ミーティングも終わり、いつものように影山くんと私しかいない居残り練習が始まった。試合数は少なく、運動量も当然平時と比較して物足りない彼は、サーブ練習を繰り返す。
今日の雪ヶ丘との試合でも見せたように、影山くんのサーブは大会一位を誇る精度と威力である。私が付きっきりで指導したのもあるけれど、何より他の練習に付き合ってくれるチームメイトが誰一人としていなかったから、サーブの特訓しかできなかったのだ。
ダンッ、ダンッ。ボールが勢いよく弾む。パソコンにデータを打ち込むのをやめて、私は影山くんを見ていた。無数にある切り口からどう説いていくか、どうすればチームの蟠りが解けるかを、必死に考える。
バスの中であれだけ決意を固めたのに、未だに決定的な発想を得ていない自分が嫌になる。だが、それでも何かを言いたかった。あくまで理知的に、彼が信用できる私であるまま、口を開く。
「し、白鳥沢の練習会の時、どうしてあんなことしたの」
やらかした、と直感的に思った。
影山くんの傲慢なプレースタイルは良くない。けれど、それを他のチームメイトのように、正面から否定するべきでは決してない。だって私は影山くんの隣に立っていなければならないから。
……いや、いつもそう考えているから一歩も前へ進めないままだった。
敵対すると決めたのなら、逃げないで、臆せず戦え。
「……あ?」
機嫌悪そうに目を細めた影山くんが私を射抜く。それに負けじと立ち上がり、彼に向き合う。
今までだって何度も影山くんの態度を注意してきたが、今回は真剣さが段違いだった。宥めるような柔らかさを切り捨て、しかし北一のみんなのように、影山くん自身を否定することがないよう、思考を巡らせる。
私が選ぶのは両者から対立する道だ。ここで影山くんにだけ話をするのは、彼を守る為だった。もしみんなの前でこんなことを言えば、彼らは王様を引きずり下ろす好機と騒ぎ立てるだろう。
今まで中立の立場にいた私が片方に入れ込めば、この均衡は崩れる。慎重に事を進めるつもりだったのに、一歩目から踏み外した気分だ。
冷や汗で濡れた手のひらをズボンで拭い、拳を握る。
「ウチのチームでもそう。何回も言ってるでしょ。自己中心的なプレーはチームワークに悪影響なの。取れる点も取れないし、余計な反感を買うだけ。影山くんの本当の実力なら、もっと上を目指せるのに───」
「本当のって、何だ」
ぴりりと肌を刺激する迫力を伴って、影山くんがこちらに歩み寄ってくる。
「俺が本気じゃねーみたいに言うな」
「……そうだね。ごめん。影山くんはいつも本気だよ。だけど、君は全力を出せていない」
本気と全力はイコールではない。前に国見くんに言った言葉だった。彼はこの考えに強い同意を示したが影山くんはハテナマークを浮かべていた。根本的に理解し難い話なのだ、常に100%な影山くんにとっては。
全力が、当人の実力全て込めてパフォーマンスすることなら、今の影山くんは伸び伸びとプレーできていないということ。
「気持ちのいいプレーができていないのは、君が一番理解しているはず。それはどうして? チームメイトが思い通りにトスを打ってくれないから? 相手ブロッカーを振り回せないから?」
鋭い瞳を真正面から見据え、私は言った。
「それは違う。答えは、影山くんがチームメイトを信じてないからだよ」
影山くんが息を吸った。反論が口から飛び出てくる前に言葉を滑り込ませる。
「もちろん、チームのみんなにも言えることだけど。君たちはお互いが見えていない。本当に何を求めているか、何が欲しいのか……話もしてないでしょ」
練習で今の速攻の何がダメだったのか議論したり、ミーティング終わりに居残り練習しながら熱を上げて口論する光景を、もう暫く見ていない。
あの頃は最終的に影山くんや金田一くんに『じゃあ桃井に聞いてみよう』と意見を求められてばかりで、必要とされているようで本当に嬉しかったのを覚えている。
「相手の考えも知らないで自分の意思を押し付けるのは横暴だよ。それでみんな、影山くんについていこうとしないの。だから……」
「顔を合わせて、話をしろってか」
