桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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いつも誤字報告ありがとうございます。本当に助かってます。いつも誤字脱字しててすみません。


外野

 決勝戦に挑む北川第一の選手たち。彼らの表情から不安や動揺の陰りが見え、東峰はふと立ち止まる。

 

「どーした旭?」

「こんなところで立ち止まったら他の人に迷惑だぞ〜」

 

 チームでもトップの身長と体の厚みを持つ東峰に、同級生の澤村と菅原が声をかける。さらにその後ろからは、田中と西谷がひょっこり不思議そうに顔を覗かせた。

 

「あ、いや。なんでもない」

「なんでもないことないでしょ旭さん! 桃井さんに会えるかもしれないんですから!」

「ノヤっさんはここ来てからずっとそればっかだな。俺は……彼女と間近で対面したらどうなってしまうかわからない……」

 

 西谷に背中を押される形で進まされる東峰は、人目を引く鮮やかな桃髪を見つけ、あ、と呟きを漏らした。

 二年と半年ほど前の全国都道府県対抗中学バレーボール大会───通称JOCをきっかけに親しくなった岩泉から連絡され、東峰は桃井に会ったことがある。初対面の可愛らしい年下の女の子に会わされた東峰は、まず岩泉に助けを求めたのだが、彼女の人の心を掴む笑顔と気遣いに溢れた話術、何より選手に引けを取らないバレーへの情熱が、東峰の緊張をほぐし、彼女への好感度を高めた。

 

 もしもう一度機会があるなら話してみたい。彼女にあの言葉を言われたから自分は今エースになれたのだ……そんなことを報告したかったが、ここで東峰の持ち前のネガティブな一面が発動した。

 

 直接会話をしたのはあれが最初で最後だ。こんな自分のことなど忘れてしまったのではないか。そんな感じでワタワタ一人で悲しむ東峰に少女が近づいた。

 

「東峰さん、西谷さん。お久しぶりです」

「あ。桃井さ……桃井。こ、コンニチハ」

「桃井さんっっっ!! 本日はオヒガラモヨク!!」

「はい、こんにちは。お二人とも、烏野に進学されてたんですね」

 

 黒いジャージに視線を落とし、再び顔を上げて花のように微笑む。久しぶりに対面した彼女はやはり美しかった。東峰の顔を見上げて小首を傾げる。それだけの動作だというのに、CMか何かの一幕と思うほど可憐だった。

 

「どうかされましたか?」

「う、ううん。北川第一の選手の顔、なんか硬い……? って」

「ああ、三連覇がかかっていますから。これまでと比にならないプレッシャーを感じてるんですよ」

「三連覇ヤベーかんな……応援してます、桃井さん!!!」

「ありがとうございます。接近するのやめてもらえますか?」

 

 青い集団の背中を見ると、彼らの背筋はピンと伸び、緊張感に包まれていることがわかる。大会優勝経験のない東峰にとってはとんでもない偉業である。

 その輝かしい結果をもたらした最大の功労者であろう桃井は、緊迫感を思わせない柔らかな微笑みで彼らを見送った。

 

「わ……本物だ」

 

 雑誌やテレビで取り上げられる姿を間近で見て、思わずそんなことを口に出してしまった澤村は、桃井の視線がついとこちらに向いたことで初対面の相手に失礼だろうとハッとなった。というか菅原に肘でつつかれて正気になった。

 

「すまん。俺は澤村大地。旭や西谷と同じ烏野高校の二年だ」

「俺、菅原孝支! 右に同じく。あっちで爆発してるのが一年の田中龍之介ね」

 

 初戦のラストに見せた桃井の恐ろしい笑顔が脳裏をよぎったが、今浮かべている表情とまるで違って見えて、「あれは見間違いかな?」と菅原は思い込んだ。

 爆発……? と怪訝そうな顔をした桃井だったが、ああと納得した様子で首肯すると、ぺこりとお辞儀をする。

 

「澤村さんに菅原さん、田中さんですね。覚えました。もし高校で試合をすることがあれば、よろしくお願いします」

 

 烏野高校。数年前に小さな巨人と呼ばれた選手が在籍しており、その代は全国出場を果たしていた学校だ。しかし彼が卒業してからの成績はパッとせず、下降の一途を辿っている。

 が、東峰や西谷がいるなら話は別だ。優秀だが心の弱さがプレーに影響を及ぼした東峰と、優秀かつ心に一本の芯を宿した西谷という凸凹の二人がいるのは中々面白い。

 あとは爆発的な強さを持った新入生でも入れば……と桃井は思考を巡らせる。いや、だとしても現状の烏野の戦力では……まあ詳しいことも調べないで判断は下せないか。

 

