今回の話は中総体が始まる前のことです。回想です。
スポーツ推薦と聞いて真っ先に思い当たるのは高校側からのスカウトかもしれないが、他にも存在する。声をかけられた選手が部活動に参加しプレーの様子を見て高校側が採用するかを決めるというものだ。実際の練習を体験しその場の空気を感じることができるので有意義なものだと考えていたから、私はその話に乗った。
しかし共に声をかけられた幼馴染の場合は、私にとってもどう転ぶのかわからなくて不安でいっぱいだった。
「この学校、何度来てもびっくりするぐらい広いよね」
中1の頃に練習試合で行ってから何度も足を運んだことのあるここ、白鳥沢学園は広大な土地を有する学校である。中高一貫の私立で偏差値は宮城県内トップを誇り、部活動においても優秀な成績を収めるまさに文武両道を地で行く名門校。
ざっと白鳥沢の情報を思い出しつつ並んで歩く影山くんを見上げてそんなことを言えば、そうだな、と短い相槌が返ってくる。
「なに、緊張してるの?」
「してねえよ。ただどんな強え奴がいるか楽しみなだけだ」
「だったらとびきりの逸材がいるから、期待外れにはならないけど……」
なんせ今から向かう先には超高校級のエーススパイカーがいる。
中学を卒業してからの分析はほとんどできていない、というか自分たちの試合相手を放って高校生の分析をするほど時間的余裕が全くないので、私は中学を卒業したあの人がどのくらい成長したのかを詳しくは知らないのだ。というか高校生の選手たちにほとんど触れてないから、全中を終えたらすぐにでも分析を始める予定なんだけど。
そういえば影山くんは中学の初試合の時に及川先輩と交代して牛島さんと戦ったことがあったな。あの頃は一年にしては飛び抜けて優秀なセッターだった影山くんだったが、今やコート上の王様と呼ばれるまでに良い意味でも悪い意味でも成長した。
技術や身体能力は白鳥沢でも即レギュラーになれるほどに優れている。しかし、自己中心的なプレーをする彼が白鳥沢のスタイルにそぐわないのは事実。凝り固まった影山くんの思考は私すらどうすることもできず、もしかしたら白鳥沢の練習に参加することで変わるかもしれないという淡い期待を胸に、ここに来ていた。
中総体を前にして外部に頼ることができるのはこの機会が最後だ。この練習会に参加することで中学だと味わえない雰囲気を感じられるのは確実だが、同時に合否が決まる。影山くんがここで受かったなら万々歳。受からなかったら……それでスカウト形式の推薦も来なかったら………一般で……受けるしかないけれど……、チャンスを増やせるのだからこの選択は間違っていない、はず。
「牛島さんだけじゃない。鷲匠監督が選び抜いた精鋭集うチーム……どんな選手がいるかな。楽しみ」
「分析すんだろ? あとで見せろ」
「うん、いいよ。……他校の子は誰が参加してるんだろうね」
中総体を目前にして仕上げてきた彼らを観察するのにもいい機会だ。鞄の中に眠るパソコンに視線を向けてワクワクしていると、影山くんは冷たい声で言い放つ。
「さあな。俺は俺のバレーをするだけだ」
ぴたり、と足が止まった。
それって、あの独裁者然としたプレー? 自分の思い通りにならない選手に暴言を吐いて、使えない奴は見捨ててやると突きつけてくるトス回し?