は、とため息か嘲笑か、彼の唇から息が漏れた。口角が歪に曲がっていて、笑っているのやら呆れているのやらわからなかった。真っ黒な瞳が鮮やかな桃色を写さなくなり、彼は仄暗い過去を見ているようだった。
「アイツらは俺から逃げるのに?」
影山くんが自分の状況を自分の口で言葉にしているのを聞いて、私は想像以上のショックを受けた。影山くんにそんなことを言わせてしまった後悔が募っていって、訳もわからず泣きそうになる。
「俺は俺の正しいと思うバレーボールをする。そこに他の奴らは関係しねぇ」
「……味方を置き去りする速いトスが? スパイカーが打てないトスを、君は正しいと思っているの?」
金田一くんをはじめとしたチームメイトたちからよく相談されたことだった。『アイツのトスは無茶振りだ。桃井の方から言ってやってくれ』と、繰り返し言われてきた。そして、影山くんに注意しても直ることはなかった。
今までずっと言ってきた言葉を再び口にする。常ならば影山くんは『勝ちたいなら俺の指示に従っていろ』と吐き捨てる。
しかし今の彼は、私の目を見て言葉を紡ぐ。
「さつきが教えてくれたんだろ。アイツらはもっと速く、高く動けるって。俺もそう思う。俺の上げるトスは絶対に打てないわけじゃない」
だから、あのトスは正しいのだと。
そう断ずる影山くんに、私は形容できない感情で胸が一杯になった。
何故なら、その判断は間違ってはいないのだ。北一の選手は皆レベルが高い。全国にだって引けを取らない。頭ひとつ以上抜きん出た才能の塊である影山くんが異常に目立つだけで、他のメンバーにもちゃんとした実力は備わっている。
100%の全力が発揮されていれば、影山くんの速く高いトスを打てる確率は十分あった。
しかし、実際のところ彼らは影山くんと共にプレーするのを嫌がっていて、試合には真剣であるが肝心のセッターとの連携がガタガタだから、あの速いトスを打てていないのだった。
影山くんへの信頼性なんて皆無なのに、実力があるから半端なチームプレーが出来ている。もし実力が足りていなかったら、影山くんが味方に打ちやすい優しいトスを上げる可能性は高くなる……と思う。多分。いやないな。影山くんがそんな手抜きみたいなこと、するわけがない。
「……そりゃあ自分にとって都合の良いトスの上げる先に、スパイカーがいたら凄いことだよ。ブロックのいないところを好きなだけ攻撃できるんだから」
だけどそんなことは不可能だ。互いに100%の信頼と連携の経験があるからできる芸当であって、今の北一はそれらが欠如している。
要するにセッターの意思が強過ぎる上に、スパイカーからまるで信じられていないから、あの神速の攻撃が瓦解するのだった。
それに彼は気づいていないようだが、ここには致命的な違いがある。
「北一の現状はこう。影山くんは『全力のみんな』なら打てるトスをあげている。でも、今のみんなは全力じゃない。地力はしっかりしているけれど、それを引き出せていないの」
「だから、アイツらが全力を出したらいい話だろ。もっと速く、もっと高く……!」
何十回と憤怒を込めて放たれた言葉が、静かな体育館に消えていく。
やっと。やっと理解することができた。
どうして影山くんは無茶苦茶なトスを上げるのか、わからなかった。どうして幾度指摘してもスパイカーに合わせようとしないのか、理解できなかった。
スパイカーの人格を否定しかけない暴言を怒りの形相で口にする姿が、苛立ちを露わに一人でバレーボールをする様子が、酷く私の心を痛めつけて、無意識のうちに私も影山くんと対話することが出来なくなっていた。
「アイツらが諦めるから、俺のトスが打てねーんだ。もっとがむしゃらに食らいつけば、絶対、打てる。相手ブロックを欺いて、スパイクが決まる」
影山くんはみんなが見えていないのだと思っていた。打てるわけがないと嘆く声を振り切って、一人だけの正しさで構成されたバレーボールを押し付けているから。
でも違った。彼はみんなをちゃんと見ていた。………いいや、本当は。
「俺はお前に勝ちたい。負けたくねーんだ、これ以上」
「!」
「同じチームで、選手とマネージャーがどう勝負すんだって言われてもわかんねーけど」