「すみません、もっとお話したいのですが時間がなくて」

「ああ、いや、こっちこそ引き止めてごめんね。決勝戦、応援してる」

 

 東峰がそう言うと桃井は不自然にピタリと止まった。笑顔が曇り、柔らかな瞳が悲しげに揺れる。その変化に菅原がえっと身じろぎさせたのをきっかけに、彼女は何か言葉を飲み込んで、噛み砕き、にっこり笑った。

 その笑顔は数秒前まで浮かべていたものと全く同じもので、一瞬の暗い表情は錯覚だったかと思わせる。

 

「選手たちに伝えておきます。ありがとうございます」

 

 最後に軽く頭を下げて桃井は青い集団へ駆けていく。さらさら靡く桃髪を視線で追いながら、黒い集団はほうと息を吐いた。

 

「なんかこう、オーラ出てたな……」

「芸能人と喋った感覚だ……」

「旭はそんな経験ないだろ。というか桃井さんと話したことあるくせに……ヒゲちょこ」

「例えだよ! って何その呼び名!」

「……桃井さんが居た後めっちゃ良い匂いするっスね」

「はい西谷アウト。……田中も反応しない! やめろ! 清水に言うぞ!!」

「ああスガさん! それだけはご勘弁を……!!」

 

 コラコラ!! と菅原が腕をぶん回し、花の残り香を掻き消した。

 

「って、桃井さん、試合をすることがあればって言ってたけど……」

「そりゃ烏野には来ないってことだろ? わかってたことだって」

 

 菅原の言葉を引き継いで、澤村は自分に言い聞かせるように笑った。

 当然のこととして理解しては居たが、本心から諦め切れていなかったようだ。本人の言葉を前にして落胆する自分がいたことに驚く澤村の隣で、東峰が目線を落とす。

 

「桃井が味方になってくれたら、これ以上ないくらい心強いんだけどな」

「アイツは烏野(てめーら)んとこには行かないだろ。来るとすれば……俺たち青葉城西の元だろうな」

 

 自分より背の高い(ついでに顔も怖い)黒いジャージの東峰に、臆せず前に進み出たのは、白と水色のジャージを身に纏った……。

 

「岩泉! 青葉城西のエースの!」

「嘘だろ桃井さんに続いて岩泉まで……」

「ちょっとちょっと、岩ちゃんだけ注目されてズルい! 俺のことも忘れないでいてくれよっ?」

「あ、及川だ」

「ああ及川か……」

「反応の差!!」

 

 青葉城西二年の岩泉と及川だった。といっても威風堂々と登場した岩泉と違って、及川は烏野一年二人の反応にショックを受けていて格好がつかない。

 「岩ちゃーんこの二人の反応酷くなーい?」なんて絡んでくる相棒を軽く流して、岩泉は東峰に向き直った。

 

「急に話しかけて悪い。久しぶりだな、東峰。で、そっちが烏野の二年、一年か。一年が数人足りないみたいだが……まさか中学の大会でお前に会うなんてな」

「俺だってビックリしてるよ。そっちは後輩の応援に?」

「あー……。……ま、そんなとこだ」

 

 苦い顔で言葉を濁らせた岩泉。東峰が追及するより早く、普段の勝ち気な表情に戻る。

 

「お前らは何の用だ? 北一にも白鳥沢にも後輩いないだろ」

「それはそうだけど桃井がいるし……あとコート上の王様? がどんな選手なのかなって」

「……。そうか。ま、青葉城西に来るだろうからな。早くお前らと試合がしてェ。東峰を打ち負かしてェ」

「お、俺だって、岩泉と戦いたいよ」

 

 普段からオドオドしている東峰からは想像もできない強気な発言に、澤村と菅原は目を丸くした。

 

「……県内No.2の青葉城西と、戦えるかは、わかんないけど……」

「はっ! その態度は相変わらずか。だがさっきのが言えりゃ上出来だな」

 

 豪快に笑うと東峰の肩を叩く。その明るい笑みを他の烏野メンバーにも向けて、岩泉は手を振る。どうやらもう立ち去る気らしい。

 

「じゃあな。今度会う時は、全員揃った時にしようぜ」

「あ、う、うん。……次、コートでね」

「もう行くの!? 及川さん全く喋ってないんだけど! 東峰くんと話したかったんだけど!」

「うるせぇクソ川! 後輩たちの優勝がかかってんだ、さっさと良い席取りに行くぞ!」

 

