桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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第二話 祖父と孫

「めんてなんス……ってかっこよくねーか」

「え? ああ、うん……え? なんて?」

 

 小学3年生になっても飛雄ちゃんとは同じクラスだった。お昼休みになって私の机に寄ってきた彼が突然変なことを言い出したので、聞き返す。

 

「一与さんが言ってた。れんしゅうと同じくらいダイジなのが自分のめんてなんスだって。それでめんてなんスってなんだ」

「わかってないの!? ええと、そうだね……例えばバレーボールってちゃんと手入れしないといけないでしょう? 放っておいたらどんどん劣化していっちゃうから」

「れっか」

「品質、つまりボールの状態が悪くなるってこと」

「おう」

 

 こくりと自信ありげに頷く飛雄ちゃんは本当に理解できているのだろうか。

 

「ボールを長く使いたいなら布で拭いたりするじゃない? それがメンテナンス」

「つまり……もっとバレーするためにいるのがめんてなんスってことだな」

「……うん! そういうこと!」

 

 まあ合っている。というか一般的な言葉の意味を教えるよりもバレーボールに絡めた方が彼にとっては圧倒的にわかりやすいから、それで良しとします。

 

「ってことは、めんてなんスしなかったら、俺はバレーができないのか!?」

「厳密には違……もうそういうことでいいや。はい。概ね合ってます」

「げん……オオムネ……?」

「気にしないでいいよ!」

「前から思ってたけどお前おれのことバカにしてるだろ」

 

 ぐぬぬ。悔しそうにする飛雄ちゃん。そんなことナイヨー? と笑って流すことにした。幼馴染だからか彼との会話に気遣いが一切なくていいのが気楽で好きだ。

 

「ケッキョクめんてなんスって何やればいいんだ!?」

「別に普段と変わらないよ。入念なストレッチとか、クールダウンとか。オーバーワークを控えたり、爪の手入れしたり」

「ツメの手入れ……!?」

「初めて聞きました! みたいな反応してるけどアンタいつもやってるからね?」

 

 今更特別なメンテナンスが彼には必要だと思わないが、それでも何かやってみたいらしい。男の子だなぁと微笑ましくなる。

 

「そうだね……じゃあ日誌をつけよう」

「にっし? 先生に出すやつ?」

「そう。バレー日誌!」

 

 私は引き出しから自分のノートを取り出し真っ白な新しいページをめくった。鉛筆を握って具体例を提示する。さらさらと書き記される文字に飛雄ちゃんは目を輝かせた。

 

「ここに毎日記録をつけるの。どんなトレーニングをしたとか、自分のコンディション……具合や気分がどうだったとか、どのプレーが一番上手にできたか、もしくは上手くいかなかったとか」

「うげー……んなもん書いて何のイミがあるんだよ」

「メンテナンスになる。自己管理だね。振り返って見たときにどれだけ成長したかわかるよ」

 

 あと飛雄ちゃんはギュンとかズバンとか擬音語の残念さがすごいから、頭の中の情報を文章に起こす習慣を身につけてその辺りが改善されればいいな、という目論見も潜ませている。

 

「いらないと思ったらやらなくていいよ?」

「ううん、やる」

「お」

「書いたら見てくれるか?」

「もちろん。毎日見るしコメントも返してあげる」

 

 まあすぐに飽きて三日も保たないだろうな、と少しばかり酷いことを考える私は、まさか本当に飛雄ちゃんがずっと日誌を書き続けていくとは想像もできなかった。

 

「わかった! おれやる!!」

「うん、がんばれ!! ……あっおばか! それ私の国語のノート!!」

 

 色んな思惑を込めたノートを飛雄ちゃんがかっさらって行ったので、クラスメイトにくすくす笑われながら全力で追いかける。

 ちなみにその日、飛雄ちゃんが生まれて初めてノートとえんぴつが欲しいとねだったので、美羽ちゃんは熱でもあるのかと疑い、私は爆笑するのだった。

 

 

 

 

「番号もらったんだ! すごい!」

「そーだろ!! すげーだろ!!」

「すごいすごい! 一与さんにも見せに行こ!!」

「行くぞ行くぞ!!」

 

 小学4年生に進学すると、飛雄ちゃんはリトルファルコンズでユニフォームをもらった。いっぱい二人で喜んでからダッシュで飛雄ちゃん家に行き、美羽ちゃんにも褒めてもらってから、これだけ騒いでも姿を現さない一与さんに疑問を持つ。

