桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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アニメを見てたら、いてもたってもいられず。つい。


影山飛雄は振り向かない
誓い


『北川第一、中総体二連覇達成ーーーッ!!』

 

 誰かの歓喜に満ちた叫び声はすぐに何倍にも膨れ上がった歓声で掻き消される。会場全体を震わせた振動に体がビリビリした。ぼやけた視界に白いライトが眩しくて、ぎゅぅと閉じてしまいそうになるけれど、コートをただ見つめていた。忘れないように。記憶に刻みつけるように。

 

 選手たちはみなハイタッチしたり、叫んだり、背中を叩き合ったり、興奮しきりなようで、ぐちゃぐちゃな輪っかになって喜び合っていた。

 

 金田一くんが声にならない雄叫びを上げて。国見くんが笑顔を浮かべて。そして、影山くんが拳を握りしめて、突き上げた。鋭い目つきが今だけは柔らかく綻びまっすぐに私を射抜く。

 

『勝ったぞ』

『うん、うんッ………やったね。みんな、本当に、よく頑張った……!』

 

 みんなが全力を出して、出し切って、チームがひとつになった瞬間の輝き。圧倒的才能が見せてくれる、予測を超えた新しい世界。

 私が求めていたものを影山くんは示してくれた。

 

 パイプ椅子を蹴飛ばすようにしてコート上の彼らに駆け寄り、一緒に喜んで、泣いて、そして、そして───……

 

 

 

 

 静かに意識が浮上する。目蓋を持ち上げると目の前にパソコンのディスプレイが表示されていて、昨日分析しながら寝落ちしたのだとわかった。道理で身体中がバキバキなわけだ。

 時計を確認するとまだ早朝と言ってもいい時間帯で、もうしばらく粘れそうだと分析を再開。昨日どこまで見てただろうか。動画を巻き戻しつつ、思考にふける。

 

 

 夢を見ていた。ちょうど一年前の現実の夢。影山くんの才能と、私の分析と、チームの意識が完全に噛み合わさっていた、夢のような時間だった。

 

 マネージャーの私が蚊帳の外に感じるくらい、あの頃のみんなは仲が良かった。

 

 けど、その後からチームの崩壊が始まった。

 予兆はその大会で既に見えていて、ついに姿を現したのは全国大会でのこと。

 

 影山くんの才能が開花したのだ。

 全国の猛者たちとの戦いの中で急速に成長した彼は、その強さを発揮し───結果、チームに不協和音をもたらした。

 

 自分の思い通りにトスを操れる。高さも速さも全てが意のままにボールに伝わる。究極まで高められた集中は影山くんを更なるステージに引き上げた。

 

 しかしそれは私の分析をもとに練った戦略とは合わなかった。元々これまでの影山くんから、トスの指示や攻撃のパターンを絞っていたので、急に変化した彼についていけなくなるのは当然のことだった。

 とはいえ攻撃するのはスパイカーたち。彼らは私のデータを信じ、それに従って動いていたから途端に狂ったチームのリズムに困惑した。

 

 慌ててとったタイムで、影山くんになるべくトスの調子を変えないように指示を出した。彼は不服そうに、それでもややあって頷いた。

 

 

 その試合に負けた。

 

 

「はい、お弁当! 今日試合でしょ、がんばってね!」

「ありがとう、お母さん。いってきます」

 

 

 その頃の私は影山くんの成長を喜ばしいものと思っていた。ずっと彼の才能が発揮される瞬間を待ち望んでいたから。いざその時が来てみれば、言葉を失くした。

 

 迷いのないボール落下点までの移動。一糸乱れぬモーションから繰り出される完璧なトス。ここにこんなトスが有れば……そんなトスが必ずと言っていいほど高確率で上がった。ブレない。乱れない。一定に供給され続けるそれに、チームメイトの目の色が変わった。私を見るときと同じ、天才を見る目だった。

 ……私にはそれが嬉しかった。これまでの彼の努力が形になったから。みんなに認めてもらえるようになったから。

 

 彼らが口々に言う「天才」を、誇らしいとさえ思っていた。

 

 

『完全に才能が開花したな』

『……はい。まさか、あんなに凄いなんて……』

 

 影山くんは強くなった。それこそ頭ひとつ分抜きん出たそれまでが懐かしく思えるほどに。

 同時にプレーに絶対的自信を持つようになった。トスは言わずもがな、サーブもブロックもスパイクも、誰の目にもトップレベルと唸らせるくらい上手くなった。……だけど。

 