 及川の首根っこを引きずっていく岩泉が遠のき、口が挟めなかった菅原は胸に手を当てて息を吐いた。

 

「マジでビビった〜……青葉城西のあの二人と知り合いなのかよ?」

「うん。……友達。前に大会で一緒になって、そっから仲良くしてくれてんだ」

「へー! そういうの言えよな!」

 

 オラオラと圧をかける菅原の一方で、澤村は神妙な顔つきになっている。

 

「……岩泉って奴、俺たち部員の数を知ってたのか? 縁下たちのこと……」

「ああ、知ってるんじゃないかな。他校の情報に目を光らせてる奴だから。及川はもっと知ってると思う」

 

 後輩の桃井に影響されて他校の分析をするようになったんだって。朗らかに付け加える東峰に、唖然としたのは仕方がないだろう。

 

 現段階において烏野を脅威と捉えている学校なんて皆無といっていいくらいだ。なのに、怪童牛若を擁する白鳥沢と熱戦を演じた青葉城西の優秀な選手が、自分たちを調べている。

 その事実に、否応なく彼らとの差を突き付けられた気がした。

 烏野では毎日練習をするので精一杯だが、彼らは強豪校にいて吐くほど過酷な練習と厳しい強敵たちとの試合を積み重ね、それでもなお烏野(取るに足りない学校)を視野に入れ、分析しているという。

 

「……強い、な」

 

 そもそも青葉城西ってだけでも強いのに、そこに分析なんて加えたらどうなるんだ。その変化をもたらしたのが桃井なのだというのだから、彼女の厄介さに頭が痛くなる。彼女の片鱗だけでこれなのだ。もし桃井の言う通り直接対決することになれば、どんなことになるのやら。

 

「恐ろしい子だ……」

 

 

 

「おっ、良い席じゃーん」

「お前らが勝手にどっか行くから先に取っといてやったぞー」

「感謝しろー」

「ありがとーまっつんマッキー」

 

 気怠げにおーっすと返事をするのは、及川らと同じ青葉城西二年の松川一静と花巻貴大だ。

 二人とも後輩たちの試合見に行くって? しかもチームには超美人で有名なあの桃井さつきいんの? マジ? 俺も行くわ。なんてやりとりをし、この四人で観戦に来たのだった。

 

「遠目からでもカワイイってわかるのすげーよなぁ」

「な。俺らも美人マネージャー欲しい」

「二人の後輩なんだろ? なんか聞いてないの」

「それがサッパリ。色んな人に進路を気にされてるから、聞かれるの自体嫌ってんじゃないかなぁ」

 

 あまりそうは見えないが、実はかなり干渉されるのを───バレーにかける時間を減らされるのを嫌う彼女のことだ。笑顔で隠しているだけで、その内に何を考えているかはわからない。

 それに現在は県大会、先には東北大会に全国大会が待っている。事前準備が肝となる今、ほかに割く時間なんてないだろう。あるように見えたとしたら……それは彼女の努力によるものだ。

 

「つっても、実は進学先候補自体少なかったり? ほら、あの噂あんじゃん」

「監督は有耶無耶にしたけど、それが本当だとしたらスゲーよな」

「噂、ねぇ……」

 

 桃井さつきを勧誘するには、あるソフトが必要だ。

 

 そんな噂が流れ出したのはいつだろう。初めて聞いた時は、彼女が自分から選択肢を狭めるようなことをするかな? と疑問に思ったものだが、及川が本人に尋ねてみると。

 

『全国津々浦々からスカウトのお話を頂きまして……本当に、本っ当にありがたいのですが、捌ききれなくて。電話を頂いてもお話しする時間すら取れないくらいで……それで、大変身勝手ながら、制限をつけたんです……』

 

 ものすごく申し訳なさそうな声色で、電話口からでも彼女の心情は察することができた。

 もし時間があれば直接その学校に赴いて話を聞きたくさんの情報を仕入れ選手たちの動きを見れるのに。そもそもマネージャーでしかない私が選手でもないのに上から偉そうに条件をつけるなんて……と言葉尻を弱めてそんなことを言われたので、苦渋の判断だったようだ。

 

 確かにそんな話は他に聞いたことがない。が、それこそ彼女の特異性を明瞭にする。

 

『で、その条件って?』

『私が分析に使っているソフトを導入すること、です……』

『……監督が桃ちゃんに買ったあのバカ高いヤツ?』

『はい……』

『……暫くバレー部の予算が足りなくなったヤツ?』

『はい……』

『ワ、ワァ……!』

 