 

「……一与さんは?」

「今日病院の日じゃん」

「そっかぁ。じゃあ後で報告しよっか」

「……うん」

 

 見るからにテンションを下げている飛雄ちゃん。それだけ一与さんに見てもらいたかったのだろう。ユニフォームを握り締めて無言になる彼を見ていられなくて。

 

「仕方ない。飛雄ちゃん、着いてきて」

「?」

 

 向かった先は公園だった。体育館で練習することが多い私たちだが、当然体育館が使用できない日もある。そんな時でもコートやネットのある場所で練習ができないか。探して見つかったのがこの公園だった。

 

「おお……! すっげぇボロいネット」

「ボロい言わない! 久しぶりにバレーやりたいの、付き合ってくれる?」

「あたりまえだ!!」

 

 二人でウォーミングアップをして、オンボロネットを目の前にして練習する。一度ボールを触れば、飛雄ちゃんはあっという間に笑顔になった。

 

「行くぞ!」

 

 そうして暫く二人で楽しくバレーをしていると。

 

「ボールが上手くとばねぇ……」

「そりゃボールしか見てないからね、飛雄ちゃん」

「? ボール見ねぇとトスあげられねーだろ」

「ボールだけを見るんじゃなくて、距離と目的地をイメージするの。漠然とやったってたまたまでしか上手くやれないよ」

 

 よくわからないという顔をした飛雄ちゃんに苦笑いする。

 

「教えてくれ!」

「うん、いいよ」

 

 飛雄ちゃんがボールに夢中になって触れる時間。それは私がバレーボールを観察する時間だった。

 どうすれば上手くプレーができるのか。選手たちの意図するプレーはどんなふうになっているのか。それらをひたすら考え情報を頭にインプットしていく作業は本当に楽しくて夢中になってしまう。

 

 飛雄ちゃんはわからないことがあれば私に尋ねるようになった。所属するチームのコーチよりわかりやすいから、と言われて思わずスキップをしてしまったのは秘密である。

 ともかく、二人でバレーをする時は飛雄ちゃんがプレーして私がアドバイスをするという流れが完成していた。それが全く苦にならないのはバレーが好きだという気持ち以上に、彼の才能があまりに眩いからだろう。

 

 影山飛雄は才能の塊だった。教えたことをスポンジみたいに何でも吸い込む。一度私が解説したものを自分でやってみる。できなかったところを聞いて修正し、完璧なものに近づけていく。その成長速度は圧巻の一言だった。といっても小学生レベルでの話だけど。

 

「やった! できたぞ、さつき!」

「おめでとう! 流石飛雄ちゃん!」

 

 飛雄ちゃんのバレーを見ていると何だか胸がワクワクする。ユニフォームをもらい、今後は試合に出場できる彼の姿が待ち遠しくて仕方がなかった。

 

 ……だからこそ、あのプレーには心が冷えた。

 

 

 

「は?」

 

 目の前の光景が信じられなかった。ジュニアチームの試合。ユニフォームをまとった飛雄ちゃんがサーブを打つ姿に、何度も何度も大喜びして連れてきてくれた一与さんとハイタッチしていた、そんな時だった。

 

「サッコォォオイ!!!」

 

 相手チームの張り切る声がして飛雄ちゃんが視線を逸らす。その先は得点板。12ー20という数字は、彼のサービスエースがもたらした点差だった。

 このままどこまで相手を突き放していくんだろう。そう目を輝かせて飛雄ちゃんを見れば。

 

「は?」

 

 ───彼はわざと弱いサーブを打った。

 足元がグラグラと崩れていくような感覚は生まれて初めてのもので、思わず一与さんの足にしがみつく。

 

「! 大丈夫?」

「アイツ、今、本気じゃなかった」

「……。やっぱり見てわかったんだね」

 

 一与さんが頭を撫でてくれる。それでもお腹の底に溜まった嫌な感じは消えてくれなくて、飛雄ちゃんを睨みつけるように見下ろしたままゆっくり言った。

 

「なんで。なんでわざと手を抜くようなことするの。アイツ、さっきまでずっと点をとるつもりでサーブを打っていたのに。あんなの、らしくない。飛雄ちゃんじゃない」

「……さつきちゃん?」

「だってズルじゃん、相手に失礼だと思わないの? ……どうでも良くなっちゃったの?」

 