『もっと早く動けよ! 勝ちたいんなら俺の指示に従え!!』

『……ッんなこと言われなくてもな! 精一杯こっちはやってんだよ!』

 

 だんだん周りに不満を抱き、自分のトスについていけない選手へ、暴言にもとれる指示が飛ぶようになった。練習中だろうと試合中だろうと構わないようだった。

 

 その度に私や金田一くん、主将や監督は注意して、どうにか妥協できるラインを探り、折り合いをつけさせた。

 

『影山くん、言い方キツい。もっと優しく言ったら?』

『ああ!?』

『言ってることは間違ってない。たしかに今のは速攻がベターだった。でもできなかった。それを克服するための練習だよ? 今ピリピリしてどうすんの』

 

 アナリスト兼トレーナー的な役割を確立していた私の仲裁に見るからに周りは安堵の顔を浮かべた。影山くんは私の言葉を比較的受け入れるからだ。

 

『そこまで怯えなくて大丈夫だから。噛み付きやしないよ』

『俺は獣か』

『似たようなものでしょ』

 

 軽口を叩き、怒鳴られた同輩に笑いかけてこちらに来るようにジェスチャーすると、恐る恐る近づいてくる。怯えられている……。やっぱり獣じゃんと思いながら動画をさっそく確認して、テキパキ指示を出した。

 

『ね。影山くんのトス、速すぎて間に合ってない。この速さなら敵ブロッカーに塞がれる心配はないけど、味方打てないから』

『でも遅かったらブロック振り切れねぇだろ』

『だから打ててないって言ってるでしょ! 大事なのはタイミング。それぞれの選手の高さと速さが噛み合ったら十分戦えるの。そのタイミングを殺しちゃってるの』

 

 おわかり? うぬ……と低く唸る影山くんに、速さにこだわり過ぎないようにと釘を刺す。

 すげえ、黙らせた……。なんて感心されてしまっている。なんだかなぁとため息を飲み込んでパソコンをポチポチ操作する。

 

『……で、君は上に飛ぶ意識が疎かになってるから、まずは高くね。ああほら、この前の試合のデータなんだけど、助走のタイミングが遅れてる。もう一歩早くね。早い分には、影山くんは対応できるから大丈夫』

『お、おう』

『精一杯やってるのは伝わってるよ。でも、もうちょっとがんばってみよう? そしたら絶対に変われるから』

『ああ。やってみる。ありがとな』

 

 よし、いち段落。

 

 その後の練習で速攻に改善が見られたので、正解だったとようやく私は安心できた。……本当は不安で堪らない。だけど私が迷ってしまったら、かろうじて食い止めているチームの綻びが止まらなくなってしまう。

 誰にも気づかれないようにしなきゃ。弱味も見せないようにしろ。私が折れない限り、チームは大丈夫だ。

 

『桃井がいれば安心だな』

『ええ? そうかな』

 

 味方のはずの誰かの言葉が酷いプレッシャーだった。

 

 監督やコーチよりも一番効果的だったのが私の言葉。漠然と感情論で反発する選手たちと違い、私はデータで確認しつつ理論立ててどうするべきかを、影山くんの求める答えに落とし込められたから、一通り説明したら彼は大人しくなった。

 

 影山くんが荒れそうになったときはみんな私に頼るようになった。技術面で彼に指導できるのが私か大人しかいなくなってしまったからだろう。というか大人の指導でさえ、影山くんは聞き入れようとはしなかったから。

 

 

 やがて私でもカバーできなくなっていった。

 

 私以外影山くんと()()()()者は見なくなった。その場で流し、本人のいない場所で忌々しげに文句を言う選手の姿が目に留まった。

 

『アイツにはついていけねーわ。すげぇ横暴だしよ』

『あんな無茶振りトス、誰も打てるわけねーだろ』

『庶民なんか見えてないんでしょ。桃井さんは俺らのこと考えて作戦練ってくれるのにな』

 

 一人、また一人と、早朝練や居残り練に参加する人が減っていった。残っていたところで影山くんに何を言われるかわかったもんじゃないから。かつて影山くんに張り合っていた金田一くんはそう言った。

 

 

 圧倒的な才能を前にした庶民は、影山飛雄を独裁者と詰ることで自分たちを守ることに成功した。

 

 畏怖を、嫌悪を、怨念を、嫉妬を、諦念を込めてチームメイトはその名を謳う。

 

