スタートしているが帰省中の私は明後日に復活する予定。烏野も練習再開日って今日じゃなかったっけ? そういえば、影山くんの日課のロードワークって今朝やったのかな? というか……今何時??

 

 ばっ!!! と勢いよく時計を見て、未だに夢の中の影山くんの頭をぺしりと叩いた。

 

「影山くん!! 起きて!!!」

「…………いってーな、何だよ……」

「あんた部活は!? てか日課は!?」

「!!!」

 

 カッ!!! 両目を思いっきり開くと影山くんは飛び起きる。床に落ちてるものに滑って転びそうになったりしてて、バタバタドタドタ慌ただしい。少し面白かった。

 昨日の雰囲気がかけらもない光景が寂しくも、それが影山くんたる所以だろうと見守る。

 さすがは男の子と言うべきか、影山くんはものの数分で身支度を整えてしまうとテーブルにあったパンを引っ掴んで玄関に向かう。私がヨタヨタついていくと、影山くんは靴を焦って履いているところだった。

 

「ごはんは?」

「これで済ます!!」

「いってらっしゃーい」

「いってきます!!」

 

 ガチャン!!! 勢いよく閉められた玄関。毎日しているらしい日向くんとの競争も、今日は影山くんの負けだな。部活に間に合うかすら怪しいもんね。もっと早く起こさなかった私が悪いけど、早く起きれなかったアイツも悪い。

 

「さて……」

 

 影山くんのご両親が来る前に部屋を片付けるとしよう。こんな状態見せられないし。あと、気づいたら緩む口元も引き締めなきゃ。むんと気合を入れて作業に入る私だったが、すぐにリプレイされる昨日の記憶との戦いに苦戦を強いられるのだった。

 

 

 

 春の高校バレー、通称春高の宮城県代表決定戦への進出を決めた烏野高校バレー部は、束の間の休息を挟み、今日から部活動を再開させていた。

 東京遠征などもあり有意義だった夏休みはまだ終わらない。彼らなりにぶつかり合い、技術を高め、頂の景色を見るために日々切磋琢磨していくのみだ。

 

 そんな決意を胸に、今朝日向は体育館に乗り込んだ。当然鍵は開いていなかったし、しょうがないから遅れてやってくるだろう影山に勝ち誇ってやるとウキウキして、またあの速攻がやれるんだと胸を膨らませつつ、バレーボールで遊ぶ。

 

 しかし影山はなかなか来なかった。

 

「うーっす。あれ? 日向だけか? 影山は?」

「田中さん!! ちわっす! はい、そうです!!」

「ほえー。珍しいこともあんだな」

 

 そんな調子で他のメンバーも次第に集まり出したが、相棒の姿は一向に見えない。とうとういつも部内で一番最後にやってくる月島が訝しげに体育館内を見渡した。

 

「……王様どうかしたわけ?」

「うーん……俺なんも聞いてない。キャプテン、影山に何かあったんですか?」

「いや。連絡は来てない。まあ正式な開始時間にはまだ余裕があるから大丈夫なんだが……」

 

 山口に問われた澤村が携帯を確認して言った。こんなこと初めてだ。数日とはいえ体育館が使えなかったわけで、あのバレー馬鹿ならいの一番にやって来そうなものだが。部活再開日がみんな待ち遠しかったのか(一人は否定するだろうが)、全員が普段より来るのが早かったため影山の遅れが余計に目立つ。

 

「体調を崩したとか?」

「自己管理に厳しい影山がそうなるとは考えづらいんじゃ……」

「じゃあ家の用事とかじゃないっすか? 俺じいちゃんに引っ張り回されてすごかったんで!」

「それは西谷ん家だけじゃないかな……」

「ま、まさか来る途中に事故に遭ったとか……?」

「だっ、大丈夫ですよきっと!」

 

 菅原の疑問に縁下が冷静に答え、西谷の意見を成田がそっと却下すると、東峰が青い顔をして震え木下がフォローする。マネージャーの清水と谷地も「ご、ご無事でしょうか……?」「多分……」と心配そうに首を傾げ、「かぎゃ、影山くんのご両親に、かかか確認してきます!!」と焦る顧問の武田をコーチの烏養が「待て先生! 部活が始まったわけじゃねーんだ!!」と落ち着かせる。