勝ちたいと思われていることを初めて知って、脳髄に痺れるような衝撃を受けた私は言葉もなく限界まで目を開いた。
指先に熱が集う。心臓がバクバクと激しく脈打つ。先ほどまでの不安や苦しさから解放され、目の前に転がってきた幼馴染の本音に振り回されてしまう。
それが複雑な感情からもたらされるのは当然だ。しかし、その中でも一番を占めていたのは、紛れもない喜びだった。ずっと支えたいと願ってきた彼に勝ち負けを望まれて、私は嬉しいと感じたのだ。
「か、勝ちたいって。いつ、いつから、そう思っていたの?」
「中二ん時の全国大会で野狐と当たったろ。そこで宮さんと話して……」
「あの人ほんっと余計なことしか言わないね」
「お、おう……?」
喜びに浮かれていた熱が一気に冷める。脳内であのニヤニヤヘラヘラした笑顔が勝手に再生されて、すんと表情が無になった。
「影山くんの考えはわかった。教えてくれてありがとう」
影山くんはチームメイトをちゃんと見ている。残念だけど、それが本当の実力を認識できていることとは繋がらない。
だから私はこう言うのだ。いつも顔に貼り付けている虚構の微笑みを捨て、横一文字に結び付けられた唇を解く。
「でも、君は間違っている」
鋭く成長した、それでも丸みを失わない瞳が揺らいだ。
「影山くんが思うみんなの実力は、私の指示を忠実に再現してから発揮されるものなの。彼ら一人一人の長所短所を知り尽くし、かつ相手を最大限尊重するトスなら、あれだけ速いトスでも打てるかもしれない」
しかしそれは相棒と呼べるくらい深い信頼関係がないと非常に難しい。
また、関係が浅かったり初めて合わせる相手だったりしてもそれができる人物なんて、私には一人しか思い当たらない。さらにその人は最高の形でスパイカーの実力を100%引き出すのだから、頭が下がる。まああの人でも影山くんみたいな速すぎる攻撃はさせないだろうけど。
「君は私の指示通りに動くことで想定される最高速度と高さを基に、トスを上げている。けど、実際は影山くんの指示でみんなを動かしているから、どうしたってトスに追いつけなくなってるの。それに……仮に私の指示通りにトスを上げたところで、今のチームとの関係じゃ破綻するのは目に見えてる。スパイカーのみんなが、影山くんを信じていないから」
前にも言ったが、私の指示と影山くんの意思は決定的に反り合わない。どこまで行っても共存しない。それを改めて思い知らされて、ため息をつきそうになる。
私はとんでもない思い違いをしていた。
あのトスは影山くんが味方を信じていないことの現れだと思っていた。しかし、影山くんは味方を信じている。私のことを信じてくれている。私が信じた味方を信じ、今までトスを上げていたのである。
才能が開花して、自己中心的に見えるバレーをして、仲間に見放されようと、影山くんはただひたすら信じて駆け抜けてきたのだ。
なら、本当に変化を求めるべき相手は。
「さつきは、俺がアイツらを信じてないって言ったよな」
「ごめん。勝手なこと言って。本当は違うんだよね」
「別に気にしてねーよ。そう思われてるだろうって、わかってた」
アイツらも同じだろうな。
続く起伏のない呟きが、どれほど影山くんを孤独にさせてしまったのかを痛感させた。
「それに、間違ってねぇ部分もある」
「……チームメイトのことを100%信じてないってこと?」
初めて影山くんが視線を落とし、やがて力なく頷いた。
「どうしたらいいのか、わかんねーんだ」
いつも突っぱねてばかりの彼が本当は晒したくない部分を見せてくれている。場違いだけど、そのことが私への信頼の証に思えて胸が熱くなった。
珍しく、本当に本当に珍しく弱音を吐いた影山くんに優しく声をかける。
「何かあったの?」
影山くんは数秒黙った後、ぽつりぽつりと教えてくれた。
白鳥沢での練習会があった日。普段通りに暴走───今思えば、信じる気持ちが強過ぎる故に独断に満ちたプレーをした彼は、コートから追い出され……北川第一に帰った。そして影山くんがいないからと久しぶりに居残り練習をしていた彼らに、トスを打つよう頼んだと。
エースに尽くせないセッターだったから、コートを追い出された。
じゃあ自分は尽くせないセッターだったのか?
