桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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そしてスタート地点へ

「おさっ、え、幼馴染!?」

「ハイ。家隣同士で親が仲良くて、幼稚園小学校一緒でした」

「何そのポイント抑えた感じ。二階の部屋の窓からお互いの部屋出入りしたりするの!?」

「さすがにしませんよ。怪我したら危ないじゃないっスか」

「ド正論!」

 

 食いつきが強い……。私は流麗な形をした眉をひそめる。飛雄ちゃん、それ以上変なこと言わないで本当に。

 

「私たちの関係はどうでもいいことですよね。あんまり根掘り葉掘り聞かれるのはちょっと……」

「そ、そうだよね。ごめん」

 

 シュンとした及川先輩。えー、先輩だしフォローしなくちゃいけないのだろうか。

 

「その、女子とかこういうの好きじゃないですか。噂が広まって面倒なことになるのは嫌なので」

「あー、男女の幼馴染だとそうなっちゃうんだね。大変だ。その点俺の幼馴染は岩ちゃんだから問題ないね!」

 

 コロッと表情を戻した及川先輩の後頭部にバレーボールが飛んでくる。自分の名前が聞こえたらしくこちらにやってくるのは岩泉先輩だ。

 

「おいクソ川。なに一年生に絡んでんだコラ」

「痛いよ岩ちゃん! それに絡んでないもん話してただけだもん。ねっ!」

「…………まあ」

「?」

「えっ、あ、ハイッ」

 

 私から飛雄ちゃん、飛雄ちゃんかららっきょ君へと顔を向けて返事を促す。

 

「……ともかく言いふらさないでもらえれば嬉しいです」

「わかったよ。任せて」

 

 ウインクしながら頼もしげに言う及川先輩と、こくこく頷くらっきょ君。うん、すまないね。小学校の頃から質問されてばっかで嫌なの。一番の心配の種は飛雄ちゃん、君なんだから不用意にベラベラ喋んないで。

 

 会話の流れがわからなかったのか私たちに視線を巡らせた岩泉先輩は聞きたいことを尋ねた。

 

「お前らはクラブチームに所属してたのか?」

「いえ。たださつきとバレーはやってました」

「俺は所属してました!」

 

 へぇ、らっきょ君は経験者なんだ。だから新入生の中でも上手いほうだったんだなー。

 

「桃井とバレーって……だからってお前らが異常にボールに慣れてる理由になるのか? コートでのプレイはまだまだって感じだったが」

「飛雄ちゃんがやってたのはひたすらボールの扱いになれることですよ。私はし……一緒にバレーやってたので」

 

 いけないいけない。指導って言いそうになっちゃった。同学年の女の子に教えてもらうって変だし黙っとこう。

 

「俺、さつきに色々教えてもらいました。サーブとかトスとか色々」

「教えてもらった?」

「飛雄ちゃん」

「こいつ人の動きよく見てて、ここを変えればいいってピンポイントで当ててくるんスよ」

「飛雄ちゃん、やめて」

「先輩たちも何かあればさつきに言って───」

 

 どすっ。鳩尾に肘鉄を食らわせる。つーか先輩になんちゅう口きいてんだ。鼻で笑われるに決まってるでしょ!

 ため息を吐いて何か言おうと口を開きかけ、止まった。ねぇ、真剣な顔してこっち見るのやめてもらいます?

 

「確かに俺のスパイクを易々と上げたな」

「あれは勢いが収まっていましたし、コースを見抜けば取れますよ」

 

 冷静にボールの落下点を見極めるとかいう条件さえ揃えば誰だってレシーブを上げることができる。

 言ってから失礼なことを口にしたのではと不安になったが、岩泉先輩は首を振った。

 

「いや。それでも取れるやつはあんまりいねーよ。つっても下級生に限った話で同輩はまだまだなんだがな……」

「……というか桃ちゃんさ、痛くなかった? さっきのレシーブ」

 

 上から覗き込まれ、透き通った瞳とかち合ってついそらす。っぶな、急にやめてほしい切実に。違う意味でドキドキするから。平静を装って腕をさすった。

 

「大丈夫です」

 

 ぶっちゃけ久しぶりにあんな強いボールをレシーブしたから痛かったけどね! 気の抜けた声で悠々と返したけど涙目だったからね! だがここは意地でも平気だったと貫くしかない。

 

「うーん、でもなぁ、女の子なんだしさ」

「いえ、本当に平気ですから」

 

 私と及川先輩が何度かそういう押し問答をしていると、しばらく口を閉じていたらっきょ君があのっとやや上擦った声を出した。

 

「そろそろ練習させてもらってもいいですか!」

「……そうだね。その為に居残ったんだし。じゃあ岩ちゃん、この二人のことよろしく」

「はぁ? 別に構わねーけどお前はどうすんだよ」

 

 やだ、いきなり教育係に任命されたのにも関わらず了承する岩泉先輩漢気溢れてる……。などと考えている間に、ふと翳った気がして顔を上げた。

 

「俺は桃ちゃんとお話したいことできちゃった」

 

 

「で、本当は?」

「……痛かったです」

 

 これ言わないと永遠に続くやつだと判断し、長袖を捲ってみれば白い肌に赤みがさしていた。及川先輩は痛そうに眉をひそめるが、正直バレー部だとこんなの日常茶飯事だろう。特別扱いされるのは違うと思ったので、さっさと本題に入ってくれると助かる。

 

「それで、お話したいこととは何でしょうか」

「……君と彼……影山飛雄ちゃんがどんな練習をしてたのか、教えてくれる?」

 

 まぁ気になるよね。一年生の中でも目を引くプレイだし、ボールに触って嬉しくてしょうがないって顔するし。ほんとにバレー馬鹿なんだから。視界に映るのは飛雄ちゃんとらっきょ君が岩泉先輩に指導されている光景だ。