 

 不安はどんどん大きくなり、さすがに澤村も覚悟を決めるべきだろうか、と冷や汗をかいていると。

 

「おっ、おつ、遅れて、すみませんッ!!!」

「影山ぁぁあああ!!」

「無事だったか!!」

 

 部活動開始の五分前に、全身汗だくの影山がようやく登場した。この炎天下に全力疾走でもしてきたのだろうか、ゼーハーゼーハー息を荒げる影山を全員が歓迎する。

 

「とりあえず汗拭いて水飲め!!」

「よかっだああああ影山ぐんいぎでるぅうう!!」

「オメー何やってたんだよ! 心配したんだぞ!!」

「影山、まだ部活は始まってないから大丈夫だ。焦らずゆっくり休め」

「事件に巻き込まれたわけじゃないんだね、ああ生きた心地がしなかった……」

「見たところ怪我とかはしてないみたいだな」

「ていうかなんで遅れたわけ? 王様その歳で寝坊したの??」

 

 そんな感じで世にも珍しいことがあったわけだが、影山が寝坊した影響は昼にも出てきてしまっていた。

 

「うおーっ! メシだー!!!」

「あー腹減ったー!!」

 

 食欲旺盛な男子高校生たちの待ちに待った時間がやってきて、室内温度はさらに上がる。日陰で風通しの良い場所を確保して昼食にしようと各々が動く中、一人動かない者がいた。気づいた日向が尋ねる。

 

「どーした影山? メシ食わねーの?」

「………弁当忘れた」

「えっ!?」

 

 一本だけ持ってきていたパンは既に腹の中。ぐぅうとお腹が鳴る。くそ、と舌打ちをした影山は澤村の元に走る。

 

「一回家帰ります」

「お、おう……気をつけてな……」

「うす」

 

 本当はさっさと昼飯を腹に収めてボールに触れていたかったのだろう。それが叶わない影山を、珍しいことが立て続けに起こるもんだなーと二年は見送る。

 

「なんか今日の影山、変じゃね?」

「影山の口から寝坊なんてセリフが聞ける日が来るとは」

「さらには弁当忘れるし」

「それもあるけどよぉ、プレーは妙に調子よかった気がすんだ。周りのことがよく見えてるっつーか……」

 

 田中が午前練の様子を振り返っていると、西谷がカッと目尻を吊り上げる。

 

「……わかったぜ。影山が変わった理由……」

「本当かノヤッさん!」

「どうせ西谷の勘違いだろ? 聞かなくてもわかる」

「力、それは違うぞ! なぜなら物凄く自信があるからな!!」

 

 普段から自信に満ち満ちた男の言う「自信がある」に、周りにいた全員がそっと耳を傾けた。立ち上がって仁王立ちをする西谷はいつになく真剣な顔をしている。試合中に見せる本気モードの顔に、二年は緩んだ空気を引き締めた。

 

「影山が変わった理由。それは……」

「そ、それは……?」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ。

 

 

「影山に、彼女が、できたからだ!!!」

 

 

 彼女が! 彼女がー……! 体育館にエコーする西谷の声。絶対違うだろ……と全員が思う中、うおおおおお! と田中は立ち上がる。

 

「なんだと!? 影山に彼女だとぅおーーー!?!?」

「そうだ!! 間違いねぇ!!!」

「いや、間違ってるよ。俺たちバレーしかしてないんだぞ。同じかそれ以上バレーにほとんどの時間を割いてる影山に、彼女作る時間なんてないだろ」

「そ、そうだ! 合宿だってあったんだ! はっ……もしかして東京のマネさんと……?」

「木下、西谷に惑わされちゃだめだ」

「んだと!?」

「俺は信じるぜノヤッさん!」

「ありがとう龍!!」

 

 あほらしい。早々に縁下の聞く気が失せていくが、菅原が面白そうな顔をして近づいて来る。

 

「へー! なになに、影山彼女できたの??」

「間違いなく!! いますね!!」

「ふっ、いつのまにか王様に彼女がいることになってる」

「コラ西谷! 勝手に人の彼女を捏造するんじゃない!」

「なんか可哀想になってきた……」

「か、影山に彼女なんているわけないです!! 頭ん中バレーしかないアイツにできるはずがない!!」

「日向、それはそれで影山に怒られるよ……?」

 