そんなことをしてしまえば当然推薦なんてもらえないし、影山飛雄という選手の印象は下がる一方だろう。影山くんは周りにどう思われるか気にするタイプではないが、周りに好印象を持たれるだけで随分と生きやすくなるというのに。彼は昔から随分と不器用な生き方をしていた。それしかできないだけだけど。
それだけじゃない。北川第一のみんなだけじゃなくて、同世代の選手、その上白鳥沢の選手にまでああいった振る舞いを見せるのかもしれないという不安に、表情が固くなった。
影山くんは隣を歩かなくなった私を首だけ動かして一瞥すると、視線を逸らす。けれど数歩先で立ち止まり、歩みを再開するのを待ってくれている。
……ああ、まだ、信頼されている。私の言うことを受け入れはしないけど聞いてはくれる。言う通りに動いてなんてくれないのに。お互い何を考えているのかも、よくわからないのに。
「影山くん。いつもと同じじゃ、鷲匠監督は見てくれないから」
「見て欲しいなんて言うつもりはねえよ。選ばせる」
「………。まさか先輩に向かって、もっと速くなんて命令し出すんじゃないでしょうね? アンタ礼儀はしっかりしてるから心配ないとは思ってるけど」
「言わねえ。けど、相手次第だろ」
「またそんなこと言う」
私たちが三年になって先輩たちはいなくなった。先輩という立場を盾に面倒なことを起こされることはなくなったが、同時に影山くんを止める存在もいなくなったことを意味していた。監督やコーチにも噛み付くことが増えたのだから、そんな彼が他校の先輩相手にどう出るのかは不透明だ。
苦笑する私は影山くんに向かって歩く。怒りや不安を笑顔に代えて、対立することのないように、私の言葉がまだ信頼されるように、今日も隣でいられることを願う。
金田一くんも国見くんも、とうにこの居場所からは消えてしまった。だから最後の一人になった私だけは、消えてはならないのだ。ここが影山くんに届く最後の砦なのだから。
男子バレー部が使用している体育館は、流石私立と言うべきか県内トップの強豪校と言うべきか、とにかく設備が充実していた。
私と影山くんが一番乗りだったようで、突然体育館に現れた中学生二人に突き刺すような視線が集まった。『あれが北川第一の……』という視線が半分。もう半分は。
「久しぶり、さつきちゃん! って言っても俺のこと覚えてる……?」
「お久しぶりです。もちろん覚えていますよ。二年前に対戦したんですから」
白鳥沢学園中等部でレギュラーメンバーだった選手の皆さんが、ホッとしたような嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ほら! 絶対覚えててくれるって信じてたんだわ!」
「いーなー。俺は高等部から編入したし、こんなかわいい子と知り合いとか羨ましいわ」
「あれが桃井さつき……本物だ」
「白鳥沢来てくれんの?? 俺ら勝ち組じゃん」
まだ他の選手が来てないからって和気藹々とし過ぎではないだろうか。それとも女子マネージャーの存在が物珍しいのか。親しみやすそうな選手たちに次々に自己紹介されても苦笑するしかない。
県内だと白鳥沢一強……だが県内に留まらなくてもいいと許可を得た結果、事実上全国の学校を受験していいと許しをもらった。つまり、宮城県どころか東北地方でも名を轟かせるあの白鳥沢でさえ、私にとっては選択肢の一つなのである。
そもそも相性は未だに悪いと思ってるから、白鳥沢の空気を感じないことには何も決断できないんだよね。
だからこの練習会自体も声をかけてもらったとはいえ、私にとっては見学のようなもの。最終的に進学するかどうかは中総体の後に判断するとあらかじめ鷲匠監督に伝えてあった。が、彼らの様子を見る限りそのことは周知されていないようで、私が白鳥沢に来るのは決定事項だと思われている。
言い出しづらい……まだ決めてないんですって言えない空気……でも言わなければ……。この期待の目を曇らせてしまうのは申し訳ないけれど……。
「あ、あの」
「桃井」
久しぶりに聞いたその声は低く、名前を呼ばれて思わず背筋が伸びて表情が引き締まった。その一言で彼らは閉口すると出来上がっていた人だかりに自然と道が開き、牛島さんは真っ直ぐにこちらに向かって歩みを進める。
牛島さんを最後に見たのは月バリの特集で、写真でもわかるくらい成長して体に厚みが出ていたのだが、直接会うとその印象が大きく更新される。高校2年生になった牛島さんの成長ぶりに圧倒されると同時に、決して好意的ではない感情の浮かんだ表情に息を呑む。
「話は聞いた。まだ白鳥沢への進学を悩んでいると」
鷲匠監督は牛島さんにだけ伝えてあったのか。そりゃ牛島さんが私を気にしていたのは知ってるし、というか牛島さん経由で鷲匠監督に目をつけられていたわけだし、当然のことだろうけど。
でもここで言われてしまえば周りに聞こえてしまうわけで、さっきまで桃井さつきを獲得したと大喜びしていた彼らが困惑した顔で騒ついている。
「……はい」
「なぜだ。迷う余地などないだろう」
彫刻のように彫りの深い顔立ちに一層のシワを眉間に刻む牛島さんを見上げ、私は曖昧に微笑んだ。なんでここで言っちゃうかな……本当の理由をこの人にだけは伝えたかったのに。
「まだ決断を下す時期ではないと判断しました。インターハイの結果を加味して考えたかったんです」
言葉に成ったのは鷲匠監督に伝えたものと同じで、牛島さんは疑うような視線で私を見た後、その眼差しを遠くで佇む影山くんに向けた。
「アレは関係ないのか」
「ええ。私個人の考えです。それに、彼は志望校が決まっているので」
「……そうか」
牛島さんが影山くんを意識しているとわかって嫌な予感がする。この二人を引き合わせると悪いことしか起きない気がした。ブロックに捕まらない速さに拘る影山くんとブロックに捕まろうとお構いなしの牛島さん。何が起こるか見当もつかない。よければ良い方向に転がってくれると嬉しいんだけど。
というか私が進学を悩んでるってだけで何でこんな態度になるの……? 及川先輩が白鳥沢を一蹴して青葉城西に行ったから残った私を是が非でも獲得したいと……?