 ───コート上の王様と。

 

 

 

 

「さつき先輩、これバスに積んじゃいますね」

「うん、お願い。えーっと、カメラの充電は満タンだし、パソコンも大丈夫だね」

「……本当に全試合記録して、全部分析するんですか?」

 

 人間業じゃない……なんて震える後輩に優しく笑いかけた。そりゃ徹夜すれば楽勝よ。なんて言えるわけがなく。

 

「まさか。明日当たる対戦相手だけね」

「ええー! それでもすごすぎません!?」

「試合に勝つためだよ。……私にしかできないことだから」

 

 

 

 夜の体育館にいるのは、私と影山くんの二人だけ。キーボードを叩く音と、シューズやボールの音が響く静かな空間。消えてしまった複数人分の音が寂しい。

 

 試合の動画を再生しつつ情報を記入していく。まずはそうやって散らばったデータを整理して、その後に分析開始だ。

 いろいろな方向から情報を絞り込み、表示できる上に細かい項目でチェックできるので死ぬほど重宝している。一年の頃は口頭でしか説明できなかった情報も、映像を出して視覚的に選手に伝えることが可能だ。もうこれなしの分析は私にはできない。

 

 夢中で打ち込んでいると、ふと音が止んだ。

 

『どうしたの?』

『このままじゃ、予選は勝てても、全国は厳しい』

 

 一度全国の壁を体験した影山くんは、ボールを睨みつけてそうこぼした。

 

『さつきもそう思ってんだろ』

『……まあね。今の段階じゃ、とても……』

 

 最近の練習風景を思い返す。影山くんの鋭い声、誰かの舌打ちや陰口、そんなものが蘇ってくる最悪の雰囲気だ。監督やコーチが指導したところで直りはしなかった。私の仲裁も、今はもうほとんど機能していない。

 誰も聞き入れてくれないし誰もお互いを見ようとしない。諦めと苛立ちがコートに蔓延り、無感動なプレーが繰り返される。

 

 チームだったナニカの成れの果てがあるだけだった。

 正常な感覚が麻痺するくらい、慣れてしまった。

 

 それでもかろうじて試合ができる理由には温度差があった。

 

 影山くんは圧倒的な勝利への飢え。

 影山くん以外の選手たちにあるのは、選手としてコートに立つ義務感と影山くんへの反感。

 

 選手の意識がこんなにバラバラなんじゃ結果は火を見るより明らかだ。

 

『個人技は、みんな上手になったよ。サーブとかのレベルは高いし、予測に忠実に動くブロックも全国にだって引けを取らない。だけど……』

『なんだよ』

 

 変声期を終えて低くなった影山くんの声が響く。言うべきか少し悩んだ。だが特別扱いも気遣いも彼の為にならないと思い、意を決して口を開く。

 

『影山くんのあのトスは、誰にも打てない。正直に言って、前の、みんなに合わせたトスの方がいい』

 

 紛れもない嘘と真実だった。

 

 本当は彼の正確無比なトスが好きで、ずっと見ていたいと思う。あんなトス回しができる選手、県内どころか全国でも滅多にお目にかかれないだろう。それほどに素晴らしいのだ。見事な才能だ。小さい頃から支えてきた彼の実力を否定するなんて、心底したくなかった。

 

 でも。それでも、今のチームには、不要でしかない。

 

『みんなの力が生かされてないの。……というか、誰もトスを信じようとしてないから、プレーに悪影響が出てる』

『なんで』

『影山くんのトスは、その……私の作戦を無視したものでしょ。トスがそのまま次の攻撃を指示してるの。自分の命令に従えって。でもね、それって……スパイカーからしたら、信頼されてないのと一緒なんだよ。自分自身の力でブロックと戦えないだろって言われてるのと同じに感じるから。スパイカーは不信感を抱く。それがパフォーマンスの低下につながる』

 

 これまで積み上げたデータ、選手それぞれの分析結果や女の勘からして、もっとみんなの実力は発揮できるはずだ。

 

 金田一くんはもっと高く飛べるだろう。

 国見くんはもっと終盤に活躍できるだろう。

 

 みんな、ちゃんと戦える武器は持ってる。

 それを潰しているのは………

 

『じゃあ、俺のトスは間違っているのか』

『!!』

 

 違う! 反射的に叫び出しそうになった。

 