 ワラワラ集まってくる部員たち。彼らの遠くで、清水はなんでお昼休憩なのに休憩しないんだろう……と冷めた目をして、谷地はどんな彼女さんなんだろうと人物像を描いては、私なんかが勝手に人様の恋模様を想像するなんておこがましい!! と猛省を繰り返した。

 

「で? 西谷はなんでそう思うの? たしかに今日の影山はいつもと違うとは思ったけどさ」

「スガさん。……男が変わる理由なんて、一つしかないです」

「そんな曇りなき眼をされても」

 

 だいたい彼女ができたのと、影山が今日寝坊して弁当まで忘れることになんの関係性が……。

 

 ───その時、田中に一筋の電流が走る……!

 

「ちょ、ちょっと待ってくれノヤッさん……じゃあ、まさか、あんたは……影山が大人になったって言いたいのか………? 俺たちよりも、何段階も先に行っちまったって言うのかよぉ!!」

「その通りだ龍!!!」

「嘘だァ!! そんなこと、……そんなことっ、あるわけねぇ!!!」

「現実なんだ!! ……だから、受け入れるしかねぇよ」

 

 男前に言い切った西谷。沈痛な面持ちで項垂れると、田中はくっ……ッと歯噛みしてこくりと頷いた。どうやら二人の中ではそういうことになったようだ。

 

 周りも二人の言う意味がわかったようで、気まずげな雰囲気が漂う。三年はマネージャーたちに聞こえていないだろうかと顔色を伺い、どうやら聞こえてなかったようだとホッと胸を撫で下ろした。

 

「ノヤッさんも田中先輩も、何言ってるんですか??」

 

 ただ一人だけ婉曲的な言い回しに疎い者がいた。テストで赤点を取り補習を受けた日向である。……この場合に学業の成績と関係があるのかはさておき、彼は全くピンときていなかった。

 

「プッ。さっすがおチビ。ここまで言われてわからないなんて」

「んだと月島! だったらお前意味わかんのかよ!」

「僕に聞かないでくれる? チームメイトのそういう話聞くの、ホント最悪なんだケド」

「まあまあ。日向、えっとね、これはね……」

 

 どう説明したものか。山口が口籠っているとその肩を優しく叩いたのは田中だった。まあ待て、と菩薩のように優しい眼差しをした田中が恐ろしく、ヒィ!! と怯えてしまう。

 

 影山、帰ってきたら尋問の嵐だぞ……。山口がそっと祈りが捧げている間に西谷が静かに日向に近づく。

 

「日向………影山が何をやったか知りたいのか」

「はいっす!」

「たとえそれが、どれほど残酷なことでもか」

「……? ……そ、そうです!!」

「お前の覚悟はよくわかった。……じゃあ、教えてやろう」

 

 西谷はすっ、と息を吸った。

 

 

「つまり、影山は彼女とセッ」

「あのーすみません、影山くんていますか?」

 




いつも閲覧していただきありがとうございます。コメントも楽しく読ませてもらっています。

「IF〇〇を読んでみたい」という感想も本当に嬉しいです。嬉しいのですが規約違反になりかねず、感想そのものが見られなくなる可能性があるのが悲しいので、そういったコメントは活動報告のネタ募集のほうにお願いします。


それからアンケートについてなのですが、ありがたいことに2000票を超え、その半分が烏野という結果でした。さすがです。他の高校にも投票されていて読者様の愛が伝わってきました。

このアンケートは締め切ります。本当にありがとうございました。

中学編を仕上げるまでは本編の高校編はスタートすることはできませんが、せっかくなので別のアンケートを実施しようと思います。というかただの気まぐれのアンケートにはなりますが、これからもお付き合いくだされば嬉しいです。

もし桃井が宮城以外に進学することになったら

  • 脳×2が標準装備の音駒
  • 赤葦と共に木兎を手のひらで転がす梟谷
  • ちゃんとやんねん稲荷崎
  • 原作でも未知だった井闥山学院
  • いっそバレー部には入らない

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