あ、もしかしたらメリーさんばりにしつこ、細かいメールに嫌気がさしてちょっと返信を遅らせてしまったから……? だって試合会場行くと決まって「今〇〇にいる」「〇〇についた」って数分置きにメール来るんだもん……急に出てこられても困るから事前に連絡してくださいって言ったけど、頻度が思ってたのと違うもん……絶対面白がった友だちか誰かに変なこと吹き込まれたでしょこの人……。
まあ『桃井さつき』を他校に取られてたまるか、というのが妥当なんだろうけど。
そんなことを考えていると牛島さんはこちらに視線を戻す。
「ならば、お前の迷いをここで絶ってやる」
「……え? ………ああ、はい。やれるものなら、どうぞ」
全国でも有数の大エース様に向かってこんなにもナメた口を利ける人間がどれだけいるだろうか。
片方の口角を挑発的に吊り上げて言ってのけると牛島さんの眉間のシワがさらにぐっと深くなる。睨みつけるような多くの視線が私を射抜くがまるで見えてないように好戦的な表情を崩さないでいると、その緊張を孕んだ空気を変えるやや上擦った声が響く。
「しっ、失礼します!!」
次いでやってきた五色工くんは、人だかりの中心で視線を交わす私と牛島さんの姿に目を見張った。
それから続々と参加者が集まり、いよいよ練習会がスタートした。高校生に交じって練習する彼らと違い、私に課せられたのはもちろん分析だ。練習の邪魔にならない位置に設置されたパイプ椅子に座ると、パソコンを起動させて作業する。
珍しいからか何なのかチラチラ視線を感じるが無視をして、データを打ち込むことに専念する。本当はビデオで撮影してもっと綿密な分析をしたいところだけど無理なので、今視界いっぱいに転がっている情報を漏らさないように必死なのだ。
初見の選手がいる。中学よりもハイレベルなゲームが繰り広げられている。それだけで難易度はぐんと跳ね上がり、まばたきすら惜しい状況の中でやれることを突き詰めていく。
練習会に参加したメンバーで群を抜いて優秀なのはやはり影山くんと五色くん。超強豪校の練習を難なくこなし、技術的には白鳥沢の選手の中でもトップクラスに躍り出る実力を現時点で持っているから、もし彼らが白鳥沢に入学したら一年ながらスタメン張れそう。ていうか五色くんは絶対そうなる。
初めは他の参加者同様緊張した面持ちだったが、全く緊張していない影山くんに対抗心を燃やしているのが見え見えな五色くん。次第に彼本来の実力が発揮され、今も鋭いストレートを決めたところである。
「………ふむ」
鷲匠監督が目を細めているのを見れば、五色くんの合格は決まったようなものだ。他にもちらほらと自分自身のプレーをする参加者たちの中で、影山くんは私にしてみれば異質なセットアップをしていた。
「……影山くん」
───そこに味方を置き去りにする王様のトスはなかった。
影山くんが独裁の王様になった理由の一つは周囲との熱量の差だ。勝ちたい。もっと強い選手と戦いたい。本能的な飢えが生んだ彼の熱意は、しかし他の選手たちが持ち合わせていないものだった。
まだ彼がコート上の王様と呼ばれる前から際限のない居残り練習にみんなが逃げ出していて。私は一人でサーブ練習をする彼にアドバイスを与えることしかできなくて。王様と呼ばれるようになってからは、部活中でさえ影山くんと練習するのを嫌がる選手が多くなって。
影山くんは大好きなバレーをしていたいだけだったのに、彼の居場所には仲間がいなかった。独りぼっちだった。
でも、
「影山のトス打ちやすっ! 何なんだお前!?」
「その分速いし高いけど……うん、俺らなら打てないことはないな」
気持ちよくスパイクを決められたと喜ぶスパイカーたちに褒められて影山くんは動きを止めた。背中を向けていたから顔は見えなかったけれど、きっと驚いたんだと思う。その様子に白鳥沢の先輩たちは吹き出している。
「お前っ、なんだよその顔! 俺変なこと言ったか!?」
「い、いや、そんなことないです。……あざっす」
「次はもうちょっとゆっくり目で頼めるか? せっかくの機会だし、ブロックと勝負したい」