 影山くんの天才的技術が、これまでの努力が、バレーに注いだ時間と熱情が、不正解なわけがない。あんなにも美しいトスを否定したくない。

 

『……そうかよ』

『ち、違うの。間違ってなんか、ない……』

 

 彼がブロックを振り切ることに執着する理由はわかる。小さい頃見た国際試合のセッターの、敵ブロッカーを欺いてスパイカーの前の壁を切り開く、難しくてかっこよくて面白いセッターに強い憧憬を持ったからだろう。

 

 影山くんの観察力、判断力、冷静さ、技術。彼自身の能力を見ればそれは可能のように思えた。……彼()()ならば。

 

 でもチームは、私の出す指示は、それにそぐわない。追いつけない。

 

 

 ああ、そうだ。

 

 彼の能力を潰しているのは私じゃないか。

 

 みんなを生かそうと思ったら影山くんの才能を殺し、影山くんを肯定すればチームは崩壊する。

 共存する道はどこにもない。

 理性と感情と本能と衝動が綯交ぜになっていく。どんどん自分の中の何かが死んでいく気がした。

 

 影山くんの行ける先が見たくて、彼の支えになりたくて、必死に強くなった結末がこれなんて、あまりに残酷だ。

 

『……誰も、間違ってないの。でも、みんな、間違ってる。私も、きっとそう』

 

 ……私が最後の砦だ。私の言葉は、まだ彼に届く。この命綱を離さないように必死に表情を取り繕う。苦しい。逃げ出したい。もう嫌だと諦めてしまいたい。

 

 それでも。たとえどれだけ自分の正しさがわからなくても。前に進んでいるのか、後退しているのか、それすら不明瞭でも。

 止まってはいけない。迷ってはいけない。終着点を決めてしまったら、もう進めなくなってしまう。

 

『……だから、君は、間違ってる』

『……俺は、俺のトスが間違っているとは思わない。けど、お前がそう言うんなら、そうなのかもしれねぇ』

 

 俺はお前を信じてる。

 その言葉に、すん、と鼻が鳴った。

 

 

 

 

 夢を見ていた。後輩に起こされてすぐに内容を忘れてしまったけれど、悲しくて、でも不思議とあたたかい夢を見ていた気がする。

 

「……先輩、さつき先輩、着きましたよ!」

「ぇ、あっ、うわー、ごめんね? 寝ちゃってた。アハハ、恥ずかしい……」

「………本当に大丈夫ですか? 結構苦しそうでしたけど……」

「ん。平気だよ。それより準備しなきゃ!」

 

 

 癖になった笑顔を貼り付け、明るい声を出す。大丈夫だ。まだ戦える。自己暗示にもなったそれは当たり前のように私を守った。

 

 

 予選が行われる市民体育館を見上げ、気合を入れる。

 

 

 予測が外れない限りは影山くんは私の言葉を聞いてくれる。聞いて、終わり。トスのスタイルを変えることはしない。自分の可能性を信じているからだ。

 そのことに関しては、もう一周回って「ムカつく」って感情に落ち着いた。じゃあ私の好きにさせてもらうってね。選手全員に対して怒りと悲しみをぶつけたいくらいだ。

 

 私は彼を諦めない。影山くんがどれだけ突っ走ろうと追いかける。絶対にひとりぼっちにはしない。アイツがそうしてくれたように、今度は私の番だと思うから。

 

 何より「どこまで行けるか」の途中で諦めるなんて論外だ。

 

 世界を舞台に戦うその日まで、支えてみせる。




お久しぶりです。アニメを見て原作を読み返して、やっぱりこのシーン書きたいなという一心で仕上げました。一気に時系列飛びましたね。本来の自分の執筆ペースだと数十話分になります。コツコツ積み上げようと計画していた自分が恐ろしいです。

あれ?JOCとか及川の話どこ行った?と思われた方がいらっしゃったら嬉しいです。でもすみません。しばらく手をつけないと思います。カットするかもしれませんが今のところ未定です。せめて結末だけでも……と思いましたが、試合シーンに挫折しました。やる気がでたら挿入という形で続きを入れたいです。

いやだって本誌が……赤葦とか星海とかで懲りてたはずなんですけど、佐久早が……。本誌で活躍する前に好き勝手やった代償がどーんとやってきた感じです。はい。反省はしましたが後悔してません。

執筆の無計画さが露呈してますが今更なので、自分のペースで続きを上げていこうと思います。どうかお付き合いください。

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