わからなくなったそうだ。いつも傲慢なまでの自信に満ちた影山くんが、そこで果たして自分のトスが正しいのか疑問に思った。そこまでいかなくても、引っかかってふと立ち止まったそう。
それだけ白鳥沢での一件が大きかったらしい。まあコートを出されるなんて初めてだったし、文字通りバレーしかしない影山くんにとっては絶望するような出来事だったのだろう。
……やっぱりあそこで追いかけたらよかった。
鷲匠監督の制止の声を振り切って影山くんを一人にしなかったら。一緒に北川第一に帰って、影山くんと合わせるように私も頼むことができたら。
全てがたらればでしかないけれど、もしかしたらその時点で道は変わっていたのかもしれない。
現実は、チームメイトはそれを拒否した。影山くんが歩み寄った瞬間、拒絶して背中を向けたのだった。
「そんなことが……」
正しさがわからなくて試そうとしたけれど、それさえ突っぱねられてしまっては、信じる気持ちが揺らぐのも当然だ。
「お前はいなかったし、俺も言わなかった。知らなくて当たり前だ」
そう言われても歯痒い気持ちが抑えられない。
話を聞く限りでは、影山くんが一方的に断られたように聞こえる。しかし、いつも自分達に否定的なトスばかり上げるのに急に打つよう言われても警戒するに決まっているので、どちらにも同情する余地があった。
周りの空気もお構いなしに突っ走るのが影山くんの凄いところであり、悪いところでもある。それをフォローするのは私の役目だ。
……その場に私がいたら、あの手この手で合わせることができたかもしれないのに。
「けど、そっか。影山くんは変えようとしたんだね……」
言い方も態度も最悪だが、不満を声に出して改善策を模索するのは正しいこと。というか私がいつも意識して指導していることだった。疑問点をなあなあで済ましていて強くなれるわけがない。
ま、今のチームは話し合いさえ起きないのだが。
「俺は俺の正しいと思うバレーをしてる。それは昔と変わらねぇ」
影山くんは変わってなどいなかった。昔からバレーに全力で、私が支えたいと夢見た彼そのものだった。
「うん。影山くんはそのままでいい。……そのままがいいよ」
要領を得ないと眉をひそめた影山くん。今まで何度も影山くんの態度を注意したし、さっきもチームプレイに悪影響とまで言い切ったのだ。急な手のひら返しが気味悪かったらしい。
それに自分の態度がチームから浮いているのも彼自身よく知っている。あれで良い顔をされたことなんて一度もないのだから。
「勿論暴言吐いたりするのはナシだけど。でも口が悪いの昔からだし。何なら語彙増えてないから昔のまんまだし。成長しないし」
「ああ!?」
「何年影山くんと一緒にいると思ってるの? 私は慣れっこだから平気」
今みたいに影山くんは私に対しては暴言を吐かない。それに彼が独裁者になるのは試合と練習の時だけで、日常生活ではちょっと嘘かなり口の悪い男の子なだけだ。
「平気って。んなことに慣れる必要はねぇだろ」
「それ張本人が言えるセリフじゃなくない? 別に無理してるわけじゃないよ。影山くんだから何とも思わないってだけ」
それもどうなんだという目をしてくる影山くん。いや、私はいいけど他のみんなには酷いこと言わないでねって言いたいだけなんだけど。
「だいたい口も性格も悪い奴と同じチームになりたいって人、なかなか居ないよ。いたら底無しの善人か、かなりの変人だよ」
「お前もそれなりに口も性格も悪いよな。隠してるけど」
「おだまり」
口の悪さも性格の悪さも、勝ちにこだわる強い気持ちも努力を惜しまず前を見て走り抜ける精神性も、全部が全部影山くんを構築する大事な要素で、どれも欠けることができない要素だ。
私はそんな彼を支えるべく、口の悪さも性格の悪さも隠して、良い人で在り続けた。
「だってわざわざ敵作る必要ないでしょ? 分析したり観戦したりする時間はどれだけあっても足りないんだから、余計なものに時間をとられたくないってだけ」
「だからって変にずっとニコニコしてんのかよ。おかしな奴だな」
「ふふ、笑顔は便利だよ? コミュニケーションの基礎だし。時と場合によるけど、大体は良い方向に流れてくれる」
「へー」
心底どうでも良さそうに相槌を打つ影山くんだったが、目と口元をピクピクさせて恐ろしい表情を浮かべ始めたので、ばっさり切ることにした。
「影山くんは笑顔ヘタクソで怖いから、ある意味緊張が解れていいかもしれないね」
「どういう意味だ」
「このヘタクソな笑い方が好きな奴がいるってこと」
くすっと漏れてしまった本心からの笑みに、影山くんは目をぱちりとさせる。
「お前がそうやって笑ってる方が……俺は苦手だ」
「え、なんで」
「そういう笑い方をするときは、だいたい俺をバカにしてるときじゃねーか」
「バカにはしてないってば!」
影山くんだから笑っているだけだ、そこには呆れとかも含まれるけど。ともかく、と私は咳払いをする。
今後の方針は決まった。
影山くんではなく、チームのみんなを変える。もうこれしかないと思う。
何故ならチームのみんなが影山くんから逃げているから。対話することを放棄しているから。
向こうから接触を断たれているのに、影山くんの方から働きかけても無意味である。ますます雰囲気が悪くなるだけである。
無論引き続き彼の口や態度の悪さは指摘するし、行き過ぎたプレーも制止する。しかしその根幹にあるのがみんなへの信頼であることを知ってしまった今、無闇に止めるのも良くない気がした。まあ要するにバランスを取っていくということだ。
「……それって今まで通りじゃねーか」
「違うよ。全然、段違いに、違う」
確かにみんな影山くんへは不満たらたらである。でも直接影山くんにぶつけることは驚くほど少なかった。言葉で反発することはあっても、バレーを通して反発することはなかったのだ(というかトスを打てなくて、反発さえできなかったと言う方が正しい)。
『桃井から言ってくれよ』
『あいつのこと、桃井に任せるわ。俺らじゃ荷が重いしさ』
誰も本気で影山くんにぶつかろうとしてこなかった。私も一人で影山くんを変えなければと躍起になって、冷静ではなかった。
じゃあその壁を壊したら? 独裁の王を討つ武器を庶民に与えたら?