 それは、なんというか。言葉を失う及川に、桃井は慌てて付け加えた。

 

『私だって無茶を言ってると思います。けど……そうでもしないと、本当に終わりがなくて。それにこれがないと分析もままならないってくらい頼りきりになっているので……』

『それでかぁ……』

 

 青葉城西男子バレーボール部の監督、入畑伸照が遠征時の格安ホテルを探していた記憶が思い出される。予算という大きな壁が立ちはだかり、これなら候補がかなり絞られてくるだろう。

 

『嬉しいことに、それでも私をスカウトするとおっしゃってくださったので……その中から決めたいと思っています』

『なるほどね。ちなみに青葉城西はどう? 頼りになる先輩がいるよ?』

『そうですね、岩泉先輩は心強いです』

『俺は!?』

 

 なんてやりとりをしたのが懐かしい。最近は忙しくしているようで、電話をしたり連絡を取り合ったりする時間がないようだった。送ったままの既読のつかない文章を流し見て、及川はため息をつく。

 

「どこに行くかは桃ちゃんが決めることだよ。……って言い切りたいところだけど」

「あん? なんかあんの」

「あの子、飛雄ちゃんを支えることが一番だから。あの二人はセットで来るだろうね」

「マジか支えるて。王様羨ま」

「欲張りセットじゃん、王様に桃井さつきって」

 

 そうだ。桃井さつきが選ぶとするなら、影山飛雄の征く道だろう。

 願いを込めた真っ直ぐで綺麗な「どこまでいけるのかを見たくなった」を、及川はずっと引きずっている。

 出会った時、既に彼女の心の中心にいるのは彼で、最初から及川に勝ち目などなかった。それでも馬鹿みたいに彼女を好きになって、今でもそれは変わらなくて、擦れて捻れてぐちゃぐちゃになった感情を抱えて、生きてきた。

 

 久しぶりに見た桃井はやっぱりどうしたって輝いて見える。フラれたのは二年近く前の話なのに。自分から「これからも先輩後輩として仲良くしてね」なんて言っておいて、未練たらたらな自分が惨めだった。

 

 あの時、俺よりもアイツを選んだんだから、最後まで貫いてもらわないと。

 じゃないと、いよいよ止められなくなった想いが、もう一度彼女を苦しめるだろう。

 

「かーっ、やってらんね」

「そろそろ始まるぞ」

「見物客が多い多い。テレビカメラもばっちり桃ちゃんを撮ってるね」

「だろうな。それに………」

 

 コートを挟んだ向こう側に見覚えのある紫と白のジャージを見つけて、岩泉は嫌そうな顔をした。白鳥沢だけではない、あっちには烏野、そっちには伊達工など、知っている学校がちらほら見受けられる。

 

「全員が桃井を見てる」

「コート上の王様も、ね」

 

 仰々しいその名を聞いた時、なんだそれはと呆れたものだ。王様なんて異名をつけられて本人はどんな顔をしたのかと想像して笑うくらい、子どもっぽい渾名だな、なんて。

 中一の時点で優秀さが目立っていた後輩がどうなったのか、及川も岩泉もまだ知らなかった。

 

 長年の強敵だった白鳥沢を打ち破り、及川の代の北川第一が優勝したのは二年前。去年も優勝旗を勝ち取った彼らには、三連覇の夢がかかっている。

 その途方もないプレッシャーの中、どう戦っていくのか……キャプテンくんの手腕が問われるな、と及川が目を細める。

 

 幾人もの視線が突き刺さるコートに機械音が鳴る。試合開始の合図。

 そして数分後には、及川と岩泉は事態の異常性に気がついた。

 

「え、なんで……」

「桃井……?」

 

 何度も試合の窮地を救ってくれた桃井は、常にコート上の情報を集め、戦略を練り、思考を巡らせて、チームに指示を出していた。

 それなのにこの決勝戦が始まってから、一度もチームに口出しをする様子がないのだ。

 さらに。

 

「影山って、あんな奴だったか……?」

「………いや。初めて見るよ」

 

 暴虐の王と化した影山。大人しくベンチに座ったままの桃井。二人の異質な姿に、かつての先輩たちはただただ遠くで目を見張ることしかできなかった。

桃井と場外バトル(口喧嘩)しそうな人

  • 影山飛雄
  • 及川徹
  • 白布賢二郎
  • 孤爪研磨
  • 宮侑
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