 飛雄ちゃんの弱いサーブは相手に見事に拾われ、そのまま得点に繋がったらしい。13ー20に変わる得点板がぐにゃりと曲がって見えた。

 頭の中に募っていく疑問が心に重くのしかかって、息がうまく吸えなくなる。裏切られた、信じてたのに、という無責任な感情が暴走して鼻の奥がツンとした。

 

「さつきちゃん。落ち着こう」

「あ……」

 

 一与さんに両肩を優しく、けれどしっかり掴まれて強制的に視線が向く。いつ見ても穏やかな眼差しは今の私に対しても変わることはない。

 一与さんの目に映る自分の姿に驚いた。

 ああ、私は今泣きそうなのか。

 

「確かに飛雄は本気じゃなかった。でもどんな理由があるかわからないよね。なら、まずは話をしなくちゃ。勝手に思い込むのは危険だ。賢いさつきちゃんなら、じいちゃんの言うことわかるよね」

「……うん。ごめんなさい」

「いいんだよ。ちゃんと立ち止まれてえらいね」

 

 頭を優しく撫でられあふれた涙はどうしようもなくて。一与さんは私が泣き止むまでずっとそばにいてくれて、この人には敵わないなと思った。

 

 試合が終わり、夕陽に染まる帰り道を三人並んで歩く。いつもなら飛雄ちゃんの隣に並んで試合の感想をアレコレ言い合うのに、今日だけはそんな気分になれなくて一与さんに間に入ってもらった。

 

「───飛雄、試合後半……わざとサーブ弱くした?」

「!!!」

「………」

 

 勇気が出なくて聞けなかった質問を、代わりに一与さんが投げかけてくれる。

 ……答えを聞くのが怖い。もしバレーで本気になるのが嫌になったとか、手を抜いて勝てる相手だからそうしたとか、そんな返事が来たらどうしよう。

 怖くなって思わず一与さんの手を握る。シワだらけの硬い指が私は好きだった。一与さんのバレーボールの思い出が詰まっているんだと思えるから。

 

「どうしてそうしようと思った?」

「………試合が早く終わっちゃうと思った」

 

 ぽつりと弱々しい声が横から聞こえてくる。

 

「もっとずっと試合してたかった」

「えっと、飽きたとかどうでも良くなったとかじゃなくて?」

「ちがう! んな風に思うわけねー! ……でも良くないことした」

 

 飛雄ちゃんは下を向いている。今日は試合に出てたくさん活躍したというのに、表情も暗かった。彼なりに褒められない行動をしたと理解しているようだ。

 

「そっか。そうだったんだ……」

 

 でもそれ以上に私が危惧していたようなことは一切考えていないみたいで、とにかく安心した。壊れ物を触るみたいに、ほんの僅かに強く手を握り返される。

 

「強くなればどんどん試合できるよ」

「……!?」

「どんどんバレーできるよ」

「!!?」

「強くなれば絶っっっ対に、目の前にはもっと強い誰かが現れるから」

 

 一与さんが飛雄ちゃんに何やら良い事を教えている、その光景が何故か目に焼きついた。そして同じくらい今の言葉を忘れちゃいけないと強く思った。

 根拠と呼べるものはそうない、ただの勘でしかなかったけれど。

 

 強くなれば、もっと強い誰かが現れる。

 私にとって強い誰かって、誰なんだろうか。

 

「飛雄ちゃん、勘違いしてごめんね」

「? 何のことだ。それより家帰ったらすぐ日誌書くから見てくれ」

「……うん。ありがとう」

 

 ようやく笑顔を見せる私と、きょとんとした顔の飛雄ちゃん。そんな二人に挟まれて一与さんは大きく笑った。




この作品の連載が開始した頃は原作も連載中で、仕方がなかったとはいえ影山の過去を捏造したまま放置していたのがどうしても我慢ならず、pixivにて完全版を連載しようかなと考えております。

しかし大きく変わるのは小学生時代だけで、北川第一編以降はほぼハーメルンに投稿した内容と同じだと思います。気になる部分だけ少し修正するかもしれませんが。

また連載の方も高校編を中心に書いていきたいので、今後もスローペースにはなりますがのんびり更新していけたらいいなと思っております。
よろしくお願いします。


pixiv投稿用の表紙絵(自分絵注意)

【挿絵表示】


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