反抗心は立派な武器になる。体を動かすエネルギーになる。それは予測できない結末を導き出すことだろう。
「今のチームに足りないのはコミュニケーション。しかも影山くんからの一方的なものしかなかった。彼らがどんなトスを求めているのか、私のデータからじゃなくて彼らから探るべきだね」
「お前からじゃなくて?」
「だって、今まで
しかもその正解さえ、影山くんにとっては間違いだったのだけど。
「喧嘩していい。むしろしなさい。けど相手を傷つけるような言い方はダメ。そうやってぶつかって成長していくものなの」
私がいたから、選手にどんなトスがいいか聞くまでもなく、必要なトスを理解し上げてきた影山くんには難しいことかもしれない。
あるいは、私の予測通りに動くことを体に染み込ませてきたみんなにとっても、突然作戦を無視して自分の好きなように動けと言われるようなものだから、困惑するに決まっている。
それでも、その道しかないのだと思う。
「影山くんに相当参ることを強いるけど、まあ大丈夫でしょ。君、バレーボールが出来ないこと以上に怖いことある?」
「ねーな」
「だよね。あ、何回も言うけど、影山くんのトスは本当に今のみんなが打てないやつだから。修正しないと勝てなくなるよ」
「……わかった。けど、それでも俺はアイツらなら打てると信じてみてーんだ」
その瞳は固く未来を見据えていて、私の心に温かい気持ちをもたらした。
この言葉を引き出せただけ、今日は大きな進歩があった。それでいい。それで十分だ。
「うん。みんなに合わせて無理にトスを変える必要はない。君は君の正しいと思うトスを上げればいい。そこから先、受け取るかどうかはスパイカー次第なんだから」
そして受け取られていないのが現状だ。
「さっき言ったことと矛盾してるだろ。修正しろだの変えなくていいだの」
「影山くんを応援する気持ちも、間違ってると思う気持ちも、両方あるから」
「そのままがいいっつったくせに」
「女心と秋の空って言うからね」
「今は夏だぞ」
「おだまり」
肩の力を抜いてリラックスする。状況はあまり変わっていない。影山くんの本心を知っただけ。だがやるべきことが定まった今、チームが変わる風が吹こうとしているのを予感する。
今度はどう言葉を転がしたらみんなを変えることができるだろう。
タイムリミットはすぐそこまで近づいている。
描きたい・描けるシーンから書いているので時系列ごちゃごちゃで申し訳ないです。
原作では、独裁の王様となった影山がチームから見放され、烏野での成長と共に脱・孤独の王様となります。やがてユースの経験を経て王様に逆戻りしますが、それは烏野だからこそ『返還』する話になるのだと思います。
相棒がいて頼りになる優しい先輩がいてしっかりした大人の指導者がいて、そういう環境の烏野だからこそ行き着いた結論だと私は考えます。だから「あ好きにやっていいんだ」と影山に思わせた。その思考に辿り着くには烏野以外あり得ない。
ただまあ、この作品内で一番最初に「影山くんは好きにさせていいんだ」と思ったのは桃井です。独裁や孤独は否定するけれど、影山の本質である王様自体は肯定しました。