「の、望むところです!」
「次は止めてみせますよ」
ネット越しに練習会に参加している中学生が張り切り、その隣で冷静にブロックに跳んでいた白鳥沢の選手が淡々と返事をする。お、言うなと先輩が笑い、じゃあトスは任せたぞと影山くんの背中を叩いて配置につく。
懐かしい光景だった。北一だとずっと冷たい雰囲気のまま練習していたから、余計に彼らのやり取りが温かく感じる。
それは影山くんも同じ……いや、私以上に感じたことだろう。少し俯いて肩を震わせた後、はい!! と大きな声で言った。
その光景に胸が温かくなって、つい口元を緩めてしまった。
よかった。ここに来れてよかった。影山くんと同じ熱量で答えてくれる仲間がいる。だから彼が声を荒げることはない。白鳥沢なら大丈夫だ。いい変化が起きている。
影山くんが白鳥沢の先輩たちに受け入れられていく様子があまりに嬉しくて微笑み混じりに見守っていると、鷲匠監督の鋭い目線がこちらに向いて、慌てて止めていた手を動かした。
「……………あ」
ちょっと待って。おかしい。影山くんの思い通りのトスを普通に打ってくれていたから気づかなかった。
ある事実に気づいて笑顔が凍りつく。
白鳥沢は鷲匠監督が指揮するチームだ。高さとパワーを愛し、余計な小競り合いを嫌う。突出した才能を軸にしてチームメンバーはそれを支えるシンプルな強さを好む。
今の世代だと圧倒的な高さとパワーを持つ牛島さんが中心で、周囲はそれを邪魔しない優秀な選手で固めていることだろう。
じゃあ、影山くんのようなセッターは。自分の力でブロックを振り切り、スパイカーの道をこじ開けることに拘る自己主張の強いセッターは、ここには必要ないのではないか。
「なんだ、王様って言われてたけど案外影山って普通のやつじゃん」
「トス回しは普通じゃねーだろ! 容赦ねえってアレ!」
「俺でもあそこまで好き勝手しないぞ……」
休憩中の先輩たちの話が耳に入ってきて、やはりと歯噛みした。
きっと影山くんのトスを受け入れてくれたのは牛島さんがいるチームじゃないからだ。普段は上がらないトスが上がるから、多少無茶振りでも構わないんじゃないのか。
なら、影山くんが自分のバレーをすればするほど、久しぶりに噛み合ったバレーをして楽しければ楽しいほど、合格は遠のいていくばかりだ。
サーブやスパイクでも活躍してたからアタッカーとしての合格はあるかもしれないけど、その形なら影山くんは推薦を蹴るだろう。セッターとして受け入れられなければ意味がないのだから。
かつて言われた言葉を思い返す。
……やっぱり白鳥沢とは相性悪いな。強さに対する考え方が全く違う。
「今のままじゃきっと落とされる。でもゲームを止めることなんてできないし……自分を曲げたバレーなんて影山くんにして欲しくないし……何より楽しそうだし……」
いっそ私が、影山くんがセッターに選ばれるような作戦を立てて鷲匠監督に売り込めば……? でもそんなのアイツは望まないだろうし……かといって今のまま放置するのは……やっといい変化が起こったのに水を差すなんて……。
「わかる。バレーって楽しくなきゃヤダヨネ」
「わっ!?」
突然隣から声がしてびくっと体を震わせた拍子にパソコンを落としそうになって焦って受け止めて一息つき、話しかけてくると同時にパイプ椅子の隣の床に体育座りをしたそちらに目を向ける。
その人は白鳥沢の選手らしく、ヒョロリと細長い手足を弄ぶようにリラックスした体勢で、こてんと頬杖をついて私を見上げてきた。それはもう見事に真っ赤な髪を上げ、同じく真っ赤な目が私をニンマリと見据えている。笑っているのに得体の知れない不気味さが潜む笑顔が印象的で、即座に厄介そうなタイプだと認識した。
ついに最終巻、そしてファイナルキャラクターブックも出ましたね。過去の戦歴も確定した部分がたくさんあって「あーーーもう一回最初からやり直したい!!!!」と地団駄を踏んでいます。が、最初から書いたり設定を見直したりする時間もなく…どうしようかなと思っているところです。多分やらない。