 

「……至って普通のことですよ。動画を見てある程度のことを頭に入れて飛雄ちゃんに教える。わからなかったことを聞かれたら答える。その繰り返しです」

「ただの中学一年生がそこまでできるなんて普通じゃないよ。今日のゲームを見てて感じたことだけど、飛雄ちゃんは周りと動きが格別に違った。特にボールを絶対に拾ってやるという執念がね」

「ああ、まぁそういう特訓もしてたので」

 

 名付けて二人バレー。あれは本当にきつかった。思い出すだけで吐き気がこみ上げてくるぐらいだからね。

 遠い目の私とは裏腹に及川先輩の表情には光が宿った。

 

「さっきから疑問だったんだよ。桃ちゃん、実は相当バレー上手だよね。ならなんでマネージャーになったの? 女バレに入部する道だってあったんじゃない?」

「私なんてまだまだですよ。……ですが、自分で言うのもアレなんですけど、体の扱い方がわかるんです。頭で考えた通りに動かせる。でもそこで止まってしまう。バレーボールは好きです。けどプレイするのはちょっと違うかなーと。それに……」

「それに?」

 

 瞼を閉じて脳裏に思い浮かべる。

 あの鮮烈な才能の片鱗を味わってしまったら、どうしても……

 

「飛雄ちゃんがどこまでいけるのかを見たくなったんです」

「そっかぁ……」

 

 ぶっちゃけ女バレじゃお互いの生活リズムずれるんだよね。合わせて練習とかできなくなるだろうし。それだったら直接指導できる可能性のある男バレに入部しちゃうというか。

 

 なんだか、バレー=飛雄ちゃんって図式ができちゃってるんだよなー。たぶんあっちはバレー=私ってなってたり? いやそれはないか。自惚れダメ絶対。

 

「惚れ込んでるの?」

「そりゃあもう。才能の塊って感じで。今は圧倒的な経験不足が足を引っ張ってますがそんなのすぐに追い越してみせますよ、飛雄ちゃんは」

 

 ふふんと少女らしく言ったが、及川先輩はなぜかそうじゃないとでも言いたげに口をへの字にした。

 

「はぁ、やだやだ。ゲームん時はいいかなって思ってたけど、指導者がいるんなら、俺サーブもレシーブも教えてあーげない」

「ええ……飛雄ちゃんすごく喜んでたんですよ」

「だからこそだよ! なんで自分の手で自分負かす奴育てなきゃなんないのさ!」

 

 ぷくっと頰を膨らませる中学三年、及川徹。くっ、これだからイケメンは……。及川先輩の意外な一面、いやこの場合は本性を見て少し驚く。

 

「というか指導者って……信じてくれるんですか。普通おかしいと思いますよ」

「だって二人とも嘘ついてる感じしないし。桃ちゃんは年不相応に賢くって冷静沈着だからね。プレイに説得力はあるし……他に理由っているの?」

「……いえ、そういうわけでは」

 

 まさか信じてもらえるとは思っておらず面食らう。だったらもう一歩踏み込んでもいいのかな。

 

「あの……烏滸がましいお願いになるのですが、ちょくちょく飛雄ちゃんにアドバイスをしても大丈夫でしょうか……」

「もっちろん! いいに決まってるじゃん」

 

 朗らかな返事に私はぱあっと花が綻ぶような笑顔を浮かべ……る前に腹の底が冷えるような圧を感じた。

 

「ま、ほかのメンバーにも同じことをしてもらうけど」

「……それは、あの。一体、どういう……」

「桃ちゃん、初心者だったのに動画見ただけで自分や飛雄ちゃんをあそこまで育てたんでしょ? 何回も言ってるけどそれって普通じゃないよ」

「それは……飛雄ちゃんが才能に溢れていたからで───」

「ならガンガン試していくべきでしょ。飛雄ちゃんの発言から推測するに、桃ちゃんはどうやら人のプレイを分析する力があるみたいだし」

「………」

 

 言葉を失った。この人は、出会ってたった数時間ぽっちしか経過していない下級生の発言を心の底から信じているのだ。

 普通じゃないと散々言われたけど、及川先輩だってそうだろう。入りたてのマネージャーに言うことじゃない。

 

 白皙の横顔には強い決意が滾っていて冗談じゃないのだと嫌でもわかる。何が彼にそうさせるのだろうと思って、知らず識らずのうちに桜色の唇から声がこぼれた。

 

「あなたは……わずかな可能性を信じきってまで何を成そうとしているんですか」

 

 壮絶な覚悟を秘めた眼差しがこちらを向く。今度はそらさずに視線が絡み合う。

 

「決まってる。叩きたい奴をブチ折って、全国に行く」

 

 及川徹という人間の片鱗を味わった気がした。ワントーン低い声音で宣言した彼は厳しい顔つきを緩め、平素の笑顔に戻る。

 

「そのために何でも使いこなしてみせるってだけだよ。どんな選手も、マネージャーもね」

「……じゃあ使いこなしてみせてください。言っておきますけど、私も飛雄ちゃんも及川先輩の手に収まるような柄じゃないので」

「言うね。ああ、受けて立つよ」

 

 すっかり時間も経ってしまい、片付けを始める選手たち。飛雄ちゃんが結局何も教えてもらえなかったと悔しそうにしていた。

 

「……その、及川先輩。焦りかオーバーワークか知りませんが、何か悩んでいることがあったらいつでも言ってくださいね」

 

 今度は及川先輩が面食らったように瞠目する。なんかすっきりした。こっちが押されてばっかだったし。

 

「……どうしてそう思ったの?」

「女の勘です」

 

 してやったり。私はくすりと蠱惑的に笑った。


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